何も企んではおりません!
学院に行く気満々になってしまった私を見て、どういうつもりだと母に詰め寄る父に、母はのほほんと返していた。
「あそこ、ちょっとおかしかったのよね。エレンちゃんなら分かるかと思って」
「……おかしい?」
母の言葉に父が首を傾げた。
私は「お城! お城!」と元気に連呼しているので、イザベラが「エレンちゃん、お城好きなの?」と目を丸くしている。
「好きです!! 探検! 探検!」
私の言葉に父が溜息をこぼした。私の城への探求心はなぁ……と言葉を濁した。
「エレンちゃんはお城を見ると、その構造を確かめずにはいられないのよ。だから、忘れ去られた隠し部屋とか平気で見つけてしまうわ」
母の言葉にサウヴェル達が驚いていた。ローレンは城の構造が分かるのですか? と何故か食いついている。
「お城って面白いですよね! 明らかに外からの外観と中の構造でどういうわけか隙間がかなりの確率であるんです。ただの空間かと思ったら、大抵通路だったり隠し部屋だったりするから楽しくて!!」
日本でも忍者屋敷などがある。あの手の大きなお屋敷にはどうしてか嗜好を凝らしている事が多い。
さらに目の前で隠し事をしていると見せられたら、暴きたくなると思いませんかと同意を求めて苦笑されてしまった。
「通りでエレンに隠し事をしても直ぐバレるはずだ……」
父の言葉に私は首を傾げた。隠し事をして暴いた事があったかと思ったら、「アルベルト」と一言だけ言われて思い出した。そういえばそんなこともあった気がする。
「エレンちゃんは生まれてからわたくしの城に興味津々で、二歳の頃には大冒険の毎日で大変だったわぁ」
うふふと陽気に笑う母がいたが、父はあの時の騒動を思い出したらしく、うんざりとしていた。
「二歳でお城の探検だと言い出して、いつの間にかいなくなっているんだぞ? あの時の恐怖は忘れられないよ……」
その節はどうもすみません、と思わず頭を下げたくなった。
この世界に生まれて直ぐの私は、夢うつつの状態だった。生まれて直ぐは生前がどうとかそういう感覚が全く考えられなかったのだ。
視界もぼんやりとしてて、抱っこされて初めて目の前に母や父がいるという事がなんとなく分かる程度だった。
大学の心理学の授業で、赤ん坊は視界に映る人間に助けてもらうしか身を守る術がない。
だから目の前の人物に本能的に笑いかけるのだと聞いた時は驚いたものだ。
だが一度体験してみると、それは粗方間違いではないと思った。
それから目があらかた見えるようになり、立って歩けるようになってから周囲を確かめずにはいられなかった。そこで世界が違うと気付いたのだ。なんせ城だ。私は城に住んでいたのだ。
この世界に興味津々で、冒険せずにはいられなかった当時の記憶が呼び起こされた。
「城に施した魔法は解いてしまうし、忘れ去られた部屋は見つけ出すし、どこから進入したのか宝物庫に入り込んでしまうし……それにいつも最後は迷子になってるから帰ってこないんだぞ?」
思い出したらキリがない。
私は当時、やらかしまくっていたのをつらつら父に思い出話として上げられていて、ちょっと居心地が悪かった。
当時、二歳の私が城で行方不明になった出来事を思い出し、イザベラがまあまあと声を上げていた。考えてみれば二歳の娘が行方不明。さらにその娘は見つからないようにと色々と魔法を覚えては試していきなり変な場所へ転移してしまったりもしていたのだ。
サウヴェル達は父に同情している。かなり居たたまれなくなってきてしまった。
「でも、エレンちゃんのお陰で分かったことが沢山あるの。その手腕を生かすにはもってこいじゃない? それに、その手紙の送り主のお相手、しつこいんでしょう? 少しお話してくればいいじゃない」
のほほんと話す母に、だが学院は……と父は始終反対している。
「なら体験入学というのはできないんですか?」
私の提案に父達がなんだそれはと首を傾げていた。
「学院を体験してから入学を決めると、そう提案してみたらどうでしょう?」
「あら、それは面白そうね」
私の提案にイザベラが納得した声を上げた。
「俺は一日たりとも学院にエレンをやりたくない!!」
父の反論に母は珍しく困った顔をしていた。
その顔に、母はどうやらそのおかしなものを私に調査してきて欲しいのだと察する。母がそう考えているということは、恐らく精霊がらみの予感がした。
「体験入学は親もその対象なのですよ。この学院に子供を入れて良いものか、親が決めるんですから」
私の言葉に父の目が見開いていた。
「……俺とエレンで学院に?」
「そうです。それを許してくれなければ母の土地へ帰ると相手に手紙を出せば良いじゃないですか。相手は私をどうしても入学させたくて仕方ないようですから、この条件は飲むでしょう」
「そうよエレンちゃん! もっと言って!!」
私の援護射撃に母が調子に乗って拳を振っている。なんて調子の良い……とジト目で見てしまうが、仕方ないと溜息を吐いた。
「とーさま、かーさまがこれほどまでに私を学院に行かせたいという事は、恐らく精霊絡みでしょう」
「そうだわ。今ならロヴェルにも分かるんじゃないかしら?」
母が一緒に行ってみたらどう? と提案していた。ということは、母はいつも通り水鏡で見ているという事だろう。
「……精霊絡みなら俺は断れないじゃないか」
渋々と折れる父に、私と母は喜んでハイタッチをした。
その様子を見ていた父がまた溜息を吐き、「妻と娘が手を組んだら勝てない……」とこぼす。それにサウヴェルが、兄上……分かりますと同情していた。どうやらサウヴェルもよく丸め込まれているらしい。
「かーさま、お城の規模は!?」
「我が家の半分位かしら?」
「けっこうデカいですね!!」
「そうなのよ。調べるにしても数日かかっちゃうかしら?」
「とーさまと一緒に数日泊まりながら体験したいって伝えれば良いじゃないですか。学院は寮なのでしょう? 断るにしてもその謎が分かれば交渉に使えますし!」
「……またエレンが何か企んでる」
「とーさま、そのお疑いの目は止めて下さい。心外です!」
ぷんぷんと怒ると、ごめんねと言いつつ、父は絶対何かやらかすと確信している目をしていた。
「……本当に行くのか?」
サウヴェルが心配して声をかけてきた。
これににっこりと笑って私は言い切ったのだ。
「ちょっと体験入学しながら観光してきますね!!」
「エレン、心の声がただ漏れしているよ」
父の呆れた声が上から降ってくるがそんな事はどうでも良い。
私はまた城が探検できると目を輝かせていたのだった。
***
その日、学院では届いたヴァンクライフト家から手紙で男達が大騒ぎになっていた。
「体験入学とはなんだ!?」
「手紙によると数日、学院で娘に授業を受けさせてみたいと……。それで入学に値するか確かめたいと書かれています」
眼鏡をかけ、痩せ型の体型をした陰気な顔をした男はへこへこと頭を下げながら報告していた。
一方、もう一人の男はかなり太っており、身長が低く、着ている魔法使い用のローブの裾を引きずっている。
太っている方はこの学院の学院長をしている男だった。
そして痩せ型の男は、学院の教頭に当たる地位を持った男だった。
「英雄の娘があの薬を作っているんだろう? 今、学院にいる方は英雄の弟の娘だそうじゃないか」
「あの薬を研究しようにも、王家は薬を殆ど寄越しもしないのですからな……。しかし、娘は学院に来るというではありませんか。実に結構ですな!!」
ふたりはガハハと笑っていた。
王家はヴァンクライフト家へ安くない薬の対価を支払っているらしい。
学院での研究用に薬を回して欲しいとお願いした所、宮廷で研究するために必要だから渡すことは出来ないと無下にされた。
もちろんヴァンクライフト家へ手紙は送っていたが、ヴァンクライフト領では溢れんばかりの患者の対応に回せるだけの薬がないと断られたのだ。
「この薬が欲しいと様々な国が関心を持っている。これが作れるようになれば、全て我々の手の内だ!!」
「娘を取り込めばよろしいのですよ。まだ12歳ですしな!!」
他国籍なら留学という手もある。
二人はなんとしてでも英雄の娘を学院に入れるぞと計画を練っていた。
しかし、後で見直した手紙に、父であるロヴェルも娘と一緒に体験するのが条件だと書かれており、これに二人が英雄が学院に来ると大慌てになるのだった。




