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女神ヴァールの警告。

次の日、目が覚めて外に出てみれば、父と母の鬼ごっこだか追いかけっこは逃げた経路と思わしき道が出来上がり、瓦礫の山と化していた。まるで竜巻が過ぎ去ったかの様な有様だ。

城に勤めている精霊達が諦めた顔をして、城の修繕にせっせと勤しんでいる。


「とーさま、かーさま。ちょっとそこへお座り下さい」


子供でありながら地に這うような声を出す娘の姿に、両親は青くなって萎縮する。


正座をした両親の前で、くどくどくどくどと説教をしている娘の後ろ姿に、他の精霊達は逞しい……と羨望の眼差しを向けていた。


勿論その後、足の痺れた両親の両足をつんつんして、両親の「二度としません!」と涙声で許しを請う姿に「言質を取った」と勝ち誇る娘の姿があった。



***



サウヴェルの結婚式当日、正装に身を包んだ父と母の姿に私は歓声を上げた。


「とーさまかっこいいです! かーさま綺麗です!!」


自分の事の様に嬉しくて私が喜んでいると、賞賛を受けた両親がはにかんだ。


「ありがとう。エレンはいつも可愛いよ」


娘に誉められたロヴェルはデレっと相好を崩している。父は私を抱っこして、その頬にキスを贈ってくれた。くすぐったくて私はきゃっきゃと笑う。



両親を見送り、私は水鏡の前に移動する。

あの腹黒さんが出てくると聞いてから、何かが起きる気がしてならなかった。



***



式が始まる前に、身内同士の顔合わせがある。

別室に待機していた花嫁の家族の元へサウヴェル達が足を運ぶ。

扉を開けて入ってきた父と母を目の当たりにした花嫁側の親族一同は、呆けた顔をして固まってしまった。


「なかなか挨拶ができなくてすまなかったな。妻のオーリだ」


「オーリよ、よろしくね」


優艶に微笑むオリジンの姿にその場にいた殆どが顔を赤らめる。唯一顔を赤らめなかったのが、サウヴェルの妻となるアリアだった。


「お義兄さまの……」


「ええ、そう。あなたはわたくしの義妹になるのかしら?」


オリジンは女王だ。そして女神としてのカリスマ性が放つオーラによって、周囲の者達は畏怖を感じているのが分かった。

女神だと知らなくても、本能的に分かるのかもしれない。

はっきり言って、花嫁衣装を着ている筈のアリアよりもオリジンは目立ってしまっている。その事に無意識に比べてしまって気付いたのか、アリアが目に見えて落ち込んでしまった。




水鏡を覗き込んでいた私は、あらら……とちょっと可哀想な気持ちになってしまった。

この様な場では、花嫁よりも目立ってはいけない服装で参列するというルールがある。それは地球でも同じであった。

サウヴェルおじさまは公爵家の力を使って国一番のお針子達に花嫁衣装を依頼したと言っていた。


母の服装自体を見て分かるが、母は特に着飾ってはいない。白金の髪をアップでまとめ、サイドの毛を遊び、くるくると巻いたその髪からは色気が迸っている。ほんの少しのレースがあしらわれたハイネックのマーメイドドレスとショール、髪留め位の装いだ。

だからこそ分かってしまうのだ。マーメイドドレスによって強調された母の華奢な体躯からは想像もできない様な豊満なパイの存在が。


アリアの衣装はプリンセス型にトレーンが長いタイプのウエディングドレスだった。ふんだんにあしらわれたレースが優雅に揺れている。

乙女の憧れの衣装とも言えるそれに、シンプルな装いで勝ってしまう母が末恐ろしい。


だがこれで今後、父に対しての妙な目線などを止めてくれればいいと、その時は軽い気持ちで思っていた。




式が始まる前、新郎側と新婦側で身内が座るのだが、新郎側の物々しい雰囲気に新婦側の身内達は固まってしまっていた。


ロヴェルとオリジンは別にして、その後ろにはラヴィスエル殿下……いや、今では世襲し、陛下が座っていたからだ。王妃殿下、王子二人と王女が並んで座っている。


王家は総じて輝く金の髪をしている。長男は陛下の顔立ちに似ており碧眼である。更にはもう、12歳とは思えないほどの秀才さがにじみ出ていた。

次男の方は王妃に似て緑の瞳をしており、優しそうな顔立ちをしている。王女は王妃に瓜二つの美人だ。


その周辺には近衛兵が場を固めていた。教会の周辺にも騎士が多数配置されている。

ものすごい圧迫感に周囲は及び腰になっているのに、事の本人達はのほほんと構えているのだからどうしようもない。



***



時が経ち、結婚式が始まった。花嫁が教会に入ってきて式が順調に進んでいく。

二人が婚姻書にサインをして互いに誓いを述べる。その時だった。


突如、パシンという軽めの音と共に、花嫁の小さな悲鳴が迸る。

周囲にはざわざわと動揺が走った。


「どうした? 大丈夫か?」


「え、ええ……。何かしら、急に」


サウヴェルが気遣うとアリア目を瞬かせながら困惑した声を出した。


「ご、ごめんなさい」


「いや、大丈夫ならいい」


神父も少し困り顔だったが、新郎新婦がまたこちらを見たことで、中断していた式を開始した。


「……あなた」


「ああ。これは……」


ロヴェルとオリジンはこそこそと何かを耳打ちし合っている。


ロヴェルとオリジンはアリアの方を見ていて全く気付いていなかった。

その後ろに座っていたラヴィスエルの顔が、面白そうなものを見つけたという顔をしていたことに。



***



式のその後は順調に進んだ。

立食パーティーになり新郎新婦の家族が混ざって食事をする。

その際、陛下と王妃、殿下達は警備上の理由で挨拶をして早々に帰る事となった。


その際に、陛下がロヴェルに言った。


「娘は参加していないのか。残念だ。息子達と会わせたかったのに」


「申し訳ございません。娘は体調を崩しております故」


「見え透いた嘘は良いさ。……ああ、だがそうだな……」


くすくす笑いながらそう言うラヴィスエルにロヴェルに嫌な予感がすると警鐘が鳴った。

通りすぎる際に、ロヴェルに耳打ちする。


「面白いことになったな」


くすくすと笑いながら言うラヴィスエルに、ロヴェルは顔には出さなかったがしまったと思った。


アリアのウエディング・グローブは肘まで隠すタイプだったのでその手首は見えていない。

思い出されるのはアギエルの時に起こった、女神ヴァールの断罪だ。

あの時よりも威力が弱かったから、断罪とは断言が出来ない。

だがラヴィスエルはあの場にいた。だから知っている。女神ヴァールの断罪を、その意味を。

アリアの手首にもし、その茨の痣があったとしたなら……弟はただでは済まないだろう。


「ええ。今日は祝いの席で皆楽しんでおります」


平然と返したが、ラヴィスエルには通じなかった。


「そうだな、一週間後。城で君達を待っている」


陛下はそう言い、実に楽しそうな笑い声を上げた。

ではな、と去っていく陛下に臣下の礼を取って見送るが、ロヴェルの顔は無表情に冷えていた。

殿下達の姿が見えなくなった頃、隠れていたオリジンが姿を現す。


「あなた……」


「ああ、やられたよ……」


ロヴェルは忌々しそうに吐き捨てた。



***



お色直しで部屋に戻っていたアリアは侍女に手伝って貰いながら髪の毛を整えていた。

衣装を着替えようと、先にグローブを取って気付く。そこにはうっすらと茨のような文様が浮き出ていた。


「な、なにこれ……?」


身に覚えのない痣にアリアは戸惑った。

その時、扉の向こうから焦った侍女の声がした。


「た、ただいまお色直し中でございます!」


「服を着ているなら問題ない。通せ」


無理矢理押し入ってきたロヴェルの姿にアリアは顔をサッと赤らめた。

衣装は着たままではあったが、自分と侍女達しかいないこの部屋へ何の用なのだろうと胸が弾む。

頭の隅には彼の奥さんの姿がよぎったが、アリアは訪ねてきてくれたロヴェルがとても嬉しかった。


「お、お義兄様よ。大丈夫だからお通しして」


声が弾んでしまいそうになるのを必死で押さえた。サウヴェルは勿論愛しているが、ロヴェルを一目見て胸がときめいてしまったこの気持ちは抑える事ができなかった。不純であるとは分かっている。


(あんな素敵な方がお義兄様になるなんて……)


アリアは胸がどきどきと高鳴っていた。



扉を勢いよく音を立てて入ってきたロヴェルとその妻の姿に、アリアと侍女達は驚く。側にサウヴェルはいない。ラフィリアと共に、表の晩餐に参加したままなのだろう。


「お前達は出ていろ」


「え……」


ロヴェルの命令に侍女達は驚いた。


「わたしくがいるから大丈夫よ」


朗らかにそう諭すオリジンの一言に、侍女達はお互いに顔を見合わせて、そして礼をして出ていった。それを見送ったロヴェルはアリアを睨み付ける。


ロヴェルの視線にびくりと肩をゆらしたアリアに、ロヴェルは詰めより、その腕をぐいっと乱暴に取った。


「きゃっ」


「あなた、怒るのは分かるけど乱暴はダメよ」


溜息を吐きながらそう言うオリジンの声に、アリアは何が何だか分からない。

なぜ自分がお義兄様に乱暴をされているのかと恐怖が沸き起こってきた。


「何も知らんと言う顔だな」


こちらを冷めた目で見下ろし、吐き捨てるロヴェルが恐ろしい。

がくがくと震えるアリアに、オリジンも冷めた口調で言った。


「アリア、あなた神の婚姻書に嘘の誓約をしたわね」


オリジンの言葉が何を言っているのか、アリアには分からなかった。


「お前、俺の弟とは別の男に懸想をしているだろう」


ロヴェルの冷たい一言にアリアは呆然となった。


「お前の手首に現れているその茨の痣は、女神ヴァールの断罪だ」


「だ、断罪……?」


「これはお前が神の前で嘘の誓約をしたという罪の証だ」


罪。

その言葉にアリアは真っ青になった。


「お前は俺の弟をたぶらかしたのか」


ロヴェルの冷たい眼差しにアリアが泣きそうになりながら否定する。


「違う? 断罪の証がここにあるじゃないか」


忌々しげに吐き捨てるロヴェルに、オリジンが何か何かに気付き、待ったをかけた。


「あなた。その痣、まだ薄いわ」


「……?」


ロヴェルはその意味を図りかねたのだろう。怪訝そうな顔をして首を捻っている。


「多分、彼女がサウヴェルを愛しているのは間違いないはずよ」


「……なんだと?」


俺の弟だけじゃなく、他の男まで色目を使おうとしていたのかとロヴェルが追求すると、アリアはついに泣き出した。


「お前の罪は王家に知られた。サウヴェルに伝わるのも時間の問題だ」


その言葉にハッとしたアリアは呆然とロヴェルを見た。

ロヴェルから迸る怒りにアリアは青ざめてがくがくと震えている。


「ロヴェル、お止めなさい」


オリジンは怒りの余りに我を忘れるロヴェルを窘めた。

自覚があったらしいロヴェルはばつが悪そうにオリジンから視線を逸らす。

それにオリジンは優しそうな笑顔で許し、ロヴェルを抱きしめた。


「あなたがわたくしとエレンをとても愛しているのは分かっているの」


「……だが」


「今回は運が悪かったわ。あの腹黒は悪運がとても強いようよ」


くすくすと笑うオリジンにロヴェルは悲しそうな顔をした。


「エレンがなんていうか……」


「あら、あの子なら大丈夫よ」


「……」


「あの子はわたくし達の子だもの。予想外の事をしでかしてくれるに違いないわ」


くすくすと笑いながらそうロヴェルを諭すオリジンに、何も言えなくなったのか、ロヴェルはオリジンをぎゅっと抱きしめた。


ロヴェルとオリジンの抱擁する姿に、アリアは自分の中で何かが壊れる音がした。

それに気付いたのかオリジンだけがこちらを見る。ロヴェルはオリジンを抱きしめたまま、顔すら上げようとしない。


「ねぇ、アリア。あなた、他人がしでかした罪を償う為に、自分の娘を差し出して購える勇気がおあり?」


オリジンの一言にアリアは頭が真っ白になる。

オリジンは言葉を変えて、同じ意味をもう一度、放った。


「他人の罪を赦すために、自分の愛している娘を生け贄に捧げることができる?」


「な、何を言っているの!? ラフィリアを生け贄にだなんて!!」


サウヴェルとの娘の事は愛していると分かったオリジンは微笑んだ。


「あなたがしでかした罪を黙っている代わりに、わたくし達の娘と会わせろと王家は贄を要求してきたわ」


罪とは……。


言葉の意味に気付いたアリアは更に真っ青になった。

足ががくがくと震えて立っていられない。思わず床に座り込んでしまった。


「あなたは神の誓約を破る寸前。その茨はヴァールお姉さまからの警告よ。よそ見をせずにサウヴェルを心から愛しなさい」


「そ、そんな……そんなつもりじゃ……」


「ロヴェルはあなたを許さないわ。最愛の娘を贄にする原因を作ったあなたを。最愛の弟を裏切るあなたを」


「……」


「己の罪を購う気があるのなら、サウヴェルからはその痣が見えないようにしましょう。だけど、その痣は自分には見えるわ。それを見ながら己の罪を悔い改めなさい」


「は、はい……」


ぼろぼろと泣きながらそう言葉にするアリアにオリジンは魔法をかけた。その断罪の証が周囲から見えないようにと。


ロヴェルは終始無言のままだ。オリジンの腰を抱いたままだが、その迸る怒りを何とか治めようと抗っているらしい。



部屋から出ていったロヴェルとオリジンの後ろ姿を見送った侍女達は恐る恐る部屋へと戻る。



そこには呆然としたまま涙を流し続けるアリアがいた。




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