娘の存在。
陛下達の病が治るまでの間、ヴァンクライフト領にて治療を再開したという噂を流して貰った。
王都に集中していた患者達は一気にこちらへと向かってくる。
こちらも王都のような状況に陥ってしまうのは分かっていたので、治療魔法が使える大精霊のクリーレンとレーベンに協力をお願いした。
ヴァンクライフト領に入る頃には病を患っていた人は体力が尽きて亡くなってしまう人が出てしまうだろう。
生命を司るレーベンにお願いして、患者の体力を回復させ、自然治癒力を向上させる。
いくら薬を投与しても、身体に体力が無ければ病に負けてしまうからだ。
それから重症患者だけはクリーレンに治療をお願いした。
ただ、この薬だけでも大騒ぎになったのだ。治療魔法で一気に体調が回復したとなれば、この領地には何かあるとまた騒動が起きてしまうだろう。
だからこそクリーレンには全てを治すことはしないようにとお願いした。自然治癒力と薬で治せる範囲まで、症状の緩和をお願いしたのだった。
王都からヴァンクライフト領へと入ると、少しずつ体力を回復させる魔法が発動するように結界を施した。
重症患者を優先するお触れを出し、理解を求めて皆と紛争した。
だが他にも問題は沢山ある。
人が大勢集まれば、その分の食物も必要になるのだ。
雨を司るニーゼルとレーゲン。
土を司るボーデン。
植物を司るフランとオープスト。
光を司るリヒト。
大精霊の彼等に声をかけ、そして私が肥料として窒素、リン酸、カリウムを魔法で創り出す。
この三つは肥料の三要素と呼ばれる程に重要なものだ。ただ、この三つだけではマグネシウムとカルシウム不足に陥りやすくなり、病気になる事もあるので、これも少しだけ足す。これで五大要素と呼ばれる肥料となる。
土のボーデンに声をかけ、創り出した五大要素をまんべんなく畑へと施す。
目立たないように雨はしとしとと降る程度。そしてなるべく降る時間は夜にする。昼間に水をやっても、日光で蒸発してしまい、水分が植物に行き渡らないからだ。
昼間は光のリヒトにお願いして晴天が続くようにした。そして植物のフランとオープストにお願いして、丈夫に、豊作になるようにと加護を施した。
目を見張るような豊作が続けば、人々は心に余裕が生まれる。
そして作物を売ったお金ではなく、税として作物を入れるようにとサウヴェルは触れを出した。これに領民は殊の外喜んだ。
サウヴェルはその作物で病に苦しんでいる者達に施しを行う。
その様子を見ていた領民は次々に胸を打たれ、我もと自ら助力を申し出てくれる人々に溢れていった。
お金は薬を王族に売り込んで工面した。
このサイクルを何度も繰り返す。だんだんと病に冒されていた人々は元気になって去っていった。
だが、中にはこれほどまでに住みやすい場所はないと移住を決める者が多く集まった。
病を患えば領主が薬を施してくれる。豊作続きの畑はいつも人手不足だ。仕事も多いと人が集まれば商人も狙って訪れるようになってくる。
目に見えて領地の人々が増えていく。サウヴェルはとても忙しい人となっていた。
次第にヴァンクライフト領は、精霊に愛された土地という意味で「ゼーゲン・ヴァンクライフト」と呼ばれるようになっていった。
人々の挨拶も、精霊に感謝するように「ゼーゲン」と祈るようになっていったのだった。
***
私は協力してくれた大精霊達にお礼を言った。
皆のお陰で、今やヴァンクライフト家は人がうらやむ土地へと変わっていた。
「本当にありがとうございます」
笑顔でお礼を言うと、手伝ってくれた精霊達は穏やかな顔をして私の頭を代わる代わる撫でてくれた。
人間でいう50過ぎ程に見える、厳つい顔立ちに髭もじゃの土を司るボーデンが、楽しかったとガハハと笑った。
「姫さんの発想は面白いな!! 俺達が協力しただけでフランやオープストが目を丸くしていたぞ!!」
精霊達は個別な存在であった。それが互いに力を貸すことで相乗効果が生まれ、他の精霊が力を得た事に驚いていたのだ。
「このような効果があるとは思いませんでした。これは色々と試したら面白そうですね」
光のリヒトが朗らかに笑う。リヒトは10代後半の見た目をした綺麗な青年だ。プラチナの髪に銀の目は、母と少し容姿が似ている。傍目から見ると、リヒトと私は年の離れた兄妹に見えるだろう。
私はリヒトの事を「お兄ちゃん」と呼んで甘えている。
雨を司るニーゼルとレーゲンは双子の姉弟だ。この二人は青い髪と青い目をしたそっくりな顔をした双子で、極端な性格でよくいたずらをしている。見た目の年は私の少し上くらい。遊び感覚の軽い乗りで誘ってみたら、面白そうだと助けてくれた。
二人はいつも極端に雨を降らせる精霊だった。人間達はそれに辟易するのを見て、今度は雨を降らさない。
人間は雨を求めて雨乞いをする。それを見て笑いながらまた雨を降らすのだが、集中豪雨を降らせたりと人間が慌てふためく様子を見て楽しむという悪ガキというやつだったのだ。
それが夜にしとしと雨を降らしただけで、人間達があれほど喜び、感謝するとは思わなかったらしい。
人間の慌てふためく様子を楽しいと思っていた二人は反省していた。二人は恵みの雨だと人間達に感謝されるようになった。
それにあまり仲が良いとは言えなかった植物を司るフランとオープストが「日頃からこうしてよ!!」と叫んでいたのが逆に面白かったみたいで姉弟は笑っていた。
植物を司るフランとオープストは、自らがあるために他の者の協力が必要だということを口を酸っぱくして日頃から言っていたらしい。だが他の精霊はその感覚があまり分からない。
全ての母であるオリジンさえいれば、存在していられるという本能でしか理解していなかった。
自らが在るために、女王に言えば? という返事ばかりをされていたと二人は泣いていた。
今回、それを裏付ける結果となった事に二人からもの凄く感謝された。
二人は豊穣の意味を持つので、ボンキュッボンの美人で妖艶なお姉さま方だ。
その二人に挟まれて可愛がられる私は、豊満な四つの山にあっぷあっぷと圧迫されて感謝された。コンプレックスを刺激されるので、この感謝のされ方はあまり嬉しくない。
今回の件で、皆で協力し合った者達は仲良くなっていた。この雰囲気に私はまた嬉しくて笑顔になっていた。
永久の時を生きる精霊は時や思考が停滞している。何かをしようとしたりといった事を自らやることは少ない。
ただ性格は自然と同じように極端な時もあれば穏やかな時もある。
怒ると地震や噴火、台風などといった大災害を引き起こす時もあるのだ。
彼等を身近に見ていて、精霊の本質とは何かを知る。
それはこの世界を司るという意味、そのものなのだということであった。
***
精霊達と遊んでいるエレンを遠くから見守りながらロヴェルとオリジンは話し合っていた。
「エレンは本当に優しいな……」
「ふふふ、わたくしとあなたの子よ? 当然だわ」
「だけど、俺は心配だよ。人間にあれほど心を砕くなんて……」
「あら、あなただって人間ではないの」
「君の力を受け取ってから、この世界の事を思うんだ。人間はとても小さな存在なのだと……」
この世界の在り方を思い、ロヴェルは話す。
「母や弟は確かに大事だけど……俺にはオーリとエレンがとても大切な存在になった。……あれだけ人間を救いたいと思っていたのにな……」
モンスターテンペストから王都を守るため、ロヴェルはその命をかけて戦った。
だが今は精霊の在り方を知った。そして人間の所業を知ってしまったロヴェルは絶望していたのだ。
「俺はいつの間に天秤にかけるようになったんだろうか……」
エレンを見て、ロヴェルは過去の自分の気持ちを思い出していた。
そんなロヴェルに対して、オリジンはにっこりと笑う。
「あなたのそれは、わたくしとエレンを大切に思っている気持ちの表れだと思うわ」
「……そうなのかな」
アギエルの事を疎ましく思い、実家を蔑ろにして弟に全てを押しつけていた。
思えばあの頃には見切りをつけていたのかもしれない。
「……エレンのお陰だな」
エレンがおばあちゃまと慕う、母親の笑顔が脳裏に焼き付いていた。
イザベラがエレンを可愛がる姿に、ロヴェルは忘れていた何かを思い出したのだ。
「俺の娘は凄いな……」
エレンは全てを愛している。精霊も人間も、その在り方も、互いに協力し合う存在であると、全身で証明しているのだ。
その姿は妻であるオリジンの、全ての母としての姿と重なった。
「エレンはわたくしの娘ですもの。そして、あなたの娘でもあるわ。互いの種族を大切に思うのは当然なのよ」
「ああ、そうだな……」
ロヴェルは娘の後ろ姿を眺めながら反省する。
精霊を蔑ろにした王家の事を知り、ロヴェルは見切りをつけていたとはっきりと自覚した。
それを正してくれたのが、娘の存在だったのだ。




