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とーさまいっけめーん!

ロヴェルが挨拶よりも先に向かう場所があると言った先は、なんと町の小さな教会だった。

人気のない寂れた教会の扉を開けると、蝶番の錆び付いた音がした。

軋んだ音と共に聖堂に入ると、そこには一人の男性が掃除をしている所だった。他には誰もいないようであった。


「おや、これはこれは……このような場所に如何なさいました?」


箒を手に、神父と思わしき四十位の男がこちらへ顔を向ける。すると、銀の髪をしたロヴェルを見て固まった。


「ま、まさか……英雄ロヴェル様ですか?」


人相書きはこんな所まで届いているのかとロヴェルは溜息を吐く。だが、ロヴェルは頷いて見せるだけで用件を話した。


「この教会で婚姻届けは出せるだろうか?」


「……はい?」


ロヴェルの言葉が信じられなかったのだろう。後ろにいたアルベルトも驚愕の声を上げる。


「ロヴェル様!?」


「向こうで結婚式は挙げているんだ。こちらでも証書が欲しいと思ってね」


「ロヴェル様はご結婚されていたのですか……!? さようでございましたか。ええ、私は神官の位は末席では御座いますが、書類は出せますよ」


「助かる」


「で、ですが宜しいのですか? ロヴェル様は貴族様では……ここではなく、王都の大聖堂でなく……?」


「ちょっと訳ありだ。礼は弾む。今直ぐ婚姻を結びたい」


「い、今直ぐですか!?」


「急いでくれ」


「は、はい!!」


箒を投げ出し、神父は走って奥の部屋へと飛び込む。

神父がいなくなった所で、アルベルトがロヴェルに詰め寄った。


「御子がいるというのはまだしも、既にご結婚されているとはどういう事ですか!?」


「そのままの意味だ。俺は婿養子だな」


「はぁあああ!?」


驚愕するアルベルトの叫びで隣の部屋へすっ飛んで行った神父が何事ですか!? と慌てた声を出した。


「大丈夫だ。気にするな」


驚愕の余りに口をパクパクしている。それを後目に、神父は持ってきた大きな本を主祭壇へと置いた。


「えっと……ロヴェル様、お相手様は……?」


婚姻式は、お互いが大きな本にサインを行う。

この本は魔法書で教会が管理しており、これにお互いがサインをすると、夫婦として認められるものなのだ。


「今喚ぶ」


「……はい?」


アルベルトのきょとんとした顔を横目に、ロヴェルは喚んだ。


「オーリ、来てくれ。こちらで結婚式をしよう」




水鏡で何をするのかと母と事の次第を見守っていると、なんと結婚式をするというではないか。


「きゃああああロヴェルぅうう!!」


嬉しそうに消える母を見送り、私はとーさまいっけめーんなんて言いながら水鏡を再度覗いた。




突如光と共に現れたオリジンは、ロヴェルに抱きつく。その勢いのまま、二人はくるくると円を描きながら回った。


「素敵! 人間界でも結婚式が出来るなんて!!」


「華やかなものじゃないが、許してくれる?」


「勿論よ、あなた」


そう言って二人はキスをする。その様子を神父とアルベルトは口を開けてぽかんとしていた。


「せ、精霊じゃないですか!?」


「ああ、そうだが」


「あら、あなたお久しぶりね?」


のほほんと返すオリジンにアルベルトは驚愕の顔を向けていた。

そう、10年前……あのモンスターテンペストの際、ロヴェルを精霊界に連れて行ったオリジンだとアルベルトは気付いた。


「俺は既にオーリと契って半精霊となっている。精霊の結婚式だから何も問題あるまい」


そう言ってロヴェルは神父に向き直った。



***



神父は目の前の光景が信じられなかった。


この国で信仰されているのは女神信仰だ。

全てを見通すヴォールと断罪するヴァール。更に、全ての母と謳われているオリジン。

物事を象徴するものは全て女神であり、この世界は女神に支えられていると教えられている。

男神は女神を守る守護と闘いを意味し、女神に寄り添う存在なのだ。


神父は大聖堂で奉られている女神像そっくりの女性に目が釘付けになった。

しかも女性が精霊だと言っている。これはどういうことかと問いただしたくなるが、こちらを見たロヴェルとオリジンの寄り添う姿に、祝福を与えなければといけないという衝動に駆られた。

何も聞くことなどはせず、神父は毅然と前を見据えて婚姻書を開く。ペンを用意し、祝詞を唱えた。

二人の婚姻式が進む。互いに誓いを述べ、書類にサインをする。



水鏡で見たこの世界の結婚式は地球のそれと似ている。だが、指輪の交換などは無いようだ。

元素の精霊的には何か二人に贈りたいと思ってしまうのは当然だった。

そうと決まれば私は教会に転移をする。

いきなり現れた私に、父と母、他の者達が驚きの声を上げた。


「とーさまとかーさまにお祝いです」


そう言って私は空中に輪っかを二つ造る。

原子番号78番! プラチナです!


「二人とも左手を出して下さい」


私がそう言うと、父と母はきょとんとしながらも左手を出す。


「左手薬指は心臓に直結し、創造を象徴する指だと言われています。心から相手を守る、愛と幸せ、願いの現実……そんな意味がある指です」


私の突然の登場に思考が真っ白になっている他の二人はそのままに、私の言葉に父達が聞き入る。

しゅるん、と左手薬指に白く光る物質が巻き付く。そこに一滴、涙の様なものがこぼれた。


原子番号6番! 炭素……こと、ダイヤモンドを造ります!!


元素を司る私は、化合や、構造配列が好きに変えられるというチートを持っているのです。

ダイヤモンドと指輪を合成し、サイズを調節して細やかな細工を施し、最後に願いを込めます。


「永遠の絆、確かなるもの、清純無垢……そんな意味を持つダイヤモンドに二人の祝福を!!」


私が指輪に込めた祝福は、良いとこ健康祈願と指輪が光る程度だったのですが……。


教会のステンドグラスに光芒が差し込み、虹色の光が射し込んだと思ったら、空から光る滴がきらきらと舞いました。

まるで神から祝福を受けているような……。


「ああ……なんと、これは……」


「あら、ヴァール姉様とヴォール姉様が祝福を授けて下さったわ!」


嬉しそうな母の声に、神父はぎょっとした。


「双女神ですと……!?」


「今度挨拶に行くかい?」


「うふふ、そうね。お礼を言わなきゃ!」


ロヴェルの何気ない一言に同意するオリジンの様子に、神父とアルベルトは放心状態であった。

お知り合いの粋な心意気に調子に乗った私は、更にやらかした。


「ライスシャワーは無いけど!」


ブリリアントカットに施したダイヤモンドをライスシャワーに見立てて空から二人に振りかける。

ぱらぱらとこぼれる光は虹色の軌跡を描き、二人を包む。

二人は幻想的な光景にとても嬉しそうな顔をして、そして私を呼んだ。


嬉しくなって二人の元へと飛び込むと、父が抱えて二人の間に挟まれる。左右から父と母のキスを両頬に受けて、くすぐったくて笑った。


「娘からも素晴らしい祝福を得られて幸せだ」


「ええ、あなた」


神父は我に返って祝詞の最後の一言を紡ぐ。


「婚姻の承認は神より認められた。二人はこれより夫婦となる!!」


神父の声で婚姻書が光る。これでロヴェルはオリジンと結婚していると認められたのだ。


「ありがとう神父。この通り、妻も子も特殊故にこの人間界では結婚式が挙げられないと思っていた。そして……この事は内密に願いたい。妻や子が心無い者達に狙われかねないからな」


ロヴェルの言葉に神父はこくこくと頷いている。


「ありがとう。人間にも認められるというのは嬉しいわ」


「散らかしちゃってごめんなさい」


最後は私の謝罪だ。教会の身廊と呼ばれる中央の通路には、私がばらまいたダイヤモンドがきらきらと光っている。

それを魔法でかき集め、両手に持って神父に差し出す。


「これ、神父さんに。困ったことがあったら使って下さい」


神父さんが差し出した両手にダイヤモンドを渡し、そして父はお礼だと金貨が大量に入った袋を差し出した。


「ありがとう」


そう、笑顔で三人は身廊を通って後にする。

残された神父は呆然とし、我に返ったアルベルトは身廊を通らない様に脇の道を通って三人の後を追った。

新郎新婦が通る身廊の後を通るのは、二人の道の行く末を踏みにじり邪魔をするという意味がある。アルベルトは予想外にこのことを知っていた様であった。




残されていた神父は日が沈んで教会の中が暗くなるまで、両手にダイヤモンドを持ったまま、感動でほろほろと涙をこぼし続けていた。




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