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またもややらかすラフィリア。

無双している父をふと見ると、どうやら今度は、父対複数で模擬戦をするらしい。その数、10人。大丈夫なのかと目を丸くすると、先ほどの父の二つ名を思い出す出来事が起こった。

父は黒い笑顔をまき散らし、それは楽しそうに剣を一閃してなぎ払ったのだ。


父の剣には魔法がかけられており、一気に突風が巻き起こる。

強風に煽られた対戦相手達は立っていられず吹っ飛んだ。

そこを逃すような父ではない。風の魔法を逆に追い風にして父は次から次へと地に叩き伏せていく。

あっという間に為す術もなく叩き伏せられていく対戦相手は、人数が減っていく度にだんだんと怯えを見せていた。


その怯えに追い打ちをかけるように父は笑う。


「死を司る微笑みの騎士とはこのことですね」


「なんと……恐ろしい……」


ぶるりと震えるヴァンは尻尾と耳が出ていた。私はそれを目ざとく逃さない。

猫にねこじゃらしではないが、まさしく私に尻尾。


「え~い!」


「うわあ! 姫様!?」


ヴァンの尻尾を握ってすりすりしていると、ヴァンは顔を赤くしながら溜息を吐いていた。


「ムムム……気が緩むと直ぐに解けてしまいますな。我も精進せねば」


「え~?」


ヴァンの頭からちょこんと出た丸い虎耳がピクピクと動くと、シュンッと耳と尻尾が消えてしまった。

思わずしゅんと落ち込むと、ヴァンが慌てて父に注意されているのですと説明してくれた。


「人間界で正体がバレると面倒だと」


「ああ、そうですね。私もじゃれてしまってごめんなさい」


だけど名残惜しいとちらっと耳があった場所を見てしまう。

それに気付いたヴァンが、人目が無くなったら良いですよと許可をくれた。

いつも、もふもふさせて貰っているが、ヴァンの気遣いがとても嬉しくて私はにっこりと笑った。

丁度その時、グラウンドから歓声が上がる。父の無双が終了したらしい。


「あ、とーさま終わりましたね」


ヴァンと戯れていて見ていなかった。

まあいいかと思いつつ、もう大丈夫だろうと父の元へヴァンと一緒に行くと、周囲の目を独占してしまった。


「とーさま」


「エレン、見てたかい? とーさまかっこ良かっただろう?」


「あ、すみません。見てませんでした」


すぱっと返すとショックを受けたロヴェルが打ち拉いだ。

あれだけ無双を繰り広げていた父が、娘の一言でやられてしまった事に周囲は驚いたが、それを横で見ていたムスケルが、がははと笑う。


「親は子には勝てないものです」


「全くだ……。勝てる気がしない」


ロヴェルの心底真面目な声は周囲に笑いを誘ったらしく、辺りは笑いに満ちていた。

父は私を抱っこすると、ムスケルと共に執務室へと戻る。

午後の授業は終わったので、生徒達はこれから自由行動らしい。


「生徒達がこちらに押し寄せるかもしれないからね。直ぐ移動しよう」


「はい。とーさま」


カイとヴァンも一緒に移動する。

すると、ちらちらと後を付けてくる者達がいた。


「全く、しょうがないな。エレン、頼めるかい?」


「分かりました。私はカイ君を連れて行きますね」


「姫様!! 小僧は我が!!」


姫様のお手を煩わせるわけにはいかないとヴァンが主張する。

それに少し吃驚しながらも、じゃあお願いしますとヴァンに委ねた。

カイはなんの事かと首を捻っている。


「ムスケル教官の執務室へ。ヴァン、頼んだぞ」


「承りました」


「さあ、ムスケル教官」


「な、なんの事だ?」


目を白黒させるムスケル教官の肩を掴んだ父は、私の手も握ったまま転移する。

その次の瞬間にはヴァンとカイも転移した。


誰もいなくなった廊下では、後を付けていた生徒達が目を丸くして周囲を探していた。



***



一瞬で自室へと戻ってきたムスケルは目を丸くして周囲を見渡していた。


「まさか……大精霊が使うとされる"転移"か!」


転移の魔法は大精霊と契約した者だけが恩恵を受けられるとされる魔法であった。

父はこの魔法を学院生時代から、アギエルから逃げるために日常で多用していたので、周囲から羨望の眼差しを受けていたようである。


ちなみに精霊は全て転移が出来る。だが、契約した相手がその恩恵を受けられるというのは大精霊以上ではないと力が足りず使えない。

ヴァンは大精霊に昇格したばかりだが、カイを転移させる事が出来るほどに着実に力を付けているようであった。


ヴァンとカイが転移してくると、カイは床に放り出された。


「わああ!」


ごろごろと床を転がってしまうカイは何が起きたのか分からなかった。


「だ、大丈夫? カイ君」


「む。すまぬ、小僧」


まだ上手く力が使いこなせないらしいヴァンに、怒るに怒れないカイはジト目でヴァンを見やり、黙って目線だけで抗議していた。


「む……なんだ小僧。やるか」


カイとヴァンの間でバチバチと火花が散っていた。

わたしはあわわと慌てながら二人の間に入った。


「も~! ふたりとも、めっ!!」


こんな所で喧嘩をしちゃだめだと注意すると、何故か二人は私の背後を見て真っ青な顔をしてこくこく頷いている。

きょとんと背後を振り返ると、父が私ににっこりと笑いかけた。


「エレン、こんな二人は放って、こちらへおいで」


父に手を引かれた先は父の膝の上だった。

昼食を取った時と同じように、ムスケルを向かいにして父と一緒にソファーに座っていたのだが、父とムスケルが話をしている間、私は気になってヴァン達の方をちらりと見た。

二人は反省しつつも微かに目を合わせて未だに火花を散らしていた。

こんな状態でヴァンとカイは大丈夫なのだろうかと心配になってしまったのだった。



***



ラフィリアの午前中は学院長の説教で終わってしまった。

慌てて昼食を食べて叔父達を追うが、叔父達の行方はしれなかった。

ただ、学食で騎士学の生徒が英雄が来たと騒いでいた。

その噂に耳を大きくしていると、此見よがしに「あらあら」という声が背後から聞こえてきた。


「殿方の噂話が気になって仕方ないなんて、なんてはしたないのかしら」


クスクスと笑うのは王族であるアミエルだ。

王族故か、同い年であるはずなのにアミエルには貫禄が備わっている。

ただ、関わってはいけないと周囲から遠巻きにされていた。案の定、アミエルとラフィリアの周囲から人がいなくなる。


ただ、アミエルは流石に王族だけあって、取り巻きが数名いた。

その数名は同じ淑女学の女の子三名だ。その三名は何かとラフィリアの事をばかにする。

最初こそどうして初対面で嫌われているのか分からなかったが、アミエルの取り巻きであると分かってからは敵だ。


アミエルはその特殊な生い立ち故に孤立しがちだったので、従兄弟であるガディエルとラスエルがいつも気を使っていた。

その恩恵を狙って、同級の三人は甘い汁を吸おうとアミエルに近づいているらしい。


ラフィリアにとってしてみれば、それこそ気に食わない。

ガディエル達とお話をする度にアミエルと取り巻き達が邪魔をする。そして隙を見てラフィリアを笑うのだ。

アミエルが孤立するのはこういう高飛車な性格が嫌われているからだと声を高くして言いたかった。


「あら、叔父様のお話をされていたから身内として気になっただけですわ」


あえて強調させるのは「叔父様」と「身内」。

英雄の話をしていた男子達は、英雄の身内なのかとラフィリアに詰め寄った。


「そうなの。叔父様にお会いしたいのだけど、どこに行かれたか知らないかしら?」


それを聞いた男子達が目を輝かせた。


「もしかしてヴァンクライフト家の?」


「そうよ。だから……」


はやく教えなさいと続けようとしたラフィリアは男子達の態度の急変に驚いた。


「なあなあ!! あの子って英雄の娘ってほんとなのか!? すっごく可愛かったんだけど!! 紹介してくれよ!!」


俺も俺もと男子達に囲まれたラフィリアは驚きすぎて固まってしまった。


「ちょ、待ちなさいよ!! エレンなんてどうでもいいのよ! 叔父様の居場所を……」


「あの子、エレンって名前なのか!? エレンちゃん可愛いな!!」


ラフィリアの話など全く聞いておらず、開いた口が塞がらない。すると、後ろからバカにした笑い声がした。


「ざまあないわねぇ」


アミエルの言葉にかちんとくる。バッと振り返って一言文句を言ってやろうとしたその時、学食担当の使用人用出入り口に、見知った男が目に入った。


「カイ! 待ちなさい!!」


ラフィリアの制止にカイはピタリと足を止めてこちらを見た。


「何かご用でしょうか」


「あんた、エレンの護衛でしょ? 叔父様はどこ?」


「……」


「ちょっと、私の言葉が聞こえないの?」


「申し訳御座いませんが、お伝えして良いと主人からの許可を頂いておりません」


「はぁ!? 何言ってんの? あんた私の屋敷の使用人じゃない!!」


ラフィリアの言葉に周囲の者達はしーんと静まり返ってしまった。

カイは騎士学に努めており、親子代々ヴァンクライフト家の護衛を務めている家臣である。

使用人と一緒にされるような階級ではない。それを理解していないヴァンクライフト家の娘の発言に、周囲は固まってしまっていた。

家臣のプライドに傷を付ける物言いをしたのだ。家臣に見限られてもおかしくない。


「お言葉ですが俺の主人はエレン様で、そしてそのお父上であるロヴェル様です。御当主のサウヴェル様とは一線を置いていますので、俺は貴女の召使いではありません」


ぴしゃりと言い切ると、ラフィリアは目を丸くしていた。


「失礼」


学食の使用人がカイを呼んでいた。それを受けて使用人用の出入り口へと入っていくカイの後など貴族が追えるはずがない。


怒りを覚えるラフィリアの後ろから、アミエルが周囲に聞こえるように声を張った。


「貴女、最低ね」


ラフィリアは何のことだと眉を寄せると、周囲の自分を見る目が一瞬で変わっていた事に気付いた。

先ほどまでラフィリアに詰め寄っていた男子達は遠巻きにこちらを見てひそひそと話している。

彼らはどうやら騎士学の生徒だったらしい。


何かしてしまったことは分かったが、ラフィリアには何がなんだか分からない。


「この人、庶民の出だから貴族としての立場が分からないのよ。ごめんなさいね」


アミエルがラフィエルに変わって騎士学の生徒に謝罪している。

男子達は、庶民の出なのにわからないなんて……と呆然とこちらを見ていた。


「あ、あの……」


ラフィリアが何かを言おうとした瞬間、周囲の者達は後ずさりをしてラフィリアと距離を取った。

関わり合いたくないと全身で言われてしまったのと同じだった。


いたたまれなくなってラフィリアは学食から走り去る。その後ろからまたアミエルが淑女が走るなんてはしたない、と追い打ちをかけるのだった。



***



その後は叔父の居所を探す気になれなくて普通に午後の授業を受けた。

だが、既に噂は駆け巡ってしまっていたらしく、周囲からはひそひそと噂をされていた。


(なんなのよ、一体!!)


段々といらだってきた頃に、なんと英雄が騎士学の生徒を相手に模擬戦をしているとの騒ぎが入ってきた。


「うそー!! なんで騎士塔なのよ!!」


同級の女の子達が騒ぐ。

騎士学と淑女学の塔は極端に離れており、互いに異性禁制なのだ。


(ちょっと待ちなさいよ。叔父様がそこにいるなら、エレンもそこにいるって事じゃない!!)


女人禁制の場所にどうしているのかと、ラフィリアはエレンにイライラとする。


授業が終わったら今度こそと意気込んで乗り込んだラフィリアだったが、今度は生徒禁制の建物でロヴェル達が滞在すると分かり落胆するのだった。





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