腹黒さんはとことん腹黒。
想像してみて下さい。
「腹黒」の意味を知った時の陛下の顔を。
「ほう?」
にやりと黒い笑みを浮かべている様は、身長差のせいだと思いたいが見下されているようだ。
だけど私は腹をくくって陛下にお伺いを立ててみた。
「陛下」
「なんだ?」
「陛下のこと、これから腹黒さんって呼びますね!」
「……エレン、それは報告じゃないか」
「事後報告でごめんなさい」
「……今までそう呼んでいたことが私にばれたぞ」
「あちゃー」
「棒読みか」
やはり陛下は腹黒だ。流されずに許可が下りなかったと私は落胆する。
くっくっくと笑う陛下は本当に楽しそうであったが、それをずっと横で黙って見守っていた父が疑問を口にした。
「ねえエレン。俺には一つだけ疑問があるんだが」
「何でしょう?」
「200年前の王家はアークを間接的に使って惨劇を行っただろう? その時の王家はアークの存在を知らなかったのか?」
「ご存じ無いかと」
「……何故そう言い切れる?」
「あの惨劇が起こったからです」
「……?」
「にーさまの存在を王家が知っていたならば、王家はかーさまじゃなくて、にーさまに直接お願いしようとしませんか? その方が早いですし労力も最小限で済みます」
「!!」
「一言事情を説明すれば、にーさまは直ぐ様、循環が滞ったせいだと気がつくでしょう。にーさまならモンスターテンペストの解決もたやすいはずです」
学院長の先祖はアークを見つけて実験を重ねていた。王都がモンスターテンペストで危機に陥ろうともアークの存在を隠し、アークで得た実験結果だけを報告したのだ。
しかもその大規模な魔法の試行は、応用実験を更に兼ねているものだろうと推測できる。
王家が民のためにしたことを逆手に取って、己の私利私欲だけを求め、王家すらも利用したのだ。
「つまり全てベルンドゥール家がもたらしたと……」
黙って聞いていた陛下も学院長を睨む。
王家が呪われた経緯も全てこの家が絡んでいると分かれば、少しばかり感情が漏れ出たとしても仕方がないだろう。
逃亡を試みようとした学院長は近衛達に捕らえられ、縄で縛られて床に転がされていた。
震えながら話を聞いていた学院長は、あわを飛ばしながら叫んだ。
「でたらめだ!! 大体、200年前の事など分かるものか!!」
「あなたのお家の爵位の記録で分かるんじゃないでしょうか?」
私の言葉に陛下達が固まった。思案していた陛下はその答えを直ぐ様導き出したようだ。
「なるほど……大規模な魔法を発表をすれば功績とみなされ陞爵位はされるか。それがまさに民を救うための術だと思えば尚の事」
調べよう、と陛下は頷いた。
ここまで話が進んで、私は大きな溜息を吐いた。
アークを助けなければと数日緊張していた糸が緩んできたのかもしれない。
一昨日、熱を出して寝込んでいたせいか、思いの外まだ身体が本調子ではなかったらしい。少しばかりまた身体がふわふわとしてきた。
それに気付いたのか、父が私の頭を撫でる。それにされるがままになっていると、近衛に立たされた学院長は、こちらを睨んで叫んだ。
「このクソガキがッ!! 何が推理だ!! お前が勘ぐりさえしなければ!! 臥せったお前を心配していたヒュームもこんな扱いをされるというのが分かっているのか!?」
一族全て断罪されるのが分かったのだろう。
私に付いて学院を案内してくれたヒュームすらもこんな目に遭わせるのかと学院長は血走った目をしてケタケタと笑い出した。
それに私は首を傾げて何のことだと言わんばかりに返事をする。
「あなたの一族に"ヒューム"という子はおりませんよ?」
私の一言に学院長はおかしくてたまらないとばかりに知らなかったのか、あれは俺の子だと笑い続ける学院長を見て、訝しげにしていた陛下がたまらず口を挟んだ。
「なぜベルンドゥールは知らない? ……ロヴェル、私の手紙は渡したのか?」
「あ」
陛下の言葉に父がしまったとばかりに口にする。これに陛下が溜息を吐いた。
どうせ時間稼ぎでもしていたんだろうと呟く陛下は父の行動は読んでいるようであった。
「サウヴェル」
「兄上、なぜ私に説明させるのですか」
「したそうにしてるから?」
「……よく分かりませんが、まあいいでしょう」
サウヴェルは学院長の前に膝を付いて手紙をバッと開いて見せた。
「お前とリリアナ殿の離婚証明書だ。既に教会にも受理されている。更に陛下の手紙にはヒューム殿の移動が記されている。ヒューム殿は家からの独立も認められた。……どちらにせよ、既にお前の子では無い」
「な……っ」
目と口をあんぐりと開けて呆ける学院長に陛下はくすくすと笑った。
「私は仕事に忠実で才能溢れる者が大好きでね。ヒュームには目をかけている」
陛下の言葉に近衛達が胸を張って誇らしそうにしていた。
この人達は純粋に王家至上主義の人達なのだろう。
「ヒュームにお前の一族の血が入っていないのは幸いだった」
陛下のこの一言で学院長は全て悟ったらしく、がくりと肩を落とした。
近衛達は学院長を外へと連れ出していく。
これで終わりだろうか。
私がそう思った瞬間、陛下がこちらを振り向いて笑った。
学院長に対しては冷酷だが、私を見る時の陛下の顔が非常に機嫌が良いということに気付いた。
そして、何故機嫌が良いことにも気付いてしまった。
私は思わずまた、陛下から後ずさりして無意識に距離を取っていた。
「なぜ逃げる?」
「……結果的にそうなったというだけで、私は別に……」
「ああ、もう気付かれてしまったのか。惜しいことをした。だが事実だ。そうだろう?」
「……」
「エレンちゃん、どういうこと?」
首を傾げる母を横目に、私は分かるように言った。そしてこれが不本意であることも。
「私は別に陛下を擁護した訳ではありません。結果が……そうなったというだけで……」
私は王家と学院長の繋がりを否定した。
全ては学院長がしていた事。それを裏付けたのだ。
精霊側としては不本意かもしれない。呪いを受けた王家とアークを捕らえていた主悪の根元が繋がっていなかったと分かってしまったのだから。
「王家が精霊にしたことに変わりはない。たとえ弁解ができたとしてもーーー……」
そこまで自分で言って、何かが引っかかった。
直ぐ様思考はこれまでの経緯をなぞっていく。
急に黙ってしまった私に、陛下はどうしたと声をかけた。
……私は気付いてしまった。
そうだ、陛下は一言も言っていないではないか。「呪いを解いて欲しい」なんて、一言も……。
まさかという思いで私は陛下を見た。
信じられないと物語る私の顔を見て、陛下は驚いた顔をした。そして言った。もう気付いたのか、と。
「どうして……どうして!?」
どうして呪いを解いて欲しいと言わないのか。
それだけがぐるぐると頭に回った。
そしてその答えに気付いた。
なんということだろう。
「そんな……」
「やはりエレンは聡いな。……いや、聡すぎるというべきか」
苦笑する陛下に私は首を振る。
なんと言えばいいのか、分からなくなって私は混乱していた。
「側にいられないのは、少しばかり寂しいがな」
そう笑った陛下は、近衛達と共に階段を上って去って行った。
***
陛下達の姿が見えなくなって、広間には私と父と母の姿しかない。
それでも暫く私は呆然としていた。
そして恐ろしくなって震える。ぞわっと鳥肌が立ってしまった。
思わず父の胸に飛び込むと、父と母は心配そうにこちらを見ていた。
「エレンちゃん、どうしたの? 最後腹黒さんと何か話していたようだけど……」
「かーさま……」
涙目になっている私に気付いた父が驚く。一体何があったというんだと促されて、ようやく私は口にした。
「陛下は呪いを解く気なんて全く無いんです」
「……は?」
父と母の声がハモる。まさかそんな事をいきなり言い出すとは思いもしなかったらしい。
「かーさま、陛下には呪いは無意味です。戒めになんてならない」
「……どうしてそんな事が分かるの?」
「かーさま、精霊の呪いは私達にとって毒です。その呪いに引き込まれて狂いかねない」
「……ええ、そうよ」
「陛下はそれを逆手にとって武器にした。精霊魔法使いの中に王家の者が突撃したらどうなります?」
そこまで言うと、やはり父も驚愕した。
「精霊達が逃げ出す……」
「王家の呪いは精霊魔法を無力化できる武器となる。だから陛下は呪いを解いて欲しいなんて全く思っていないんです」
私は陛下の腹黒さをとことん思い知った。
あの人は、どんな状況に陥ろうともそれを武器に転じてしまうのだろう。
これを聞いた母がたまらず叫んだ。
「だから腹黒さんは苦手なのよ!!」
と。
私達は疲れたと溜息を吐いて、帰途につくことにしたのだった。