さっそく見つけました。
学院長室へと向かう途中、めぼしい場所へとどんどんと当たりを付けていく。
更に地下に精霊がいることが分かったので、なぜ学院の地下にいるのかと思考を巡らせた。
しかし母でさえ違和感を感じるという程度の弱い気配ではある。それが何故「違和感」と感じるのか、私はずっと考え込んでいた。
(この気配は恐らく大精霊クラス……だけど、どうしてこんなにも小さな力しかないんだろう)
そう。それが違和感の正体なのだ。
(大精霊ならかーさまに挨拶くらいするはず……。それが違和感のままで片づけられたままということは……)
大精霊が何かしらの理由で動けない状態にあるのか、それとも精霊の本質である魔素が地下に渦巻いているという可能性も考えられた。
テンバール王国は昔、精霊を生け贄に界を繋ぐ扉をこじ開けようとした。
更にこの王国の近くでは、魔素の暴走であるモンスターテンペストも起こっている。
どちらも考えられると私は推測を立てる。
「……ン、……」
(この学院の地下には何かいる。更にあちらこちらにある空間。どうも場所が規則的であるような……)
「……エレン!」
父の呼びかけにハッと顔を上げると、父が苦笑しながら帰ってきた? と私に聞いてきた。
「ずいぶん考え込んでいたけど、もういいかな? お部屋に着いたよ」
「あ、ごめんなさいとーさま」
父にすとんと下ろしてもらって、自分で立った。
目の前には豪奢で大きな扉がある。ここが学院長室なのだろう。
父を先頭に部屋へ入ると、備え付けのソファーにどうぞと促された。
父を隣にしてソファーに座ると、護衛であるカイとヴァンはソファーの後ろに待機した。
「改めまして、ようこそお越し下さいましたロヴェル様。私はこの学院で62代目学院長のバルファと申します」
「手紙が随分としつこかったのですがね。何度もお断りしたはずですが、どういうことなのでしょう?」
「何を仰いますかロヴェル様。お嬢様を学院に通わせることは将来に繋がる大事な道でしょうぞ」
「必要ないから断っていたのだが。それに娘はこの国の者ではないから学院に通う必要などないはずだ」
「それでしたら是非留学を!! ロヴェル様もこの学院を卒業されているでしょう。お嬢様もどうか……」
「必要ないと何度言わせれば、お前の頭は理解するんだ?」
父の辛辣な言葉が目の前の学院長に突き刺さっている。父の言葉にひくりと頬を歪ませた学院長は、それでも怯まずにあの手この手で私を学院に入れようと必死であった。
学院長の必死な様子に、私と父はだんだんと訝しげな目を相手に向けていた。
これほどまでに必死に私をここに入れたがる理由はなんなのだろうか。
(ヴァンクライフト家の者に繋がりを持ちたいというならラフィリアで充分なはず……。私である理由。父との繋がりなら、この状況を生かすはず。だけど、会話の内容は私を学院に入れる入れないという話題だけ……)
私個人と繋がりが持ちたいのだとしたら。
私が学院に入る事で学院にメリットがあるとしたら。
(王からの差し金か、もしくは薬が目的か……)
体験入学中に調べなくてはならないものが増えたと私は眉を寄せた。
「とーさま。ここには学院を体験するために来たのです。結論はそれからでも良いと思いませんか?」
「エレン……」
「お嬢様!! そうですよね! 学院でお友達を作れますよ!!」
学院長の言葉には返事はせず、私は父の顔を見てにっこりと笑った。
「とーさま、この学院が私に見合う場所かどうか、色々と授業内容なども聞きたいことが沢山出来ました。中央の建造物と周辺の建物の構造も違います。これには歴史的背景があるはずです」
「えっと、そうです! そうなんです!! 是非授業をお受けてご判断下さい。この学院の歴史に興味をもって頂けて光栄です。何でも聞いて下さいませ……」
「許可がでました!! というわけで授業はカイ君の授業を中心に回ります。建造物を調べる許可も貰いますね!!」
「はい!! は、い……?」
学院長は途端に首を傾げた。自分は何かよからぬ事を許可してしまった、そんな予感がしたのだろう。
学院長が首を傾げるその向かいで、嬉しそうに私はにっこりと笑う。だが、父にぼそりと囁かれた。
「エレン、エレン。顔がにやけてるよ」
「おっと」
私は顔を引き締めて何食わぬ顔でソファーに座り直した。お澄ましする私に、横にいた父が、ぶふっと吹き出していた。
「……とーさま」
「ふふっ。エレンは可愛いなぁ~」
私の頭を愛おしそうに撫でる父の姿に、学院長は目を丸くしていた。
先ほどまで学院長に向けていた冷たい態度がどこかに行ってしまっていたからだろう。
「学院長。よければこの学院の見取り図はありませんか? 私、迷子になっちゃいそうです」
「は、はい。今ご用意しますね」
学院長は備え付けの机の引き出しを開けてごそごそと何か探していた。
その間にこの学院長室を見渡す。先ほどから妙に気になっていたのだ。
壁一面の面積で備え付けられているこの本棚が。
すごく気になる。本棚の厚みが、右側の一部だけ違うのだ。
この部屋の見取りと廊下から見た部屋の幅がどうにも合わない。この本棚の裏側には小さな部屋があるはずだと検討を付ける。
学院長がこちらを見ていないことを良いことに、私はソファーから立ち上がってそろりそろりと移動した。
私の様子にカイがどうしたのかと困惑しながらも何も聞かずに見守ってくれていた。カイはかなり空気が読める子だと私は感心する。
慣れている父とヴァンは、もう何か見つけたのかと驚いていた。
そう、この手の仕掛けは大抵、備え付けられている机の下か、本棚だ。
この部屋の絨毯はソファー回りにしかない。机の下は板張りだ。ということは、本棚の仕掛けは本棚にあるだろう。
近代的な建物ならば、机の下に配線があることを絨毯で隠したりするが、周辺に魔法の気配も無い。ここは原始的なからくりだろうと当たりを付けた。
大抵こういう本棚は見つからないようにと棚の中央付近にある。だが、それを隠すための本の厚みまでが計算されているとは限らない。
(本棚の妙な隙間から計算して、恐らくこの辺り……)
丁度、赤い背表紙の本の形が一つだけ作り物のような堅い物があった。
普通の本の表紙は、昔の装丁本の様に布や革張りがされている。
しかも、その本は本棚に組み込まれているらしく、本の厚みと同じ部分に本棚に切り込みがあるのが見て取れた。
私はそれをためらいもなく引く。
すると、ガコン!! という音と共に、本棚がスライドしていった。
「!??」
身に覚えのある音がして驚いたのだろう。学院長の顔が面白いほどに硬直していた。
「わああすごい仕掛けですね!! さすが学院です!!」
棒読みではあったがさっと身をその室内へと潜らせる。あくまで事故だと言わんばかりの態度でその部屋を見た。
そこはどこか見たことのある部屋であった。
そう、私達が領土で改革を起こす前の治療院の薬を作る部屋と良く似ていた。
(なるほど。そういうことですか)
私をこの学院に入れたがった理由が分かった。
その頃になれば学院長は慌てながら私を部屋から出そうとこちらへ走ってくる。
「学院長は治療学を専門とされているのですか?」
「え? え?」
「私の領土でも治療院の改革を行ったのです。よろしければ後でお話をお聞かせ下さい」
まるで共通点を見つけた者同士、話が楽しみだと伝えると、慌てふためいていた学院長が歪んだ笑顔を見せてきた。
「え、ええ! 是非!! ヴァンクライフト領では治療院の改善に努めていると聞きまして、私も興味があったのです!!」
私がこの部屋を見つけてしまったという事はむしろ良い方向へと向かったと安心しているようであった。
私と学院長が話している彼の背後で、父とヴァンがなるほどねと獲物を見つけたかのような黒い笑みを浮かべていた。
カイはまさかと言わんばかりに青い顔をしている。
その様子を学院長が気付くこと無く、話はとんとんと進んでいったのだった。




