ヴァンVSチビ助
翌朝、部屋に簡単な朝食を用意してもらって食べている最中に、今日の予定を全員で再確認していた。
「あの男の予測できそうな行動といえば何があるかな?」
「自尊心の塊の様な方だとお見受けしました。この学院の治療学の最高峰を見せてこようとするでしょう」
「ということは……」
「最高学年の部屋へと通されるんじゃないでしょうか?」
普通であれば浅い場所しか部外者には見せないのが普通だろう。
子供を学院に入れたいというのであれば、入門に近い場所か、子供と同い年の学年へと案内する。
だがヴァンクライフト領の治療は、既に宮廷治療師達も驚いているのだ。
これでは私達を納得させられる筈がないと踏んでいるはずだ。
「最高学年という事は16歳か……」
「精霊と契約している者達がいるでしょう。精霊達には先に通達しておくべきではないでしょうか」
前のアシュトの様な事態に陥っても困るだけだ。
これに関してはヴァンが食事をさっさと終えて、先に精霊界へと通達へ戻っていった。
「ヴァンが戻って来たら出発しようか」
「はい」
少し遅れて三人も食事を終える。食器をワゴンに戻し、広くなったテーブルに学院の見取り図を広げた。
「今日は治療塔を回るんですよね。という事は経路はこの道ですか?」
「そうそう。治療塔は昨日回った騎士塔の横にあるからね。治療塔と騎士塔の裏側には深い森があって、そこに湖があるんだ。そこから水を引っ張って、治療塔の裏側では薬草の栽培を行っている」
それはなかなか興味がある。思っていたよりも技術は進んでいそうだ。
「栽培されている植物によっては興味がありますね」
「エレンならそういうと思っていたよ」
父が苦笑しながら湖の当たりを指でとんとんと叩いていた。
「フランやオープストがいたら栽培が領地でも可能でしょうし、夢が広がりますね!!」
「技術を盗む気満々なんだから……」
苦笑する父に私はばっさりと言ってやった。
「何をおっしゃるんですか。あちらもこちらの薬の技術を盗む気満々でしょう? おあいこです!」
私はにこりと笑いながら畑の様子を絶対に見せてもらうんだと心に決めた。
「所で治療塔にも気になる場所があるんだよね」
「はい。ここと、ここですね。恐らく何かあるでしょう。とーさまだとようやく分かる程度の力しか無いと思います。かーさまでさえ分からなかったとなると、どういう意味があるのか直接私が確かめたいのですが可能でしょうか?」
「今回は学院長が傍にいるからなぁ……」
出来ることなら初日に確かめるべきだったと皆が溜息を吐いていた。
丁度その時、ヴァンが精霊界から戻ってくる。
「お待たせいたしました」
「ヴァン君ご苦労様です」
こちらの溜息を吐いていた様子に気付いたらしく、ヴァンは目を丸くしてどうしたのかと聞いてきた。
「思っていたより捜索が難航しそうだと思いまして……」
「捜索ですか?」
事情を説明すると、途中でヴァンがその場所を確認して、隙を見て一緒に転移してはどうかという話になった。
「流石ですヴァン君!!」
それならばものの数分で事足りる。
思わずヴァンに飛びつくと、ヴァンは驚きつつも受け止めてくれた。
勢いのまま私を抱えてくるくると回ってくれる。それが楽しくて笑っていると、父がそろそろ時間だよと注意してくれた。
「はーい」
すとんと床に下ろしてもらって父の元へと走っていくと、父が喜んで腕を広げてくれた。
それを見て、私は思わずピタリと足を止める。
「あれ? エレン?」
父がきょとんと首を傾げる横で、テーブルの所へ身体の向きをくるりと変えて、広げたままの見取り図を手に取った。
「忘れるところでした。危ない危ない」
そして私はそのまま扉へと歩いていく。
「エレーン!! とーさまの胸へ飛び込んでおいでよ!!」
後ろで叫ぶ父を放って、私はすたすたと部屋から出た。
***
途中、廊下で後ろから父に捕まって抱え上げられた私はむっすりとした父に笑った。
「エレン……とーさまは悲しいよ」
「とーさまはそろそろ子離れをするべきだと思います」
「早すぎるよ!!」
いやだいやだと私にぐりぐりと頭を押しつけている父の姿に私は呆れていた。
すると、廊下の向こうから人の気配がした。父に人が来ますと言うと、急に父はキリッとした顔つきになる。
その切り替えの早さは一体なんなんだと私が呆れていると、廊下の向こうから現れたのは見知った人物だった。
「あ、ヒューム君!」
宮廷治療師のヒュームだと直ぐ様気付く。
私に気付いたヒュームが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「お久しぶりですね、エレン様。ロヴェル様」
「お久しぶりです。でも、ヒューム君は王都にいるんじゃ……?」
「エレン様が来られると聞いて呼び出されたのです」
苦笑しながら答えるヒュームに私は目を瞬かせた。
「ヒューム君は既に宮廷治療師では……?」
「この学院では卒業は成人と決められているんです。ただ、能力が高ければ王都へと斡旋もあるのですが、卒業するまではあくまで学院生という立場でしかありません」
てっきり飛び級が認められていると思ったら、職場研修の様なものなのだとようやく気付いた。
「でも、ヒューム君は既に……」
「はい。宮廷治療師です。ですが、学院生なので弟子を取ることは出来ません」
話を聞けば、宮廷治療師になると助手と称して弟子を取らねばならないらしい。
だがヒュームの腕前は既に助手の枠を越えていた為、特例で宮廷治療師として認められたのだそうだ。
「ヒューム君は凄いんですねぇ」
しみじみ言うと、ヒュームは目を丸くして、次第に頬を赤くした。
「あ、すみません……。あまり誉められ慣れていないもので……」
手で顔を覆って恥ずかしそうに俯く姿に私は驚いた。こんなに能力に長けた人を誉めないなんてどういう環境なんだろうか。
「でもエレン様には負けますよ。今日は是非知識を比べ合いませんか?」
「良いですね!! 私も学院の授業内容は気になってたんです!」
二人で会話に花を咲かせていると、途端ヒュームの胸元がもぞもぞと動き出した。
それにぎょっとすると、突如ぴょーんと見知った影が飛び出してきた。
『ひめしゃ……!!』
飛び出した影の言葉は、最後まで言う事は出来なかった。
突如飛び出した影に瞬時に対応したヴァンは、その耳をむんずと掴み上げたのだ。
「おいチビ助……貴様どういうつもりだ」
ヴァンに耳をむんずと捕まれて宙にぷらーんと浮いたアシュトは、自分を掴んでいる人物を目の当たりにしてカチーンと固まってしまったのだ。
ヴァンは殺気を隠しもせずに、掴んだままのアシュトをギロリと睨んだ。
「ヴァ、ヴァン君!! 耳はだめです!!」
私は慌ててアシュトをヴァンから奪い取る。
ウサギの耳は急所だ。そんなことをしてはだめだと、ヴァンをめっ! と叱った。
「し、しかし姫様……」
しゅーんと落ち込んでしまったヴァンには申し訳ないが、耳を掴んではいけませんと何度も言い聞かせながら私は固まってしまったままのアシュトの背を撫で続けた。
「ヴァン君だって尻尾を捕まれて宙ぶらりんにされたら嫌でしょう?」
「は、はい……」
アシュトを胸に抱えたまま、私はヴァンを叱りながらもヴァンのとっさの行動を誉めた。
「でも直ぐ対処できたのは流石ヴァン君です!! 私を心配して下さったのですよね。ありがとうございます」
「ひ、姫様……!!」
顔を高揚させて喜ぶヴァンを見て、もう大丈夫かと一息吐いた。
その頃になってようやくアシュトが我に返ってぶるぶる震えだした。それを慰めるように撫でていると、次第に落ち着いてきたのかアシュトが甘え出す。
『ひめしゃま……』
「お久しぶりですね、アシュト。だめですよ、勢い良く飛び出しちゃ。吃驚しちゃうでしょう?」
アシュトにもお説教をすると、アシュトもしゅんと落ち込んでいた。
「ヴァン君は私の護衛なの。だから私を守ろうとしたの。ごめんなさいね」
『ひゃい……』
これで二人はもう大丈夫だろうと私はにっこりと笑った。
「いきなり何かと思ったら、あの時の伏兵か」
父もヴァンと同じくギロリとアシュトを見ていた。それにぶるりとまた震え出すアシュトに、ヴァンはざまあみろと言わんばかりに鼻で笑った。
「もう、とーさままで! アシュトを怖がらせるのは止めてください!」
私が父を怒ると、父までしゅーんと落ち込んでいた。それを目を丸くして見ていたヒュームとカイがようやく現実に帰ってきたらしい。
「あー、ごほん。すみません。僕はヒューム。それと僕の精霊のアシュトです。アシュトが失礼しました……」
ヴァンとカイとは初対面だと挨拶をするヒュームに、ヴァンとカイもそれに続いて自己紹介をした。
もう少ししたら学院長が来ます。その前にご挨拶がしたくて……と言葉を濁すヒュームと話し込んでいて、私は気付かなかった。
ヴァンは苛立たしげに私の腕の中のアシュトをじろりと見た。
するとアシュトはその目線に気付いたらしく、これ見よがしにフフンと笑ったのだ。
「~~こいつッ!!?」
「ヴァン君? どうしたのですか?」
急に熱り立つヴァンに私が目を丸くすると、ヴァンはアシュトを指さしてそのチビ助を寄越して下さいと叫んだ。
それに目を丸くしながらアシュトを見ると、ヴァンの勢いに飲まれてぶるぶると震えている。
「ヴァン君……?」
私が訝しげにヴァンを見たことに、どうやら傷ついたらしくガーンという効果音が似合いそうな顔をして絶望していた。
「姫様!!! 我とそのチビ助、どちらが可愛いのですか!?」
急にせっぱ詰まって言ってくるヴァンに目を丸くしながら、可愛いのはアシュトですよ。というと、ヴァンは真っ青になり絶望の顔をしていた。
「ヴァン君はどちらかというとかっこいいという部類で……ヴァン君? おーい」
膝を抱えて落ち込みだしたヴァンの肩を、同情するようにカイがポンッと叩く。
私の腕に中でアシュトが勝ったとばかりに鼻息を荒くしていた事に、私は気付かなかった。
さらにその光景を見ていた父とヒュームは、互いに溜息を吐きながら話が進まなくて済まないと謝罪していたのだった。




