作戦会議。
父と一緒に宿泊する場所へと案内されると、そこの建物は臨時で教員達が泊まる場所らしく、生徒禁制の場所だった。
カイは学院生だが、私の護衛という名目で建物に入ることを許された。
泊まる部屋へと案内されると、そこはまるでスイートルームの様に設備が整っていた。
リビングルームで皆とくつろいで話をしていると、カイが何かを思い出したらしい。
「ロヴェル様、お耳に入れたいことが……」
カイが言葉を濁して何かを報告していた。
その時の私は、ヴァンが人化を解いていたので存分にもふもふを堪能していた。
「ヴァン君、毛並みを整えましょうね!」
「姫様自らとは……我は嬉しゅうございます」
ごろーんと無防備にお腹を向けるヴァンに、私は絡まないように先ずは手櫛で整えながらブラシをゆっくりと入れていく。
ヴァンは気持ちよいとうっとりと目を瞑っていた。それを父は遠目で眺めながらカイの報告を聞く。
「……ラフィリアが?」
「はい。周囲の目も御座いましたので暫くは噂になるかと……」
「サウヴェルの奴は一体何を教えているんだ」
貴族としてあるまじき行為だ。召使いと家臣の区別すらつかないとは。
事前に聞いてはいたが、サウヴェルがラフィリアを淑女学へと送ったという事は、サウヴェルはラフィリアを跡継ぎにする気が無いのだろう。
淑女学は嫁入りする前の花嫁修業の為の場なのだ。
嫁として家から出される立場の女性なら、この淑女学に入る事が定石なのだが、ラフィリアが跡継ぎとなるのなら貴族学か治療学に入れられていた筈だ。
今のヴァンクライフト領では、薬を作った治療の規模拡大に伴って、領地の目玉として治療院の拡大を行っていた。
領地の指揮を執る立場に置かれるならば、サウヴェルはラフィリアにこのどちらかを選択させていたはずだった。
「俺からサウヴェルには伝えておこう。またラフィリアが何か言ってきても全て断れ。あと王家もだ」
「承りました」
父の言葉に頷くカイを見て、父は私の方へと目を向けた。
ヴァンとじゃれあいながらブラッシングしている私を見て、父が声をかけてきた。
「そういえばエレン、何か気付いていたよね。とーさまに教えてくれないか?」
父の言葉に、私はブラッシングしている手を止めずに、今分かっている事を話した。
「先ず学院の幾つかの場所に妙な空間があります。その場所は規則性があるようです。地下にいると思わしき大精霊の気配ですが……」
「大精霊? この学院の地下に大精霊がいるというのか?」
「はい。ただ、妙なんです」
「……妙とは?」
「本来だったら気配が分かる筈なんです。だけど、力がとても小さくて……いえ、小さいと言うより分散しているような……」
「分散?」
「その辺りはまだ推測の域を出ていません。ただ、規則性のある場所に妙に力を感じるので、そこに何かあるのかもしれません」
「ということは、そこを見て回らなければならないということか……」
「隙を見て探索するしか無いと思います」
「ところでエレン、その場所はもう分かっているのかい?」
「とりあえず力を感じた場所は今の所、四カ所だけですね。後は普通の控え室のような気がします」
ブラッシングしていた手を止めて、学院長からもらった学院の見取り図を取り出す。
学院長室へと向かった経路で見つけた箇所が二つ。
騎士塔へと向かう経路で見つけたのが二つ。
その見つけた場所を指で示すと、私は何かに気付いた気がしてぴたりと黙り込んだ。
「…………」
「……エレン?」
父が首を傾げるが私は頭を回転させていたせいでそれに気付かない。
黙り込んだまま、指でまたその場所をなぞる。
この学院には学部毎に独立した建物が建っていて、それぞれ塔が違う。
恐らく、中央の城の建物と周囲の建物で建造の種類が違う所から推測して、必要に駆られて次第に建物が増えていったのだろう。
中央のホーエンツォレルン城に似た部分が各学部の教員が使っている場所である。
1階は各学部の共通の場所として解放されていた。
学食棟や多目的広場、教会がある場所もこの中央に位置していた。
更に正門から左手奥にある建物が騎士塔と呼ばれる騎士の卵が集う場所である。
更に正門から右手奥の塔が淑女塔である。この二つの塔に関しては、異性禁制なので隔離されているように塔の周囲には柵があった。
左手側の騎士塔から順番に、治療塔、貴族塔、淑女塔という位置づけだ。
(角度的に中央の城で六カ所、各塔に二カ所ずつあるような……)
恐らく他にもあるだろう場所に当たりを付けていくと、その作業を父達は黙って見守っていてくれた。
「なんだか、魔法陣の様な……」
「なんだって?」
「あくまで推測ですけれど。とりあえず予測は付けましたのでそこを中心的に回ってみれば結果は早いかもしれません」
「もうそんなことまで分かったのですか……」
カイが呆然と感想をもらしていたが、私はあくまで推測ですよ、と釘を刺す。
「明日の予定はどうなっているのですか?」
「学院長達と治療塔を回る予定だよ。気が滅入りそうだ」
父の言葉に私も苦笑する。
父はソファーに背を預けてぐったりとしていた。
父の人気振りでは、明日の治療塔でも騒ぎになるだろう。
「……エレン、何か勘違いしているかもしれないけど」
「なんですか?」
「治療学で有名なのは俺よりもエレンだよ? 領地の治療院での活躍が噂として広がっているようだからね」
「えっ」
それは初耳だと私は目を丸くする。
「あの学院長も興味津々だったしね……」
隠し部屋を見つけた瞬間を思い出したのか、父が黒い笑みを浮かべた。
「何かを聞き出すには絶好の機会だとは思いますけど」
「エレンも容赦ないねぇ」
「とーさまほどではありません」
にっこりと笑うと、父もにっこりと笑う。
ただ私達を見て、何故かカイとヴァンが顔を青くしていた。
***
学院長は英雄達が明日治療塔を回ると知って、自ら案内を申し出た。
騎士塔は元々ロヴェルの出だったし、カイもいたので案内を申し出ようとして断られたのだ。
「なんとしてでもあの薬の製法を聞き出さなくては……!!」
学院長はヴァンクライフト領の噂を思い出す。
それは領地の姫が薬を持ってくるという噂であった。
それから英雄とその娘は、定期的に材料の調達に向かっているらしい。
他にも娘は精霊にお願いして薬を作っているなどという噂もある。
材料を用意して、精霊にお願いすると薬として出来上がるのかもしれない。
娘が一体どんな精霊と契約をしているのかは分からないが、英雄は大精霊と契約していたのだ。
父と娘、両方を説得するためにはどうするか、学院長はずっと眉を寄せて唸り続けていた。
室内を行ったり来たりと落ち着きがない。
「そうだ……。確か治療学にはあいつがいたな」
学院長はにやりと笑う。
その足で直ぐに治療塔へと向かった。




