おっきくなるもん!!
私がガディエルを見つめていると、いきなり目の前が遮られて視界が真っ黒になった。
「え?」
どうやら後ろから視界を遮られたらしいと真後ろを見ると、そこにはにっこりと笑った父がいた。
「エレン、だめだよ~」
「はい?」
何の事か分からなくて首を傾げると、父は呪いが反応するから殿下に近付いたらダメだよ、と言った。
「あ……そうでした」
王家の呪いは女神の力に反応して助けを求めようと、その手を伸ばしてくる。
四年前、それで呪いに触れてしまい、あの悲しくて痛ましい記憶を覗いてしまった。
あれをもう一度体験したいのかと言われれば、嫌だと即答できる。
すすす、とガディエルから離れて父の背後に隠れると、ガディエルは目に見えてショックを受けた顔をした。
それを見た父がにやりと意地の悪い顔をしている。
ガディエルから離れた場所で父の膝にだっこされ、精霊の報告を待っていた。
「ねぇ、エレン。さっきはどうして殿下の顔を見ていたの?」
「え?」
「ほら、さっきお話してもいいよって了承したでしょ?」
あの時かと思い出して、私はなぜずっと殿下の顔を見ていたのか理由を言った。
「どうしてお話することを約束しただけであんなに良い笑顔が出来るのか不思議で……」
「ぷっ……!!」
突然父が吹き出した。そして堪えるように肩を振るわせている。
「……とーさま?」
「わ、忘れてた……そういえばお鈍さんだった……」
「どういう意味ですかそれ」
父の暴言に頬を膨らませると、父は私の頬をつついた。
「エレンは可愛いなぁ。そのままでいてね」
「とーさまは相変わらず、うざいと思います」
「ひどい!!?」
こんなに愛しているのにと私にひしっと抱きつく父を見て、ガディエル達が目と口をあんぐりと開けていた。
「とーさま……一方通行の愛って重たいと思いませんか?」
「どこでそういうの覚えてくるの!??」
とーさまとエレンは両思いだよ~~! と父の叫びが部屋に木霊していた時、精霊の気配がした。
「姫様」
「ホーゼ! どうでしたか!?」
「姫様の言う通り、小屋には男が五人と少女が一人おりました故、大人達は拘束いたしましたぞ」
「大儀です!! とーさま! おじさま!!」
「行くぞ、サウヴェル」
「はい!!」
私はホーゼに屋敷で待機しているヴァンに連絡を取り、アルベルトとカイに馬車を用意するようにと指示を出す。そこからヴァンと二人で馬車ごと目的地まで転移するようにお願いした。
ヴァンだけだと心もとないが、ホーゼと一緒ならば、馬車ごとこちらへ転移することができるだろう。
「待ってくれ! 私達も連れていってくれ!」
ガディエルが身を乗り出して要求してくる。だが、私や父がガディエルを抱えて転移できるとは思えなかった。
「ど、どうしましょう?」
「まあここまで関わらせたら気になるよね。いいんじゃないかな? じゃあ君達、手を繋いで輪になってよ。あ、殿下の両脇は護衛君達ね」
父の有無を言わせないその発言に面食らいながらも互いに手を握っていた。その手があったかと私は感心する。
私の両脇は父とサウヴェルだ。父と二人ならこの大人数の転移も大丈夫だろうと思う。
まさかこんな大の大人達と手を繋いで輪になるなど思いもしなかった。
お遊戯のようで、ちょっとだけ楽しかったのは秘密である。
***
小屋の前に転移をすると、そこには大人が二人、蔦が巻き付いた状態で倒れてもがいていた。
そこにはシュトゥが冷めた目をして男達を見ながら、空中に漂っていた。
「シュトゥ! 大儀です!!」
「おお、姫様」
私の元へ、すっと降り立つシュトゥにヴィルベルはどこですかと確認すると、小屋の中ですと返事をしてくれた。
それを聞いたサウヴェルがラフィリア! と叫んで小屋へと走って入って行った。
「ラフィリア! ラフィリア!!」
小屋へサウヴェルが入ると、床には男が三人蔦に拘束されて呻いていた。
奥に目をやると、縄に繋がれたままのラフィリアがいた。
「ラフィリア!!」
「ん~~!!」
父だと気付いたラフィリアは目に涙をためて、ぼろぼろと泣き出す。
「もう大丈夫だぞ!!」
サウヴェルは急いで娘の猿ぐつわと拘束を解いていった。それを横目で見ていたヴィルベルはすっと消える。
小屋の外で待機していた私の元へヴィルベルが戻って来たので、大儀ですと声をかけた。
「ラフィリアは無事ですか!?」
「中にいた少女なら無事ですぞ。奴らは馬を用意していたようでしたので間に合って良かったですな」
にっこりと笑うヴィルベルにありがとうとお礼をいうと、シュトゥとヴィルベルに代わる代わる頭を撫でられた。
その頃になって小屋からサウヴェルがラフィリアを抱えて出てくる。その様子に、ガディエルがラフィリア! と叫んだ。
ラフィリアはガディエルの姿を見つけて、ぼろぼろと泣き出していた。
「ガディエル~~!」
「ラフィリア、無事で良かった……」
サウヴェルに縋ったままのラフィリアに、ガディエルは寄り添っていた。
それを遠目で確認する。無事で良かったと私は一息付いた。
ガディエルの護衛達は外と中とで拘束されたままの男達を一つにまとめていた。
男達の持ち物をチェックしている。手慣れているその様子に、協力を頼んで本当に良かったと思った。
その頃になってヴァン達と一緒にアルベル達が馬車ごと転移してきた。
ヴァンとホーゼにもお礼を言うと、蚊帳の外で待機を命じられたヴァンは少しだけ不貞腐れていた。
「ヴァン、ありがとう」
「次は姫様と一緒ですからな!!」
ふんっと鼻息の荒いヴァンに、分かりましたと言うと、ようやく機嫌が直ったのか、ヴァンまで私の頭を撫で始めた。
「旦那様!」
アルベルトの声にサウヴェルはここだといい、アルベルトが持ってきた毛布にラフィリアを包んだ。
「ああエレン、兄上……本当にありがとう」
サウヴェルが私に頭を下げてくれる。それを見て父と一緒に無事で良かったと返事をした時だった。
「あんたがエレンね!?」
ラフィリアの突然の剣幕に、周囲の大人達含め、私も目を丸くした。
「あんたのせいよ! あんたのせいでこんな目にあったのよ!! 酷いわ!!」
ラフィリアは私と間違えられて浚われたのだと分かっていたらしい。
恐らく、薬についてあれこれ聞かれたのだろう。
「ラフィリア!」
サウヴェルの叱責にラフィリアはびくりと肩を揺らした。
「お前、殿下との手紙のやりとりを吹聴したな!? そこを狙われてこんな目にあっているのだぞ!! 何度も注意したはずだ!! エレンは関係ない!! いずれこういう目に遭っていた!!」
「お父さん酷い……っ! なんでぇ? いつもいつもそう! みんなエレンエレンって言うの!! 私だって頑張ってる!! お父さんの子供なのに誰も認めてくれないッ!!」
ラフィリアの言葉にサウヴェルは面食らった。
「いつもそうよ!! 屋敷のメイドも使用人も町のみんなも、みんなみんなエレンエレン!! ヴァンクライフト家のお姫様って何!? 私じゃないのかってみんな笑うの!!」
ぼろぼろと泣きながらラフィリアは主張する。
初めて聞くラフィリアの言葉にサウヴェルは目を丸くしていた。
「ラフィリア……」
私の言葉に反応して、ラフィリアは私をキッと睨みつけた。
「あんた私になんの恨みがあるの!?」
「……あなたに恨みなんて持っていません。とーさまの娘としてヴァンクライフト家のお手伝いをしていただけです」
「お手伝いですって!?」
「そうです。とーさまと一緒に事業のお手伝いをしています。私はとーさまの血を引いているので直系の者だと周囲に誤解されたのでしょう。ごめんなさい……」
「……私と同い年なのにロヴェルおじさまと事業のお手伝いですって?」
私の言葉にハッとしたのか、私の後ろで待機していた父の姿を目にして、ラフィリアは呆然としている。
「……ロヴェルおじさまと一緒に?」
「そうです。とーさまと一緒にです」
今度は私の方を見て呆然としている。互いに目を合わせて暫くすると、涙を引っ込めて私の姿を下から上まで眺めていた。
「ふ~ん……」
なんでしょう。この挑戦的な眼差しは。
「ガディエルもよくエレンに会いたいって言ってたけど……あなた本当に私と同い年なの?」
先ほどまで恐怖で泣いていたはずのラフィリアは、そんな様子など一瞬で吹き飛ばしてしまったかのように雰囲気が変わっていた。
ふんっと挑戦的に言ったラフィリアはすくっと立って私と対峙した。
その身長は年相応……いや、それ以上らしく、160cm位ある。
私は呆然と上を見上げた。その差は30cm程あった。
胸を張ってラフィリアは笑う。
「あなた色々と小さいのね!!」
色々……?
私を含め、周囲の大人達も首を傾げた。
だが、これ見よがしにラフィリアはふんっともう一度胸を張ったのだ。
ラフィリアが言う意味が分かって、私はぷるぷると震えた。
「お、お……」
ラフィリアのそこは少女ではあったが、発達し始めている二つの膨らみが分かった。
私は思わず自分の「そこ」を見てしまった。
「おっ……おっきくなるもんっ!!」
涙目で胸を押さえてラフィリアを睨み返すと、周囲の大人達にも意味が知られたらしい。
一部の大人達は呆れ、ガディエルやカイ、ヒュームが顔を赤くして狼狽えている。
コンプレックスを刺激された私の目からはぼろぼろと涙がこぼれた。
「ふえぇ……おっきくなるんだもん……」
すんすんと鼻を鳴らしていると、父が私をだっこしてくれた。
「エレンのかーさまはすっごくおっきいから大丈夫だよ。早々に大きくなると、垂れるのも早いから気にしない方が良いぞ?」
「とーさまぁ……」
思わず父の胸に顔をうずめて泣いた。
すっごく失礼な事を言っている父に周囲の者達は呆れている。言われた方のラフィリアはロヴェルの言葉に呆然としていた。
すんすんと泣く私を抱っこして、ロヴェルは先に屋敷へ帰ると言い残し、その場を転移して去っていった。
ロヴェルが消えると、他の精霊達も順次姿を消していく。
最後まで残っていたヴァンは、ラフィリアを睨みつけて吐き捨てた。
「ただの人間ごときが……姫様に無礼な物言いをしたな。覚えておけよ」
ラフィリアが人の形を取れる大精霊の怒りを買ったのだと気付いたのは、ガディエルとその護衛、そしてヒュームだけであった。
毒気を抜かれたサウヴェル達は疲れたとばかりに大きな溜息を吐いていた。