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虎の耳。

私がわくわくしながら周囲をきょろきょろと見渡していた時だった。

ふと足下がかくんと落ちた。


「姫様!」


バランスを崩して地面に倒れ込みそうになる所を、すかさず抱えあげられた。


「大丈夫ですか?」


「あ、ありがとう……」


カイが笑って私をすとんと地面に下ろしてくれた。


「あまりきょろきょろしておりますと地面に足を取られますよ」


くすくす笑うカイを見るのが珍しくて、吃驚してまじまじと見てしまった。


「あ、……あの、すみません、笑ったりして」


「え? あ、ごめんなさい……」


謝罪しながらもずっとカイを見ていると、カイは段々と頬を赤くしてなんですか? と私に聞いてきた。


「カイ君が笑うの珍しいなぁって……」


「あー……、あの、護衛なので。気を引き締めませんと」


護衛は余り感情を出さないように訓練をするらしい。


「そっかー……」


「あ、あの、エレン様? そのきらきらした目で見られても、もう笑いませんよ」


「えー?」


にこにこと笑っていると、痺れを切らしたヴァンがカイをばりっと引き剥がして唸っていた。


「小僧、姫様の危機をお救いしたことは誉めてやるが必要以上近づくな」


がるるるると唸る声が聞こえてきそうなヴァンの背後に押しやられた私は、カイ君が見えないよー! と叫んでいた。


「……君達、それいつもなの?」


呆れたヒュームの声がする。私達は顔を見合わせていつもの事かな? とハモって返すと、本当に仲が良いねとヒュームが笑った。


「足を止めてごめんなさい。次は転ばないように気をつけます」


謝罪してまた足を動かすと、少しだけ違和感を感じた。


(……?)


少しだけふわふわするような感覚に襲われたが、気のせいかと思った。


更に奥地に行くと、森の小道から急に開けた場所が現れた。

奥には大きな湖があり、生徒が入り込まないようにと柵が設けられている。

その手前には小さめの貯水池の様な人工的な池もあった。そこから、先程の水路が伸びていた。


「これはかなり……」


計算して作られている畑だった。さらには納屋の様な小屋もある。

等間隔に分けられた畑には、少し不思議な植え方をしている植物も見られた。


「これ……どうして畑の周囲を囲むように植えてるんですか?」


「それは匂いが強い植物でね、カレンという。虫避けなんだよ」


「そんな植物があるのですか」


この匂いは嗅いだ事がある。独特の強い匂いはそんな用途があったのかと目を丸くした。

名前は違うが、確実にゼラニウムだ。ゼラニウムがそんな役割をしてくれるなんて知らなかった。

地球と同じ植物がある事は、昔を思い出すようで懐かしい。薄れていく記憶が蘇ってくる様な感覚に陥って少し寂しくなった。


「姫様?」


ヴァンがいち早く私の様子に気付いてくれた。

なんでもないですと笑って首を振ると、ふと泉の側に植えられている木々の合間に、何だか昔見た事がある植物が地面を覆い尽くしていた。

地面に葉が覆い、細い茶色をした茎を伸ばしてそこに白い花が沢山咲いている。


あれ? っと思って近づくと、ヒュームが教えてくれた。


「それは雪の葉。水場と日陰を好むんだ。それは何でも使えるよ。葉を絞って患部に塗るんだ。炎症とかにも効くし、飲めば風邪にも効く。乾燥させた物は解毒剤にもなるから、治療師の弟子達は、それを育てることから教わるんだ」


基礎中の基礎の植物なのだと説明を受けていたが、私は懐かしさに思わず叫んでしまった。


「虎耳草だーーー!」


「こじ?」


懐かしいと思わず座り込んで眺めてしまう。

九州の祖父母が大事に育てていた。民間薬として使われているものだそうで、小さい頃、膝を擦りむいた時、葉を手で擦り潰してそのまま塗られた思い出がある。

ヨモギとかもそうだった。そうだ、ヨモギも良いな、無いかな? と周囲をきょろきょろと探してしまう。

虎耳草は葉を天ぷらにしても食べられる。食べられて薬にも出来る物って素晴らしい。


「お姫様はそれ詳しいの?」


「知り合いが育ててたんで少し知っています!」


「ヴァンクライフト領だったら治療師が多いから沢山植えてあるだろう?」


「あ……私、人とは殆ど関わらないようにしているの。私が薬をくれるって噂になってしまったから……」


「あー……そうだったのか、ごめん」


「ううん。でも懐かしい。その人がね、虎耳草って言ってたの。食べられるし薬にも出来るって。虎耳草の意味はね、虎の耳に……」


葉の形が似ていると言おうとした瞬間、後ろからヒエッという叫び声がして思わず見てしまう。

ヴァンが頭に両手を置いて、何かを隠そうとしていた。


「ヴァン君……?」


「ひ、姫様!! 我の耳は食べられませんぞ!!?」


ぶるぶると首を振るヴァンの顔色は青い。

よく見ると吃驚し過ぎたのか、ヴァンの頭には二つのぴょこんと出た耳と、尻尾がぶわりと警戒を見せていた。


思わず私がにやりと笑うと、それを目にしたヴァンがひ、ひめしゃま!!と裏がえった叫び声を出していた。

アシュトの物まねかと我慢できず声を出して笑ってしまった。


「冗談ですよー。虎耳草はね、葉っぱの形が虎の耳に似てるって意味なんです。ほら、似てない?」


大きめの葉を指でさすと、ヒュームが同じ大きさの葉っぱを無造作に二つ摘んだ。そしてそれを私の頭にくっつける。


「あ、ほんとだ、耳みたい」


にこやかな顔をしているヒュームの横で、ヴァンが「我とお揃いではないですか!」と喜びを見せるが、カイに至っては私をまじまじと見て、そして次第に笑顔になる。そして「可愛いです」と爆弾のような発言した。


なんだこれはコスプレかと思わず頭に刺されたままの葉っぱを取ろうとして、すかさず両手をヒュームに掴まれた。


「ダーメ。お姫様」


「ひゃああああはずかしい!!」


やめてやめてと必死に言うが、ヒュームは黒い笑顔を見せてずっと笑ったままだ。

ヴァンは喜んでいるし、カイにいたっては妙に良い笑顔をまき散らしている。

だんだんと頬が赤くなっていくのが自分でも分かった。耳まで赤い気がする。

頭を振れば良かったのだと後で気付くも、恥ずかしさの余りに硬直してぷるぷるしていると、不意に直ぐ真横に気配がした。


「うちのお姫様に何をしているんだい?」


妙な威圧感を放つ父に吃驚してヒュームが手を離す。

今だと自由になった手で頭の葉を取ろうとすると、今度は父に手を掴まれた。


「何だかうちの娘が更に可愛いことになっているね?」


にこにこ顔で笑う父に、お前もか!! と思わず突っ込んだ。

しかし、父は直ぐ異変に気付いた様で、直ぐに私の手を離した。

それにすかさず葉を頭から毟り取って、もう! とヒューム達を叱ろうとして、私はまた身体がぐらりと傾いでしまった。


「おっと」


今度は父がすかさず私を支えてくれる。どうしたの? と父が私の額に手をやって、やっぱり熱いと口にした。


「……え?」


「エレン、何かした? 熱があるよ」


父に抱っこされてお互いの額をこっつんと合わせると、確かに父の額は冷たく感じた。


「はっ! まさか!!」


ヴァンが慌てて先程の事を報告した。すると父は眉を寄せて「部屋の中身ごと?」と再度聞き返してきた。


「エレン、そんなに力を使えばそうなるよ……どうしてそんな無茶をするの」


目を離した隙にこれだと父が溜息を吐いた。


「ご、ごめんなさい……」


私は力を過信して使い過ぎていたようだ。薬を作る時もいつも父に止められたり、日にこれだけと注意されていたのをすっかり忘れていた。


「今日は切り上げよう。カイ、学院長にヒュームを暫く借りると連絡して」


「畏まりました」


「ぼ、僕もですか?」


「君は治療師だろう? 具合が悪くなった者がいるのだから当然だ……と言いたいが、直ぐ様エレンがこっちに帰ってきたという事を配慮しなければね。君の母親を隠す暇なんか無かったと理由を作らなければ」


申し訳ありませんとヒュームが頭を下げる。

自分達の願いを叶えるために、私が倒れてしまって申し訳なさそうな顔をしていた。


「エレン、これから少し眠ろうか。夜になったらとーさまがサウヴェルの所に連れて行ってあげるから」


「はい……」


そのまま脱力して父の肩に頭を預けた。すると身体はやはり限界を訴えていたらしい。

すとんと眠りに落ちてしまった。




急に眠ってしまったエレンにカイ達は大丈夫かとおろおろしていた。


「お前達……もう少しエレンを止める事を覚えろ」


「申し訳ございません」


「我が付いていながら……」


「何度も言っているだろう。エレンは無意識に無理をすると。エレンはしでかすと事が必ず大きくなる。力を使えばそれに比例した代償を必ず背負う。言葉のやりとりで済めばいいが、力を使うとこうなるから余り人間界に関わらせたく無いんだ……」


エレンの頭を撫でるロヴェルの声は、娘への慈愛に溢れていた。


「ヒューム。城へ戻れば陛下より辞令が降りるだろう。そしてお前の母親だが」


「は、はい」


「早急に離婚した方が良いと進言しろ」


「す、直ぐ? 出来るならさせたいですが、どうしてですか……?」


「あの男が裏で何をしているか陛下に報告した。陛下はご自身とエレンを敵に回したと直接言葉になさった。お前の義父は裁かれる」


「えっ!!」


「お前は陛下に目をかけられている。お前に害が及ぶのは少しは待ってくれるだろうが急いだ方がいい。今日の夜、その話し合いもするから立ち会え」


「は、はい……」


驚き過ぎて返事以上の言葉が出ない。

薬の製法を聞きたがった義父は、裏で何かとんでもない事をしていたようである。

陛下が一瞬で動くとなると、反逆という意味が濃厚だ。


「エレンに手を出すとこうなるんだ。覚えておけ」


ロヴェルはそのまま、客室に先に戻ると言って転移した。


残された者達はお互いに顔を見合わせる。


「俺は学院長の所へ行くよ」


「じゃあ、僕はここで薬草を調達しよう。……あ、お姫様に効くのかな? 精霊だよね?」


「姫様は人間の血を引いていらっしゃるから効くだろう」


「そうなんだ。じゃあ……」


虎耳草に目をやって、これにしようとヒュームは言った。


「我も先に戻るぞ。後で来い」


そう言い残してヴァンも消える。残った二人も互いに顔を見合わせて後でと言って分かれた。



一人きりになったヒュームは、納屋に向かって干されている虎耳草を手に取った。

そしてぽつりとこぼす。


「エレン様に手をだすとこうなる……」


義父はエレンの薬の製法を欲しがった。それは確かに王家も黙っていないとはエレンは言っていた。

だけど、即座に裁かれるほどの事とは一体と頭を動かして、ようやく事の大きさに気付いた。


「まさか、姫様の薬を他国に……?」


エレンの薬は国の利益になる。現に他国から薬欲しさに様々な物と交換して欲しいと王家に手紙が大量に来ているとは聞いていた。

治療師である自分も、エレンの薬が厳重に保管されていることを知っている。

エレンの薬の製法は宮廷治療師達も解読できずにお手上げの状態だ。義父に命令された際も、即座に無理だという言葉しか出てこなかった。王家が教えてもらえなかった事をこんな男に教えてエレンに利益などないのだから。


「でもなんだろう……あいつが裁かれて嬉しいはずなのに……」


あの男には確かに助けてもらった。だけどその後、虐げられる母親を見続けて恨みに恨んでいた筈なのに、どうしてこんなに嬉しいとは思わないんだろう。

自分が早々に自立して、母を助けるのだとその一心で頑張ってきた。

卒業を控え、王都で小さな部屋でも借りようと思っていた。あの男から離れればそれで……。


「離れれば、それで良かったんだ……」


別にその後、あの男がどうなろうと知ったことではない。殺してやりたいほどではあったが、確かに恩も感じていた。だからこそ踏み台にしてやると思っていた。


「母さんも複雑な顔しそう……」


ヒュームは苦笑する。なんだかんだ言っても、自分達はあの義父に確かに救われていたんだと実感したのだった。





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