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小さな女神が激怒した。

父から事の次第を報告されて私は目を丸くしていた。

ラフィリアの事もそうだったが、アリアが陰で一体何をしてたのか。領地の経営で忙しいサウヴェルに代わって、イザベラとローレンが家の管理をしていたそうで、その経緯で不自然な支出が発覚し分かったそうだ。

イザベラは報告書にまとめ、サウヴェルを説得した。離婚しなさい、と。


父の報告ではその報告書の内容だったのだが、母がお姉さまから聞いた話だけど、とアリアの所業を事細かに報告し、父の怒りの温度が更に上昇して本当に怖かった。


「オーリ、それは後でサウヴェルに教えてもらえるか?」


「……いいの? もっと落ち込むんじゃないかしら?」


「いや、大丈夫だ。あいつは悲しくないと言っていた。だったら徹底的に潰して欲しい。修復など甘い言葉が浮かばない程に」


「あらあら」


目をぱちくりとさせる母は、父がそれほどまでに激怒している事に驚いていた。

そしてアリアの所業を聞いて私も激怒していた。母は父に話していたので、その下で黙って聞いていた私の表情にハッと気付いて青ざめた。


「え……エレンちゃん……?」


「エレン……?」


母の青ざめた顔に驚いた父も私の顔を覗く。そして父も真っ青になった。


「エレン!! まてまてまて!!」


父が慌てて私を抱き上げた。母は私の頬を両手で覆い、もみもみと解そうとした。


「…………」


いくら揉み解そうとしても私の表情は変わらない。

私は据わった目をして、「潰します」と低い声で宣言した。


「え、エレンちゃん!! 物理は駄目よ!?」


「ええええエレン!! とーさまに任せなさい! ね!?」


「嫌です。私もおじさまを見届けます」


キッと父達を見ると、二人は青ざめながら溜息を吐いていた。

父に至ってはサウヴェル、すまんと謝罪までしている。


「あのおばかさんは女神の中でも一番怒らせたらいけない子を怒らせたわね……」


ラフィリアが屋敷へと帰ってくる日を聞いて、私は徹底的に潰すと心に決めた。



***



ラフィリアは屋敷へと帰ってきて、屋敷の空気が非常にピリピリしている事に気付いた。

自分が起こしたいざこざはもはや修復不可能まで行き、自宅謹慎だと教師に溜息と共に吐かれた言葉に何も言えなかった。


カイに自分の護衛に付いた方が得だと言いたかっただけなのに、どうしてあんなに激怒されなければならないのかラフィリアは全く理解できていない。

更にアミエルに言われた言葉が脳裏に引っかかっていた。


『貴族の仕来りすら覚えようとしないのに貴族だと豪語するのがお前』


(貴族の仕来り……)


父や家庭教師が教えようとしていた事だ。だけど母が言ったのだ。「公爵家なのだからそんなことしなくても大丈夫よ。身分が高すぎて誰も叱れないもの」と。


(身分で言えばアミエルは王族だもの……私に小言を言える立場だわ。だから私に突っかかってきていたの?)


周囲は公爵家の娘に注意など出来ない。だから身分の高いアミエルにお願いしたのだろうか?


(ということはアミエルは……)


皆に頼まれて自分に突っかかっていたのかもしれないとようやく自分の周囲の事に目を向けだしたラフィリアだったが、でもそれも直ぐに無駄だろうと溜息を吐く。


学院に迎えが来るまで自室で待機を言い渡されていたラフィリアは、教師に荷物を全て纏めておくようにと言われていた。

そして使用人が数名迎えに来て、自室として使っていた部屋から私物を全て運び出しているのに気付いたラフィリアは驚いた。


「なんで物を全部出しているの……?」


自宅謹慎が解かれれば、また戻ってくるのにどうしてだと言うと、こちらを見た使用人が言葉少なく「旦那様へ聞いて下さい」と返事をした。

それにしぶしぶ馬車に乗り、屋敷へと帰ってきたのだが屋敷の空気が酷くて居たたまれない。

自分がしたことで、こんなにも怒られなければならないのかと不服なラフィリアは反抗的な気持ちばかりが湧き出ていた。

出迎えたローレンに居間に旦那様がお待ちですとラフィリアを促す。それにしぶしぶ従うと、部屋には既に両親が待っていた。

だが、二人の様子がおかしいことに気付く。


「……ただいま帰りました」


「座れ。話がある」


サウヴェルの怒りが透けて見えたラフィリアは少し怯えながらもアリアの隣に座った。


「お前は学院で何をしたのか自覚はあるのか?」


単刀直入に切り出してくるサウヴェルの言葉にラフィリアはむっとする。


「だって……カイだってエレンよりも私の護衛をした方がお得でしょ? そう言っただけよ」


それにサウヴェルはテーブルをガンッと殴り付けた。

そんな暴力的な姿など見たことがなかった二人はびくりと肩を揺らした。


「お前達二人にはこの屋敷に来た時に伝えたはずだ。騎士とは何か。俺の家がどういう家か。そして屋敷で働いている使用人は使用人ではないと」


サウヴェルの言葉に二人は思い出そうとする。そういえば何か言っていた気がするが、今までの生活が反転したかのように変わってしまった事ですっかりと忘れていた。


「お前は騎士を侮辱した。この家を守ってくれる者達の誇りを蔑んだんだ。お前達の行動は全て報告されている。この屋敷の使用人、メイド、家令は全て騎士であり、俺の部下だ」


サウヴェルの言葉に二人は驚く。

自分達がメイド達に何をしていたのか思い出したらしい。段々と青ざめていく二人に態度に、ようやく自覚したのかとサウヴェルは吐き捨てた。


「今この領地は色々な面で周囲に注目されている。四年前にラフィリアが誘拐されたように、お前達二人の身は狙われていて危なかった」


だが、サウヴェルの続けられた言葉にアリアが一瞬で青ざめた。


「お前達には内密で護衛を付けていた。お前達を心配して護衛を付けたのに……何を報告されたか。アリア、お前なら分かるだろう」


「……お母さん?」


アリアは青ざめてぶるぶると震えていた。お母さん、どうしたの? と心配するラフィリアの言葉も聞こえていないようであった。


「それとラフィリア、お前には貴族の資格がない」


サウヴェルの言葉に、今度はラフィリアが固まった。


「……え?」


「お前は学院で自分は公爵家だと吹聴して回っていたそうだな。あの誘拐事件で懲りたと思っていたのに何も学んでいなかった」


「だって……! そうでしょ!? 私はお父さんの子供じゃない!!」


「……そうだな。だが、それが相手に何をもたらすのかお前は理解しているか?」


「……どういうこと?」


「自分の身分は上だ、敬えとお前は周囲に威圧していたんだ」


「そんな……」


「そんなことをされれば、お前には誰も近寄れないだろう。学院は貴族が殆どだが、騎士学には庶民も数多く通っている。とくのこの家は騎士に通じる家だ。威圧に聞こえないはずがない。それはやがて不満を生み、お前への、この家の評価となる。……お前は学院で家名を貶めた」


だから騎士学の生徒達が自分に文句を言いに来たのだとようやくラフィリアは理解した。


貴族になる前は町に友達がいっぱいいたのにどうして貴族になった途端に友達が一人も出来ないのか不思議だった。

貴族からバカにされるのは何となく理解できていたが、どうして庶民までバカにしてくるのか本当に分からなかったのだ。

自分は気付かない内に相手を威圧していたのだと分かって、ラフィリアは落ち込んだ。


「お前は学院を退院した。これからは市井に戻るように手配しよう」


「お、お父さん!?」


市井に戻るとはどういう事なのかと目を見開くと、サウヴェルは冷たい声で言った。


「俺はアリアと離婚する」


その言葉にアリアが取り乱す。どうして!? と叫んだアリアに、サウヴェルが吐き捨てるように言った。


「どうして? どうしてと言いたいのはこっちの方だ。結婚前から俺を裏切っておいてどうしてだと? お前が一番分かっているんじゃないのか?」


「……お母さん? 裏切るってどういうこと……?」


そこまで言って、ラフィリアは何かを思い出したかのように父を睨んだ。


「お母さんを裏切ったのはお父さんの方でしょ!?」


「……何だと?」


「お母さんがこの家に来てから皆冷たいじゃない!! お母さんはそれに悲しんでた!! だったらお父さんのせいじゃない!!」


ラフィリアのこの発言にサウヴェルは首を捻って心底分からないとばかりに「何のことだ?」と言った。


丁度その時、扉が叩かれる。

扉の向こうでローレンがお連れしましたとサウヴェルに声をかけた。


「ああ、入ってくれ」


サウヴェルが促して入ってきたのは、従姉妹夫婦と祖母だった。

どうしてここにとラフィリアが訝しんでいると、エレンがとたとたと近寄ってきた。

これにラフィリアの怒りが更に沸き起こる。

一体何の用よ! とラフィリアが叫ぶと、エレンは無表情に言った。


「アリアおばさま。私は忠告を差し上げた筈です。とーさまを出汁にするどころかサウヴェルおじさままで……」


エレンはラフィリアを見ずに、アリアに言った。


「潰します」


それを聞いたアリアが怯えて叫び声を上げた。

ラフィリアは見たこともないエレンの様子に一瞬で飲み込まれていた。

全身が鳥肌になってしまったかの様な錯覚が起きる。

何か非常に怒らせてはならないものを怒らせてしまったような、そんな感じを受けた。

それは畏怖だと自覚はないが、その感覚はサウヴェル達も同じだったようで、周囲の大人達も青ざめている。


「サウヴェルすまん……事実を知ったエレンがアリアにキレた」


ロヴェルの言葉に、サウヴェルはええええ!? と情けない声を上げてしまったのだった。




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