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断罪の予告。

一気に気が緩んでしまった事と、最後の最後で陛下と対峙した事で、私の疲れは最高潮に達してしまったらしい。

精霊界に帰るなり、熱を出して寝込んでしまった私を心配して、日夜父が片時も離れずに看病してくれていた。

元々無理をしてしまった経緯もあったので、こればかりは仕方ない。


「エレン、具合はどうかな?」


一時間置きに確かめにくる父を半ば悟りの境地になりながらベッドの上で迎えると、父の背後からこっそりとこちらを覗いている人影が見えた。

アークとヴァンがこそこそしながら、こちらの様子を伺っていたのだ。その顔はこちらを心配そうに見ている。


それに気付いた私は二人に大丈夫だよと手を振ると、ヴァンは目に見えてぱあっと花が綻んだように笑顔になった。アークはにっこりと笑っている。

だが次の瞬間、父に気付かれて扉をバーンと音を立てて閉められた。


「全く。油断も隙もない」


アークのあの爆弾発言から父はアークを警戒していた。

治療を施されて元気になったアークは、母の言っていた性格とはほど遠い印象を受ける程のアクティブさを発揮していた。

母曰く久しぶりの自由に、どうやらはしゃいでいるらしい。


今回は護衛であるヴァンに付いていけば、私に会えるんじゃないかと思ったようだ。

アークはあの手この手を使って私に姿を見せてくる。

今頃とばっちりを食らって閉め出されたヴァンは、耳と尻尾が垂れているんじゃないかと思って気の毒になってしまった。


「とーさま……やりすぎです」


「そんな事はないよ。俺からエレンを奪おうとしている害虫は駆除して当然だろう?」


さわやかな笑顔で恐ろしいことを宣う父に溜息がこぼれる。

父は母や私に対して手を出してくる輩に関して容赦しない。


私を王家に差しだそうとしたアルベルト。

父に懸想をして、勝手な言い分で私達から父を奪おうとしたアギエル。

更にその片鱗を覗かせたアリア。


私達も父を奪おうとするならば、それ相応の応酬は行うが、父を見ていると余りにも徹底していて驚くことが多かった。


「エレンはお嫁さんにならなくて良いんだよ。むしろ俺のお嫁さんでも良いんだよ?」


「…………ん?」


父の言い分に私は首を傾げる。

どういう意味かと父の顔を見ると、父は何かを期待している目でこちらを見て、にこにこと笑っていた。


……これはあれだろうか?


「私はとーさまのお嫁さんに……」


ここまで話すと、父はわくわくと目を輝かせて続きを待っていた。その肩は落ち着きが無く揺れている。


「なりません」


きっぱりと言うと、父はガクーと肩を落とした。


やはりあれだ、小さな娘から言われたい言葉ランキングに入る「お父さんのお嫁さんになる」という奴だ。


また父のロマンの話かと私は冷めた目で見ていると、父が嘆いた。


「おかしい……娘へのロマンを娘が打ち砕く……」


「現実を見た方が宜しいかと思います」


「いやだ」


即答で拒絶して私を抱きしめていやだいやだと父はすりすりしてくる。

私は目を細め、うざいという態度を隠しもせずにされるがままになっていた。


そんな中、突如部屋に現れた母の姿に私と父はきょとんとした。


「エレンちゃん。もうお熱はどうかしら?」


母が私の額にそっと手を当てると、母の暖かい体温が感じられた。


「もう大丈夫みたいね」


母がにっこりと笑う。私はお許しが出たとばかりにベッドからいそいそと降りようとして、父にがっちりと捕まった。


「まだダーメ!」


「ヤでーす! ずっと寝ているの飽きましたー!」


本を取りに行くだけだと駄々をこねると、父が持ってくるからと苦笑する。


「あなた、それはわたくしが引き受けるわ。あなたはサウヴェルの元へ向かってあげて」


母の言葉に私と父がきょとんとした。だが父は直ぐ様何かあったのかと真剣な表情で聞く。


「あったというより、起こした、ね。あのおばかさんもこそこそとやっていたのだけど、今回は娘の方よ。それでサウヴェルの堪忍袋の緒が切れちゃったの」


父と私は、あのサウヴェルが切れたという内容に非常に驚き、互いに顔を見合わせた。



***



サウヴェルは学院からの迎えを寄越すようにとの連絡が書かれた手紙を前にして頭を抱えていた。


手紙にはラフィリアの日頃の素行問題が事細かに書かれていた。

今まで学院内で起こしていた問題だけでは無く、家の名前を持ち出して、他を見下して排斥しようとする動きまであると書かれている。


酷く疲れた溜息をこぼすサウヴェルに、ローレンがお茶ですとカップを差し出した。

だが、サウヴェルはそれに手を付ける気にもならず、ただずっと溜息をこぼしていた。


ラフィリアの素行問題が書かれた手紙の横には、山積みにされた書類もあった。

そちらはアリアの報告書だ。

二つの紙を見て、サウヴェルはぽつりとこぼした。


「ここまでなのだろう……」


「旦那様……」


「ラフィリアには貴族の資格がない。本人もそのつもりだからこそ教えを守ろうとしない。……元より合わなかったんだ」


自分のわがままで二人を家に、貴族に引き入れた。ずっと支えてくれると思っていた。

だが、貴族というものが彼女達を狂わせたとしたら。


サウヴェルは溜息しか出せなくなっていた。


「サウヴェル」


突如空中から姿を現したロヴェルの姿にサウヴェルは驚く。


「兄上、どうなさったのです?」


今はエレンが熱を出して寝込んでいたはずだ。

子煩悩なロヴェルはエレンの看病をすると暫くここへは来ないと宣言していたのだ。


「オーリがお前を心配していた」


「義姉上が……?」


「抱え込むな。何があった?」


義姉は女神だ。全てお見通しなのだろう。

サウヴェルは事の次第を説明するために、先ずはラフィリアの手紙を差し出した。


それを見るロヴェルの眉はだんだんと皺が刻まれて、仕舞いには不可解だと言わんばかりにサウヴェルに質問した。


「何故お前の娘がカイを欲しがる?」


「……カイは精霊と契約したでしょう? あれで欲しくなったようです」


事の発端は、ラフィリアが騎士学の生徒と諍いを起こして反省房に入れられている時に起こった。

その日は奇しくも精霊との交信日。学院生皆がお祭り騒ぎになる日だった。

そんな日に、一人反省房へと入れられていたラフィリアは、外で何が起こっていたか全く知るはずがない。


ところが外に出てみれば、自分の屋敷の使用人が大精霊と契約したと大騒ぎになっていたのだ。

どういうことかと本人に聞こうとして、やはりラフィリアは騎士学の生徒に囲まれているカイの元へと行き、そして自慢するように言った。


「お前は私に付きなさいよ。お父様に言ってあげるから。エレンよりも私の方が公爵家の跡取りなんだから光栄でしょう?」


と。


それまで、ラフィリアはカイがエレンに付いていたというのも気に食わなかったらしい。

まるでアクセサリーの様にカイを扱うラフィリアの態度に、周囲にいた騎士学の学院生達がラフィリアに激怒したのだ。


ロヴェルとサウヴェルは、救いようがないとばかりに頭を振った。


「これはもう駄目だな」


「はい。退院させる手続きを行っています」


ラフィリアは淑女学の生徒だった。それが反省房に入れられて直ぐにまた諍いを起こしたとなれば、自宅謹慎の命が出るのは当然だった。

だが淑女学の自宅謹慎は、退学の命令と同等だった。ラフィリアは淑女ではないという烙印を押されてしまったのだ。


「それで? どうするんだ」


「……母親と共に市井に返そうかと思っています」


「母親と?」


サウヴェルは、今度は別の紙の束をロヴェルに差し出した。

それにはアリアがこれまで何をやっていたのか、事細かに報告されていたのだ。


これを読んだロヴェルは激怒した。


「兄上!! お待ちください!!」


「やはりこいつはアギエルと同じだった!! お前を差し置いてこんな……!!!」


今直ぐにでもこの家から追い出せと叫ぶロヴェルに、慌てたローレンとサウヴェルがロヴェルを止める。


「分かっています!! だから俺はアリアと離婚する!!」


サウヴェルの叫びに、ロヴェルはぴたりと止まった。


「……本当だな?」


「はい。俺はもうアリアを信じられません。アリアもそれを望んでいるでしょう。ラフィリアを交えて話をするつもりです」


サウヴェルの決心にロヴェルはばつが悪そうにした。


「……俺が発端だったのか」


「いいえ。アリアは不貞の理由にたまたま居合わせた兄上を使っただけです。俺が横にいるのも忘れて媚びを売るその態度が許されると思っていた」


「……」


「アリアはあの時、家族になるのだから気に入られようとしたと言っていた。だが、あんな態度を取ったのは後先にも兄上の前だけなんです。貴族としての仕来りも調子が悪いからと受けようとしない。俺が家に帰ってきても出迎えようともしない。出迎えない理由はこれで分かりましたがね。……そんな女だったんです」


「サウヴェル……」


「女神は分かっていたのでしょう。あの女の本性を。だからこそ警告した。だけど、その警告すら無視をする女だった」


「……そうか」


「……不思議なんです。あんなに愛していたはずなのに。裏切られて悲しいはずなのに、ちっとも悲しいと思えない……」


「あー……それは、な……」


ロヴェルは頭を掻く。こんな状況なのにサウヴェルは己の胸を占めている女性の存在に気付いていないらしい。

むしろ、これでスッキリするとばかりに前を向いていた。


「悲しいですが、俺は娘にも嫌われています。ラフィリアは母親に付いていこうとするでしょう……」


サウヴェルは本当に娘を愛していた。

こればかりは気持ちが分かったロヴェルは、サウヴェルの肩を抱く。



ラフィリアが帰ってきたその日に、決着をつけるとサウヴェルは言った。


ロヴェルはサウヴェルを励ますように、家族が側に付くと申し出る。

それにサウヴェルは心強いと嬉しそうに笑ったのだった。



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