お互いの立場。
青くなったまま、一言も話せないガディエル達を前に、私は治療師のヒュームに向き直って話を続けた。
「ヒュームさん。薬の取扱いなどを屋敷の治療師から聞いていただけますか。取扱いを間違えますと薬は毒になりますのでお気をつけ下さいませ」
「は、はい……」
ヒュームはしどろもどろになりながらも返事をした。
「じいじ、ご案内をお願いします」
「承りました。ヒューム様、こちらへどうぞ」
薬の取扱いはこれで良いとして、更に詰めて話を進めるべく、私はまたガディエルへと向き直る。私と目があったガディエルは、少し怯えているようにも見えた。だが、ここで甘い姿見せてはならないと、私は気を引き締めた。
「殿下、最初こそ薬はお渡ししますとお約束しましたが、次の薬に関しては金品を要求いたします」
「なに……?」
「薬の作成に必要な資金源です。作られるならば人手も必要となります。当然でしょう」
これは取引だと敢えて強調した。
私の見た目から勝手な解釈をしていたのかもしれないが、父やサウヴェルが口を出さないのは、その必要が無いからだと強調する必要があった。
「……申し訳ない、それに関しては陛下の判断を仰ぎたい」
「構いません。ただ、こちらも納得できる商談を期待していますと陛下へお伝え下さいませ」
「……伝えよう」
これで薬に関しては一端終了したが、問題は残っていた。
「では、お話を最初に戻しましょう」
「なに……?」
「ラフィエルを浚った者達はこちらで処理いたします」
「待て! それは出来ない!!」
護衛の一人が声を荒げた。王家との繋がりを証明する可能性がある者達を手放すなどできないのだろう。
そんなことなどお見通しだと私はにっこりと笑った。
「あら、あなた方は仰ったでは御座いませんか。この者達は王家と関係がないと」
「……!!!」
「でしたら問題御座いませんね?」
「な……っ」
護衛達は目を白黒とさせていた。ガディエルも追いつめられているのが身に染みて分かったらしく、何を言って良いのかも分からないらしい。
私が何もかも返してしまうと理解したのだろう。
「私は先にお伝えしたはずです。それ相応の覚悟をして下さいと」
ガディエル達はごくりと唾を飲み込んでいた。
「殿下、陛下にお伝え下さい。私の家族に手を出したことを後悔して下さいと」
「あ……」
「お話は以上です。それでは薬をお持ちしますのでそのまま少々お待ち下さい」
「ま、待ってくれ!」
ガディエルが必死に何かを言おうとする。
私は何でしょうかと余裕を持って返した。
ガディエルは汗をかきながらも必死に何か考えているのだろう。何でしょうかと再度促すと、私と話をしてくれると約束したはずだと切り出してきた。
「……ここで、ですか?」
「ここで出来なかったら、私は君と今後話が出来ない気がするんだ……」
ガディエルのその予感は当たっていた。
私はガディエルが何を言いたいのか理解していた。だからこそ、父達に退出をお願いした。
「二人きりで話すつもりかい? どうしてここで出来ないの?」
父は不満だと顔に書いていた。二人きりにできないと眉間に皺を寄せている。
それに苦笑しながら、とーさまお願いしますとお願いする。
渋々退出する父の後ろ姿を見送って、護衛達も次々と退出していった。
扉がバタンと閉まってから、私はガディエルを真正面から見つめて対峙した。
「……エレン、私達は、王家は精霊に……」
「殿下、あなたは王家の人間です」
私はガディエルの話を遮って話す。話を遮られたガディエルは目を丸くしていた。
「あなたのご先祖様はしてはならないことをしました。ですが、その背景にあるご先祖様の思いも、あなたは王家の一員として分かっているはずです」
「……そうだ。だが、私達はしてはならないことをした!!」
「理解をして下さっているならば、あなたは尚更謝罪してはなりません」
「……なぜだ? どうしてそんな事を言うんだ!」
「あなた方のご先祖様は、後悔などしておりません」
真っ直ぐガディエルを向いて宣言すると、ガディエルは息を飲んだ。
「後悔してはならない。王家として背負った命を助けるために、取った行動なのですから……」
私は顔を歪めた。私は王家が何故このような行動を取ってしまったのか、痛いほど理解できた。そして、今を生きる精霊として、その悲しみを昇華することなどできないのだ。
「あなた方王家にとってしてみれば過去の事……ですが、私達永久を生きる精霊にとっては昨日の事と同じなのです」
謝罪されたとしても赦すことなど出来ないのだと、ガディエルに突きつけた。
「……っだけど、私は……!!」
王家の人間として謝罪してはならないと突きつけられた以上、ガディエルは謝罪をする選択肢を消されてしまった。
ガディエルがどうしても言いたい事を我慢する様に私は泣きそうになる。
ガディエルとラスエルの言葉は、あの石碑の裏側でずっと聞いていたのだ。
だけど私は精霊として、ガディエルと話をしなくてはならない。
「……殿下、私は忠告をしました。ご覚悟下さいと」
「……ああ」
「これから、王都は混乱に巻き込まれます」
「!?」
私の言葉にガディエルは目を見開いた。
「陛下もあの呪いの声は聞こえていた筈です。それにも関わらず、私の家族に手を出しました」
「……っ」
「これは最終警告です。陛下にお伝え下さい。これ以上、私達に必要以上の接触をしないようにと」
「そんな……私は、私は……」
ガディエルは拳を握りしめていた。
それを見ない振りをして、これ以上お話する事はありませんと突き放す。
「エレン!!」
引き留めようとするガディエルの言葉を無視して、私は部屋から出ていった。
エレンが部屋から出ていった後、一人室内に残されたガディエルは唇を噛みしめていた。
王家としての立場、精霊の呪詛の声。それらに板挟みになりながらも、願わずにはいられなかった事がある。
「俺は、ただ君と話がしたいだけなんだ……」
エレンの笑った顔が見たい。自分に笑いかけて欲しい。たわいない会話をして一緒に笑い合いたい。ただ、それだけなのに……。
「それすらも赦されないのか……」
先祖の罪と王家としての立場、そして己の気持ちに挟まれて、ガディエルは己の胸を掻きむしった。
***
ガディエルは城へと足早に戻り、陛下へと報告に上がった。
ガディエルの様子に、ラヴィスエルは満足そうに笑顔になった。
「おや、予想以上に良い顔になったね」
ラヴィスエルはガディエルの顔付きを見て笑う。
それに苛立ちを感じながら、ガディエルは事の次第を報告した。
「……薬を持ち帰った事は評価しよう。だが、それはエレンの温情だということ位は分かるね?」
「はい」
「ロヴェル達が同席していないとなると見破られたか……。惜しいことをした」
「父上!!」
苛立ちの余り、ガディエルは声を荒げてしまった。その様子に、隣で見守っていた王妃が驚く。
「エレンから伝言を預かっています」
ガディエルはエレンからの伝言を一語一句間違いなく伝える。すると、陛下の顔色が一瞬で変わった。
「……そうか。エレンの逆鱗に触れてしまったのか……」
ラヴィスエルの呟きは一瞬だった。
「近衛兵! 今から王都の入国を制限する事を門番に伝えろ!!」
突如として人が変わったようになってしまったラヴィスエルの姿に、隣にいた王妃もガディエルも目を丸くした。
「治療師をかき集めろ!! 直ぐにだ!!!」
突如として緊迫した周囲の様子に、付いて行けない者は多かった。
「王妃と息子達を辺境へと向かわせろ。王都に居てはならない」
「あ、あなた!? どうしたの一体!!」
困惑する王妃の態度に、ラヴィスエルは笑顔で言った。
「ヴァンクライフト家を敵に回してしまった。これから報復をされる」
「ど、どういうことなの!?」
「私がエレンを読み間違えた。優しい娘だと思って高を括っていた報いだ」
苦笑するラヴィスエルに周囲は困惑した。
「ガディエル、エレンから託された薬の量は?」
「……瓶二つです。それでも結構数があるようには見えましたが……」
だが、その言葉をヒュームが否定した。
「も、申し上げます! その薬についてお話したいことがあります!」
その薬は一人につき一日三回、そして最低でも三日は続けて飲むようにと言付かったとヒュームは発言した。
それを聞いたラヴィスエルは、目を見開いた。
「……とても足りないな……」
ラヴィスエルは頭を抱えていた。そんな様子を初めて見た周囲の者達は困惑することしかできなかった。一体何が起きているのか、これから起きることが予測出来て皆、背筋が凍っていた。
「王都はこれから病を持った者達が溢れ、混乱に陥る。入国を制限するしかないが、それは反感を生むだろう。下手をしたら暴動が起きる……」
ぼそりと呟かれたラヴィスエルの言葉に、周囲の者達は耳を疑った。
ガディエルはエレンの言葉を思い出す。「これから王都は混乱に巻き込まれるでしょう」と。
「……私の責任だ。してやられたよ……」
くっくっくっと笑うラヴィスエルに、周囲はもう何も言えなかった。
ただ、ガディエルだけは、ロヴェルに言われた言葉を思い出していた。「これは殿下への試練でもあるのでしょうね」という言葉を。
「陛下」
ガディエルの言葉に、ラヴィスエルは顔を上げた。
「私はお供します」
そう、これは王家として課せられた試練なのだと、ガディエルは前を見据えていた。
「……ああ、本当に良い面構えになった」
父として、陛下として。その笑顔をガディエルは脳裏に焼き付けた。
***
私はラフィエルを誘拐した者達を解放した。ただし、条件を課して。
サウヴェルは勿論反論していたが、私の見据えた態度にたじろいだのか、次第に声が弱々しくなっていった。
「あなた方がこの国に残ることを望めば、その命の保証は出来ません。現に王家に目を付けられています。それに、私のおじさまがあなた方を生かしておくとは思えません」
私の言葉に、実行犯の五人の男達は真っ青になっていた。
「ですが、今から言う事を成し遂げれば、国外への追放で済ませましょう」
にっこりと笑う私の顔を見て、男達は顔を白くして痙攣していた。
男達を解放すると、男達は悲鳴を上げながら散り散りに去っていった。
何も言えずにいるサウヴェルに、私はこれからの事をお願いする。
「おじさま、これからこの国は混乱に巻き込まれます」
「……どういうことだ?」
「私はあの誘拐犯達に噂を流しながら国外逃亡をするようにと命令しました。その噂は薬に関してです」
ヴァンクライフト領で処方されていた残り少ない薬を、王家が奪い取った、と。
「王家にはこの家の者に手を出したことを後悔してもらわなければなりません」
私の言葉に意味が分かったらしいサウヴェルは、先ほどの誘拐犯の事を忘れて真っ青になっていた。
「陛下の手腕が悪ければ、王家は滅びるでしょう。まあ、あの腹黒さんなら大丈夫だとは思いますが」
「エレン……」
「おじさま、一度遭ったことを許してはなりません。王家の者をつけあがらせるだけです」
「だが……それは……」
言葉を濁すサウヴェルに、私は苦笑した。
「おじさま、領地の入国を制限して下さい。新たに患者が来られても、薬は王家が持って行ったとお伝え下さい」
「……」
「薬を持ってくる私の事が噂になると思いますが、私は薬を作る為に、父と一緒に材料の調達に向かったと広めて下さい。私達は暫く精霊界に戻ります。時折、父に薬を持っていくようにお願いしますのでご安心下さい」
「エレン……すまない……」
全てエレンに任せてしまっている現状に、サウヴェルは頭を下げた。
「これはある意味、精霊である私と、王家の確執にあります。気にしないで下さい」
「すまない……すまない……」
サウヴェルに抱きしめられる。サウヴェルの背中をぎゅっと抱きしめて、私はこの方法しか取れなかったことを謝った。
***
精霊界に戻って、王都の様子を水鏡で見ていた。
王都の一触即発した空気に翻弄されるガディエルをずっと見ていた。
「……エレンちゃん」
母が背後から声をかけてきたと思ったら、後ろからぎゅっと抱きしめられた。
「辛かったわね……。でもエレンちゃんの判断は間違っていないわ。やりすぎた腹黒が悪いのよ。エレンちゃんは悪くないわ……」
母に頭を撫でられながら、私は堪えきれない嗚咽が口からこぼれた。
「うっ……ううっ」
ぼろぼろと堪えきれない涙がこぼれる。
互いの立場を明確にするため、今後の為に。私は出来ることをしたつもりだ。
だけど、どうしてこんなにも胸が痛むのだろう。
「わたくしとロヴェルの娘は、とっても優しい子なの。だけど、とっても聡い子。わたくし、自慢の子よ」
優しい母の声に、間違っていないのだと思える。だけど、それと同時に悲しみが襲うのだ。
「かーさまぁ……」
「人間と精霊の間の板挟みにしてごめんなさいね……。だけど、時には冷酷になることもあなたの為なのよ……」
分かっている。分かっていた筈だ。
だけど、いつまでも涙は止まらなかった。