いきなりですが、救出作戦決行します!
私は父とカイを見て眉を寄せる。
ヒュームは苦笑しながら大丈夫だよと言うが、失礼ですよと私が怒ると、父とカイは素直に謝罪した。
「いいよいいよ。人に自慢できるようなものじゃないし」
「いえ、それもちょっとどうかと……」
私が青ざめながら言うと、だってあれだよ? と、むしろ父達を肯定する勢いだった。
「父さんが事故で死んで、幼かった俺を育てるために母さんは仕事を頑張ってた。そんな時にあの男に母さんが見初められた」
何かを諦めたように、溜息と共に淡々と話し出すヒュームに、私はどう声をかけて良いか分からなかった。
「母さんは俺の為に再婚した。よくある話さ」
そう言って肩をすくめるヒュームに、私はようやく全てのピースが嵌った様な感覚に陥った。
「そうでしたか……やっと納得がいきました」
「……どういうこと?」
ヒュームが訝しげな顔をして私の顔を覗き込んできた。
誤魔化そうかと一瞬迷ったが、もしかするとこのまま交渉できるかもしれないと本当の事を言うことにした。
「ラフィリアが誘拐された時、どうしてヒューム君が殿下と一緒に領地に来ていたか、ということです」
「……何だって?」
ヒュームはこちらを警戒するように見ていた。
「ぶしつけながら……お母様の具合が悪いのではありませんか?」
単刀直入に切り出した私の言葉に、ヒュームが目を見開いた。
「それも噂の薬では治らなかった……」
「何でそんな事が分かるんだ!!」
急に激高しだしたヒュームに私はたじろぎしそうになるが、余裕を見せるために笑った。
「あの陛下が、あなたの様な方を寄越すはずがないからですよ」
「……どういう意味だ」
「陛下は完璧主義者です。いくらあなたが将来有望だとしても、経験は誰よりも劣っている。そんな人を殿下の付き添いに選ぶわけがありません」
「……」
「考えられるのは一つだけ。ヴァンクライフト家の薬の詳細よりも、あなたの将来性を陛下が選んだという事」
「どうして……」
目を見開いているヒュームの態度で、私は自分の推理が当たっているという事に確信を持った。
「あなたはお母様を救うため、ヴァンクライフト領での薬の詳細が知りたくて陛下と交渉した。そして今度は学院長にお母様を盾に取られ、言うことを聞かざるを得ない立場にいる……そうお見受けしました」
「なんで……なんで……」
「そう仮説を立てればヒューム君の行動全てに納得がいくからです。あなたは既に宮廷治療師の肩書きを持っています。むしろそれは学院長にとって鼻が高いものでしょう。ですが現実は違います。端から見てもそれが直ぐに分かるほどに」
私の言葉にヒュームは苦虫を噛み潰したかのように渋面な顔をしていた。
それに申し訳ないと思いながら、私は言ったのだ。
「お母様の病がもし治せるとしたらどうしますか?」
「……嘘は止めてくれ。君達の薬ですら治らなかったんだ」
私の薬を手に入れるために、ヒュームは学院長の言いなりになっていたのかもしれない。
「私の薬は解熱鎮痛剤と抗生物質という二種類だけです」
「……何にでも効く薬では無いということなのか?」
「そうです。傷みと熱を一時的に取り除く事と、風邪などの感染症の病にしか効きません」
「……母さんの病はそれじゃないというのか?」
「考えられるのは"遺伝子"もしくは"心因性"……他にも沢山要因はありますが、簡単に分けるとこの辺りでしょうか」
「いで……?」
私の言葉に、ヒュームだけではなく、父やカイも首を傾げた。
「家柄的に病気になりやすいものとかはありませんか? ある年齢になると親兄弟がそういった病にかかるとか。もしくは環境などによって追いつめられた事が原因で起こる病です」
「追いつめ……」
該当したのだろう。呆然とするヒュームに、私は申し訳なくなりながらも交渉を持ち出した。
「恐らくですが、お母様の病を治すには環境を変えなくてはならないと思います」
「母さんの病が治るっていうのか!?」
「……お義父様と距離を置いては如何でしょうか?」
「なんだ、そんなことか……」
治る見込みがあると希望に一瞬輝いた目は、一気に沈んでしまったかのような色になる。
どうしたんだろうと思っていると、少し躊躇していたがやっぱり話すべきだと思ったようで、少しずつヒュームは口を開いていった。
「母さんは再婚だったけど、あの男には本妻がいた。あの女のせいで母さんは身も心もボロボロになってしまって今は床にいる事が多い」
「……」
「あの男は寝たきりになっていく母さんが気に入らなくて、今度はあの男も母さんに当たりだした。それからはもう悪化の一途。だけど母さんの容体を診ることも今じゃできない……会わせてすら貰えないんだ」
「……お母様に会わせてもらうために、学院長のいいなりになっていたというのですか?」
「…………」
ヒュームは黙ったままだったが、これは肯定だろう。
学院長の言うことが実行できないと確定されたからこそ、あの諦めの顔を浮かべていたのだ。
「ヒューム君。お家はどこですか?」
「……は?」
「お母様、今直ぐ浚っちゃいましょう!!」
「ええええ!?」
「……ちょっと、エレン。何を言っているだい?」
たまりかねたのか父が口を挟んできた。
それにくるりと向き直って、私は父に言った。
「これは取引です。私達にはそれができます」
「いや、確かに出来るけど」
「……取引?」
「ヒューム君。我が領地は人手不足でして。特に治療師が」
「え……俺、宮廷に勤めてるんだけど……」
「大丈夫です。陛下に言ってもあの方は同じ判断をすると思います」
「どういうこと……?」
混乱するヒュームに、私はにっこりと笑った。
「陛下は私達に恩を売りたいんです。ヒューム君を寄越してくれるなら、薬の取引を倍にしますとお伝え下さい。陛下は恐らく、あなたを宮廷治療師の肩書きのままヴァンクライフト領への配属として寄越してくれるでしょう」
「それって偵察と同じじゃないか!」
「そうですよ? でも私達は痛くも痒くもないのです。ああ、その旨も了承していますとお伝え下さって大丈夫です」
「……めちゃくちゃだ」
「私達はこのやり取りが通常運転なのです。それでですね、ヒューム君。我が領地では"社宅"というものを採用しておりまして」
「しゃたく……?」
「お勤めして下さるのなら、お家をご用意しますという意味です」
私の言葉にヒュームは目を見開いた。
出稼ぎで働き先を見つけることすら容易ではないこの世界で、我が領地は移住者が増え続けていた事を受けて、いち早く雇用問題に着手したのだ。
「我が領地は薬を求めて患者さんが押し掛けてきます。寝床も足りないし、治療師だって足りていない。そんな中で治療師を確保するために、治療師がお勤めしやすい様にその環境を整えることにしました」
私の言葉に呆然としているヒュームは、私の言う取引に口を挟むことなく黙って聞いている。
「社宅はそれなりの広さがあります。ご家族で住むことも可能です」
「それは……本当なのか?」
「ええ。ここ一体のお宅は治療師のご家庭だと周囲からは認識されていて、もちろん警備も動いています。我が領地では治療師のお宅は尊敬されています。中には他国から来られた方もいらっしゃって、改善して欲しい部分があればとよく話し合いも行われていますし……」
「俺が? 母さんと一緒に住める?」
「更に陛下に掛け合って学院長に圧力をかける事もできますよ。学院長は私から薬の製法を聞き出そうとしていますので。王家を差し置いてそのような行為に走るなんて王家は絶対に黙っていません」
さらりと言うと、ヒュームは泣きそうな顔をして、そしてわなわなと口を開こうとして、でも何も言葉にできないと取り乱していた。
「でもそれは事後報告でも良いと思うんです。私達ならヒューム君のお母様を今直ぐお救い出来る手段があります」
「どうやって? 今直ぐって?」
「私達が精霊だって、ヒューム君はご存じでしょうに。お忘れですか? 私達、転移できるんですよ」
くすくすと笑うと、思い出したと目を見開いたヒュームは、一瞬でこちらを見る目が変わっていた。
それこそ神にすがるかのように。
「……頼むっ!! お願いだ!! 母さんを助けて!!」
「承りました」
交渉成立だとにっこり私が笑うと、後ろで父とカイが苦笑していた。
「まさか学院に来て、治療塔を見学する前に宮廷治療師を勧誘するなんて……」
うちの娘は本当に何をやらかすか分からないなと父は肩を竦めていた。
***
父に飛んでもらってサウヴェルに一つ社宅を用意する旨と、それを用意するまでの間、屋敷の部屋一つを貸して欲しいと伝言を頼んだ。
それから更に陛下への伝言もお願いした。父がお願いすれば一発だ。陛下も直ぐに書類を用意してくれるだろう。
ヴァンを呼んでヒュームの母救出を計画する。
幸い、学院長ということで直ぐ外れの屋敷に学院長達は住んでいるらしい。
私とヒューム、ヴァンとカイで屋敷の全貌が見渡せる場所へと転移して確認した。
空から偵察するというと、カイとヒュームが信じられないとばかりに目を点にしていたので、試しに少しだけ上空まで上がってみることにした。
ちなみにヒュームはヴァンが、カイは私が手を繋いでいる。
「いっくよー!」
二人してふわりと浮き上がると、カイとヒュームは硬直しながらも少しずつ慣れていく。
それに合わせ、ゆっくり上昇しながら屋敷の上へと移動する。
カイとヒュームはガチガチに固まりながらも何とか目を開いていた。
「ヒューム君、お母様のお部屋はどこ?」
「あ、あの三階の西の角部屋だ……」
「ということはあの窓がそうかな?」
屋敷の全貌を確認するよりも先に、母奪回にだけに集中する。
転移する前にヴァンにあの部屋に誰がいる確認してもらう。すると人の気配は一つしかないらしい。
恐らくそれが母親だろうとヴァンと顔を見合わせて頷いた。
私達は一瞬で室内へと転移をする。すると、そこには咳込み、具合の悪そうな青白い顔をした綺麗な女性がいた。
「げほっ……」
「母さん!!」
「え……?」
部屋の中から急に息子の声がして驚いたのだろう。酷く噎せ込んでしまっていた。
ヒュームが慌ててごめんねと言いながら母の背中をさすっている。
「突然おじゃましてごめんなさい」
私がぺこりと頭を下げると、母親は目を丸くしてどなた……? と、困惑した声を上げていた。
それにヒューム、あなたどこから? と顔をきょろきょろ動かして混乱していた。
「私、エレン・ヴァンクライフトと申します」
「ヴァンクライフト……? あの、お薬を作っている……?」
病気がちの者にとって、ヴァンクライフト家の名は英雄の実家というよりも、薬を作っているという意味で有名になっていた。
「そうです。ヒューム君のお母様、よろしければ、我が領地で療養しませんか?」
「え……?」
「母さん、もうあの男に頼るのはやめよう?」
ヒュームは泣きそうな顔をして、母親の手を取った。
「俺の為に再婚してくれたのは分かってる。だけど、俺はこんなの望んでない。母さんとふたりだけで、一緒でいられればそれで良かったんだ……たとえ貧しくても、離れ離れになんてなりたくなかった……。あの男は母さんに会わせてくれない。俺は何度も母さんに会わせてってお願いしたのに……」
「ヒューム……」
「このままじゃ、母さん死んじゃう……。お願いだからもう独りにしないで……」
泣き出したヒュームに、母親は恐る恐る手を伸ばして、そして抱きしめた。
「ごめんなさいね……私が弱いばっかりに……」
「ううん。違うよ、全部あの男が悪いんだ。母さんの弱みにつけ込んで、こんな……」
その弱みは自分なのだと自覚があるだけに、ヒュームは唇を噛んだ。
「ヴァンクライフト家のお姫様がね、治療師を募集しているんだ。それで、俺、宮廷治療師として派遣されることになった……ん、だよ? ええっと、そこに行けば、母さんと一緒に住むこともできるって!」
ヒュームが一気にまくしたてたせいで、母親は更に混乱していた。
「とりあえず、場所を移しませんか? お持ちの物はこの部屋にあるだけですか?」
私の言葉に母親は混乱しながらも、そうですが……? と肯定した。
「でしたらこの部屋の中身ごと一気に転移しますね! サウヴェル叔父様に頼んで、屋敷の部屋を一つ臨時で空けて貰っている筈ですから!」
無理矢理に、とぼそりと付け足して、ヴァンと向き直る。
ヴァンはこれだけ沢山の荷物をヴァンクライフト領まで送ることに緊張していたが、大丈夫だと声をかけた。
私の力は世界を統べる母譲り。
力は無駄にあるとヴァンと手を繋いで、二人で目を閉じた。




