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家族でまっくろ!

水鏡の向こうで私は事の一部始終を見ていた。


「…………」


父があれ程取り乱す姿を見たのは初めてだった。

父は母を、私を全霊で愛している。それを邪魔する者など容赦などしない。

それは母と私も同じだ。私達から父を奪おうとする者など、私達が許せる筈がない。



よりにもよって断罪の瞬間を、その疑惑となる所を陛下に見られてしまった。それを面白そうに取引の材料にするなんて、本当に陛下は腹黒だと思う。


この度、叔母となったアリアは、よりにもよって婚姻式の最中に嘘の誓約をし、女神ヴァールに断罪された。

いや、断罪と言うよりは母の言っていた通り「警告」なのだろう。

婚姻書の誓約には「夫と共に支え合う」という部分がある。地球の結婚式と殆ど変わらない。それに警告がなされた。つまり……。


「アリアおばさまはサウヴェルおじさまと共に支え合うつもりが無いのですかね……」


結婚式の最中にそんなことを思っていたのか、はたまた本心からなのか……。

更に父に対してよからぬ事も考えていたようだと眉間に皺が寄る。

式の直前に母と会ってショックを受けていたのも原因なのかもしれないが、ミーハーの様に父に見惚れていただけならば断罪など決して起きはしないだろう。


サウヴェルに対して本当に何も思っていなければ確実に断罪となったが、それが警告止まりと言うことは、サウヴェルを愛してはいるが、式の最中に別の男の事をずっと考えていたということに他ならない。


身内の式で相手がそんな事を思っていたと知れば、本人がどういうつもりだろうが疑惑がある以上、良い気はしない。

自分の事しか考えないアギエルと同類の可能性がある。申し訳ないが、私はアリアおばさまの周辺を洗うことを決意した。


「ですが、それよりも先にやることができましたね……」


父と母は未だに式から抜け出せていない。

別室で二人は落ち着くまで話をしているようだ。


これ以上は野暮だと、私は水鏡を見るのを止めた。


「敵情視察といきますかー」


宣戦布告ですね、腹黒さん。いいでしょう。



私はにっこりと笑った。



***



城の図書から過去の資料を引っ張り出して王族にかけた呪いの経緯を調べていた。

私は黙々と本を漁り、これでもかと机に広げていく。

山積みになった本は雪崩を起こしそうになっており、後ろに控えていた風の大精霊がおろおろとこちらを見ていた。


「お嬢様……あまり散らかしますと母上様と父上様からお叱りが飛んできますよ」


「大丈夫ですよヴィント。これは敵情視察の為なのです。怒られようがありません。いえ、怒らせません」


平然とのたまう私に、風の大精霊のヴィントが溜息をこぼす。

ヴィントの見た目は20代後半の男性。長い緑の髪をしたインテリ眼鏡系のイケメン。城の大臣だ。


なんで私の後ろでおろおろしているのかというと、私が城の図書に籠もると元来の研究員魂が呼び起こされるのか、食事も取らずに倒れるまで調べ物をするせいだ。

自覚はあるのだが、癖になってしまっているのかなかなか直らない。父も母も居ない今、私に言うことを聞かせられるのがヴィントだけだった。


「何か知りたいのでしたら我々にお聞き下さい、そちらの方が早く分かる事もあると思います」


「…………」


聞いて楽をする奴などは研究員の風上にもおけないというのが根付いているせいで、その方法は頭から除外されていた。

それも一理あるのだと私は思い出す。警察でいう聞き込みというやつだ。そうだ、その手があった。


ばっと顔を上げた私は単刀直入に聞いた。


「テンバール王族にかけられた精霊の呪いの逸話を知りませんか」


「……どうしてお嬢様がそれを」


「かーさまに聞きました。王族から黒いもやが出ていたのを目にしまして。かーさまがあれは精霊の呪いだと」


「まさか……もう見えるというのですか!?」


私が見えると知るとヴィントが驚いた声を上げた。


「ですが……お嬢様にはまだお早いかと……」


「そうも言ってはいられなくなったのです。言ったでしょう、敵情視察だと」


「……どういう事でしょうか」


何か察したのか、瞬時に状況を見極めようとするヴィントがいた。

だが、事情を説明した途端、ヴィントが豹変した。


「あの野郎共……ッ!! また懲りずにのうのうと!!」


牙を剥き出しにして、顔は元のイケメンからはほど遠い程に般若の様に変貌し、爪は尖り周囲には風がビュウビュウと渦巻いた。本がばさばさと飛ばされる。その様子に私は確信する。ヴィントは知っていると。


「ヴィント」


「……っは!? お嬢様、申し訳ございませ……」


私の顔を見たヴィントは、その般若の様な顔から一瞬にして元に戻り、そして青ざめた。


「お前、知っているね?」


笑顔で詰め寄る私に、ヴィントは青ざめて震え出した。



***



父と母が式から帰ってきた。二人は目に見えて憔悴している。

あれから水鏡で覗いてはいなかったが、どうやらあの後で何かあったらしい。


「……ただいま……」


「お帰りなさい。とーさま、かーさま。お疲れ様でした」


私が水鏡で見ていたことは分かっているのだろう。父はすまない……と声を落としていた。


「エレンちゃん、見ていたのでしょう?」


「はい。腹黒さんの宣戦布告ですね」


私がにこりと笑うと、それを見た父がぎょっとした。

だが、それを見た母は大笑いをする。


「やっぱり! さすがロヴェルの子だわ、そっくり!!」


「かーさま、心外です」


「そんなっ!?」


似ていると言われて嬉しかったのにと父が落ち込んだ。「娘が反抗期かも知れない……」と、何やらぶつぶつと言っている。


「かーさま、ヴィントから聞きました」


「あら、何を?」


「王家の呪いを」


「…………」


私の言葉にやっぱりと母は苦笑する。

それに父がまさかと顔を上げた。その顔は青ざめている。


「エレンちゃんは優しいから、呪いを解いてしまうんじゃないかと思ったのよ。だけど精霊達は赦さない。あの惨劇を、同胞達の叫びと恨みの声を」


「…………」


そう、事の起こりは200年程昔。

テンバール王国でモンスターテンペストが起こったのが原因だった。


王家は王家なりに精霊王を出せと要求する理由があった。

モンスターテンペストによって、国が危機に陥っていたからだ。

だが、おいそれと精霊が王を出すわけがない。だから王家は禁忌に手を出した。


テンバール王家の森には、精霊界と人間界を繋ぐ門がある。

王家は、それを無理矢理潜ろうとした。



ーーーーーー数多くの精霊達を生け贄にして。



王家のあの呪いは、生け贄となった精霊達の遺恨なのだ。


「いいえ、私は優しくなどありません」


にっこりと笑顔で私は言った。


「むしろ呪いの理由を知らず、のうのうと生き長らえている王家が図々しいとさえ思います」


私の笑顔に母がひくりと引きつった。

私の後ろで青ざめているヴィントの姿を見つけたらしく、母は溜息をこぼした。


「予想外の方向へ行ってしまったわ……」


だが、その言葉に喜んだ者がいた。


「さすが俺の娘!!」


父のその言葉に、私はしかめっ面をしながら言った。


「とーさま、心外です」


「なんで!?」


エレンに反抗期はまだ早いと叫びながら、父は私を抱っこしてぎゅうぎゅうと抱きしめる。


「ぎゅむー」


苦しくて父の頭をぽかぽかと叩いていると、父が落ち込んでいることに気付いた。


「……とーさま?」


「エレン、ごめんな……。人間と精霊の板挟みになってしまって」


ぎゅっと抱きしめてくる父の背中をぽんぽんと優しく叩いた。


「とーさま、私は確かに人間の血が入っています。おばあちゃまもじいじもサウヴェルおじさまも大好きですよ。あ、あとアルベルトおじさま」


付け加えられたアルベルトの名に、父はくすりと笑う。


「私はとーさまの子です。そしてかーさまの子です。これは私の誇りです。とーさまが気に病むなど、それこそ心外です」


「……うん」


「ですが私は、王家がのうのうと精霊の力を借りようとしている事が許せません」


「え」


「その罪の重さを知らないから、そんな事をのうのうとのさばらせていると思いませんか?」


「え……」


「ふっふっふっ」


私の黒い笑みに気付いた周囲の精霊達がびくびくと震えている。

それを見た母はあっけらかんと、やっぱりロヴェルの子よ、と言った。


「ところで疲れているようですが、あれから何かあったのですか? アリアおばさまと話をしていた所までは見ていましたが……」


「あー……」


思い出したのか、父が頭を抱えてしまった。


「あのおばかさん、自らサウヴェルに罪を暴露したのよ」


「え……」


私は何事かと目を瞬かせた。



***



あの後、泣き崩れているアリアにサウヴェルがどうしたのかと不審がった。

お色直しのまま戻ってこない花嫁に周囲はどうしたのかと騒ぐ。体調を崩したようだと言い訳をして花嫁を下がらせて式は事なきを得たのだが、心配して付き添っていたサウヴェルに、アリアはなんとロヴェルに懸想をしたせいで断罪を受けたと告白してしまったのだ。


「違うの!! 私、こんな素敵な人がお義兄様になるなんて信じられなくて、嬉しくてそれで……!!」


「……」


「こんな事になるなんて思わなかったの。仲良くしてもらえたらなって私、頑張ったわ。だけど、お義兄様はとっても冷たいんですもの……嫌われているんじゃないかって思って、不安で、そればかり考えてしまって……」


「それだけで女神の断罪を受けただと……?」


やはり訝しげに思ったのだろう。それだけではないとサウヴェルは気付いてしまった。


「アリア……」


「違うわっ! 私、サウヴェルのこと愛してる!!」


必死に縋るアリアの姿にサウヴェルは揺れている。だが、次に言葉にした内容に、サウヴェルは激怒した。


「王家の方が断罪に気付いたせいで、お義兄様の子と会いたがってるってお義兄様が私を睨むの……。酷いわ、私そんなつもりなかったのに。王家の方と子が会うのがどうしてだめなの? 凄く良い事じゃない。私、どうしてそこまでお義兄様に嫌われてしまわなければならないの!?」


「アリア、お前……なんてことを!!」


急に激怒したサウヴェルの様子に、アリアは泣いているのも忘れてぽかんとした。


「アリア……俺は今まで、君に愛していると言いながら家へは迎え入れられなかった。その理由は何度も話したはずだ」


「え、ええ……」


「俺達ヴァンクライフト家がどれだけ王家に翻弄されていたか、お前は分かってくれていると思っていたのに!!」


「あ……」


サウヴェルの言葉で思い出したのだろう。

ヴァンクライフト家は、王家との接触を望んでいないということを。


弱みを握られた原因が、兄とはいえ他の男への懸想。さらに女神の断罪。そして王家から隠すと誓い合った大事な兄の娘を王家の目に晒される原因を作ったのにも関わらす、更に自分は悪くないとのたまう。


「……暫くお前の顔など見たくない」


そう吐き捨ててサウヴェルは自室へと戻っていった。


「あ、あなた! あなた!!」


縋ろうとするアリアの目の前で、扉は叩きつけられてその道を閉じた。



***



「その後、お義母様にサウヴェルが理由を話して家中大激怒の嵐。あとローレンから殺気が……」


「俺も家へは帰らないと怒りの余り宣言したのが不味かった……母上とローレンはエレンに会いたがっていたのに……」


話を聞いて私は絶句した。

アリアおばさま……いいや、おばさんで。

アリアおばさんはよく父に懸想をしていると告白できたなと思考する。


「……まさか許されると思って告白したということ?」


父と母にあれだけ警告されたのにも関わらず、父に懸想していた罪の意識が全く無かったという事だ。

サウヴェルおじさまの事を第一に考えていたら、王家との確執も直ぐに思い出しただろうに……。


「凄い修羅場だったわ」


笑顔でそういう母の顔は、とても黒いと思いました。



だけど周囲にいた精霊達は思っていた。



この親子、全員黒い、と……。

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