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四つ名どころか五つ名のとーさま。

ムスケルに詳しく話を聞くと、どうも父は日頃から全く笑わない人だったらしい。

その理由はあのアギエルが原因だった。


幼い頃にアギエルに一目惚れされた父は、ずっとアギエルからの圧力に耐えていた。

嫉妬深いアギエルは、父の友人達にも圧力を加えたりとやりたい放題で、それが続けば当然父は孤立する。

父は当時のヴァンクライフト領主である父親に掛け合ったが、アギエルが王族故に何も出来ないと言われてしまった。

むしろ上の者に対しては我慢するしかないと、父は幼い頃から抑制された環境で育っていた。

それが祟り、父は人前では滅多に笑わなかった。

唯一笑うのが、契約した精霊と話している時だけだったそうだ。


(かーさまはずっと、とーさまを支えていたんですね……)


前もって母に説明はされたが、ほぼ傍観状態でアギエルの断罪を見ていた。だがここまで酷かったのだと事前に知っていたら、私は喜んで自らアギエルを断罪していただろう。

母が炎の固まりを投げつけたいと酷く嫌っていた理由がよく分かった。



美人は笑わないと怖いとよく言われるが、父はその典型的であったのだろう。

その為に、「氷の」などと二つ名が付けられてしまったようだ。


「死を司る微笑みの騎士というのは?」


「それはですね、ロヴェル様が……」


「あー!! あーー!!」


父が声を上げて邪魔をしようとしてくるので、私は父の口を両手で覆い隠してムスケルに続きを促す。

父はもごもごとしているが、本気で私を引き剥がそうとはしなかった。

そんなことをしたら私が落ち込んで泣いてしまうと思っていたのかもしれない。

父は口元であわわわわと喋っている。その振動がとてもくすぐったくて、私はきゃっきゃと笑いながらムスケルに早く早く! と促した。


ムスケルはその私達の様子に笑いながら、父の二つ名の由来を教えてくれた。


「ロヴェル様は敵と戦っている時にとても良い顔をする方でして……。授業で剣術の試合の時に、酷く良い笑顔と共に殺気を迸っておりました」


……それを目の当たりにした者はとても怖かったのではないだろうかと私は納得した。

ほとんど父の憂さ晴らしだったのだと今なら分かる。

そんな笑顔と共に殺気をぶつけられたとすれば、その二つ名の意味は「騎士に微笑まれたら死を覚悟しろ」という意味ではないだろうかと思わず真顔で父の顔を見た。

すると、父は自覚があったのか、ぷいっとそっぽを向いた。


「とーさま……」


「……なんだい?」


「そんな顔をしながら戦っていたということは相当楽しんでましたね?」


「否定できない……」


「まあまあ、お嬢様。ロヴェル様はそれはそれは剣術が天才的でして、未だに学院の記録が破られていないのですよ」


「とーさまはそんなに強いのですか」


「ええ。ですから騎士学のみならず、皆ロヴェル様の事を"精霊の剣神"と呼んでいるのです」


「ぶっふぉっ」


「何だそれは!? 初耳だぞ!!?」


いけない、変な笑い声が出た。

しかしツボに入ってしまって、なかなか抜け出せなくなってしまった。


ぷるぷると肩を振るわせて笑いを堪えていると、父が憮然とした顔で私の頬をつついてきた。


「エレン……」


「とー、さま……ごめ、んなっぶふっ」


「ちょっと、笑いすぎでしょう」


「だって、だって……ふふっ! 二つ名どころか四つ名じゃないですか!!」


いや、英雄も含めると五つ名か?

私が笑いを必死で堪えていると、ソファーの後ろで待機していたヴァンがきらきらと目を輝かせていることに気付いた。


「……ヴァン君?」


「流石ロヴェル様ですね! こちらでは既に神に例えられていらっしゃるとは!!」


純粋な攻撃に父は珍しく撃沈していた。



***



カイが人数分の昼食を乗せたワゴンを押して戻ってきたのを機に一端おしゃべりを止めた。

カイもヴァンも一緒に食べようと父が促すと、二人は嬉しそうに食事を共にする為にソファーへと座った。


「ふむ。とても良い主に恵まれたね、カイ」


「はい。父と共に身に余る光栄です」


カイの言葉に少々複雑そうな顔をする父ではあったが、このままの関係が続けば、その内父も認められるのではないかと思う。


食事は屋敷の料理と比べて肉料理が多かった。

特に騎士学の生徒であるカイが受け取りに行ったので、皆食べると解釈されたのか、量がとても多い。


「とーさま、食べ切れません……」


「うーん。カイ、ヴァン。何品か受け取ってもらえるか?」


「はい」


残った少ない量を私と父が分け合っているのを見て、ムスケルは目を丸くしていた。


「ロヴェル様、その量は……」


「精霊界にいた影響で体質が変わりましてね。余り食事を必要としなくなったのです」


父は何気なく説明するが、やはり変わった髪や目の色だけでは済まなかったのだと思ったのだろう。ムスケルはぼろりと涙をこぼした。


「む……いけませんな。歳を取ると涙もろくなって」


「私はむしろ、こうして娘と一緒に食事が出来て楽しいのですがね」


父にあーんとされると私は口をパカッと開ける癖が付いている。

それに父にあーんされたら、私も父にあーんするのだ。

二人で美味しいねと笑いながら食べていると、その光景にも胸を打たれたのかムスケルの眉が八の字になった。

これは泣き出す寸前ではないかと思った私は、とっさに肉の塊をフォークで刺してムスケルの口に突っ込む。


「ムスケルおじさま、あーん!」


問答無用で突っ込むと、驚きすぎたらしくムスケルの涙は止まっていた。

それによしよしと思いながら私は食事を続けると、父が肩を揺らして笑っていた。

カイやヴァンは呆然としている。


「ムスケル教官、うちの娘は凄いでしょう?」


くっくっくと笑う父に、ムスケルはもぐもぐと口を動かしながらにっこりと笑って頷いたのだった。



***



午後の授業は校庭に出て、父の実践訓練になるとの事だった。

これを聞きつけた他の騎士学の教室の者達が押し寄せる。

生徒に混じって教師まで目を輝かせているので父は溜息を吐いていた。


私とヴァンは邪魔にならないように離れた場所から父とその補助をする事になったカイを見守っていた。


「とーさま人気者なんですね~」


「我も驚きました。流石姫様のお父上ですな!」


身内が人気者だというのは少しくすぐったいものがあった。


父は半精霊化しているので、母を呼ばなくても独自に魔法が使える。

父の実演を見て、精霊魔法使いになるとそんなこともできるのかと皆、目を輝かせているが、本来の精霊魔法使いにそんな事などできるはずがない。父の意地悪に私は苦笑するしかなかった。


「時に姫様……ロヴェル様から聞いておりますでしょうか?」


「何のことです?」


「小僧のことです」


「……カイ君?」


どうしたのだろうかと目をぱちくりとすると、ヴァンはまだ聞いていらっしゃらないのですねと困った顔をした。


「まだという事は、その内私にも言うことなのでしょう? どうかしたのですか?」


途中で止められると、とっても気になると促すと、申し訳ございませんと謝りながらヴァンは父から言われていることに悩んでいると打ち明けた。私はその内容に少なからず驚いた。


「……カイ君と?」


「はい。監視の意味が強いのだとは思うのですが……」


「もし、そうなったらカイ君はとっても喜ぶと思います」


カイは父を見る目が憧れているそれだと思うので、本当のことを知れば悲しむだろう。

そのことを伝えるとヴァンは眉を寄せていた。


「悲しむ……」


むむむ、とヴァンは唸っていた。

まだ知り合って間もないとはいえ、カイとヴァンは護衛として私達と一緒に日々過ごしている。

カイとヴァンは少しずつではあったが、仲良くなってきていると聞いていたので、これが切っ掛けで仲が悪くなるかもしれないと悩んでいるのかもしれない。


「でも本人に本当の所を話したとしても、カイ君なら受け入れると思います」


「む……?」


「むしろ、カイ君はヴァン君に認められるように頑張る人だと思うんです」


「むむ……」


「ヴァン君、物事の動機なんて不純で良いと思いますよ? なにがきっかけであれ、その後の過程が大事だと私は思います」


「……過程」


「それに、ヴァン君もまんざらでは無いのではないでしょうか? それなりにカイ君を認めているからこそ、罪悪感が生まれているのですから」


「…………」


「利便性を考えても私は父の意見に賛成します。ですが、彼を見極めるのはヴァン君ですよ」


「我が……」


「はい。ヴァン君がカイ君を見極めて下さい。カイ君はきっとそれに答えるでしょう」


私がにこにこと笑うと、吹っ切れたのかヴァンは真面目な顔をして頷いた。


「ということは楽しみですね!!」


「……そうですか?」


「カイ君、きっと喜びます!!」


「そうでしょうか……」


消極的なヴァンに大丈夫ですよと笑いながら、実行の日はいつになるのかと聞いた。


「姫様がここに滞在する最終日に決行すると」


「ああ、なるほど……」


ということは、それに目が奪われている内に暴けと言う父からの合図だった。


「これは責任重大ですね」


私は苦笑しながらも、父の方へと目を向けた。


この授業が終わったら、父とじっくり作戦を練る必要がある。


父の独擅場を遠目で眺めながら、私は作戦を考えていた。





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