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地下の大精霊。

※流血表現があります。苦手な方はご注意下さい。

私はふわふわと波の中を揺蕩うような感覚に陥っていた。

先ほど父の腕の中で眠った気がしていたが、視界には一面の青い海が広がっている。


夢心地のようなふわふわとした感覚から抜け出すことができない。寝起き特有の動かない頭ではあったが、ここはどこだろうかと起きあがろうとして目を瞬いた。


(……空の上?)


足下には学院の建物があった。起きた時に海だと思ったのは晴天の空だったようだ。

どうなっているのかと自分を見下ろすと、何故か身体が半透明になって透けていた。


(……夢?)


自分の手をまじまじと見て首を傾げる。頭はふわふわとしたままだ。

夢かぁ、なんて呟いて、足下の城を見た。やっぱり広い城だなぁなんて漠然と思っていたら、ふと城の至る所から、細く、赤い粒がパラパラと空中へ噴き出しているのが分かった。


(……何これ?)


側に行こうと思うと、空を浮遊する感覚と同じで行動できたので、特に混乱することもなく側へと寄る。

小さな粒がぽつぽつと城の至る所から吹き出ていたのだ。

触ろうとするとするりと抜けて粒は消えてしまう。

吹き出し口に近づいてみようと粒を辿ると、そこは城に当たりを付けていたあの空間であった。


(待って、これ……)


嫌な予感がして、確認しようとまた上空から城を見下ろす。すると城の中央から一番多く粒が吹き出しているのが分かった。


これはあの時に感じた精霊の気配だ。だけど、これは余りにも力が小さい。

この粒は魔素だ。精霊の素体である魔素の粒だった。


目の前の粒が恐ろしい物に一瞬で変わった。

どうしようとおろおろとしてしまう。そもそもどうして自分が半透明の存在になって空に浮いているのかも分からない。

一体何が起こっているのか分からなくて、母を呼ぼうとして……やめた。


(見えなかったものが今は見えている……もしかしたらこれを辿れば、精霊の居場所が分かるかもしれない)


ごくりと唾液を飲み込んで、自分の頬をパチンと叩いた。痛みは全く感じなかったが、よしっ! と気合いを入れて、城の中心へと急ぐ。


丁度昼時だったらしく、人々の賑わう声が近づいてきた。父が居ない時に人間に近寄ることなどなかったので、驚いて物陰に隠れて接触しないようにとこそこそと移動する。


人間と目が合った気がして見つかったかと思ったのだが、自分は半透明になっているから、どうやら人間には見えていないらしい。少なからずそれに安堵の息を吐く。


城の中央に降りると、そこにはチャペルの様な建物があった。どうもこの中が丁度城の中心らしい。扉は開け放たれていたので、こっそりと周囲を見渡して中へと滑り込む。


生前、地球で見た教会と余り変わらない。天井は高く、中央の身廊には赤い絨毯が敷かれ、奥にある祭壇に向かってイスが均等に並べられていた。


そして祭壇の奥にある女神像に目がいった。似てはいないが、慈愛に満ちた女神は母であるオリジンを模して作られている様である。

何かを捧げるように右手を天井へと向けていた。その手から、あの赤い粒が吹き出ている。


(あの像が……?)


大精霊と何か繋がりがあるのかと眉を寄せていると、ふとこの教会の構造におかしな部分があることに気付いた。

祭壇前の身廊の一部が、何やら気になった。


(もしかして……)


ふわふわと浮きながらそちらへと移動する。イスを触ろうとすると、手がすり抜ける事に気付いた。

大地に直接立とうとすると、何故か反発して空へと身体が浮き上がってしまうのだ。

これは何だろうと思っていたが、ふと気になる箇所へ手を差し伸べて、すり抜けることに気付いた。


(隠し階段……?)


身廊の絨毯の下に階段が隠されているらしい。

私はまたごくりと唾液を飲み込んだ。ここで引き下がったら、情報は得られないかもしれない。


先程から急げと警鐘が鳴っている。こうしていられる時間はもう余り無いと、漠然と理解している自分がいた。


(行かなきゃ……! 行くの!!)


自分を奮い立たせて思い切り飛び込むと、身体はするりと通路をすり抜けて、一瞬で暗い場所へと身を踊らせた。


(……っ!!)


悲鳴を上げそうになるが、何とか飲み込んで足下の階段を見ながらも、すーっと浮いて移動する。

真っ暗だと思っていたが、部屋の中には濃厚になった赤い粒が発光している様で、薄暗い程度で見渡せた。

お化け屋敷を一人で進んでいるみたいだ。二度とこんな経験なんてしたくないと思いながら、急げ急げと己を奮い立たせた。


長く感じた階段を下りると、そこには一つの空間があった。ちょっと広い広場のようなそこには、地面には何やらおどろおどろしい文字がびっしりと書かれ、そして煉瓦の溝からは至る所から赤い粒が流れている。

赤い粒をかき分けながら、どんどんと進んでいく。


そして見つけたのだ。



壁に貼り付けにされて鎖で雁字搦めに繋がれ、至る所に管を刺され、血を流してぐったりとした精霊の姿を。


喉から悲鳴がほどばしった。でもその声は声になっていない。

この姿はあの時に見た。王家が扉を開くために精霊を張り付けにしていた魔法だ。


慌てて精霊に近寄る。管を引き抜こうとして、鎖を解こうとして、全て手がすり抜けて絶望した。


(いや! いやいやいやあ!!!)


ぐったりとした大精霊は男性の姿をしていた。豪奢な服装だったが、吹き出す血に染まり所々真っ赤に染まっている。

伸びに伸びた髪は母と同じ白金。

助けなきゃ、助けなきゃと私は焦る。涙がぼろぼろとこぼれて、でもすり抜けてしまう手に絶望した。


(どうやったら身体に戻れるの!?)


焦って涙ばかりがこぼれる。すると、精霊の頭がぴくりと動いた。


ゆっくりと動いて頭を上げたその顔は青白い。ゆっくりと開かれる目に、思わず息をのんだ。母の目と同じ、赤い目だった。

母の顔立ちに少しだけ似た、とても綺麗な男性だった。


「……めがみの、けは、い……」


ぼそりと呟かれた声に覇気がない。どうしたら助けられるのかと私は泣いていた。


「……め、がみ……?」


私に気付いたらしい精霊が、きょとんとした顔をして私を見ていた。


「ちいさな、めがみ……?」


男性の大精霊はあどけない顔をして私を見た。そしてどうして泣いているのと問うた。


(助ける! 絶対助けるから! 待ってて!!)


急いで身体に戻らなければと私は焦る。だけど、戻り方が分からない。転移も出来ない。母も、父を呼んでも誰も聞こえていない。


(どうしたらいいの……っ!!?)


パニックになった私は、何度も男性に触ろうとして、そしてすり抜けるといった動作を繰り返していた。


「……ちいさな、めがみ……ちから、きえ、かけてる……」


(……消えかけてる?)


「だめ、だ……もどり、なさ、い……」


青白い顔をして、ふわりと笑った男性から、力がほとばしった。

弾き飛ばされた私は、このまま身体に戻ってしまうのが分かった。精霊が無理矢理力を使ったのだ。


(絶対助けるから!! 待ってて!!!)


力の限り叫んで、私は涙が止まらなかった。



***



「……! エレン!!」


揺さぶられている事が分かった。ハッと意識を浮上させると、父が心配そうな顔をしてこちらを見ていた。


「エレン、魘されていたよ。大丈夫かい?」


父の顔を見て、私は身体に戻っている事に気付いた。先程の恐怖が一気に押し寄せる。思わず泣き出すと、父が優しく抱いて背中をさすってくれた。


「怖い夢でも見たのかい? とーさまがいるからもう大丈夫だよ」


「……っ」


嗚咽で何も言葉に出来ず、違う違うと首を振ることしかできなかった。

泣いている間にも、あの精霊は閉じこめられたままなのだ。私は慌てて駆け出そうとして、身体がぐわりと傾いだ。


「ダメだよ! まだ熱が高い!」


父に叱責される。それにふえっと泣き出すと、父がごめんと謝って私をまた抱きしめてくれた。


「落ち着いてエレン。どうしたの?」


「夢……城の……ち、か……」


しゃくりあげながら単語を何とか伝えようと努力する。父はずっと待ってくれていた。背中をさすって落ち着いて、と宥めてくれた。


「中央の……城の地下……大精霊いたの……」


私の言葉に父が目を見開いた。


「見たの……男の人が張り付けられて、血を、血を抜き取られて……」


あの赤い粒はこの城を巡っていた。あの各地に散らばった空間が今なら何だか分かった。


「凄く弱ってたのに……私を助けようとして……」


また泣き出してしまう。ひっくひっくとしゃくり上げながら、助けなきゃ、助けなきゃとばかり繰り返す私に、父が落ち着きなさいと繰り返した。


「エレン、熱が下がらなくてまだ顔が赤いよ。それにもう夜だ。サウヴェルの所へ連れていく約束だったよね?」


そうだった。でも、と大精霊が気になってそわそわとしてしまう。


「エレンが何を見たのか明日確かめよう? だから今日は大人しくして。まだそれが夢だったのか、それとも本当に見たのかも分からないでしょう?」


父はゆっくりと、諭すように私を宥める。

未だに涙が止まらない私は、自分が見たものが信じられなくて、でもどこかで真実だと訴えようとした。


「おばあちゃまとじいじの所へ行こう? ね? 確かめるのは明日だ。いいね?」


「……はい」


よしよしと父に頭を撫でられながら抱っこをされた。緩んだ涙腺からは涙がこぼれて止まらない。

私が起きた事に気付いたヴァンとカイが、何故か私が泣いているので驚いた顔をしていた。


「いかがなさいました?」


「酷い夢を見てしまったようだ。だけど予知夢かもしれない。明日、エレンの言った事を確かめなければ」


「は、はい……」


「とりあえずサウヴェルの所へ行くぞ。お前達も付いてこい」


「畏まりました」


二人同時に頭を下げるのを見て、ロヴェルは屋敷へとエレンを連れて転移した。




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