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みんなと一緒に学院へ!

その日、学院では緊張した雰囲気が周囲に満ちており、教師達はいつもとは違う、ピリピリとした空気をまとっていた。


何かあったのかとひそひそと生徒達が会話をしている。


「なんか、偉い人が視察に来るらしいよ?」


「え、どっからそんな話聞いてきたの?」


「先生達が会話してるの盗み聞きしたの。誰が来るんだろうね?」


「でもさ、こんなに目に見えて先生達がピリピリする?」


互いに首を傾げると、廊下をばたばたと走り回る音がした。


「おい! すげー話聞いたんだけど!!」


教室の扉をばたんと豪快に開け、男の子が飛び込んできた。

その様子に何事かと教室中の視線を集める。


「英雄ロヴェルが来るって!!」


教室は一瞬で静まった。

突如、教室中で叫び声が木霊する。


「ウソだろ!? どっから聞いたんだよその話!」


「ウソじゃねーって!! 治療学のマルスト先生と騎士学のムスケル先生が話してた!! 今、学院の入り口に先生達が集まってるんだって!!」


それを聞くなり、生徒達が扉へと群がる。

ばたばたと走り出す生徒達に、他の教室の生徒達も何事かと顔を出した。


「英雄ロヴェルが学院に来るんだって!!」


男の子が叫んだ言葉が、伝言ゲームのように広まっていく。


たった一言で、あっと言う間に学院は大騒ぎになっていた。



***



私は馬車の小窓から見えている風景にうっとりと心を奪われていた。

母は腹黒の城に似ていると言っていたが、どちらかというと、ドイツのホーエンツォレルン城と、イギリスのウィンザー城を合わせた様な形をしていた。

ウィンザー城は、週末に女王が過ごす場所として有名な城である。

ウィンザー城を手前に、奥からホーエンツォレルン城の塔の先端が見えていると言うべきか。


どうも、ホーエンツォレルン城を取り囲むように、ウィンザー城が重なるようにして建てられているようであった。

長年の月日での立て替えなどで、追加工事されていった歴史があるのかもしれない。

ホーエンツォレルン城はテンバール城と酷似している。恐らく、この学院の中枢があの建物だろうと私は当たりを付けていた。

これは探索しがいがあると私の胸は高鳴りっぱなしだった。



馬車の小窓にかじりつく私を、父のロヴェルと護衛のカイとヴァンが苦笑しながら私を見ていた。

カイは現役の学院生なので、護衛兼、案内人の役割を当てられて私達に付き添っている。

そしてヴァンは当然だとばかりに付いてきた。これには父も特に反対せず同行を許している。その理由は、私の暴走を父一人では止められる気がしないと言う、なんともいえない理由が原因であった。


「エレンの暴走はヴァンは既に経験しているからね」


「心中お察しいたしますぞ」


「理解してくれるかい? 俺だけだとエレンを止められる気がしないんだ……」


「え、エレン様はそんなに凄いのですか……?」


私を肴に、男達三人は話題を盛り上げていた。それが聞こえていた私は頬を膨らませて抗議する。


「あの時は夢中だったんです!! 魔法も覚え立てだったんですよ? 転移を失敗して変な場所に飛ばされるのは仕方ないと思いませんか?」


「エレンは直ぐにコツを掴んでいたじゃないか。あっちもこっちも気になるからと転移を繰り返して結局迷子になってただろ?」


「ですがそれも最初だけです! 城の構造を熟知した後には迷子にはなっていません!!」


えっへんと胸を張る私に、父は溜息をこぼした。


「……たった二歳の娘がそれらの事を普通に出来るとでも思っているのかい? 精霊だとしても魔法がなんたるかもエレンは学んでいなかったというのに……」


父の言葉に、カイが絶句していた。ヴァンにいたってはさすが姫様ですと誇らしげにしていた。


「そんなわけで、君達。エレンから絶対に目を離さないように。ヴァン、一応オーリも水鏡でエレンの行動は見ているから、はぐれたら直ぐにオーリに確認を取ってくれ」


「承知いたしました」


「もう! ヴァン君まで!!」


信用されていないとぷりぷりと怒ると、慌てたヴァンが姫様のためを思ってですと口を濁していた。


「なんだったら、とーさまと手を繋いでても私は大丈夫なんですよ? 少しは信用してもらいたいです!!」


「言ったね、エレン。じゃあ、とーさまと一緒に手を繋ごうね」


父ににっこりと笑いかけられた。

父は笑顔であるが、なんだか目が笑っていなかった。

もしかしたら早まってしまったかもしれないと少しだけ後悔した。



***



テンバール王都学院はテンバール城と似ていて、森に囲まれた場所にある。

馬車は自然に出来た森のアーチを潜り、ずっと走り続けていた。

これを抜けた先にある、学院の建物が現れた瞬間は、まるで精霊界に迷い込んだような錯覚を起こすだろう。


私は生前の海外旅行の様なわくわくとした気持ちに陥っていた。

父には大丈夫だと豪語していたが、その自信は学院の建物が見えるにつれて萎んでいく。

馬車の小窓にかじりついて目を輝かせている私の姿に、三人は既にあきらめに近いものを滲ませて溜息を吐いていた。



森のアーチの出口が見えると、視界は一面に城の佇まいに遭遇する。その圧倒ぶりに私は最大に目を見開いて輝かせていた。

馬車が止まってから、護衛であるカイやヴァンが先に降りると、馬車の中は私と父だけになった。その瞬間に父は小声で注意を促した。


「思っていた以上に騒ぎになっている……はぐれたらダメだよ、お姫様」


父はそう言って、素早く私のおでこにキスをした。

それから父が降りて、馬車の扉の前で「お姫様どうぞ」と父が手を差し伸べてくれる。

だが父が馬車から降りた瞬間に聞こえてきた地響きのような人々の歓声に、私は何事かと驚いて目を瞬いていた。



私はそれまで、父が英雄だったという事をすっかり忘れていた。

モンスターテンペストの一件だけではなく、神の薬をもたらし人々を救ったのだと、さすが英雄だと噂が再熱していたのだ。

この噂は周囲の目線を私から逸らすための情報操作ではあったが、気付けばどうも噂は父と私が一緒くたにされているらしく、あまり効果があったとは言えない。



馬車から出ることに一瞬で怯えてしまった私を安心させる為に、そのために父とカイとヴァンが付いているから大丈夫だよ、と囁きかけてくれた。

おずおずと父の手を取って馬車から降りると、それまで歓声に包まれていた学院が、一瞬でしーんと静まり返ってしまった。

これに何事かと私は更に怯えてしまうが、父は苦笑して大丈夫だよ。と私に笑いかけてくれた。


そして次の瞬間、先ほどの歓声とは違い、大騒ぎになった様な、さまざまな声が聞こえてきた。ざわざわと犇めく人々の声に、私はどうしたら良いのかと不安になって父の顔を仰いだ。


「気にしないのが一番だよ。でも、こんな様子だったらやっぱり学院に通うなんてどの道無理だね」


父の言葉に私は頷く。

すると、開口一番に挨拶をしようとしていた太った男の人が、驚いた顔をして後ろに控えていた教員と思わしき人達にこの騒ぎを静めるようにと指示を出した。

教員達は急いで建物の中に入っていった。そして、至る所から「お前等教室に入れ!!」と怒号がする。


その光景にぽかんとしていると、手を揉む太った男性が額に汗を滲ませながら父に挨拶をしていた。


どうやらこの人があのしつこい手紙の差出人らしい。


とりあえず学院長室へどうぞと、私達はこの場を移動した。





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