治療のお姫様。
あれから私は父と一緒に時折ヴァンクライフト家に訪れている。
離れに住んでいるイザベラの元へと向かう際には、事前に父がローレンに連絡を入れている。
「おばあちゃまー!」
「エレンちゃーん! いらっしゃい!!」
二人でぎゅーと抱き合って、顔を見合わせてくすくすと笑った。
「いらっしゃいませ、エレン様」
「じいじー、お久しぶりです」
にっこりと笑って淑女の礼を取ると、じいじも紳士の礼を取ってくれた。そしてぎゅっとハグを交わすのがいつもの挨拶。
本来だったら家令とハグなど交わさない。だけど私の中でローレンは既におじいちゃんみたいな存在だったので、喜ばれる内は良いかといつもハグをしていた。
12歳になったのだからと、私は両親をとーさまかーさまと呼んでいたのを止めようとした。お父様、お母様に変えようとした所……。
「とーさま、だよ」
「わたくしもかーさま、よ」
「…………」
父と母はどうやらこれが気に入っているらしい。
ではと、おばあちゃまとじいじを変えようとした所。
「おばあちゃまはおばあちゃまよ。そうでしょう?」
「じいじもじいじですぞ」
にっこりと同じ笑顔でこちらをにこにこと見ているが、その笑顔からは何やら威圧感を感じてしまった。
「……サウヴェルおじさまはおじさまですよね?」
「……そうだな」
両親達の態度に若干二人で引きながらもそこの所をきちんと確認した。
「あらサウヴェル。エレンちゃんにおじちゃまーって言われてみたくはなくって?」
「…………」
「呼びませんよ!? 呼びませんからね!!?」
私は必死に抵抗する。どうして周囲の人達はいつまでたっても子供扱いをするのかと憤慨していると、父がにっこりと笑った。
「エレンは余り姿が変わらないからな~。今でもそう呼ばれる方が違和感ないし、俺達は嬉しいんだよ」
そう、私はあれから四年が経過したのにも関わらず、身長はやっと10cm伸びた程度……。
現在、130cm……背伸びして131cmなのです。本来だったら150cmはあるはずなのに!! あるはずなのに……!!!
「お……おっきくなるもん!!」
涙目で父のお腹をぽこぽこ叩いて抗議していたが、エレンは小さくて可愛いな~~と、父はデレるばかりであった。
私は現在、非常に危機感を抱いております。
女性は大体、10代前半で成長が止まるのです……。
私は自分の胸を見下ろして、真っ青になった。
***
今日は父と叔父と一緒に、ヴァンクライフト家が所有している鉱山へと足を運んでいる。
ここでこっそりと採掘できる物を増やしているのだ。
元々この鉱山は銀山であった。銀鉱石というものは、自然銀、常温の針銀鉱、高温の輝銀鉱、他にもルビーシルバーと呼ばれている銀とアンチモンの硫化鉱物である濃紅銀鉱、アンチモンがヒ素に置き変わった淡紅銀、角銀鉱という塩化銀が存在する。
地球ではさらに加工された銀が他にも数種類存在しているが、自然界で発掘される銀はこの辺りだろう。
本来であれば、銀山にダイヤモンドが簡単に出てくるなんてあり得ない。
鉱山ではそれぞれ出土する鉱物の種類が殆ど決まっている。山が出来た経緯がそれぞれ違うからだ。
ダイヤモンドはそもそも、マグマが特定の条件下で固まって出来た火成岩が原石になり、長年の月日によって風化された平坦な安定大陸に数多く出土している。
ダイヤモンド鉱山と呼ばれている、地球での各地の鉱山を見ると分かるのだが、平坦な土地に渦状のオープンカストと呼ばれる露天堀りで採掘されるのが普通なのであった。
銀山との採掘の仕方は全然違う。ダイヤモンドが出土するような深さを掘れば、間違いなく地下水問題に悩まされるだろう。
だけどそれはそれ、これはこれ。私は精霊なのです。
そんな常識をとりあえず取っ払って、私は銀山に少量のキンバーライトを生成した。
そして更に、銀と親和性の高い自然金を生成する。
自然金には銀が含まれることが多いので、こちらは不自然には見えないだろう。
それらをちまちまと繰り返す。ちょっとずつ採掘されても、一年経つ頃には結構な量になった。
あまり割が合わないので鉱山夫は少ない人数で行われている。
最初こそダイヤモンドや金が採掘されたとなれば、ゴールドラッシュを狙って鉱山夫が押し掛けてくる。
ヴァンクライフト家が保有している鉱山は小さい。一気に発掘されてしまえば穴だらけになるし、そもそもそこまで鉱山を重要視はしていない。少なからずの収入源となれば、それでよいのだ。
だからこそ、鉱山夫もヴァンクライフト家に仕える者達で構成されていた。
鉱山へ向かった後は、鉱山夫の元へ父と一緒に訪れる。
鉱山労働者がかかる、数々の病気の内の一つでも解決できればと身を乗り出したのがきっかけであった。
特に銀山は有毒ガスや水銀中毒に陥りやすい。更に粉塵による呼吸器系の疾患や様々な鉱毒などが上げられる。
水場などに鉱物が染み込み、毒となることもあるのだ。
その辺りを入念にチェックし、鉱山夫達の健康管理に気を配った。
その経緯で作ってしまったものがあった。
生前、たまたまお世話になっていた薬の科学式を覚えていたのだ。
痛み止めと抗生物質の開発である。
市販薬の成分量から、全体的な薬の調合量を計算して割り出すという遊びを一時期ハマってやっていた。
同じ効能の薬でも、メーカーによっては配合量が違う。どのくらいが一般的なのかと平均を割り出してみたくなったのだ。勿論薬の化学式にも目を通していた。
これを人に言うと、大抵引かれるので黙っていたのだが、まさかこんな所で役に立つとは思わなかった。
研究者というより理数系の畑出身ならば、化学式などを一度見るとちょっと確認せずにはいられないという病があるのだ。
特に水素水を販売した所が公表した化学式をみんなで笑いながら確認し合った。水に水素を混ぜただけの混合物である水素水に化学式……!! 今思い出しただけでも胸が熱くなる。
鉱山夫の容態を見てこっそり蓄積していた毒素を排出して薬を処方していたら、いつのまにか私は領地で「治療のお姫様」というあだ名が付けれていたのだった。
***
私の訪問はひっそりと行われる。
それとなく事前にサウヴェルが治療が必要な者達を集めて一気に治療するのだ。
この世界での治療技術など、たかが知れている。
薬草という名のハーブによる薬や、精霊に祈祷するというまじないのようなものばかりで「直接患部を治す」という様な魔法は、生命を司る大精霊のレーベンと、治療を司るクリーレンしかできない。
そういえば、痛み止めと抗生物質を作ったら、クリーレンが興味津々だった。
精霊と人間はそもそもの造りが違うため、病気の成り立ちなど、そのような概念自体が存在しないらしい。私にとってはそちらの方が驚きだった。
***
今日もまた、領地での治療を終えて父と屋敷へ帰る途中、サウヴェルに頭を撫でられた。
「エレンの薬のおかげで、領地での死亡者が格段に減っていると報告を受けた。本当にありがとう」
なでなでと撫でられながら、私は自分の存在を改めて実感する。
精霊達が喜ぶ姿もそうだが、身近な人達が喜ぶ姿が純粋に嬉しいのだ。
「……えへへ」
少し照れながらも、今度は作物の肥料について聞いてみる。
半年前、土地を休ませながら作物を作ることや、肥料について進言していた。そろそろ結果が出てきてもいい頃合いのはずだ。
「ああ、そちらはローレンがまとめていたな。今の時点で今年は豊作となりそうだとローレンが喜んでいたよ」
またなでなでとサウヴェルに頭を撫でられて、私は良かったと安心した。
「さすが俺の娘だよね!!」
横からいきなり父にぎゅーっと抱きしめられて、苦しさに喘いだ。
「ぎゅむー」
「……兄上、エレンが苦しそうです」
サウヴェルは父から私をひょいと奪って抱き上げる。
最近、サウヴェルはこうやって父から私を助けてくれるようになった。
そして必ず、サウヴェルの左肩に座らせてくれるのだ。がっしりとした体型のサウヴェルの肩は、私が座ってもびくともしない。
そもそも精霊である私の体重は、人間の1/5程度しかないので軽いのだが、それでも凄いと思う。
ただ、これは細身の父には出来ないので、私はこれをしてもらえると凄く嬉しい。
「ふっふー」
ご満悦でサウヴェルの頭部にこてんと頭を乗っけると、父は恨めしそうな顔でぎりぎりと歯ぎしりをしていた。イケメンが台無しである。
そんな風に、私は父達と共におだやかに過ごしておりました。
ですが、この薬の存在が王家に伝わらないはずがありません。
また不穏な空気が快晴から曇り空へと変化するように、ゆっくりと迫っていたのでした。