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アニマルセラピー。

私は水鏡で王国の様子をずっと見つめていた。あれから王都は混乱を極めた。


ヴァンクライフトで患者に渡していた抗生物質は、「神の薬」「精霊の恵み」などど呼ばれ、その恩恵を受けようと患者が押し掛けていた。

そんな中、ヴァンクライフト家のご令嬢が、薬欲しさに心ない者達に誘拐されたと騒動が起きた。

それを静めたのが、薬の詳細を聞きに来た王家の存在であったと噂が広がっていた。


サウヴェルが宿のドアを蹴り破って怒鳴ったその声は、宿にいた者達に聞こえるには十分なものであった為に、その信憑性はより高まっていた。

その後、王家の者は誘拐解決を手伝い、その報酬に王家は残り少なかった薬を求め、領主はそれを承諾するしかなかったという。


それを聞いた、薬を持っていた者達は激怒した。

領主の娘の誘拐も確かに薬が原因だが、残り少ない薬を重症患者へと回すための話し合いを行っていた最中であったのだ。

王家のやり方に治療師達や、患者達から憤怒の声が上がった。


「皆、すまない……。娘が浚われてしまったばかりに……」


「そんな、領主様! 頭を上げてください!」


領主も親だ。子を思う気持ちは皆と同じだ。ラフィリアを返せと鬼のような剣幕で宿に怒鳴り込んでいたのだ。

領主は子の誘拐の目的が薬だと判断し、要求される前にと解決へと走った。

途中、お忍びで王家の者が娘を呼び出していたと知れ、不敬などものともせずにサウヴェルはそこへ乗り込んだ。


だが、王家の者が解決の手伝いをしてきたまではいい。誘拐の疑いをかけられたので、真偽をはっきりさせるための行動だったと分かるが、その後、足下を見て薬を要求するなど誰もが耳を疑うだろう。



ヴァンクライフト領では、四年前のアギエルの事もあり、元々王家に不信感を抱いている。今回、それが爆発するという形で、この噂は王家の不信感を伴って急速に広がっていったのだった。



***



陛下の判断は速かった。王都への入国制限をいち早く開始した為に、病を持った者達は少なく済んだが、薬を求める者達で国の周囲を囲まれてしまった。

王都に住む者達は、一体何が起きているのかと目を白黒とさせる。そして、あの噂を耳にした。


王家の者がヴァンクライフト家に対する仕打ちは、これまでも周囲は首を傾げていた。

確かにその様な薬があるのならば、誰もが欲しくなって当然だった。だが、ヴァンクライフトの領主は、その薬をより行き渡らせるため、重症患者や女性や子供を優先して施すと、分け隔てなく慈悲をかけていたと聞く。

残り少なくなった薬を巡っての騒動も起きていた。そんな中、領主の娘の誘拐事件に、王都の者達は顔色を無くした。



噂が噂を呼び、薬を手に入れるために王家の者が仕組んだ誘拐であったとのではと声が上がった。

それに対して陛下は真っ向に無関係であると証拠を用意していた。

それを水鏡で見ていて、私はやはりと思わずにはいられない。

だが、日に日に王都の周辺は病を持った者達で溢れ出す。病は更に広がり、門番へと移り、そして王都の中へと静かに進入していくのだ。


門を締め切っているので物流も滞り、王都内部でも次第に不満がくすぶり始めていた。

陛下と殿下は信用回復のために紛争するが、くすぶり始めたそれは段々と勢いを増していく。

この事態の解決は父や私にしか出来ない。王家の者も縋りたい一心で、よくヴァンクライフト家へと使者をやってはいたが、父や私が薬の材料の調達のために出たまま帰ってこないと聞けば、使者も黙るしかなかった。



感情を出さず、じっと水鏡を見つめ続ける私に、父や母達が心配そうな顔をしていた。



***



余り笑わなくなってしまった私を、精霊達が心配して、用もないのに構おうと誰かしらがくっついている様な事態に陥っていた。


「……」


すりすりと小動物に群がられ、背後には虎の状態のヴァンが頭をこつんと擦りつけてくる。

心配をかけているのは分かっている。私が人間を切り捨てられないせいで、一部の精霊は不満を持っていた。更に私をこんな状態にさせたのが人間だと、人間に対して怒りを持つ者もいた。

こんな態度ではいけないと思ってはいるのだが、気落ちしてしまっていた私は、なかなか浮上することができないでいたのだ。


膝に乗ってくるウサギやリスの姿をした精霊達が撫でてくれとばかりに手に擦り寄ってくる。

膝に座った子を一心不乱に撫でていると、途端に右肩にずしりとした重しが乗る。

ちょっと横を見ると、私の肩に顎を乗せたヴァンが私の手元を後ろから覗き込んでいた。


それに苦笑しながらそのままの体勢でヴァンの首をこしょこしょと撫でると、ぐるぐると喉を鳴らしたヴァンが横にすてーんと寝ころび、腹を見せてきた。

ヴァンは本当に猫科だなぁと思わずくすくすと笑うと、私の笑顔にヴァンがぴくりと動いた。

周りにいる精霊達の気遣いが嬉しくて、私は笑いながらもぽろりと目から涙がこぼれてしまった。

ヴァンはそれを舌でべろりと舐め取ってくれる。

ヴァンは顔が大きいので、ほぼ顔半分がべろーんと舐められてしまった。


「むう~っ」


動物に顔を舐められるというのは少し苦手だが、今回は不意打ちだったのでもろに浴びてしまった。


「もう~」


ごしごしとハンカチで顔を拭いていると、ヴァンが怒られると思ったのかおろおろとしている。そこに、がおー! と襲撃をかけた。

ヴァンの首をこしょこしょと全力で擽って、二人でころんころんと寝ころびながら戯れていた。

次第にくすくすと笑いながらヴァンと戯れていると、それに気付いた父や母が物陰からこちらを覗いている事が分かった。


「とーさま、かーさま」


きょとんとして二人を見上げると、二人はホッとした様な顔をしていた。

ああ、心配をかけていたのだと改めて身に沁みる。


「ようやく笑ったね、お姫様」


「やっぱりエレンちゃんは笑顔じゃなきゃ」


父と母に挟まれて、二人から頬にキスを受けた。頭を撫でて甘やかしてくれる存在に、私は泣きそうになるが、二人に笑顔を向ける。


「ごめんなさい……とーさま、かーさま」


父の腕の中に飛び込むと、父はしっかりと受け止めてくれた。ぎゅっと抱きしめられると、酷く安心する。


「……もうね、いいかなって話し合ったんだ」


父の言葉に何のことだと首を傾げると、父は苦笑しながら私の頭を撫でていた。


「エレンが取った手段は陛下に大打撃を与えたよ。でも、エレンはそれを後悔していたでしょう? 余計な人々が病に倒れてしまうから」


「……はい」


あの腹黒を追いつめるにはこうするしかなかった。だが噂に踊らされた人々はただ被害を受けるだけだ。

薬は受け取れないし、そこからまた第三者に感染が広がるだろう。

具合が悪い者が集まれば、具合が悪い者同士で二次感染が広まるのも時間の問題だ。風邪から細菌による肺炎を起こすような、重体になる可能性もある。


死ななくてもいい人が死ぬだろう。それを考えたら、落ち込まずにはいられなかったのだ。


「これを言ったら、エレンは動いてしまうから言いたくないのだけど、水鏡で見たら直ぐに分かってしまうから言うね」


父が次に放った言葉に、私は頭が真っ白になった。



***



今やテンバール王城内部はぴりぴりとした緊張感に包まれていた。

くすぶる住民の声を無理矢理押さえつけているような状態だ。

王家がヴァンクライフト家にした所業は噂が広がり、あることないこと広まっていた。

その噂は王家の信頼を揺るがすには十分であった。

一部の貴族は噂の薬の恩恵を受けようとあからさまに王へと擦り寄って来た。


陛下は薬を譲り受けたのは、薬の量産をするためだと説明した。

だが、宮廷に勤める治療師達は、その薬が何でできているのか突き止めるに至っていないらしい。

薬の詳細を聞こうとも、王家がヴァンクライフト家に話を聞きづらいのは誰もが分かった。

別の者が話しを聞こうとするも、薬の製法を知っている者は、王家が薬を持って行ってしまったせいで、足りなくなった材料を調達に行ってしまったのだと聞かされればどうすることもできなかった。


誰もがヴァンクライフト頼みだと理解する。

それなのに、王家のせいでこの様な行き詰まりになったという事に憤りを感じていたのだ。


そして、その心労が祟り、陛下と殿下がついに倒れたと王国に激震が走ったのだった。



***



王の寝室には数名の治療師達が詰めていた。

高い熱を発して意識のない王の姿に誰もが暗い顔をしている。


「あの薬は残っていないのか?」


「他の治療師達が調べるためだと言って……気付いたらほとんど残っていなかったそうです……」


「なんてことだ。陛下から預かっていた大事な薬だったというのに……!!」


一つ一つが小さな粒だった。

調べるためだと粉にするために、大量に潰されていたなど他の治療師は知らない。

日本のような成分を調べる為の精密機械が無いのだから仕方ない。

宮廷の精霊総出で聞くも、誰もが首を振るという謎の薬であった。

しかも精霊達はこぞって同じ事を言った。


『これは人間界のものではない』


ならば精霊界のものかと聞けば、違うと答えられた。

この薬は一体何なのかと誰もが思わずにはいられない。しかし、ヴァンクライフト領の治療院ではこれを処方し、死病すらも治してしまったという。


これは神の薬ではないのかと噂が広がれば、こっそりと持ち出す者達が現れていた。


その管理体制に宮廷治療師の長が頭を抱える。譲り受けた薬が入った瓶は二つあった。だが調べるために一瓶丸々使ってしまったというのに、話が伝わっていなかったのか、残りの一瓶はまだもう一つあったはずだと勘違いして残すはずだった方を開けてしまったというのだから頭が痛い。


「どうしてこんな事になっている?」


余りにばかげた話だと長は頭を抱えていた。

薬は最低でも一日三回。それを三日間だと説明されていた。陛下と殿下で18粒。……とてもじゃないが、瓶の中にはそこまで残っていなかった。


「ああ……なんということだ……」


そんな長の後ろから、二つの影が急に現れた。

陛下の寝室には眠る陛下と治療師の長、そして助手である数名の治療師しかいない。他は感染を防ぐためにこの部屋には入らないようにと申し付けていたはずだ。


「あの薬、結局無駄にしてしまったのですか?」


「そうみたいだねぇ」


「やはり使い慣れたうちの者を派遣するべきでしたね」


「信じられなくて玩具のように扱ったんだろう? 本当、ここの者は治療師の先鋭かと疑いたくなるよね」


のほほんと聞こえてきたふたつの声に長は吃驚して固まってしまった。

横にいた助手達も目を丸くして声を失っている。


「……ロヴェル様?」


「おやおや、こんな寝込んでいる陛下の姿なんて貴重だなぁ」


ロヴェルの腕の中には小さな女の子がいた。8歳ほどに見えるその子が、もしやヴァンクライフト家の精霊姫ではないかと長は思った。


「あなた、治療師さんですか?」


小さな女の子の声に、長は思わず頷く。薬の事を聞けるチャンスだと長は震える声で訪ねた。


「ロヴェル様! あの薬をお持ちではありませんか!?」


「……開口一番それとはね。まぁ、陛下がこの調子じゃ仕方ないけど、いいの? 俺達不法侵入なんだけど」


ロヴェルはあっけらかんと言うが、ここで追い出してしまって薬が手に入らなくなったらそれこそ処罰されるのではないかと長は青くなっていた。


「あ……それは……」


「追い出したらそれこそ薬の事が聞けないか……まあいい。で、いつから寝込んでる?」


陛下の容態を聞いてきたロヴェルの態度におどおどしながらも長は話した。

それを聞きながら、私は二つの薬を長に渡した。


「二つとも別々の薬です。一日三回、一粒ずつ。合わせて飲ませて下さい」


小さな瓶には50錠ずつ薬が入っている。それを見た長は、感激の余りに目に涙を浮かべていた。


「ろ、ロヴェル様……!!」


「まったく。殿下にも同じ数だけ処方するように。今度は玩具にするなよ」


次は対価を要求するとだけ残して、私達は姿を消した。




今度はサウヴェルの元へと向かう。

いつもより多めに薬を渡し、少しずつ患者を受け入れるようにと話をした。


精霊界に戻って、父と母を前にして話をする。


「……これでよかったのですよね」


「まあ、あいつも痛い目は見たでしょ」


父はくすくすと笑っていた。それに釣られて、私も少しだけ笑う。

陛下の体調が戻ってから、今度は薬の対価の話し合いをしようと父と約束した。



***



私はこっそりとある場所へと転移した。

水鏡で事前に彼が起きていることは知っていた。

いきなり目の前に現れた私に、彼は目を丸くして驚いていた。


「え、エレン……? 私は夢を見ているのか……?」


「夢にしても良いのですけれど」


首を傾げるとガディエルは己の頬を抓っていた。痛い……という呟きが聞こえる。


「……この状況、あの時に似ていると思いませんか?」


私の呟きに、ガディエルは息を飲んだ。

精霊の呪い。黒い靄が見せた過去の出来事。


「あの時も、こんな風に前もってお話ができていたら、何か変わっていたのでしょうか……」


「……少なくとも、王家の者があのような手段を取る事はなかったんじゃないかと思う」


モンスターテンペストと見えない病の恐怖。

それは民の心を蝕み、そして狂気へと変えていく。


「殿下、無理矢理に私達と関わろうとするのを止めて下さい。……でしたらお話は聞きましょう」


私の譲渡に、ガディエルは目を見開いていた。


「……あなた達が私達と関わろうと必死になる理由は分かっています。互いに手を取るという手段が無いからです。私達はあなた達に絶望して見限っていた」


「……だが我々は君達が欲しくて仕方なかった。その精霊の力を、その名がもたらす力を。無理矢理手に入れようとする度に君達を傷つけていた……」


熱がまだ下がらないらしいガディエルの顔は赤い。

私は思わず熱を計ろうと近づいてしまいそうになるが、呪いの存在を思い出して止まった。


「……病はもうこれ以上広がらないように配慮はしました。あなた達が治ったら、薬についてお話をしましょう」


「……製法を教えてくれるのか!?」


「違います。薬は対価と引き替えだというお話です」


私の言葉にガディエルは肩を落とした。


「簡単に教えられるはずありません」


ふんっと鼻息を荒くして怒っているのだと主張すると、そんな私の様子がおかしかったのか、ガディエルは目元を緩ませて笑っていた。


「そうだな。私達は信用が無いから……」


そこまで言って、ガディエルは何かに気付いた。


「ねぇ、エレン」


「……なんでしょうか」


「もし、もし私が君の信頼を少しずつでも得ることが出来たら……また、こうして話をすることができるだろうか?」


ガディエルの言葉に私は目を丸くした。


「……この距離でのお話になりますが」


「構わない!!」


ガディエルはベッドから身を乗り出すように勢い良く身を起こすと、気管に唾液が入ってしまったのか、げほげほと咳込んでいた。

それを介助できないのが少し申し訳ないと思ってしまう。

ガディエルの咳が落ち着くのを見計らってから大丈夫かと聞けば、嬉しそうにしながら大丈夫だと答えていた。


取りあえず、私はまた父と来ると残して帰ると伝えると、ガディエルは分かったと笑顔で返してくる。

何だかいたたまれなくて私はじゃあね、お大事にとだけ言って逃げ帰ってしまった。




エレンが消えてしまった場所を、ガディエルはずっと見つめていた。

約束して貰えた事が嬉しくてたまらない。

熱が上がってしまったとガディエルは一口だけ水差しからグラスに水を差し、一口だけ水を飲む。

すっきりとした冷たさが喉に通る。その冷たさが夢ではなく現実だと教えてくれた。


「はぁ……」


身体にこもった熱を逃がそうと深く息を吐く。

身体はつらいはずなのに、ガディエルの顔は緩みきっていた。



***



私はすたすたと城の廊下を歩き、自室へと向かっていた。その廊下の先から、人化したヴァンが私を捜していたと現れた。


「あれ、姫様。どうなさったのです?」


「え? 何が?」


きょとんと首を傾げると、ヴァンがしゃがんで私の頬を両手で包んだ。


「顔が赤らんでますぞ」


「……え」


目をぱちくりとすると、もしかしてと私は眉間に皺を寄せた。


(風邪でも移ってしまったのかしら……?)


ガディエルも熱があり顔を赤くしていた。

私も少し人間の部分があるので、病気が全く移らないとは言えない。


「……眠いの」


「おや、そうでしたか」


適当な言い訳をして自室へと向かう途中だったと言うと、ヴァンが心配して付いてくれた。


(私も薬飲んで寝よ……)


ガディエルに風邪を移されたのかもしれないが、私は会って良かったと心から思っている。




ここ数日、心に溜め込んでいたもやもやは、すっきりと晴れていた。




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