アリアの所業。
私は以前、ラフィリアへ手を出した王家への報復を行ったことがある。
その結果がもたらした内容は、父達を青ざめさせるには十分であった。
そんな私が、あの時よりも更に激怒しているのだ。父達が青ざめる理由はそこにあった。
「え、エレン……頼むから物理はやめてくれよ? 領地が吹き飛ぶから」
父の言葉で、更にサウヴェル達が青ざめる。
物理はしないが、私はアリアを徹底的に潰したくてたまらなかった。
その理由は、アリアがサウヴェルの命を狙っていたからに他ならない。
「廊下まで聞こえていました。ラフィリア、おじさまが裏切ったとはどういうことですか?」
突然ラフィリアに質問をした私に、ラフィリアは目を丸くした。
ただ、私の異様な雰囲気に飲まれてか、ラフィリアは素直に話し出した。
「だって……お父さんがお母さんを裏切ったって言った。だけど、裏切ったのはお父さんの方よ。お母さんはいつも悲しんでたもの」
「悲しんでいた? 裏切られた理由は聞いたの?」
「……理由?」
「おばさまが裏切られたと言うなら、おじさまは何をしたの?」
「……お父さんだけじゃないわ。この屋敷みんなそうよ!! お母さんを無視したりして!」
「それはいつ頃?」
「いつって、来たときにはこうなってた!!」
「…………」
それはアリアがこの屋敷に来たときからということだろう。ということは、屋敷の皆がアリアを冷遇していた理由は分かっている。
「アリアおばさま。ラフィリアに真実をお話になったら如何ですか。あなたが屋敷の皆に冷遇される理由を」
「どういうことよ!?」
「ラフィリア、おばさまはこの屋敷に来る前に、おじさまを裏切ったの」
「……え?」
「屋敷の皆はそれに激怒したわ。この家は以前に似たような事をして屋敷の皆から嫌われている存在がいたの。おばさまはそれと同じ事をしようとした」
「……嫌われている存在? それって……アミエルのお母さん?」
「アギエルという人よ」
私の言葉にラフィリアは思い出したのだろう。幼いながらに両親を悩ませていた存在だったと思い出したのだ。
「それが……お母さんと何の関係が」
「結婚式には女神に誓いを立てるの。覚えてる? おじさまとおばさまの結婚式」
いきなり話が飛んだのでラフィリアは驚いた。結婚式は覚えていた。アリアがとても綺麗な服を着ていて、とても誇らしかったと頷くラフィリアを見ながら私は続けた。
「この人と一緒に手を取り合って歩んでいきます、そう誓うの。それなのに、おばさまはおじさまと歩む気なんて無かった。だからおばさまは女神に警告されたわ。きちんとおじさまを見なさいって」
「女神に……警告? お母さんが?」
「そう。私達はおばさまに怒ったわ。おじさまを愛していたんじゃなかったのかって」
「お母さん……?」
信じられないとアリアを見るラフィリアに、アリアは違うわ! と叫んだ。
「そんなつもりなかったって言ったじゃない!! どうしてそんなこと蒸し返していつも私を冷遇するの……!?」
「そ、そうよ!! お母さんは悪くないじゃない!!」
「悪くない……?」
私の低い声にラフィリアとアリアがびくりと震えた。それに無表情で返す。
「おじさまが結婚式の時に、おばさまじゃない女の人をずっと見ていたらラフィリアはどう思うの?」
「え……なにそれ、気持ち悪い……」
「気持ち悪いそうですよ、おばさま」
私の言葉に、ようやくラフィリアは意味を知ったらしい。
そんな!? と叫んでアリアを見る目は、信じられないと訴えていた。
「ラフィリア、おばさまはこう言っていたんじゃないの? "私は悪くない" "家族になるから気に入られようとしただけなのに"」
「どうしてそれを……?」
「それを聞いていたラフィリアはおばさまがおじさまに虐められていると錯覚した。だからおじさまに反抗的な態度を取っていたんじゃないの?」
私の言葉にサウヴェルが目を見開いていた。
母親に酷いことをしていると錯覚したラフィリアは反抗的な態度で抵抗しただけだったのだ。
「まさか……だから俺の言うこと全てに反抗していたというのか……?」
頭を抱えるサウヴェルにラフィリアはばつが悪そうな顔をする。
確かにそう思いこんでいたのなら、子供がとれる行動は限られているだろう。
「それに……お母さんが大丈夫って言ってたから、特に勉強なんてしなくてもいいって……」
「アリア!?」
「ち、違うわ!! そんなこと言ってない!!」
「え……お母さん、そう言ってたじゃない……だから私……」
「嘘を言わないで!! 私は何も言っていないわ!!」
アリアの言葉にショックを受けるラフィリアがいた。呆然と母親を見ているその姿は、裏切られたと言わんばかりであった。
「ラフィリアに当たるのは止めろ。お前の言葉を信じ込んだせいでラフィリアは学院で孤立したんだ」
サウヴェルの言葉にアリアは我慢できないとばかりに叫んだ。
「どうして!? どうしてあなたは私の言うことを信じてくれないの!??」
「信じられるものか。これを見たらな」
ばさりと書類をテーブルに広げる。その一枚に目を通したアリアは目に見えて真っ青になった。
イザベラが背後からゆっくりと歩いてくる。サウヴェルの背後に立って、イザベラは言った。
「お前、屋敷のお金を勝手に使い込んだわね。屋敷の調度品も無くなっていると報告があったわ。勝手に売って、お前は何をしていたの?」
震えが止まらないアリアに更にイザベラは言った。
「お前は家族になるのだから気に入られようとしたと言ったわ。そんなお前は日頃何をしていたの? サウヴェルの出迎えもしなければ夫人としての教育も受けようとしない。……お前が気に入られたいのはロヴェルだけでしょう?」
イザベラの言葉にラフィリアがぽかんとした。
「お母さんが……? そんな、まさか……」
この年齢の女の子は早熟だ。恋の話に盛り上がる年齢だからこそ、その意味をはっきりと受け取ったのだろう。
「お前から金銭を受け取った男達はこちらで警戒していたの。奴らはお前に頼まれて何をしようとしていたと思う?」
「嘘よ!! 私は何も頼んでいないわ!!」
「あら、お金を渡したことは否定しないのね」
辛辣に言葉を投げるイザベラにアリアはこちらを睨んで黙り込んだ。
「お前はサウヴェルを殺そうとした。それ相応の覚悟は持つのね」
激怒しているイザベラの言葉に、ラフィリアはアリアを信じられないとばかりに呟く。
「お母さん……? 嘘よね……? お父さんを殺すだなんて……」
「私はそんなこと頼んだ覚えはないって言ってるじゃない!!」
アリアの叫びに、後ろで黙って聞いてた母が言葉を発した。
「確かにお前は言ってはいなかったわねぇ」
その言葉はまるでその時のことを知っているといわんばかりであった。
どういうことかと混乱するアリアに、母はにっこりと笑った。
「お姉さまは全て見えるの。お前が何をしていたのか、何を思っていたか。全て分かるのよ」
「な、なによそれ……」
狼狽するアリアに母はにっこりと笑った。
「お前はサウヴェルとの結婚式の時には同時に四人と関係を持っていたでしょう?」
「なっ……」
ぽかんと目と口を開け放ったサウヴェル達を放って、母は続けた。
「サウヴェルとの関係に悩んでいる振りをして慰めてもらっていたけれど、内二人はお前が結婚すると聞いて裏切られたとお前を捨てたのね。あと二人は今も関係を続けていたみたいだけど、その内の一人が思い詰めてサウヴェルを殺そうとしたのよ」
「なんだと!? 二人じゃなかったのか!?」
サウヴェルの叫びに母はごめんなさいね、と謝罪した。
「ロヴェルが言うのだもの。全部暴露するわ~」
父のせいにして暴露し始めた母の言葉に、サウヴェル達は絶句していた。
それもそうだろう。アリアはサウヴェルを出汁にして男に近寄り、同情を買って慰めてもらっていたのだ。
減った男を補充するように、屋敷で見かけた父の姿にときめいて媚びを売る。
それが上手くいかず周囲から非難されるようになると、それを逆手に取って可哀想な女を演じた。
その状況は新しい家から冷遇される女だ。そして娘を巻き込むことで、周囲の信憑性を高めようとした。
だが予想以上に上手くいかない。ヴァンクライフト家の信用はアリアの予想を上回っていた。
その愚痴を漏らした相手がアリアを信じ込み、サウヴェルを殺そうとしたのが真相だった。
「お前という女は……」
私の怒りだけではなく、今や部屋中が怒りで満ちていた。
全てを暴露されたアリアは俯いたまま、何も話そうとしない。
「お、お母さん……」
呆然としながら泣き出すラフィリアを私は引き寄せた。
身長が全く違うが小さな私に気付いたラフィリアは、思わず私にすがって泣き出した。
ラフィリアの背中をさすりながら大丈夫だよと囁くと、ラフィリアは私をぎゅっと抱きしめる。
父達を出汁にして自分の都合よく男を扱うその態度に怒りが沸き起こる。
さらに自分の同情を買うためにラフィリアを使っていたことが許せない。
「おばさま、ご覚悟下さいね」
私の怒りに空気が振動してエネルギーの摩擦が起こる。
バチバチと周囲に火花が散り始めて、慌てて父達が私を止めに入った。
「エレン!! 物理はダメだよ!!」
「エレンちゃん~! この屋敷吹き飛んじゃうからダメよ~!」
両親に囲まれて、私は何とか感情を抑えようと必死に努力した。
それを間近で見ていたラフィリアが涙を流したままきょとんとした。
「……なに……それ……」
状況についていけないラフィリアを救うように、サウヴェルが慌ててこっちに来なさいと抱きしめる。
思いがけずサウヴェルに抱きしめられたラフィリアは驚いてサウヴェルを見た。
それに気付いた二人は黙って見つめ合う。すると、ラフィリアがぶわりと涙をこぼした。
「お、お父さん……ご、ごめ、んな……さ……」
「……ああ、もういい。いいんだ。済まなかった……」
サウヴェルはラフィリアを大事そうに抱きしめた。
ずっとずっとこうしたかったと想いが溢れる抱擁に、ラフィリアは堰を切った様に泣き出したのだった。