腹黒 VS 幼女
さっそくサウヴェルを率いて突撃することにした。
「おばあちゃまー!!」
私がサウヴェルと手を繋いで一緒にイザベラの元へと戻ると、更に増えた布地に埋もれたイザベラと業者がこちらを見て驚いた顔をした。
「まあ……あらあらあら!! サウヴェルなの!?」
「あ、あの……母上……」
「どうしたの!? かっこ良くなっちゃってまあ!」
「そうでしょう? サウヴェルおじさま見違えましたよね!」
逃がさないとばかりにぎゅっと繋いだままの手をぶんぶんと振り回す。
一緒に手をぶんぶんと回していると、「あらあら仲良しねぇ」とイザベラが嬉しそうに微笑んだ。
「俺は認めないぞ! エレンと仲良く手を繋ぐなんて……くそっ、うらやましい……!!」
物陰からぎりぎりと歯ぎしりをしている父の姿がちらりと見えたが気にしない。
サウヴェルは私の扱いに困っているらしく、苦笑しながらも私に合わせてくれていた。
「おばあちゃま、この際ですからサウヴェルおじさまの服もどうですか?」
「まあ! そうね!!」
嬉しそうに「サウヴェルこちらへいらっしゃい」と言うイザベラの背後には黒いオーラが出ている気がした。それに気付いたらしいサウヴェルがひくりとおののく。
先程の私と同じだ。私はこっそりと、計画通りとほくそ笑んだ。
***
あれから暫く経った。未だにサウヴェルはイザベラから解放されていない。
ローレンにお茶を入れてもらいながら、私と父はまったりと過ごしていた。
「エレンはー、とーさまと手を繋ぐべきだと思いまーす!!」
前言撤回。現在、ふてくされた父に捕まっております。非常にめんどくさいです。
「とーさまとはいつも手を繋いでいると思いまーす」
「いーえ! 足りません!!」
そう言って、私をぎゅうぎゅうと抱きしめる父に呆れる。
「サウヴェルおじさまに嫉妬しているんですか? じゃあ、とーさまもやってみます?」
「…………いや、俺はいい」
部屋の端で控えていた化粧係が目をキラキラして道具を手に待っていた。どうやら、父はそれに気付いたらしい。
だが直ぐ様、化粧係はイザベラに呼ばれて退室していった。この部屋には私と父だけになった。
「でも、どうしてサウヴェルに?」
「かっこよくなっちゃったら、慌てませんか?」
「え?」
「アリアおばさまが。そしたら、他に目なんて向ける暇ないかなって思いました」
「……まさかそこまで考えてサウヴェルを?」
「うーん。本音を言いますと、おじさまには新しい方に目を向けてもらってもいいんじゃないかと思っているんです」
「え……?」
「ここだけの話ですが、女神の断罪は生半可の事では行われません……。多分、アリアおばさまは、とーさまの事……」
「誰が何と言おうと、俺にはオーリとエレンだけだよ。それは絶対に変わらない。俺は今後、アリアに会うことは無い。というか、正直会いたくない。会いたいと言われても断固断る絶対嫌だ」
「分かっています」
父はアリアにアギエルを重ねたらしい。これでもかと毛嫌いする姿にくすくすと苦笑してしまう。父の言葉は純粋に愛を感じて嬉しかった。
ぎゅうっと抱きしめてくれる父に安心する。
甘えるように父の首元に、こてんと頭を預けると、父は嬉しそうに私の頭を撫でてくれた。
「あと……とーさま、怒りませんか?」
「なに。どうしたの?」
「……サウヴェルおじさまの事が幸せになるように、お祈りしたんです」
「うん」
「……そしたら、任せて! と声が聞こえました」
「……え?」
父の凝視してくる目線に耐えかねて、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
「あー、エレンさん。それは誰の声かなー?」
「………………多分、ヴォールお姉さま……」
親子で無言になる。
「エレン、その心は」
「…………サウヴェルおじさまは、女性におモテになるでしょう」
あちゃーと父は天井を仰いだ。
その後、大変な騒ぎになった。
サウヴェルが騎士団に顔を出したところ、部下全員が呆けた顔をして剣を取り落とす事態に発展した。
騎士は剣を何があっても離さないと訓練されているのにも関わらず、それだけの衝撃が走ったらしい。
騎士団から始まり、領地で噂になり、貴族の間で噂になるまでそう時間はかからなかった。
数日後、日に日に増えるパーティーの招待状にサウヴェルは頭を抱えるのだった。
***
あれから数日後、ついに登城する日になった。
「あーーーーーー……いやだいやだいやだ……」
「とーさま、嘆いても仕方ありません。きっちり片を付けに行きましょう!」
「エレン、どうしてそう好戦的なの……?」
「実を言いますと、一度で良いので腹黒さんと直接お話がしたかったのです」
「なんだろう、この武者震い……。恐ろしい予感しかしない……」
そう言いながらも父は私を抱っこして登城する。
兵士に見守られながら門を潜ると、こちらを見て呆然とする人々で溢れかえった。
英雄である父の姿もそうだが、その人物が小さな子供を抱えて城を歩いているのだ。
ヴァンクライフト家は、アギエルのせいで王家の接触を拒んでいる。
一体何があったのかと城では色々な噂が飛び交った。
近衛兵に誘導され、ゲストルームへと案内されると、そこには既にラヴィスエルが待っていた。
「ああ、待っていたよロヴェル。そして小さなお姫様」
にっこりと笑うラヴィスエルに、抱っこから下ろされたエレンはにっこりと笑って淑女の礼をした。
「はじめまして陛下。ロヴェルの娘、エレンと申します」
「ああ、アルベルトに聞いていたよ。しかしこれは見事だな!」
私の顔を見て、嬉しそうに破顔するラヴィスエルに思わずイラっとしてしまったが顔には出さないように気をつけた。顔で判断したのを隠さないとか何事だろうか。父と似ているかが重要だったのだろうか?
「急に呼んで悪かったね、エレン。私は君に会いたかったんだ」
「そうですか」
私の顔は笑顔を見せているものの、全く喜びもしない言葉に益々ラヴィスエルは口元が綻んだ。
「ああ、本当にロヴェルの娘だ。こんなにそっくりなんて」
「恐れながら、心外です」
「エレン!?」
酷い! と言いながら私をぎゅむぎゅむと抱きしめる父の姿に、ラヴィスエルは初めて目の当たりにするらしく、呆然としていた。
「ぎゅむー」
「エレン、最近どうしたの!? 反抗期なの!?」
「とーさま、素が出ていますよ」
「ハッ!?」
父はしまったとばかりにラヴィスエルを睨み付けた。え、睨み付けるとかいいの? と思うが、父は何か諦めたのか、私を膝に乗っけてソファーにどかりと座った。
「で、なんか用ですか陛下。私達は早く帰りたいのですが」
「素のお前はそんなに明るかったのか……」
素直に驚くラヴィスエルに父がイライラと返事をした。
「小さな頃から我慢を強いられていたもので」
「……アギエルか」
父の嫌みにラヴィスエルが苦笑する。あれはもういない、と静かに口にした。
「いない?」
「父上と共に辺境の屋敷へと護送された。周囲は山に囲まれている。こちらへと来ることは二度と無いだろう」
くすくすと笑いながら自分の父と妹について語るラヴィスエルに、私はやっぱり腹黒だと再認識した。
「しかしサウヴェルも災難だな。再婚相手がアギエルと同等とは」
始まった、と私と父は黙る。
「失礼ですが、アギエルと同等は?」
「気付いていない筈がないだろう? 貴族の間では既に噂の的だ。再婚相手は義理の兄になった英雄に夢中だとね」
その言葉に父が舌打ちをした。それは肯定したも同じだ父よ……。
「とーさま」
私が窘めると、ようやく気付いたらしい。ごめんね、と父は私をぎゅっと抱いた。
「噂の的とはどういう噂なんですか?」
「小さなお姫様に聞かせる話じゃないよ」
「それは嘘ですね。私が理解できると確信した上で陛下はお話になっているのに」
「……」
軽く目を見張るラヴィスエルは、次の瞬間にはすごく楽しそうな笑顔となった。
「ああ、アルベルトを説得しただけはある。これは素晴らしいな」
「私からは陛下はいやらしい人だと思いました。アルベルトおじさまはヴァンクライフト家の窮地を切々と訴えていたのに。邪魔になれば即座に手を切るのですもの」
にっこりと笑う私に、それがどうかした? と何でもないことの様に返してきた。
「いいえ、別に。本当を言うと、二重諜報をやらせても良かったのですけれど。不要なのでそれは止めさせました。価値がないですし」
「へぇ……アルベルトにその価値は無いと?」
「どういう価値かは食い違っている様ですが、少なくともアルベルトおじさまに諜報は向いておりません。それだけのことです」
にっこりと私が笑うと、ラヴィスエルは堪えきれないと大笑いを始めた。
「予想以上だ!! ロヴェル、お前凄いな。こんな子供を作るなんて!」
一頻り笑ったラヴィスエルは、そして私ににやりと言った。
「だったら分かるだろう? サウヴェルの噂の理由が」
「……答え合わせですか?」
「そうだな。言ってみろ」
「陛下はとーさまの交渉としてその噂を利用しました。ですが途中で噂になったと知れれば陛下が口を滑らせたととーさまは激怒する。そんな事をして得られるものなどありません。ということは、噂の出所は他の第三者が濃厚……消去法で王妃様ですね」
「素晴らしい」
そう。女だからこそ直感で感じるものがある。
アリアの目線は第三者がうんざりするほどに分かりやすいものだった。それを目撃されたのだろう。
王家は途中で退場していたが、あの後、花嫁が泣き崩れて式に出てこなかった噂など直ぐに耳に入る。
公爵家の噂を簡単に流して後で何があるかわからない。となると公爵家と同等か、以上の地位の貴族。
そこから導き出される答えは、疑問と共に人々の噂として駆け上っていった。
「あー素晴らしいな……」
「陛下……」
父がラヴィスエルを睨んだ。
「何を怒る必要がある? 断罪されたなど私は一言ももらしていないぞ?」
「断罪? 何の事ですか?」
私がしれっと返すと、ラヴィスエルは自信満々に女神・ヴァールの断罪だ、と口にした。
「断罪されると何かあるのですか?」
「何を言う。近くに男など寄れないだろう?」
「……」
私は父の顔を仰いで、何のことだと聞く。
「さあ?」
父もすっとぼけた。それにラヴィスエルは隠さなくていい、と笑った。
「手首に茨の痣が浮かんでいるだろう? 隠し立てすると後で困ることになるぞ」
「困ることなど何もありませんが。この間アリアおばさまは使用人の仕事を奪って料理をしていましたよ。ドレスの袖を捲って」
「……なに?」
「茨の痣なんて見たことありません。うちの使用人に聞いてもらって良いですよ。皆口をそろえて知らないと言うでしょう」
ラヴィスエルは顔色は変えずにいたが、どう返そうか迷っているらしく口が閉じていた。
思考を巡らせているせいで、口を開く余裕がないのだろう。
「とーさま、私達は王家の方々に嫌われているのですね。根も葉もない噂までばらまかれているなんて思いもしませんでした」
「本当だな、エレン。不愉快だしもう帰ろうか」
「はい、とーさま」
私を抱っこしたままソファーから腰を上げる父の姿に、ラヴィスエルは少し焦った様だ。
「まあ、待ってくれ。それについては謝罪しよう。妻にも言って聞かせる」
「でも、もう広まっているのでしょう? 意味がありませんね」
「そんなことは無いはずだ。社交界を回している妻なら、その噂は誤りだったと伝えられる」
「そんな事をしても良いんですか?」
「なぜだ」
私の言葉に、心底理解できないという顔をしたラヴィスエルがいた。
「先程答え合わせをしたじゃありませんか。噂の出所は王妃さまなのに。前言撤回したらどうなるか……」
にっこりと私が言うと、ラヴィスエルは今度こそ作り笑いをやめたのだった。