精霊の儀式と救出作戦。
滞在の最終日、この日は学院内でも一年に一度の大がかりな催しが行われる日であった。
『精霊との契約の儀式』
14歳になると、精霊と適正が試され、交信する為の儀式が行われる。
この一大イベントの最中に、私と父は城の中心にある教会に侵入し、地下へと向かうのだ。
ヒュームとリリアナは既にヴァンクライフト家の屋敷にて保護している。
「ヴァン、頼んだぞ」
「御意に」
この場にカイはいない。カイは14歳になるのでこの儀式の為に朝から準備に追われていた。
最終日に合わせた作戦は事前にカイへは伝えてはいたが、それはこちらで対処すると外された。
カイは儀式に集中するようにと父が言った。一生に一度の交信の儀。逃してはならないと父はカイに笑う。
カイはこちらと共にしたそうではあったが、この儀式に皆の意識が集中している間に精霊を救出する意味は陽動作戦に他ならない。
その事を伝えると、畏まりましたと納得してくれた。
「とーさま、カイ君には伝えたんですか?」
「ああ、あのこと? 伝えていないよ」
「え……」
「だって、そっちの方が驚くだろう? 騙すならまず味方から、だよ」
パチリとウインクする父の姿に、私は内心でカイ君ごめんなさいと謝罪していた。
***
昨夜から姿が見えないヒュームにバルファは苛立っていた。
一昨日からリリアナの姿が見えないと屋敷の者が使いを寄越してきた。
ヒュームがリリアナを隠したのかと思ったが、屋敷の者は誰の姿も見ていなかった。
更にリリアナの姿だけではなく、その部屋の中にあった物全て無くなっていた。
人に気付かれず、チェストやベッドまで無くなるとは思えない。
一体何が起きているんだとバルファは混乱していた。
ヒュームの様子を見るも、一昨日から昨日にかけて、英雄の娘が臥せったからと付き添っていた。そんな時間も無いだろうし、疑惑を向ければ母親に何かあったんじゃないかと駒に出来なくなる。
上手く行かない事態にバルファはイライラと爪を噛んだ。
「だが、何故今度はヒュームの姿も見えなくなるんだ!?」
昨夜から姿を見ていないと教師達は口を揃えて報告してきた。
そちらにヒュームはいませんかと英雄に聞くも、扉の前で素気なく「知らん」と返された。
英雄の娘に学院長室の隠し部屋を見つけられてしまってから警戒されている。
更に今日は年に一度の精霊の儀式の日だ。英雄に一緒に儀式を見守りませんかと誘えば、身内が参加するから騎士学の側で見ると断られた。
四年前から精霊の呪いが発覚した王家の者は、教師達と遠巻きに儀式を見守るのが通例になってきた。
ヴァンクライフト家は王家との因縁がある故に、王家の傍を厭って遠回しに断られたのかもしれない。
そもそもこんなにも忙しければヒューム達の捜索にまで手が回らない。屋敷の者を捜索に当たらせているが、そんな者達を学院に入れるわけにもいかないしで捜索は難航していた。
「くっそ!! くそお!!」
机の上にあった書類やインク瓶に当たり、書類がバサバサと落ちる。
全てが上手くいかないと、学院長は頭を掻き毟っていた。
インク瓶の蓋が衝撃で外れ、中身がこぼれて周囲をじわじわと黒く染めていた。
***
カイは興奮しながら儀式の順番を待つ同級達を見ながら溜息を吐いていた。
本来ならば、こういう時こそ護衛としてエレン達の側にいたいというのに、精霊絡みは精霊が対処すると護衛から外されてしまった。
しかし、その精霊を助ける為にこの催しが陽動になると言われれば、カイは納得して従うしかない。
感じる疎外感は己が人間だからなのだろうか?
ヴァンはエレンの護衛として付いているだろう。人間だからあの輪に入れない。
(俺は……エレン様をお守りすると誓ったのに)
このままではただの役立たずだ。
もし、この儀式で精霊と契約することが出来たら、少しはお役に立てるのではないだろうか?
カイは自分の順番が来るまで、黙ったまま前を見据えていた。
***
運動場の様な広場の中心には、10の魔法陣が描かれていた。その中心に一人ずつ立って、教師の補助を受けながら精霊と交信するらしい。
この催しは学院生達にとっての娯楽にもなっているらしく、全生徒が見守っていた。
そんな中で私と父は、騎士学のムスケル教官と共に遠目から見学していた。
学院長の側には王家の者達が見学として側にいるらしく、近付いてはいけないと父が判断していた。
いざ儀式が始まると、見えなかったあの赤い魔素の粒が見えるようになっている事に気付いた。
この膨大な儀式の力を補充するために、学院はアークの力を利用していたのだ。
「……酷い」
ぼそりと呟いた私の言葉に父は直ぐ様反応した。何か見えているんだね? と父は私を宥めるように抱きしめてくれた。
「アークにーさまの力が儀式に使われているんです……。この膨大な力を補充するために……」
「そういうことか……」
幾度と無く行われる儀式。時折反応があった場所では小さな精霊が声に導かれて姿を現す。そんな反応がある度に周囲から歓声が聞こえてきた。
お祭り感覚で行われている裏側での犠牲に、私はたまらず目が潤んできた。
「エレン、そろそろだよ」
父の囁きに私は、見ていられずに父の肩に埋めていた顔を上げる。
広間の一つの魔法陣に向かったのは見知った姿だった。
「……カイ君」
「これから大騒ぎになる。いくよ、エレン」
「はい」
私は涙を乱暴に拭って、前を見据えた。
***
順番が回ってきた。
広間に描かれた魔法陣の一つの中央に立つ。
横で介助している教師が、落ち着いて精霊に声を届けるように祈るんだと言っていた。
(精霊に、声を……)
聞いてくれるだろうか。力を貸してくれるだろうか。守りたい人を守るための力を。
魔法陣が光る。どうか、俺に力を貸してくれないだろうか。
あの人を守りたいんだ……!!
急激な力の波動に周囲は騒然となった。
突風が吹き荒れ、カイの周囲にいた面々は吹き飛ばされる。
同じように突風に吹き飛ばされそうになるものの、カイは足を踏ん張った。
一体何が……そう思い、薄めながらに前を見据えた先には、大きな白い虎がゆっくりとこちらへとやってきた。
その姿は見たことがある。どうしてここにいるんだとカイは目を見開いていた。
『小僧か……我を呼んだのは』
獣の遠吠えの様な威圧感に身体がビリビリと震えた。
さっきまで会っていたはずなのに、どういうことだとカイは混乱する。
「……どういうことだ」
『力が欲しいんだろう?』
「……」
『小僧の声は我に聞こえた。小僧の願いもな』
「……貸してくれるのか。あの人を守るために」
『元より目的は一致している。それに……何だ。小僧が他の精霊と契約してあのチビ助の様な奴がしゃしゃり出てこられても……困る』
ふんっと鼻息を荒くする獣に、カイは無性に笑いたくなった。
『さあ、どうする小僧』
「決まっている。力を貸してくれ!!」
『契約は成された。我が名は大精霊ヴィントの子・風を司るヴァンである!!』
獣の遠吠えは周囲に嵐を呼ぶ。
学院始まっての出来事に、周囲は呆然と事を見守っていた。
***
ヴァンが出てきた辺りで父と一緒に教会内部へ転移した。
内側から鍵を掛け、中に人が入って来ないようにと細工する。
「とーさま、こっちです!!」
中央の身廊を走る私に、後ろから鍵を掛けている父が待ちなさい! と叫んだ。
その叫びと同時に、外から爆音の歓声が届いていた。陽動が上手くいったらしい。
祭壇前の盛り上がり部分の絨毯を私は焼く。そして露わになったそこには、夢と同じように蝶番が掛けられた扉が現れた。
その蝶番の金属の構造配列を変えて形を変える。パキンと外れた蝶番は弾け飛んだ。
更に扉を勢いに任せて魔法で弾き飛ばした。力の加減が出来ず、弾け飛んだ扉は周囲のイスを薙ぎ倒す。
「エレン!! 落ち着きなさい!!」
父の叱責にビクリと震えた。涙目の私を抱いて、一緒に行くんだよと父が優しく私を諭す。
それにこくんと頷いて、父に抱きついた。
父は私を抱えて、暗く長い階段を下りていく。
降りて行けば行くほど、その気配は濃厚になっていった。
広間に到達すると、私はいてもたってもいられずに父の腕の中で暴れる。
「アークにーさまぁ!!」
涙がこぼれる。張り付けにされたアークはぐったりとしていた。
「かーさまぁ!! アークにーさまを助けて!!!」
焦って暴れる私を父は押さえようと必死に私に声をかけていた。でも、そんな声も何も聞こえない。助けて、助けてとばかり叫んだ。
私の声に呼ばれて、母が姿を現した。
その姿は光に包まれ、そして私に笑い掛けた。
「よくやったわ、エレンちゃん!!」
母の腕が上空へと上げられた瞬間、周囲は光と共に弾け飛んだ。




