とーさまの黒歴史。
騎士学の基本授業は、午前が座学、午後からが訓練となっている。
午後に授業を入れるのは午前に訓練を入れてしまうと、昼食を食べた後必ず疲れて眠ってしまう者で溢れてしまうからだそうだ。
その話を父から聞いて、確かにと納得する。
授業の内容は騎士の作法の確認に始まり、戦法の授業になった。状況によっての戦い方、軍の陣形、地形がもたらす恩恵と不利。それから精霊についてと流れていく。
この流れに父の目が細くなった。恐らくではあるが、母という精霊と契約している父が授業を見ているので、丁度良いと思われたらしい。
教師のダンディなおじさまが、父を見てにやにやと笑っていた。
教室中から期待の眼差しを受ける。これに応えなければ教室中に落胆の顔が溢れるだろう。
ここは便乗しようと私も父に向けて、きらきらと期待の目を向けた。
私の目線を受けて、父の顔はひくりと引きつった。
急遽、父の授業となった教室は喜びの叫び声が木霊した。
それにごほんと咳払いして、父は教壇へと向かう。父の膝から下りて、とーさま頑張って! とエールを送ると、父は嬉しそうにデレっとした顔をした。
「あー、本来ならこんな事はしないのだが……まあいいだろう。お前達は14歳だ。14歳になるとこの学院では精霊との交信を行う。精霊と契約できた者は二つの道が用意されている。私と同じように精霊と共に騎士に通じる道か、そのまま精霊魔法使いとしての道だ」
父の言葉に生徒達は興味津々に聞いている。
思いの外、父は説明がとても上手い様で、きちんと授業になっていた事がむしろ驚きであった。
真面目に生徒達に教える父は、キリッとしていてとても格好良い。
隣をちらりと見ると、ヴァンも納得の顔をしていた。
いつもこんな風に格好良い父なら良いのにと少し残念でならない。
父の授業は予想以上に好評で、昼食を挟んで今度は校庭に出て実践訓練までいつの間にか約束させられていた。
***
午前の授業が終わると、あのダンディなおじさま教師がロヴェル様と声をかけてきた。
「お久しぶりです。ムスケル教官」
父が苦笑しながらムスケルと呼ばれたおじさまと握手をしていた。
「帰ってきたと噂は聞いてはおりましたが、良くご無事で」
ムスケルは少し切なそうな顔をしている。
同じくモンスターテンペストへと向かい、帰ってこなかった父と同年代だった教え子達を思い出しているのだろう。少し涙ぐんでいた。
「私は運が良かった。あの時、死んでもおかしくなかったのだから……」
父の切ない言葉に思わずぎゅっと抱きつくと、父は笑って私を抱き上げてくれた。
「生き残ったおかげでこんなにも大切な存在も出来ました。私は幸せです」
「そのようですな。まさかそんな幸せそうな顔を拝見できるとは思わなかったですぞ」
穏やかに笑う父とムスケルの顔を見て、私も何だか嬉しくなった。
父の事をこんなにも心配してくれる存在が人間界にいることが私は嬉しい。
父は半精霊となったことで、どこか人間界に見切りを付けている。
それが分かっていたからこそ、私は父とイザベラ達との関係の回復を強く望んだのだ。
私は生前人間であった。
そして精霊として生まれ変わったからこそ、まだこの世に生きて、会える存在があるのであれば、是非会うべきだと思っている。
(気付いたら全部無くなってるなんて、後から後悔なんてもうしたくない。だからとーさまにもして欲しくない……)
死んだ理由も定かではない。年々と朧気になる生前の親兄弟の顔。友人達。上司や後輩。そして好きだった人……。
私はにっこりと笑ってムスケルに聞いた。
「昔のとーさまはどんな人だったのですか?」
「え、エレン!?」
動揺する父の姿に首を傾げる。一体どうしたというのだろうか。
「ふふふ、あーはっはっは!!」
突如、大笑いするムスケルに、私達はびくりと肩を揺らした。
「お嬢様。ここではあれですので食事をしながらお話をしようではありませんか」
パチンとウインクしてくれるダンディなおじさまに、少し胸がきゅんとしてしまった。
ムスケルはすごく様になっていた。
「ご挨拶が遅くなって申し訳ございません。私、とーさまの娘のエレンです」
「どうもご丁寧に有り難う御座います、エレンお嬢様。某、ここで騎士学を教えておりますムスケル・バイガルドと申します」
ムスケルは騎士として、紳士の礼を取ってくれた。私は父に抱えあげられたままだったので、スカートの裾を少しだけ上げるような仕草だけで返す。
「食堂へ行きますかな?」
「あー……それは勘弁して欲しい」
「ははは!! 今やロヴェル様は英雄ですからな。食事所じゃ無くなるでしょう。では、私の部屋へと行きますか」
ムスケル専用の執務室があるようで、そこへと案内された。
カイに頼んで人数分の食事を用意してもらう。だが、私と父は二人で一人分の少な目でとお願いする。
カイは事情を知っているので、了承して食堂へと向かっていった。
精霊であるヴァンは、どういうわけだか人間と同じ分量を普通に食べることが出来た。
それについては元の獣としての大きさが関係しているかもしれないなと父は言う。
確かに大型の動物は一日約10Kgの肉を食すと昔テレビで見た気がする。
ヴァンはそれの三倍はあるので一日約30Kgと考えれば、相当食べるだろう。
元が余り食べなくても良いとしても、消費量が元々違えば、精霊だとしてもそれなりの食事量は必要なのかもしれないと思った。
それにヴァンは、人間界の食事に興味津々のようで、少し食いしん坊さんなのだ。それも関係しているのかもしれない。
カイはちゃっかりヴァンの分は一人前と計算しているようで、その様子に本当にカイとヴァンの仲は、父の言うとおりなかなか良好であるのだろう。
そういえば、ヴァンのカイの呼び方が「小童」から「小僧」に変化していた。
その辺りからもヴァンの中でカイが昇格しているのだろう。……少しだけ。
「では我々は座って待ちましょうぞ」
部屋の中央に備え付けられたソファーに互いに向き合って座ると、私と目があったムスケルがにこりと笑った。
「さて、お父上の事だが……」
「いやいや、そんな話題にすることでは……」
「とーさま、黙ってて下さい」
ぴしゃりと父を黙らせると、ムスケルはそんな私達の様子に肩を揺らしていた。
「あのロヴェル様が……くっくっく」
「ムスケル教官……」
父のジト目にムスケルはごほんと咳払いをして誤魔化した。
そういえば人間界に来てから、父の態度に驚く人達をよく見てきた。
親であるイザベラやローレン、サウヴェルしかり。
どういうことなのかとムスケルに疑問をぶつけると、ムスケルは懐かしいですなと目を細めながら話してくれた。
「ロヴェル様は、学院生の頃より氷の貴公子と呼ばれておりましてな」
「氷の貴公子!!」
私が驚いて叫ぶと、父は頭を抱えていた。
黒歴史というやつかと私は父をじっと見ていると、心なしか父は恥ずかしさ故か頬がほんのりと赤らんでいた。
「氷の貴公子!!!」
「ちょ、エレン!! 連呼しないで!!」
「英雄さんが氷の貴公子ーー!!」
「やめてー!!」
「お嬢様、それだけじゃ御座いません。他にも"死を司る微笑みの騎士"や……」
「やめてくれーー!!」
部屋中に父の叫びが木霊した。




