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もっふーん!

ヴァンクライフト家では定期的に身内だけの定例会を行っている。

他の組合の情報をまとめているのは家令のローレンであった。

室内には父と私、サウヴェルとローレン、イザベラが待機していた。


「治療目的での領地滞在者が先月より三割程増えているようです。エレン様のお薬が噂になっております」


「三割は多いな……」


ローレンの報告にサウヴェルは眉を寄せた。

治療目的の滞在者が増える分には良いが、やっかいな病を領地に持ち込まれるのも困る。


「それに伴い、薬の供給が追いついておりません。エレン様の薬を巡って諍いも起きている様です」


頭を抱える問題だ。私の薬は大量に生産することは可能だが、そんな事をすれば、今以上に噂が立ってしまうと父達に止められている。


「ああ、それなんだが今まで診察の順番で薬を渡していたが、諍いを起こす者は緊急を要す者が殆どらしいのだ……」


サウヴェルは王国の騎士団を束ねている団長だ。

そこから警備隊として各領地に派遣されている兵士達がいる。

諍いの仲介や問題を起こした者を取り締まる為によく呼ばれるらしく、そこからもサウヴェルに報告が上がっていた。


報告を聞いて、私はうーんと眉を寄せる。


「識別救急が必要でしょうか?」


私の言葉に父達が首を傾げた。


「識別救急?」


「患者さんの重症度によって、治療の順番を決めることです。ですが、これは他の患者さん達にも理解してもらうことが最重要となります」


地球でいうトリアージである。


「病気の耐性が無い子供や妊婦さん。意識が無い方などを優先させるんです。怪我の重傷度でも痛みが酷い方など、そういう方こそ痛み止めが必要でしょう?」


「ふむ。一理あるな……」


私の言葉にサウヴェルが唸る。この判断は治療師に任せるしかないが、事前に通達しておくだけでも余計な諍いは減るのではないかと主張してみた。


「解決方法を直ぐ様思いつくとは。エレン様は本当に博識で御座いますね。じいじは感動しました」


ローレンににっこりと笑われて照れてしまった。

だが同時に申し訳なさもあった。私の知識は地球で過ごしていた過去の記憶があるからこその知識なのだ。

先人達の培ったものを横取りしている気になってきて、少し落ち込んでしまう。


「エレン、どうしたの?」


いち早く私の落ち込みに気付いた父が私の顔を覗き込んだ。

思考が飛んでいたと私はハッと我に返った。


「あ、いえ。ごめんなさい、考え事をしていました」


「……エレン。俺達はエレンのお陰でとても助かっている。すまないな、いつも頼りにしてしまって」


サウヴェルに頭を撫でられながら謝罪された。

それに目を瞬かせながら、違いますと否定した。


「私の知識は先人達のものなのです。私が考えた訳ではありません。それを有り難がられると何だか申し訳なくて……」


私がそう言うと、そんなことかと父が笑った。


「エレン、戦術や技術は先人の知識が必要不可欠だ。それを学習し、必要な時に使う事で先人も浮かばれるというものだよ。学習もせずに失敗を繰り返すより、よほど有意義だ」


「……つまり、私が先人の知識を覚えていたからこそ?」


「そう、学習した事をここぞと言う時に使える人材はなかなかいない。エレンは誇っていいんだよ」


父の言葉に私は目をぱちくりとしながらも何だか納得した。

前世の記憶があるということは、この世界できっと意味があることなのだと、そう思えたのだ。


「……えへへ」


純粋に誉められた事が嬉しくて思わずはにかむと、それを見守ってくれていた皆から微笑ましい顔で見守られた。


「あーー! やっぱり俺の娘最高!!」


「ぎゅむうう」


父に抱きつかれてぐりぐりと頭を押しつけられた。圧迫されてあっぷあっぷしていると、そこまでですとサウヴェルが父を止めてくれた。


「とーさま、うざい」


「なんで!?」


助けられた私がサウヴェルの服の裾をぎゅっと掴みながら父に言うと、父はガーンと落ち込んだ。


「兄上はエレンを構い過ぎです」


「はああ!? サウヴェルには言われたくないぞ! お前は自分の娘を構わなさ過ぎだろ!!」


「うっ」


父の言葉に私はきょとんとした。サウヴェルはこんなに優しいのにラフィリアを構っていないなんて信じられなかったのだ。


「……娘は反抗期なんです」


「だから、構わないから拗ねているんだろ?」


「兄上に分かるもんですか」


兄弟喧嘩が勃発した。おろおろと私が二人を見渡していると、父達は急に私に振り返り、そして同時に同意を求めた。


「エレンもそう思うよな!?」


同時にハモる二人に私はむしろ冷静になった。どっちもどっちだと。


「じいじー」


たったったっとローレンに駆け寄ると、ローレンは嬉しそうな声を上げて私を迎え入れた。


「エレン様はわたくしめの方がよろしいようで」


にやりと笑うローレンが可愛い。

すると、後ろでまた父達が「なぜ!?」とハモっていた。



「話が脱線したが、実の所、領地内はいささか治安が不安定だ。病で余裕が無い者達が多い」


「あー……。やはりそうか」


父達はそこから発生する問題に頭を悩ませているらしい。なんだろうと私も考えていると、全員がこちらを見ていて、私はぎょっと驚いた。


「な、なんですか……?」


「エレンは聡いけど、自分の事になると本当に疎いな……」


「仕方ありませんよ。むしろこの年齢でここまで周囲の気配りができる方が珍しいのですから」


「それもそうか」


父とサウヴェルは何か納得している。一体何のことかと首を傾げると、サウヴェルはローレンにあいつを呼べと命令した。


畏まりましたと退室したローレンの後ろ姿を見送ると、更に父が難しい顔をした。


「……やっぱりあいつを呼ぶのか?」


「あれだけ話し合ったでしょう。まだ信用していないのですか?」


誰のことを話しているのかと私の頭の上には疑問符がいくつも出ていた。


「いや、人間だって言うのが問題でな」


「どういう意味ですか?」


先程から、父達の言うことがさっぱり分からない。いい加減教えて欲しいと促すと、父は溜息を吐いた。


「エレン、領地内で薬を巡って諍いが起きているだろう? 更に領地内では噂がある。ヴァンクライフト家の小さなお姫様が薬を施してくれるという噂だ」


それを聞いて私は青くなった。つまり……。


「エレンを見つけ次第、薬が欲しいと人々が殺到するだろう。中にはよからぬ者達もいる。薬を売って欲しいと商人達も押し掛けてもいるとの報告も入っているんだ」


「えーっと、つまり先ほど呼びにいった人物というのは……」


「エレンの護衛だよ」


そう父が言った瞬間、扉の向こうからお連れしましたとローレンが現れた。

その後ろから一礼して入ってきた少年に私は目が誰だろうと首を傾げた。会ったこともない人物だった。

自己紹介なさいとサウヴェルが少年を促した。


「初めましてエレン様。俺はカイと申します」


「初めまして。エレンと申します」


紳士の礼に淑女の礼をして返すと、カイはこちらを真っ正面からじっと見ていた。

それに少したじたじになっていると、サウヴェルが苦笑した。


「カイは今年で14歳になる。父親はアルベルトだ」


その言葉に私は目を丸くしてカイを凝視した。

カイはアルベルトとは似ていなかった。どうやら母親似らしい。短い黒い髪をして、きりりとした目をしている。

14歳と聞いたが、既に一人立ちしているような頼もしさがにじみ出ていた。身体はがっしりとしており、身長も14歳にしては高い。体付きは父親似なのかもしれない。


「エレン様、父にお話は聞いています。その節は父をお救い下さいまして、誠にありがとうございました」


私に頭を下げるカイに、私はあわあわと慌ててしまった。


「誠心誠意、貴女様をお守りいたします!!」


カイは身長が高い。膝を付いて臣下の礼をとりながら右手を胸に当てて宣言してくれた。

膝をついていながらも、その目線は私と殆ど変わらない。


「えっと……」


これは決定なのだろうかと父を見上げると、父は溜息を吐いていた。


「俺はカイに不満があるわけではないのだが、この状況を許さない者がいてな……」


父の言葉に周囲の者達はそれは誰だと首を傾げた。


「エレンは精霊でもある。精霊が黙っているわけないだろう」


そう溜息を吐く父の姿に、私は誰のことか思い至った。


「あ、もしかして」


「そう。そのもしかして。この場に呼ばないと後でうるさいから呼ぶぞ。おい、聞いているんだろう!」


空に向かって父が叫ぶと、空から大きなホワイトタイガーが舞い降りてきた。


「!?」


急に現れた獣の姿に、黙って見守っていたイザベラが悲鳴を上げた。


「あ、兄上!?」


「大丈夫だ。ヴァン、自己紹介しろ」


「我は風の大精霊の子、ヴァンである」


堂々とした佇まいに周囲は呆然としていた。

そこに私がヴァンの首に飛びついた。


「もっふーん!!」


ぼふりヴァンの毛並みに埋もれて頬ずりをすると、私の行動に父以外が呆気にとられていた。

ヴァンの大きさは地球でいうホワイトタイガーのゆうに三倍程の大きさがある虎の子だ。そう、この大きさで子供なのだ。

ただ地球でいう虎とは少し違うのが、ライオンの様に首周りの毛が長い所だろう。


「ふふっ、姫様どうですか。洗いたてですぞ」


「良いにお~い!」


ほのかなフローラルの香りを放つヴァンの毛に顔を埋めてくんくんと嗅いでいると、カイが我に返ってエレン様! と私の名前を呼んだ。


「大丈夫だよ~、ヴァン君は良い子だよ?」


ヴァンはこの会話を精霊界で一部始終見ていた様で、カイに向かってふんっと鼻で笑った。


「こわっぱが。姫様を守るだと? 片腹痛いわ」


バチバチと火花を散らすヴァンとカイに、父が笑った。


「という訳で、精霊の方からもエレンの護衛を出す。ヴァンは風を自在に操る。音に敏感で風の噂というものも拾える程に耳が良い。重宝するぞ」


「いや、しかし兄上……こんな大きな獣、町では騒ぎになるでしょう?」


「なにを言ってるんだ。エレンは俺の子だぞ? 精霊だといえば一発だ」


胸を張る父に、周囲はそうはいくかと全否定した。


「ロヴェル様、問題ありません。我は既に人型が取れるようになりましたゆえ」


そう言ってヴァンの姿が人型へと一瞬で変わった。

私が目を丸くしていると、そこにはヴァンの父であるヴィントにそっくりの、父親というより弟だと言われた方が納得する青年が立っていた。

歳は17歳位に見える。緑の目をして、虎の姿の時と同じく、光沢を放つ白い髪の毛をしていた。ヴァンのサイド髪はぴょんと跳ねていて短かった。ただ、襟足だけが肩甲骨あたりまである。地球でいうウルフカットというやつだ。


虎なのにウルフカット!? と思わず私が吹き出しそうになった。


「……似合いませんか?」


私の態度に落ち込むヴァンに、慌てて違うよと笑った。


「かっこいいよ!」


手放しに誉めるとヴァンの顔は赤らんだ。


「そうでしょうとも! 我はかっこいいのですぞ!!」


勝ったとばかりにカイに向かってにやりと笑うヴァンがいた。

精霊の人型は非常に顔が整っている事が共通なので、カイは認めるしかないらしく、むむむと唸っている。


「……おい、なんだこの状況」


「エレンの護衛の座を奪い合う図ですね」


急に父がヴァンとカイを見て眉を寄せてそんなことを言い出した。

それにサウヴェルが冷静に返すが、そんなことを言ってるんじゃないと急に父が発狂した。


「おい、お前等!! エレンに近づくな!!」


急に父は何を言い出すんだと私は訝しげな顔をした。護衛云々言って、ヴァンを呼んだのは父だろうに。


「娘は嫁にはやらん!!」


意味不明なことを言って、父はぎゅーっと私に抱きついた。



そんな父に、私は何を言ってるんだこいつ、という目をして一言もらした。



とーさま、うざい、と。




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