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腹黒がバレました。

周囲の精霊が陛下の呪いに気付いて殺気を放つ。

その気配に背後にいた近衛達が一気に反応した。一触即発な空気の中、前に進み出たサウヴェルと陛下が近衛達を下がらせた。

それを見ていた母は溜息を一つだけ吐いて、周囲にいた大精霊達に言った。


「あなた達、アークを連れてお帰り」


「しかし女王……!!」


「良いのよ。わたくし、一度人間の王とお話してみたかったの」


くすりと笑う母は父の横にふわりと降り立つと、父の腕に絡んで陛下を見た。

大精霊達は陛下を睨みながらもアークを優先する。

アークの予断を許さない状況は無くなった。ここまで回復できれば精霊界に連れて帰って治療を再開出来るだろう。

私もアークの元を離れ、父の元へと駆け寄る。母とは反対側の場所に陣取って陛下と対峙した。


転移で消えた精霊達の気配が無くなると、陛下がぽつりと言った。


「人型の精霊をこんなにも目にする事が出来るとはな……」


「精霊とはご縁が無いので珍しいですか?」


父が嫌みを飛ばすと陛下は苦笑した。


「表で精霊と契約した学院生を見た。……我々も呪いが無ければ契約できたのかもしれないと思うと少し寂しいな」


「そうですか」


素っ気ない父の態度に近衛達が苛立つのが分かった。サウヴェルはまたかとばかりに溜息を吐いている。

そんな中、後ろから現れた人物が広間の様子を見て叫び声を上げた。


「いない!? 我が家の精霊がいないだと!?」


もぬけの殻になった広間には、繋がれていたアークはもういない。

次の瞬間には何故ここにいるんだと父や私を見て、学院長はわなわなと震えていた。

私達がアークを解放したことに気付いたようだ。それに対して父は辛辣な言葉でこう返す。お前の家が捕らえていた精霊は返してもらったぞ、と。


「何だと!? あの精霊がこの学院に何をもたらしているのか分かっているのか!?」


「お前こそ分かっていない。お前達があの精霊を捕らえていたからこそモンスターテンペストが起きてしまったというのに」


父の言葉に陛下達が反応した。どういう事だと陛下が言うと、母が説明する。


「あの子はこの世界の力を循環させる精霊よ。力が滞ればそれは一カ所に溜まり、動物に作用して歪みを生むわ。それを知らなかったとはいえ力を奪い、その循環を滞らせた」


「歪みを生む……?」


「モンスターテンペストよ」


「な……っ」


驚愕する陛下の顔なんて初めて見た。そして陛下は一瞬で無表情になって学院長を見下ろした。その顔を見た学院長は一気に青ざめて悲鳴を上げる。腰を抜かして床を這って逃げようとした。


それをサウヴェルが一瞬で剣を抜いて学院長の目の前の床に突き刺した。

突如目の前の床に剣を突き刺されて逃げられなくなった学院長は悲鳴を上げる。

逃げ場を無くした学院長は青ざめながら、私は知らないと叫んだ。


「知るわけがない!! この精霊は先祖が見つけたものなんだ!! 私は何も知らない!!」


「何を言っている。貴様はその口で先ほど叫んだじゃないか。捕らわれていた精霊がこの学院に何をもたらしていたか、我が家の精霊がいない、と」


「……っ!!」


父の言葉に学院長は更に顔色を無くす。どうやら図星だったようだ。


「よくもわたくしの子を300年近く弄んでくれたわね。どうしてくれようかしら……」


母が顎に手を当てて首を傾げる。その顔は特に怒りが滲んでいる風でも、笑顔でもない。

それは扱いに困り果てた玩具を気軽に捨てる様と似ていた。

どうやって捨てようかしら。そんな言葉が浮かびそうな程に。


母は父の隣で浮かんでいるので精霊だと直ぐに分かるだろう。

そして母の言葉に学院長は驚愕したようだ。

そう、母は言った。「わたしくの子」と。


「親だと……!? そんな、まさか……!!」


子であるアークがもたらした恩恵だけでも計り知れない力を感じていた。だからこそ、その親である母を見て、学院長は驚愕に顔を歪めた。そんな精霊が学院長を見てどうしようかしらと首を傾げているのだ。


「待って欲しい。女王よ」


この状況を断つかのごとく陛下が声をかけてきた。それに母が何かしら、と笑う。だが、その笑顔を見た陛下は顔が緊張のせいか、少しばかり引き吊っていた。


「その男は渡せない。それは私の国にとっても重要な男なんだ」


「……あら」


陛下の言葉に学院長の顔が驚喜に歪んだ。助けてくれると思ったようで、陛下の足下に這って命乞いをしている。

陛下はそれを無視して母を見ていた。そして死刑宣告よりも重い言葉を放ったのだ。


「この男は敵と通じている。洗いざらい吐かせなければならない。貴女の娘が狙われているのだ」


陛下の言葉に母が目をぱちくりと瞬いた。

あらあらと言いながらまじまじと陛下を見ている。


「わたくしの娘を持ち出せばわたしくが納得するとでも思うの? お前達人間なんて取るに足らない存在でしか無いというのに」


陛下を挑発する母の言葉に少なからず私は落ち込んだ。

確かに精霊からしてみれば人間なんて取るに足らない存在でしかない。だけど私はその血を受け継いでいた。人間として生きていた生前の記憶もあった。

精霊として、全てを統べる者から見れば人間は確かに小さな存在でしかないだろう。


父をちらりと見れば母の言葉を受けても平然としていた。母の言葉はただの挑発だと理解していたからだ。

気持ちが顔に出そうになってしまった私は、思わず父の背後に隠れた。

父の腰に頭を埋めると、気付いた父がこっそりと大丈夫だよと頭を撫でてくれた。


ふふふと笑う母の挑発に煽られ、周囲の者達が気色ばむ。

それを手で制し、陛下は続けた。


「確かに貴女にとってしてみれば我々は手も足も出ない小さな存在だ。だがその男の先祖がもたらした物は貴女方とって驚異ではないのか? ……少なからず、あの時の惨劇が起きたときの様に」


陛下の言葉にぴくりと反応した母は黙った。

これに父と私も反応する。ああ、やっぱり陛下は腹黒だ。


気付いていた。気付かれてしまった。


「…………」


ぷるぷると震える母をどうしたのかと見ると、母は「エレンちゃ~ん!!」と急に私に抱きついてきた。


「かーさま頑張ってみたけどやっぱり腹黒さんは苦手よ~!」


母の叫びに私はぎょっとする。案の定、陛下はきょとんとして「腹黒……?」と復唱しているではないか。


「かーさま! しー!!」


「エレンちゃんの真似をしてみたけど上手くいかないの~。どうしよう~~~……」


しゅーんと落ち込む母に溜息を吐いた。

これが世界を統べる女王かと思うと私は頭が痛くなる。

そういえばアギエルに関しても炎の固まりを投げつけたいと言っていたのを思い出す。もしかしたら母はかなりの直情型なのかもしれない。


父の背後からそろりと姿を現すと、陛下がにこりと笑った。


「久しぶりだな、エレン。そういえばロヴェルからお願い事を聞いたよ。妥協案しか出せなくて悪かったね」


「お久しぶりです、陛下。妥協も何もそうなさると分かっていたので問題ございません。お願いを聞いて下さってありがとうございます」


淑女の礼をしてにこりと微笑むと、陛下もそうかい? と笑って返事をした。

互いの空気は先ほどとは変わって一瞬で和やかになったが、父とサウヴェルが少しばかり顔色が青くなった事に気付いたらしい近衛達は戸惑っていた。

母に至っては「エレンちゃん、頑張って!!」なんて応援までしている。

学院長もどうなっているんだと目を白黒させていた。


私は腹をくくって学院長の方を向いて投げかけた。


「学院長さん。どうしてこんな事態になっているのか、答え合わせをしましょうか?」


私の言葉に学院長は目を瞬かせた。


「あなたは私の薬の製法知りたさに私を無理矢理学院へと通わせようとしました」


「なっ……」


「あなたは知らなかったでしょう。私の薬の製法は王すらご存じ無いということを」


「なんだと……」


「あなたは王を差し置いて、私から薬の製法をヒューム君を使って聞き出そうとしました。これで何故王が出てきたかお分かり頂けましたか?」


「まさか!? あいつが……!!」


「勘違いしている所申し訳ありませんがヒューム君は何も話しておりません。状況を怪しんだ私が推理しただけです」


「推理!?」


「はい。あなたの行動が何もかも怪しすぎたので」


私の言葉に学院長は口をパクパクと開けていた。混乱して何を言って良いものか分からなくなっているらしい。その様子を見ている陛下は笑顔だ。


「エレンのお陰でお前の企みを知ることが出来た。エレン、感謝する」


「いいえ、陛下。こちらもお願い事があったのでご報告はその次いでですのでお気になさらず」


「そうか」


くくくと笑う陛下に、学院長は絶望の顔をしてた。薬の製法を独占しようとしていた事がばれているのだとようやく理解したらしい。


「更にあなたの一族は精霊を使って罪を犯した。その代償は計り知れない」


「モンスターテンペストの原因がこやつの一族だったとはな……」


「あなたの国の貴族ではありませんか」


「ああ……確かにそうだ」


私の言葉に反論もせずに頷く陛下の態度に引っかかりを覚える。どうしてここまで従順なのかと疑わずにはいられなかった。


「……それで、この男の身柄ですが」


「それは流石に譲れない。エレンも分かっているだろう? こやつの行いは他国の侵入を許しこの国を危うくする」


「そうですね。陛下は既にカードを見せてきましたし、そうするしかないでしょう」


「ああ、先に見せて正解だったな」


「では、この男の一族縁の魔法の品々、その記録、全てこちらへ」


「良いだろう。好きにしろ」


「な……何を仰られているんですか陛下!!」


「何だ? お前の一族の研究記録を全てエレンに渡すと言っているだけだが」


「そして私はあなたの身柄とその一族の断罪を陛下に委ねました」


息の合った私と陛下の言葉に学院長は呆然としていた。

そして私はまた陛下を見る。忘れてはいけない。


「それから陛下」


「ん? まだあるのか?」


「この者の一族の精霊に関する記憶を頂きます」


私の言葉に陛下は目を見開いた。そんなことまで出来るのかと呆然と呟いてる。


「全て、渡して下さい」


「良いだろう」


驚いたものの、即答する陛下に私はいよいよ我慢できなくなってきた。思わず訝しげな目をして陛下を見ながら後ずさると、陛下はそんな態度をした私を見て、少しばかり傷ついた顔をした。


「……どうした、エレン」


「あ……いえ……その」


言い淀んでいると、気付いた父がハッキリと言った。


「陛下が素直すぎて気持ち悪いってはっきり言った方が良いよ、エレン」


「……とーさまは正直すぎます」


私と父のやりとりに陛下が自覚があったのか苦笑する。

こちらがお願いできる立場では無いからな、と陛下は正直に答えてくれた。


「それに私はもう、あんな事は繰り返すべきでは無いと思っている」


呪われた経緯を知ったからこその言葉だった。

知らずにいたら強引に押し進めていただろうな、とも漏らす。

ここまですんなりと交渉が進んだ経緯は陛下の心変わりにあったのかと知って少し驚いた。

だが、この交渉は口約束だけで保証するものは無い。

そこをどうするかと思い悩んでいると、陛下は既にその事に気付いていたらしい。


陛下は胸に手を当て、そして頭を下げた。

それに近衛達が驚いて陛下!? と叫んでいる。

王が腰を折るなどといった行為は敗北を示す事に等しいものだったからだ。


「私は誓おう、女王に、そしてその宝であるエレンに。精霊との約束を守ると。そしてエレンを、ロヴェルを国を挙げて守ると」


これに周囲の者達の目が驚愕に見開いた。

母はあらあらと嬉しそうな声を上げた。それは母が納得したという証でもあった。


「……母は納得したようです」


「そうか。有り難い」


「ですが呪いの件は別ですよ?」


「やはりエレンは手厳しいな」


私と陛下のやりとりがとんとん拍子に進んでいると、最後に陛下が言った。



「ところで腹黒とはどういう意味だ?」



黒い笑顔でそう言う腹黒さんは、やっぱり忘れていませんでした。





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