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父の実家は敵の根城だそうです。

侯爵家であったヴァンクライフト家は、武家の家柄であった。

当主は代々騎士団の団長を勤め、王の右腕とまで謳われていた。10年前のロヴェルも10代では異例の副隊長補佐であった。

これには武術だけではなく、ロヴェルが精霊魔術を使えた事が大きい。

ヴァンクライフト家は魔法とは無縁の家であったのにも関わらず、ロヴェルが元始の女王であるオリジンに見初められた事によって世界一の魔力を得た。


騎士団団長を勤めていた元当主はモンスターテンペストの最前線で死亡。長男は精霊国に行ったまま生死不明。

一般の魔術師が精霊にロヴェルの事を聞いた所で、まともな返事など返ってくるはずがない。人間が精霊王の半身となっていたのだから当然だ。

ロヴェルと契約している精霊が精霊王であるというのも、精霊達にとって大変な機密であった。


領地に残っていた次男のサウヴェルは当時15歳。執事か、または臨時でも家司を国から派遣してもらえれば、家の事や領地は特に問題無いだろうと高をくくっていたのだが、ロヴェルは今の家の状況を部下から聞いて頭を抱えた。


ロヴェルの弟であるサウヴェルもそれなりに剣の腕前を持っていたが、この国の成人が16歳という事もあり、成人前の子供であったサウヴェルはモンスターテンペストの討伐部隊には加えられていなかった。


現在、弟のサウヴェルはそれからきちんと入団し上位に自力で上り詰め、騎士団長を勤めているらしい。

ヴァンクライフト家として弟の出世には鼻が高い。だが部下が言うには別の所に問題があるとのこと。


(あの女が家にいるだと……?)


ロヴェルは頭を抱えた。


ロヴェルの頭痛の原因である「女」とは、ロヴェルの元婚約者であった人物である。

テンバール王国第二王女、アギエル。上に兄二人と姉が一人いる。アギエルは他の兄弟から歳が離れた末っ子で、非常に可愛がられていた。

モンスターテンペストの最前線に送られる事になったロヴェルは、その場でアギエルに婚約破棄を申し出た。生きて帰れるかわからない、という理由で。

アギエルが涙を流し、破棄されようともロヴェルの帰還を一途に待っていれば美談だったかもしれない。


だがアギエルは非常にプライドが高く、浪費家で傲慢な女であった。王族の血を引くことを鼻にかけ、一目惚れしたロヴェルにつきまとう。

王命を振りかざし、王国一と謳われた眉目秀麗であったロヴェルの婚約者の座を無理矢理奪い取った女。

性格はもう最悪の一言に尽きる。権力で婚約者になったアギエルは「この私が侯爵家に嫁いであげるのです。感謝なさい」と堂々と人前でロヴェルに言い放つ程だった。


モンスターテンペストの際にもアギエルはロヴェルを連れていくなと権力を振りかざした。

だが、王国一の戦力を誇っていたロヴェルなくしてこの脅威は乗り越えられない。こればかりは激愛している娘とはいえ、王はその言葉を聞き入れなかった。


モンスターテンペストを無事乗り越えた犠牲は大きかった。その筆頭であるロヴェルは代償として死にかけ、療養の為に精霊界に連れて行かれた。数年は帰って来れないという話を聞かされたアギエルは、当然元婚約者の帰りなど待ってはいなかった。

婚約破棄をされたアギエルは、プライドを傷つけられたと憤慨していたのだ。


ロヴェルの婚約破棄を、残される者を憂いての破棄だとは思いもしなかったらしい。

婚約者が死亡した場合、この国では未亡人と同じ扱いになり、一年は喪に服し、最低三年は新たに婚約することも、再婚することもできない。

だからこそ最前線に送られる者が婚約破棄をするのは常套であった。破棄した側は一年、破棄された側は余罪が無ければ三ヶ月だけ次の婚約をする事ができないだけに留まるからだ。


ロヴェルの活躍と顛末を聞いた人々は感動に打ちひしがれ、英雄の美談に民衆は酔い、ロヴェルを、ヴァンクライフト家を推す声が大きくなった。

アギエルの暴虐振りは民衆にも轟いていたせいもあり、ロヴェルから婚約破棄された事も含め、少なからずアギエルが笑い話に出来た事もあったからだろう。

順番はどうであれ、世論ではアギエルに婚約破棄を叩き付けたロヴェルが不興を買い、父と共に最前線に送られて国を守って帰らぬ人となった……それが市井の噂であった。


民衆を落ち着かせるための意味も含めてヴァンクライフト家は陞爵された。これに焦ったのはアギエルだった。

英雄の実家だと謳われる様になったヴァンクライフトの名声に目を付けない女ではない。成人が16歳のこの国では、10代で結婚できなければ行き遅れだ。

ロヴェルの帰りを一年待って、絶望的だと周囲の反応をみたアギエルは、丁度同じく16歳となって襲爵した弟に目をつけたのだ。

ロヴェルを最前線に送った暴虐を尽くす女は、ヴァンクライフト家をないがしろにしている訳ではないという、劇を見せる為に。


「それで、あの女が嫁いできたと」


「王命ゆえ断れませんでした……」


サウヴェルとアギエルは同い年だ。自分が結婚を免れたのは、男女共に16歳以上にならないと結婚できないという国の事情からであった。

実を言うとロヴェルが一年で目覚めていたのにも関わらず、人間界に帰りたがらなかった理由はこのアギエルだった。

せっかく婚約破棄をもぎ取ったのに、このまま帰ってしまえば元の木阿弥だ。

オリジンが数年は目覚めないだろうと従者に言っていたと聞いたので、ならばアギエルの行き遅れまで精霊界に留まろうかと思っていたが、側にいて献身的にロヴェルを見守ってくれる存在に心動かないはずがなかった。

自身が半精霊化したのには驚いたが、愛しい存在達に恵まれて幸運だと自負している。


だが弟が次なる犠牲になってしまっていたとは考えが及ばなかった。

更にアギエルが執着していたロヴェルという国の英雄が戻ってくる……それはアギエルにとって大変な屈辱であろう。


「サウヴェル様とアギエル様の間には一子おりまして、女児であるのですが……その……」


「アギエルにそっくりなのだろう?」


「はい……それはもう」


あの女の側で育った子供だ。想像にたやすい。

サウヴェルは自分と同じく、アギエルを毛嫌いしていた。

ロヴェルとサウヴェルは似ていない。美女と野獣と称された両親で顔の作りが分かれたからだ。

厳つい顔立ちの父に似たのが弟。兄は母に似て女性に間違えられるほど見目が良い。

幼いながらに父の片鱗を匂わせていた厳つい顔立ちのサウヴェルに対して、アギエルはロヴェル様とは大違いね、と鼻で笑うような女だったのに無理矢理嫁いでくるなんて考えられなかった。そんなに名声に酔いたかったのかと頭痛がする。

恐らく、名声が欲しかったのはアギエルだけではなく、王族もそうだったのだろう。

陞爵したとはいえ、肝心のロヴェルが不在だったのだ。それ相応の血も必要と判断されたのかもしれない。


確執があった二人が上手くいくはずがない事など手に取るより先に分かるというもの。子を作ったのもただの義務だ。貴族には当たり前の事柄であった。

だが、アルベルトによって更なる爆弾が投下された。


「サウヴェル様は市井に本命を囲っておられます。そちらにも女児が一人」


「…………」


父上とロヴェルが相次いでいなくなり、家督を継ぐだけでも重圧だというのにアギエルまでやってくる。サウヴェルの心の平穏は家では得られなかったのだと直ぐ様理解した。

弟の気持ちは分からなくもないが、なんなんだこの泥沼は……と、ロヴェルの眉間に皺が寄った。


「アギエル様の浪費でヴァンクライフト家は火の車なのです……」


「……私が帰ると先触れは出したのだろう?」


「勿論でございます」


だったら確実に待ちかまえているとロヴェルは溜息を吐いた。

自分はアギエルを追い出す為の出汁にされるのかとロヴェルは更なる頭痛を覚えた。

だが、10年も弟に重圧を押し付けていたのだ。これくらいは兄としてやるべきだろう。


可愛い愛娘を愛妻の元へ送っていて正解だった。


「……先に寄る所がある。あの女を追い出すぞ」


そう言って足を動かしたロヴェルの後ろ姿に光明を見た家臣達は、勢いよく返事をした。



***



「かーさま、アギエルって人ってどんな人?」


「会ったらね、顔面に炎の塊りを投げつけたくなるわよ!」


「……酷いというのは良く分かった」


それが親子ということは父の実家は確かに相当な敵陣だな、とエレンは思った。



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