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取引。

私の言葉にガディエル達はどう話を切りだして良いのか分からないらしく、驚いたまま固まってしまっていた。


「エレン……いいのか?」


「サウヴェルおじさま、私、色々な所で姫様って呼ばれているじゃありませんか。一つ増えた所で周囲の認識は変わらないでしょう?」


ヴァンクライフト家の小さなお姫様、治療のお姫様、精霊のお姫様……。そういえばそうだなとサウヴェルは私が周囲に既に姫様だと呼ばれていることを思い出した。


「それに既に陛下はご存じです。私の事をそう呼んでいたでしょう?」


ガディエルに目をやると、何か思い出したのか目を見開いていた。

確かにラヴィスエルはエレンの事を「精霊のお姫様」と呼んでいたのだ。


「そんな……本当に?」


「陛下が私の事を心配していたというのであれば、それが一番の理由でしょう。陛下は精霊を重要視しています。私が何か問題に巻き込まれ、この地から私達が離れることを危惧したのかもしれません」


私は英雄の娘だ。父の力を特に欲している陛下は、私に何かあれば父が必ず動くと確信している。


「ああ、そういう事ですか……」


ようやく陛下の思惑を理解した。

噂がこのままであれば、確実に私の周辺は問題が溢れるだろう。

高い薬の効果が分かれば分かるほど、それは確率を増す。

そこへ王家の者を紛れ込ませる。調べている内容が問題の元であれば、高確率で私と鉢会わせるだろう。


一所に薬が集中している現状は、問題ばかりが集結する。それを解決し、拡散させるのに打ってつけな人材が目の前にいれば、私はそれを有効に使うと陛下に読まれたのだ。


「……陛下の思惑通りですね。これはもしかするとラフィリアは本当に王家の者に浚われているかもしれません」


私の一言にガディエルはぎょっとした。


「どういうことだ!?」


「今の現状が陛下にとって好ましい事態だからです。もし本当に王家の者に浚われていた場合、それ相応の覚悟はして下さい」


「私は知らないと言っているだろう!?」


「殿下に教える必要などありません。あの方はそういう方です」


私の言葉に詰まるガディスエルは、陛下としての立場で任務を言い渡したのだと気付いたのだろう。それに裏があれば、尚の事話すような事はしない。陛下は国の事を考えている。国に役立つ情報をより引き出すために、一芝居打つなど容易い。


「……私は使われたのか」


「ラフィリアが見つかれば真偽ははっきりするでしょう。だからラフィリアを探すのを手伝って下さい」


「ここまで虚仮にしておいて手伝えだと?」


私の言葉に、護衛の一人が声を荒げた。


「貴方達は既に任務を失敗しています。それを陛下に報告しますか?」


「……するしかないだろう」


「陛下は失望の溜息をなさるでしょうね。ですがそれを挽回できるのがラフィリアを救出することだとしたらどうしますか?」


「……どうしてそうなる」


「これは取引です。お手伝いして下さるのならば、薬の詳細と現物を少しお渡ししましょう。ただしラフィリアが無事に救出されることが条件になります」


「なんだと!?」


「陛下はそれを望んでいます。薬の詳細と現物の入手、そして今後の薬の管理。これらを持ち帰れば任務は失敗ではなくなるでしょう?」


「……それを保証できるのか?」


「私は精霊王の娘。元始の王の娘である私の誇りにかけて誓いましょう」


「元始の王……」


この世界の全ての始まりと謳われている女神の子。

真っ直ぐと見据えるその瞳は人とは程遠いほどの美貌を誇る。精霊だと言われてガディエル達は納得できた。


「……分かった。私も友人であるラフィリアが心配だ」


ガディエルも真っ直ぐに私を見つめて了承してくれた。

だが、父は少し癪らしい。


「……エレン、どうして彼等に手伝わせるんだい?」


父の疑問に答えるため、私は護衛達を見た。


「殿下の護衛達はこのような不測の事態に備え、前もって訓練をされているはずです」


「……どうしてそれを」


「殿下もまた浚われやすい人物ではありませんか。こういった場面に対応できる人材はおりません。人命がかかっています。出し惜しみしている場合ではないのです」


私の言葉に護衛達は目を丸くしていた。父はなるほどねぇなんて言っている。


「私達は精霊の風の力で情報を集めていました。それは外ならまだしも、室内に入られてしまうと壁で風が阻害されてしまって音が聞き出せなくなるんです。そこで誘拐犯が子供を隠していそうな建物を貴方達に割り出して欲しいんです」


「風の力を使って、情報を集めるだって……?」


「あ、病を空に打ち上げていた!」


ヒュームの言葉に私は驚いた。あれが見えていたというのだろうか。


「あなた……気付いたの?」


「風の上位精霊がいるんだと思っていたんだ。そうか、そんな使い方もあるのか」


しきりに感心するヒュームに私は目を瞬かせた。このヒュームという男は、かなり精霊と親和性が高いらしい。

驚きはとりあえず脇に置いて、私は話を続けた。


「犯人は三人まで人数が分かっています。子供一人と大人三人が潜り込めそうな場所、または移動しそうな場所などの検討を付けていただけませんか」


護衛達は互いに目を合わせて、そして頷いてくれた。

宿の部屋は急遽会議室へと変わった。

私が取り出した領地の地図を皆で見ながら、互いに意見を交わしている。


「犯人の目的は何だ?」


「薬に関しての事を話していたと精霊から聞いている。その者達は娘と契約した精霊、又は薬師に薬を作らせていると話していた。娘を人質に薬を作らせるつもりなのだろう……」


「……ということは、屋敷に薬を用意しろと言付けがされるのではありませんか?」


「その要求があれば直ぐ様連絡が取れるように屋敷に精霊を配置しています。こちらが薬を用意する間、どうしても時間がかかるでしょう? どこか潜伏先があるはずなんです」


私の言葉に護衛達が目を見開いていた。


「……慣れているな」


ぼそりとこぼされた一言に、私はぎくりとしてしまう。生前の記憶で対処していたが、こんな風に疑われてしまうとは思わなかった。

だが、ガディエルが痛ましそうに私を見た。


「エレン……、君も浚われてしまったことがあるのかい? 辛かったね、無理して思い出さなくて良いんだよ」


ガディエルの言葉に目が点になる。どうやら経験者だと思われてしまったらしい。

さらに護衛が「慣れている」と言ってしまった事により、私がよく狙われているのだと気付いたらしく、気まずそうにすまなかったと謝られてしまった。


「あ、いえ……」


蒸し返すわけにもいかずにそのまま話を続けていたが、ふと父と目が合ってしまった。

父はいたずらに気付いた様な楽しそうな顔をしていた。そしてこっそりと私に打ち明ける。


「エレンはその聡さで先を読んでいるだけなんだけどねぇ。大体、俺が可愛い娘を浚われるなんてヘマするわけないじゃないか」


おかしそうに言う父に、そうですねと私は返すことしかできなかった。


(とーさま、貴方も間違っているんですけどね……)


まあいいかと私は溜息を吐いた。



***



護衛の一人、フォーゲルはずっと眉間に皺を寄せていた。


「逃げ道が確保できる場所……大人三人と子供一人……」


ぶつぶつと何か考え事をしている。そしてようやく該当する場所を洗い出したのか、地図の一点に指を置いた。


「ここだな」


その示された場所は、ヴァンクライフトの町から少し離れた場所にある、森に少し入った場所に設置された木こりの休憩所だった。

そこは人気が全くない。少し歩けば道に出れ、姿をくらますために森に逃げられるとなれば打ってつけの場所であった。


私は急いで他の精霊達を呼ぶ。


「ホーゼ、シュトゥ、ヴィルベル!!」


私の言葉で、人の姿を持った精霊三体が現れた。


「どうしました、姫様」


「お願いがあるの。空からここにある小屋の様子を探って欲しいの。もし、中に拘束された女の子がいたら保護してあげて! そして周囲に大人達がいたら魔法で拘束しておいて欲しいの」


地図を指しながら私は精霊達にお願いした。


「たやすい事で」


では行って参りますと一礼して精霊達は姿を消した。


「……上位精霊?」


「彼等は大精霊だよ。人の姿を取れる精霊は大精霊以上だ」


ヒュームの言葉に父が説明をしてあげていた。

それを聞いていたヒューム達は目を見開いて大精霊……と呆然と言葉をもらしていた。


「先ずは精霊の報告を待ちます。おじさま、きっと大丈夫よ」


「ああ、すまない……ありがとうエレン」


サウヴェルは直ぐ様現場へと走りたいのだろう。ちらちらと廊下へと目をやっていた。

だが、報告を待って転移した方が何より一瞬で移動が出来るのだ。

効率が良いと分かっているせいか、はやる気持ちを我慢しているのが分かった。


部屋の中が重たい沈黙に包まれた。どうか無事でと祈らずにはいられない。

もし、ラフィリアの姿を私か父が見ていたら、精霊の水鏡で姿を探すことができただろう。

過去の確執で私達は彼女達に会うことを徹底的に避けてしまったのだ。姿を知らない以上、探すことなど出来やしない。それがラフィリアだと断定もできなかったのだ。


そんなことを思い出しながら後悔していると、少し離れた場所からガディエルに声をかけられた。


「エレン、もし無事にラフィリアが戻ったら……どうか、私の話を聞いて欲しい」


私はガディエルを見つめた。いつかは話さなくてはいけないと思っていた。

あの石碑の報告も、ずっと続くわけではない。


「……はい。分かりました」


私の了承に、ガディエルは花が綻んだかの様に嬉しそうに笑った。




私はそのガディエルの微笑みに、目が奪われた。




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