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邂逅。

父の一言に一瞬取り乱したものの、サウヴェルは直ぐ様落ち着こうと深呼吸をしていた。


「……待ってくれ。どうして屋敷から出るはずのないラフィリアが浚われる? 屋敷の者達はどうした?」


ヴァンクライフト家は使用人全てが戦闘訓練を受けている手練れで揃えられている。

更に今は昼間だ。それらを掻い潜り、ラフィリアを浚えるという相手がとんでもない存在ではないかと現実に返り、冷静さを取り戻したようであった。


「我が見たのは一人で屋敷から出てくる子供の姿だけだ。共の者など誰も居なかったぞ」


ヴァンの言葉にどういうことだと困惑する周囲に、詳しく説明するようにと父はヴァンを促した。


「我が聞いたのは薬を持つ姫を浚おうとせん畜生共の声だった。我は根絶やしにしてくれようと奴らの跡をつけた。根城が知りたかったからな」


当然だとばかりに言うヴァンに、サウヴェル達は一瞬で毒気が抜けたように目が点になっていた。

父は既に敵が動いていたかと眉を寄せている。それを聞いていた私は怖くなって父に抱きついていた手に力を込めた。父はそれに気付いて私を宥めようとぎゅっと抱きしめ返してくれる。背中をさすってもらって少しだけ安心した。


「奴らは最初二人だったが、途中で一人合流していた。屋敷の周辺を探っていた様だがそこに子供が裏から一人で出てきた」


「まさか……」


「子供は町に向かっていた様だ。その直後に浚われた。浚われたのが姫ではなかったから、とりあえずロヴェル様に仰ごうとここへ報告に来た」


「なぜ助けない!? 子供が浚われたのだぞ!!?」


「我は精霊だ。そして姫の護衛だ。なぜ人間の子を助けなければならない? 姫が浚われたならば、その場で人間など八つ裂きにしてやるがな」


ふんと吐き捨てるヴァンの言葉に、サウヴェルは絶望の顔をした。

怒りをどこに向けて良いのか分からないらしく、拳を握って耐えていた。


「なぜラフィリアは一人で外に出た? いや、出れるのか……? それは本当にラフィリアなのか?」


「ラフィリアとは誰だ。我が見たのは子供ではあったが人間の女というだけだぞ」


「……屋敷に来た遣いかもしれん。一度屋敷に戻って確認する!」


急いで外に出て帰ろうとするサウヴェルを止めた父は、屋敷なら転移で帰れるから落ち着けと言った。


「アルベルトとカイは馬車で屋敷へ戻ってくれ。俺達は先に屋敷へと戻る」


「待って下さい! 我々もお供させて下さい!」


「お前達が帰ってくるまでは行動は慎む。先にラフィリアがいるか確認するだけだ。いいな」


有無を言わせず命令する父にアルベルト達は渋々頷いた。


「よし、ではサウヴェル。行くぞ」


「はい、兄上。お願いします」


私を片手で抱いたまま、サウヴェルの手を取った父は一瞬で屋敷へと帰った。



***



「誰か! 誰かいないか!!」


サウヴェルの叫びにローレンや他のメイド達が慌てて広間へとやってきた。その尋常ではない様子に、メイド達は怯えを見せていた。


「旦那様、いかがなさいました?」


サウヴェルの慌てようにローレンは驚いて少し目を見開いていた。相当に珍しい事らしい。


「ラフィリアはどこにいる!? 言え! どこだ!!」


「だ、旦那様……お嬢様なら自室でお勉強をしておりましたが……」


メイドの言葉にサウヴェルは走ってラフィリアの部屋へと急ぐ。


「ラフィリア! どこだラフィリア!!」


部屋の扉を音を立てて次々と開いていく。

サウヴェルの尋常ではない様子に、ローレン達も異常に気付いたらしい。


「お前達も手分けしてお嬢様をお探しなさい!」


「は、はい!!」


メイド達も走って次から次へと部屋へと走っていく。

何事かと人が集まってきた。使用人総出でラフィリアを捜索するが、屋敷にラフィリアの姿は無かったのだった。



***



サウヴェルは頭を抱えてぎりぎりと歯を食いしばっていた。

怒りを押さえようと必死になっている。ラフィリアが浚われたと聞いて、アリアは倒れてしまった。

部屋の空気は重く、周囲の者達は誰も声を発せずにいた。

やみくもに動くべきではない、動くのはアルベルトが戻ってからだと父がサウヴェルに言い聞かせていた。その間、精霊を総動員してラフィリアの行方を探すと父はサウヴェルに約束した。


「お、おじさま……ごめんなさい……」


私と間違えられてラフィリアが浚われてしまった。

サウヴェルの怒りに私はどうしていいかわからない。

自分が薬など作らなければ良かったのではないかと後悔ばかりが押し寄せる。


ぶるぶると震えている私に気付いたサウヴェルは、ハッと我に返ったらしい。


「ああ……エレンすまない……君のせいではない。……泣くな」


「うっ……うぅ……」


ぼろぼろと泣いてしまう私をサウヴェルは抱きしめてくれた。


「エレンが無事で良かったと思っているよ。エレンが作ってくれた薬で民達は命が助かっている。悪いのはラフィリアを浚った者達だ。エレン、君じゃない」


「だって、だって……私がこんな薬を作ったから……」


「エレン、後悔するな。後悔しないでくれ。頼む……」


でなければ、ラフィリアが浚われてしまった理由が失われてしまうとサウヴェルが悲痛な声を上げた。


「ごめんなさい……ごめんなさい、おじさま……」


ぎゅっと抱きしめてくれるサウヴェルの胸の中で、私はわんわんと泣いてしまった。


そこへ丁度、メイドがお話したい事があると断って入ってきた。


「なんだ? どうした」


父の促しにメイドが意を決して言葉にする。


「お嬢様がいなくなる直前なのですが……お嬢様宛に殿下からお手紙が届いていたのです……」


メイドの言葉に気付いたサウヴェルも私も、顔を上げてメイドを凝視した。父が怪訝な顔でメイドに問うた。


「なぜ殿下からラフィリアに手紙が届く?」


「お嬢様と殿下は遊び相手として四年ほど前からよくお会いになっておりました。最近は殿下が屋敷へ来るよりもお手紙の方が多くなっておりまして……」


「まさか……ラフィリアを浚ったのが殿下だと?」


「まて。エレンの薬を狙っているのが王家だというのか?」


ヴァンクライフト家と王家の確執は簡単に説明できるものではない。

だが、これは悪手だ。ヴァンクライフト家の薬が欲しくて、この様な手段を取るとは思えなかった。


「……殿下に呼び出された所を狙われたという事ですか?」


私の言葉に父が納得する。


「なぜ呼び出したのかは分からんが、その可能性が高いな……。おい、ヴァン!」


上空に向かって父が叫ぶと、ヴァンが瞬時に姿を現した。


「如何なさいました」


「風の噂で"殿下"という言葉を耳にしていないか?」


「ああ、奴らなら何やらこそこそと嗅ぎ回っているようですな」


ヴァンの言葉に父達が目を見開いた。


「いるのか? 領地に?」


「おりますぞ。姫様の薬を調べると申しておりましたな」


ヴァンは特定の言葉を風に乗せて聞き分けていた。

「ヴァンクライフト」「姫」「薬」エレンに関係しそうな言葉を聞き分け、ヴァンは確認していたのだった。


ヴァンの言葉にサウヴェルが一気に色めき立った。


「どこだ! どこにいる!? 案内しろ!!」


サウヴェルの剣幕に驚いたのか、一瞬ではあったがヴァンの瞳の瞳孔が縦長になり、頭と背後から耳と尻尾が現れて、ぶわっと毛が立っていたのを私は見逃さなかった。



***



宿で拾ってきた情報を整理していたガディエル達は、下から聞こえてくる怒号のような声に何事かと眉を寄せた。


「……なんだ?」


「下で喧嘩でもしているのでしょうか?」


護衛達がそんな話をしていたが、護衛の一人であるトルークが確認してきますとドアへ向かったその時だった。


ドゴン!! と扉が蹴り破られた。

飛んできた扉をトルークが一瞬で剣を抜いて真っ二つに切り裂く。他の者も一瞬でガディエルを背後に押しやり、剣を抜いた。

ガディエルとヒュームだけがいきなりの出来事に呆然としている。


切り裂いた扉の合間からこちらを襲撃してきた相手をトルークは見る。

それはこちらを憤怒の表情で睨み付け、殺気を隠さずにいるヴァンクライフト家の領主だと気付き、トルークは目を見開いた。


「……ヴァンクライフトご当主自ら、この様な狼藉とは」


「黙れ、娘を拐かしただろう。返せ。今直ぐ返せ!!!」


激怒したサウヴェルの様子に、周囲は何の事だと訝しげな顔を見せた。


「……娘? 拐かした……? ラフィリアがか?」


何のことだとガディエルが問うた。


「しらばっくれる気か!!」


激怒したサウヴェルは剣を抜いた。それに対して一気に周囲は緊張感に包まれる。その時だった。


「おじさま、ダメーーーー!!」


転移して、私はサウヴェルに縋りついて必死に止める。


「ここにラフィリアはいないわ! 精霊達が確認したの!! だからおじさま落ち着いて!!」


サウヴェルの首にぎゅっと抱きつく私に、サウヴェルは目を彷徨わせて動揺していた。


「……いない? ラフィリアがいない?」


力が抜けたらしく、その場に膝をつくサウヴェルに、おじさま、おじさましっかりしてと必死に声をかけた。




しかし、突如背後から呆然とした声が聞こえた。


「……エレン? エレンなのか?」


その声には覚えがある。


あの、石碑の裏側でずっと聞いていた声。

その声で、ずっと会いたいと言われていた。謝りたいと言っていた。一目会いたいと、もう一度でいいからと。


懇願する声を聞く度に、私は泣いていたのだ。





吃驚して振り向くと、そこには初めて会ったあの時の面影は殆ど無い、成長したガディエルがいた。




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