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残念なサウヴェルおじさま。

アークが逃げられなくなってしまった経緯が分かった今、更に彼はこの状態で300年近く拘束されていた可能性まで出てきた。

循環に回せるだけの力すら余り無いという事は、殆ど眠ったままなのかもしれない。


あの時のアークを思い出す。私を見て、助けてなんて言葉を一言も言わなかった。むしろどうして泣いているのとこちらを気遣っていた。

王家の呪いと同じ状況下にあるのにも関わらず、どうしてあんな言葉が言えるのだろう。

王家の呪いの靄は私に気付くと、その手を伸ばして助けてと泣き叫んでいたのに。

ぐすりと泣くと、母に抱きしめられた。

頭と背中を撫でられながら、私は助けたいんですと言った。


「かーさま、ヴァン君に周囲の仕掛けの場所を確認してもらっているんです。それを壊せばアークにーさまを助けられますか?」


「うーん……」


首を傾げる母に私は何か問題があるのですかと訊ねずにはいられなかった。


「エレンちゃん、それ、壊さないでくれる?」


「え……でも……」


「むしろ壊しては助けられなくなるかもしれないの」


「……どうしてですか?」


「無理矢理アークから魔素を引き出しているというのなら、アークの周囲は魔素の溜まり場よ」


「あ……」


放出している装置を壊せば、出口が無くなった魔素は教会の地下に一気に溜まる。

母を呼んでアークを繋いでいる拘束を壊そうとすれば、母の持つ力と高濃度になった魔素のせいで何が起きるか分からない。

下手をすれば大爆発。学院の生徒も道連れになるだろう。


「その装置はむしろ壊してはダメね。ヴァンにもそう伝えて頂戴」


「分かりました……」


「エレンちゃん。何を気を落としているの? 本当にお手柄よ! とーさまと一緒に地下まで行ってくれる? そしてわたくし達を呼んで。皆一斉に駆けつけるわ」


「はい……っ!」


表で精霊が大量に現れれば騒ぎになる。こっそりと城の教会へ侵入するしかない。

だけど、あの夢の時とは違って今は父や母達がいる。そう思えば、絶対に助けられると勇気が湧いてきた。


「その話は明日の朝、また詳細を話し合おう。それからエレン、ヒュームの母親の事についてなんだけど」


父の促しに私は頭を切り替えた。


「学院長は私の薬の製法を知りたがって私を学院に入学させようとしていました」


私の言葉にサウヴェル達が頭を抱えた。通りで断っても諦めないはずだと溜息をこぼした。


「その製法を聞き出すために、学院長はヒューム君を寄越したんです。ヒューム君はお母様を盾に取られて言うことを聞かざるを得ない状況下にいました」


「学院長は彼の父親なのか……」


「あ、ヒューム君と学院長は血は繋がっていません」


「……繋がっていないということは彼女は後妻なのか?」


「側室に当たる方かと……」


「……そうなのか」


サウヴェルの質問に次々と答えていくが、私は次第に何だか不思議な感覚に捕らわれていた。

まるで「気になるあの子の情報教えて攻撃」に似ている。

考え込んでいるサウヴェルに、私は首を傾げて切り出してみた。


「…………おじさま? リリアナ様のお話ではなく、ヒューム君のお話に移ってもよろしいですか?」


私の問いかけにハッとしたサウヴェルは、切り替えるように咳払いをして頼むと言った。


「話を戻しますが、ヒューム君は冷遇されていたお母様を救う為に、学院長の言いなりになっていたんです。だから……」


「彼女をここへ連れてきたんだね」


父が言葉を引き継いで話してくれたので私は頷く。


「ヒューム君は宮廷治療師の資格を既にお持ちな程に腕が良いです。ですが学院長はこのままでは王家から断罪されます。そうすればヒューム君もリリアナ様も巻き込まれてしまう。そう思ったのでヒューム君と取引をしました。我が領地で働いて下さるのならば、お母様をお助けしましょうと」


「そうだったのか……」


「ヒュームにもこの事は伝えたが、陛下もヒュームには目をかけていると言っていた。断罪は少し待ってくれるだろうが、彼女の離婚を早急に行った方が良いだろう。あの男と式を挙げているか確認して欲しい。場合によっては調停が必要だからな」


「分かりました……」


それは偏にあの家からヒュームを引き剥がして助ける為だ。

彼女に説明しなければならないなと漏らし、サウヴェルは頭を抱えた。リリアナにどう話を切りだして良いものか悩んでいるのだろう。


それを見ていた一同は冷めた目をしていた。

それに気付かないのはサウヴェルだけだ。だが、ようやく周囲の自分を見る目が違うという事に気付いたらしい。


「……何か?」


「サウヴェルお前……」


「なんですか、兄上」


「自分の状態に気付いていないのか?」


「……何を言っているんですか?」


「どうしてお前が夫人に直接説明しなければいけない。母上がいるだろう?」


「…………」


父に言われてようやく気付いたらしい。だが、サウヴェルはそれもそうですねと首を捻っていた。


(かーさま、もしかしてあれ気付いていないんですか?)


(気付いてないわねぇ)


イザベラに関してはきらきらした目でサウヴェルを見ていた。

何を思ったか、わたくしにお任せなさい!! と妙に張り切っている。


(かーさま、これって……)


(これはこっちで嵐の予感がするわねぇ……)


母はおかしそうにしているが、私はまたかと溜息を吐いていた。


そういえば、あの四年前に一度会ったきり、私はアリアを見ていない。というのも、いつも父と行動を共にしていたからだ。

父に懸想していたアリアは、女神達の逆鱗に触れて断罪された。

父はアギエルとアリアを同じだと見て、アリアを毛嫌いしている。絶対に会わないと私に宣言して以来、一度も会ったことが無い程に。


父は一度相手を嫌いになるともの凄く根に持って嫌いになる。アギエルやアルベルト。そこに追加されたのがアリアだ。


更に女神の断罪を受けたアリアはヴァンクライフト家の事業に関われない。というのも、アリアの断罪の証は警告止まりだったからだ。

その証は、アリア周辺はこれから荒れるという意味も持っていた。

そんな人物を事業に関わらせることなど出来ない。特に今は薬関係で領地が回っているのだ。それは人の命に関わる。サウヴェルは絶対にアリアを関わらせてはならないとローレン達に厳命していた。


(だけど、ここまで姿を見ないものかしら?)


同じ屋敷内にいるはずなのに、数年規模で一切すれ違わないものなんだろうか。

それにサウヴェルがリリアナに向ける好意に気付いた、イザベラの態度が妙に引っかかる。


(もしかして……)


頭の中によぎった答えが、また私に溜息を吐かせた。



***



それから客室へと移動して、別室で待機していたカイとヴァン、ヒュームと合流する。

リリアナが使っている客室へと向かい、先程の部屋で話し合っていた内容を彼女へと伝えた。


「そうですか……」


ぽつりとこぼれたリリアナの言葉に、サウヴェルが思わず口にする。


「あの男を愛していたのなら……」


「いいえ、それはありません。……わたくしが愛している人はヒュームの父親ただ一人ですもの」


にこりと笑うリリアナに、サウヴェルは何ともいえない顔つきをしていた。

それは失恋をしたような悲しみを帯びているようにも見える。

リリアナの言葉にヒュームは母さん、と言って嬉しそうに二人は抱擁していた。

サウヴェルは見ているのが辛いとばかりに視線を逸らしていた。


「……サウヴェル」


父の呆れを含んだ呼びかけにサウヴェルはハッとした。


「なんですか?」


「お前……本当に自分の状態が分からないのか?」


「…………?」


心底不思議そうに首を傾げるサウヴェルの態度に、父は肩を竦めた。

もういいとばかりに今度は父がリリアナと話をする。


「できれば直ぐに離婚調停を行いたい。あの男と式は挙げているのか?」


「いえ、式は挙げていません……。あの方は挙げたかったみたいですけど、奥様が嫌がられたので……」


「そうか。書類だけとは好都合。直ぐに手配しよう。ローレン」


「畏まりました」


とんとん拍子に話が進んでいく中で、戸惑いながらもリリアナが声を上げる。それに皆が注目する中、リリアナは言い難そうに言った。


「あの人はやっぱり……」


「助命嘆願なら諦めろ。あの男は王家を敵に回した。それに精霊も」


「精霊……?」


「ベルンドゥール一族全て、断罪されるだろう」


父の言葉にリリアナとヒュームは呆然としていた。学院長のしていた事は、それだけの大事だったのだ。



***



豪華な客室に慣れないリリアナは、居づらそうにしながらも、側にいてくれるヒュームの頬を撫でていた。

あの話し合いの後、ヴァンクライフト家の者達はこちらに任せなさいと一切を取り仕切る。

呆然としている間に次から次へと事は進んで行った。

リリアナ達は口を挟むことなど出来ない。それは自分達の命を救ってくれる行為だと分かったからだった。


「……何だか複雑だわ」


「母さんもそうなんだ? 実は僕もだよ……」


母子二人で顔を見合わせる。ずっと二人で苦労していた過去が蘇ってくる。そこを拾ってくれたのが、あの男だったのだ。

確かにずっと我慢していた経緯はあるが、それが一瞬で消え去ってしまうなんて。

助けてもらった恩と、今までの仕打ちが交互に過って、二人の中で消化しきれない何かへと変わっていた。


「あの人が亡くなったと聞いた時と同じだわ……。物事は一瞬で変わってしまうの」


リリアナの言葉にヒュームは耳を傾けた。


「愛していた訳じゃない。だけど、人との関わりってこんなにも一瞬で変わってしまうのね……」


「母さん……」


リリアナの言いたい事は分かる。ヒュームだって余りにも一瞬で、呆然としたくらいなのだ。


「……もうさ、過去に縛られるの、やめよう?」


「ヒューム……?」


「ここでなら母さんと再出発出来る。僕はそう思うんだ。僕も一人立ちするし、だから母さん……」


ヒュームはリリアナの手を取って、そして微笑んだ。


「母さんも新しい人見つけてよ。僕は母さんの幸せを応援したい」


「ヒューム……?」


「縛られて、仕方なくじゃなくて。父さんの事忘れてなんて言えない。だけど、もう良いと思うんだ。母さんが新しい道を見つけても、父さんはきっとそれを応援してくれる」


「…………」


「母さんの自由を縛っていてごめんなさい……」


「何を言っているの? 貴方は私の、あの人との大切な息子よ。縛られたなんて思うわけ無いじゃない!」


「うん……ありがとう、母さん」


ヒュームはリリアナの胸に抱かれて泣いていた。


そしてリリアナは、愛する息子を自分がここまで追いつめていたのだと気付いて泣いていた。







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