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お髭が無いよー!

一通り話を聞いて、サウヴェルがとても心配になった。


「サウヴェルおじさま……かわいそう」


しゅんと落ち込む私に、父が頭を撫でてくれた。

父も辛そうだ。ようやく家に帰ることができたのにも関わらず、兄弟の仲が拗れても仕方のない修羅場であった。

父もそれは望んでいないようで、どうしたものかと溜息がもれている。


「とーさま、アリアおばさまが居ない時なら、おばあちゃまに会いに行っても構いませんか?」


「アリアが居ない時?」


「だって、このままじゃサウヴェルおじさまと拗れたままじゃありませんか。事業だってあるのに、これでは仕事に支障が出かねません」


「う~ん……」


「アリアおばさまに見つかったら転移して逃げちゃえば良いんです!」


「ふふっ」


まるで鬼ごっこでもしている様に軽い口調で言うと、父は笑ってくれた。


「そうだな。俺達の仲まで縺れたら本末転倒だな。俺はサウヴェルに警告してた訳だし」


「……とーさま、気付いてたんですか?」


「昔からこの手の事は話題に事欠かなかったからね……」


あの時は全てアギエルが撃退してたけど。そう言われて改めてアギエルの執念を実感してしまった。


「あーでも……俺も帰らないって宣言した手前、ちょっと帰りづらいな……」


「私が同行します!!」


はい! と挙手すると、父と母が目を丸くした。


「私はおばあちゃまとじいじとサウヴェルおじさまに会いたいですー! あ、あとアルベルトおじさま」


「くっくくく……」


アルベルトはやっぱり次いでなのかと笑いをこらえる父に私は畳みかけた。


「とーさま、とーさま! おばあちゃまに会いたいー!!」


父のお腹をぽこぽこ叩くと、苦笑した父が分かった分かったと折れた。


「本当……なんて聡いんだ」


「ふふふ。あなたに似たのよ」


私が自ら出汁に志願した事に気付いた父がほんのり悲しそうに言うのに対して、母は慈愛の眼差しを向けていた。


「とーさま、明日にでも直ぐ行きましょうそうしましょう」


「え、凄く急だね……。とーさまは帰りづらいと言ったばかりなのに娘に覚悟を試されてる……?」


苦笑する父に、私は真顔で告げた。


「多分、このままだとアリアおばさまは王家の者に消されます」


私の言葉に父と母は目を見開いて息を飲んだ。


「とーさまが人間界に帰らない原因を作った元凶を、あの腹黒さんは絶対に許さないでしょう」


そう、私は断言した。



***



父に抱えられて実家の門に佇むと、それに気付いた庭師の者が慌ててローレンを呼びに行った。

それを気にもとめず、父は真っ直ぐ館へと足を運ぶ。


「ロヴェル様!! ふおおエレン様ー!!」


「じいじ! じいじー!」


父の腕の中で暴れていると、父が苦笑しながら下ろしてくれた。下ろされると同時に会いたかったーと叫んでじいじの腕の中に飛び込んでいく。

ぎゅっと受け止めてくれたじいじからは、ダンディなとても良い匂いがした。


「お久しゅうございます、エレン様」


「じいじ、会いたかったです!」


にこーと笑うと、ローレンの顔がデレっと崩れた。


「とーさまが実家に帰らないなんていうから私怒ったんですよ!」


怒っているつもりで言うが、いかんせん子供の怒り様など怖くない。

ぷりぷりして言うが、ローレンだけじゃなく、その場に居合わせたメイドや庭師、そして父までデレっとした顔をした。


居たたまれなくて、おい、話を合わせろと父をジト目で見るが、うちの子可愛いなーと親バカを発揮していた。ダメだこりゃ。


「おばあちゃまに会いたいです!」


会いたい会いたいと繰り返すとではお部屋にご案内しますね、とローレンが返事をしてくれた。


「ローレン様、あの方は如何なさいましょう」


「あの方と御子は来客中故、部屋から出ないようにと伝えなさい」


「承りました」


メイドにそう命令するローレンに私は慌てる。


「じいじ、じいじ。私、アリアおばさまにお会いしたいです」


私の言葉に息を飲むメイド達に、伝えることがありますと言うと、畏まりましたとローレンは了承してくれた。

ローレンはどういうことですかと父に聞いた。だが父も聞いていなかったので、娘の発言に不機嫌になっていた。それほどに会いたくないのかとちょっと驚く。


「サウヴェルも呼べ。王家も絡んだ話だ」


父が不機嫌な顔で言うと、何かを察したローレンはそれ以上聞くことなどせず、イザベラを呼びに行った。



***



ゲストルームではなく、居間に通されて待っていると、突如扉がバーンという豪快な音を立てて開かれた。

音に驚いてビクッと怯えると、そこから颯爽とイザベラが現れた。


「エレンちゃんー! 会いたかったわ!!」


「おばあちゃまー!!」


ひしっと抱き合う私達に父が苦笑した。


「奥様は旦那様がお呼びに行かれました。じきにこちらへ参られるでしょう」


そう言いながらローレンはいそいそとお茶の準備を始めている。

私はおばあちゃまにぎゅうぎゅうに抱きつかれたまま、そのままの体勢でソファーに座らされた。


「ぎゅむー」


「あああエレンちゃん、寂しかったわぁ」


ぐりぐりと頭を刷り寄せられた。苦しい。


「母上、エレンが苦しがっています」


「あら! ごめんなさいね、エレンちゃん。おばあちゃま余りにも嬉しくて……」


イザベラの腕が緩み、ぜいはあとようやく息をつく。

この家族は本当に似ていると思った。いつかは抱き潰されそうだと思わず遠い目をしかける。


「私もおばあちゃまに会いたかったです!」


にこーと言うと、エレンちゃん……とイザベラが涙ぐんだ。


「えっ!? おばあちゃま!??」


私が混乱しながらも驚いて聞くと、ハンカチを取り出したイザベラは自分で涙を拭いながら辛そうに言う。


「ああ……ようやくロヴェルが帰ってきてこの家が明るくなってくれたと思ったの……その矢先にあれでしょう? おばあちゃま、何だか気が緩んじゃったみたい」


寂しそうに言うイザベラの姿に、私は思わずイザベラを抱きしめた。

ようやく上の息子が帰ってきたと思った矢先、結婚していたという事実。驚きながらも快く受け入れ、更に下の息子の再婚。

とんとん拍子に幸せが舞い込んできたと思っていた矢先、サウヴェルの妻の断罪が発覚。

それを巡って父が怒り、家には帰らないと宣言してしまった。


瞬時に崩れさった幸せに、イザベラは心を痛めていたのだ。


「大丈夫ですよ、おばあちゃま。私はおばあちゃまの味方です!! とーさまが昨日、帰ってくるなり実家には帰らないと言ったので、私は怒ったんです!」


またぷりぷりして言うと、イザベラは本格的に泣き出してしまった。


「おばあちゃま、泣かないで」


「ごめんなさいね、違うの。嬉しいのよ……。何故かしら、エレンちゃんがいたら、こんなこと何でもないことのように思えてきたの……」


「おばあちゃま……」


イザベラの言葉に、胸がきゅんとする。

ならば一肌脱ぐしかないと、私は決意を固めた。


「……母上、エレンが調子に乗るのでその辺で」


「待って、ロヴェル。わたくしからエレンちゃんを奪う気? させないわよ!!」


またもやぎゅうっと抱きつかれたので、私は苦しさに喘いだ。


「きゅう」


「母上! 母上!! 締まってます!!」


「きゃああエレンちゃん!!」


父に助け出されてようやく息を繋げた私は絞め殺されるかと思ったと内心本気でそう思っていた。

そこへ、サウヴェルがやってくる。


「サウヴェルおじさまー!!」


お髭がないよー! と叫びながら抱きつくと、嬉しそうなサウヴェルが私を抱き止めてくれた。


「久しぶりだ、エレン」


「はい、ご結婚おめでとうございます。式に行けなくてごめんなさい」


「いや、ありがとう。その気持ちだけで十分だよ。王家も来ていたしね」


「はい。ところでお髭が無いとおじさま更にかっこいいです!」


「あ、そ、そうか……?」


私を抱っこしたまま照れるサウヴェルにきゃっきゃと笑っていると、その後ろで息を飲む音がした。そちらへ目を向けると。


いました。アリアおばさんが。


周囲をさらに確認するが、子供のラフィリアはいないらしい。

下ろして欲しいですとお願いすると、サウヴェルはゆっくりと下ろしてくれた。

アリアの方を向き、淑女の礼をして自己紹介をする。


「初めましてアリアおばさま。私はロヴェルの娘、エレンと申します」


目を見開いて固まるアリアに、サウヴェルが礼を返せと冷たく言った。

それに恐る恐る、ぎこちないながらに返事を返してくれる。

私の顔を見て、母の事を思い出したらしい。少し青ざめた顔をしていた。

もう興味はないとばかりに私はイザベラの所へと戻る。

父と私、イザベラの順に座ったソファーの向かいに、サウヴェルとアリアが腰を下ろした。


父はアリアに挨拶すらしない。かなり不機嫌そうにするその姿に、私は重症だ……と内心で溜息をこぼす。

変わって向かいのアリアを見ると、父をちらちら見ていた。その目元は赤らんでいるので、やっぱり罪の意識が無いのだろうと直ぐに察した。

案の定、イザベラとローレンまでもがぴりぴりとした空気を放ち始めた。


「あ、兄上……アリアに何かお話があるとか……」


「俺じゃない。エレンだ」


「え?」


「はい。アリアおばさまにお話があるのは私です」


そう言ってにこりと笑うと、アリアは息を飲みつつ、なにかしらと小さな子に向ける笑顔を私に向けた。


(あ、舐められてますね!)


これからこの目の前の子供が、自分を恐怖の谷に突き落とさんとするなど誰も思わないのだろう。


(ですがこれは現実です)


きりっと私は目の前のアリアを見返した。


「アリアおばさま。私は貴女の断罪の理由を知っています。それを含めてこうして直接お話に参りました。お話と言うより、これは警告です」


「え……」


私の言うことに戸惑ったのか、アリアはきょろきょろと周囲を見渡し、そしてサウヴェルに縋る目を向けた。周囲は誰もが黙っていた。そこで、サウヴェルだけが口を開く。


「エレンは非常に賢い。ラフィリアと同じ歳だが既にヴァンクライフト家の事業も兄上と一緒に手伝っている。エレンの言葉は重く受け止めろ」


「ど、どういうことなの……?」


「その断罪は母がサウヴェルおじさまに気遣って他の者には目に見えない魔法がかけられました。ですが貴女は忠告を破り、それを反故にした。本来ならば隠す目的がなくなるので魔法は解かれますが、他家に見られると余計こじれますので魔法はそのままです。これはかーさまの伝言です」


「そ、そんなつもりじゃ……」


「事情を話せばサウヴェルおじさまが許してくれるとでも? 同情されると? 結婚式の最中、他の男の事で頭の中がいっぱいだったと告白して誰が許すのでしょうか。それはヴァンクライフト家を侮辱しています」


辛辣に言うと、その通りだとイザベラが同意した。


「貴女はアギエルさんの事を聞いていた割にはアギエルさんと同じ事をするのですね」


その言葉にアリアは真っ青になった。アギエルの行く末は国中で噂になっている。


「そ、そんなつもりなかったわ!! 新しく家族になるのよ!? お義兄様に好かれようとするのは当然じゃない!!」


「貴女は自分の気持ちが不純であると認めている。だから、ヴァールお姉さまは断罪をしたのです」


私の言葉に、アリアはひゅっと喉を鳴らした。

サウヴェルは辛そうにしながらも、じっと耐えて聞いていた。


「そ、そんなはずないじゃない!! どうしてそんな事が子供に分かるとでも言うの!? 私の気持ちは私しか分からないわ!!」


「分かりますよ」


「な、なんですって……?」


「ヴォールお姉さまは全てを見通す女神。ヴァールお姉さまは断罪の女神。お二人で一つ。ゆえに双女神と謳われているのです。その心など、どうさもないという事です」


「な、どういうこと……?」


「貴女の断罪の証は王家からは見えませんが、その瞬間は陛下に見破られました」


「……陛下が接触する隙を与えてしまった。申し訳ない……」


サウヴェルが私に頭を下げた。それを目の当たりにして、アリアは信じられないと目を見開いた。


「サウヴェルおじさまが悪いわけではありません。王家の接触は今後も予想できた事です。遅いか早いかの違いでしかありません。気にしないで下さい」


私がにこりと笑うと、サウヴェルがすまないと頭を抱えていた。


「アリアおばさま。このヴァンクライフト家は王家にとってなくてはならない家なのです。どんなことをしてでも接触を図ろうと隙を狙っています」


「し、知ってるわ。だって、お義兄様は英雄だもの」


「違います」


ぴしゃりと否定されたアリアはひくりと口元を歪めた。


「王家がこの家を執拗に狙うのは、とーさまの力です」


「……お義兄様の力?」


「そうです。とーさまの力は軽く場を凌駕する。その戦力を、貴女は自身の身勝手な行動でこの場から消しそうになりました。今はその段階にいます」


「……!!」


父も気付いた様だ。サウヴェル達はようやく事の大きさに気付いて青ざめた。


「貴女のせいで、サウヴェルおじさまと仲が拗れるのを恐れた父は、実家には帰らないと宣言しました」


「そんな……。で、でも、それが王家となんの関係が……」


「王家がこれを知ったらどうするでしょうか。この家にいて欲しい戦力が貴女のせいで確保できない。現に今、周辺諸国でくすぶっていた戦火は、とーさまの帰還が知れ渡った瞬間に鎮火しました。とーさまは名前だけでも、それだけの力があるのです」


「え……せ、戦火……? 戦争?」


「邪魔な者を消してしまえば、英雄は帰ってくるかもしれない。王家はそう思うでしょう。戦争を回避するために。たった一人の犠牲で済む」


「じゃまな……者……犠牲……」


「貴女です。アリアおばさま」


貴女は王家に命を狙われる立場になりかねています、と。



私は警告を発した。




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