絆されました。
あの後大変な目に遭った。
父と一緒に街を転々と移っていたのに、どこにいても父の昔の部下が大量に押し掛け、帰ってきてくれと泣いて懇願するという事態を目の当たりにした。
行く先々で、頭を下げられ懇願され泣いて縋るいい大人たちを見続けていると、流石に不憫に思って父に苦言を漏らしてしまった。
「とーさまが連絡せずにいたせいで皆様に心配をかけていたのだから、ご挨拶位したらどーですか? そしたら追いかけられる事もなくなるかもしれませんよ?」
「うーん、耳に痛いなぁ」
これを聞いた部下の方々は泣いて私にお礼を言った。だけど、私が「とーさま」と言った事で、部下の人達が叫び声を上げたり呆然としている。
「エレン、かーさまの所にいてくれる? とーさまはこれから敵陣へと赴かなくてはならなくなってしまったからね」
「向かう先が敵陣とはとーさまも大変ですね。かーさまと一緒に見守ってるから援護射撃が必要だったら喚んで下さい。母と子の威信にかけて、ささやかながら天変地異をお見舞いしましょう」
私がそう言うと、父は頼もし過ぎるよと言いながら優しい笑みを浮かべて私のおでこと頬にキスを贈った。そして、ぎゅーと抱きしめる。苦しい。
私も父の頬にお返しのキスを贈った。日本人的感覚からしてみると、これは最初抵抗感が凄かった。慣れとは恐ろしいと今なら思える。
父にバイバイと手を振りながら精霊国にいる母の所まで転移した。
転移した先は精霊王がおわす玉座がある大広間。玉座に座っていた母は、すぐ隣に設置してある水鏡で事の一部始終を見ていた様だった。なら説明はしなくてもいいかなんて思っていたのだが。
「ずるいわ。わたくしも串焼き食べたいわ……」
仲間外れにされた母がいじけておりました。
ちょっと待て。串焼き食べたのって数日前じゃないですか?
***
エレンが消えた途端、ロヴェルは無表情になった。喜怒哀楽が非常に乏しいといわれていた周囲の知るロヴェルがそこにいた。
20年前からロヴェルの側にいたアルベルトは、ロヴェルの慈愛に満ちた父としての顔に驚いた。
ロヴェルの姿は髪と目の以外、10年前とほとんど変化が無い。だがフードを被っていた小さな子供はロヴェルの事を「とーさま」と言った。その声で女児だと分かる。フードの端からこぼれ落ちている髪の色は光輝く程の銀の糸。体格からして5~6歳ほどだろうか?
この世界で人間に銀髪はいないと言われている。銀髪は高位に位置する精霊の色だからだ。現在のロヴェルの髪色は銀髪に変わっていた。精霊国にいた影響なのだろうか?
目の色すら変わっていたせいで部下からの報告がきたときは人違いだと思っていた。
半信半疑だったのだが、部下が名前を呼ぶと慌てて逃亡したと聞いてもしやと思った。
人違いならば人違いだと言えば済むことだ。部下の顔を知っていたからこそ逃亡したのではないかと気付いたアルベルトは、直接会って確かめなければと決意した。
だが実際に目の前で起こった出来事が逸脱し過ぎていてアルベルトは脳が処理できずに混乱していた。
「ロヴェル様!? 御子が……?! て、転移!??」
「……城に行って挨拶をしたら、今後一切お前達とは関わらない」
無表情にそう言い放つロヴェルにアルベルトは一瞬で我に返る。
その姿は髪と目の色以外、10年前と何も変わっていない主君の姿だった。たとえ絶縁状を叩き付けられているとしても。
「ヴァンクライフト公爵家、並びに我々一同、ロヴェル様のご帰還をお待ちしておりました!」
「……公爵?」
「10年前、ロヴェル様のご活躍により陞爵されました」
「父上はモンスターテンペストで亡くなっている。俺もいなかったのに陞爵されただと?」
「……現在、弟君のサウヴェル様がご当主となられております」
「じゃあ別にそっちには帰らなくてもいいな」
今さらロヴェルが10年ぶりに帰って来た所で家に居場所などあるわけがない。二つ下の弟は25歳と良い歳だ。成人して直ぐに家を継いだのだろう。すると既に9年は領地を治めている。
この国では女性が10代、男性は20代が結婚適齢期だ。恐らくだが、跡継ぎが次々と不在になったとなると、早々に結婚させられた筈である。
更にロヴェルが不在にも関わらず陞爵されているとなると、考えられるのは一つであった。
つまり実家には、弟の家族が住んでいる可能性が濃厚であり、更にそれは何やら曰く付きと思われた。
「いいえ、いいえ! 是非お帰り下さいませ!!」
「……なぜだ?」
予感は的中していた。訝しげに聞いてしまったことが、波乱の幕開けであった。