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とーさま、反省して下さい。

ロヴェルに呼び出されたアルベルトは、神妙な面もちでロヴェルの言葉を待つ。


「お前が何故呼び出されたか分かるか?」


「……はい」


「お前がこの家の為を思っての行動だったということは聞いた。だが俺の娘を取引の材料にしたことについて何か言うことはあるか」


「……申し訳御座いません!!」


アルベルトは腰を折って一心に謝罪する。

良かれと思ってやっていた事が、当人達から言わせて貰えると非常に迷惑な話だったとは思いもしなかったのだろう。

エレンがヴァンクライフト家とアギエルの関係性で例えた話は分かりやすかった。

だからこそ、アルベルトの説得についても直ぐ様理解が得られたのだ。


「殿下と手を切ったのは本当か?」


「間違い御座いません。俺はお嬢様のお返事をお伝えした際、これで最後だと殿下にお伝えしました」


真っ直ぐにそう伝えるアルベルトの言葉は本当だった。

ロヴェルは妻の水鏡でアルベルトを見ていたのだ。


「…………」


ロヴェルはずっとアルベルトを睨んでいる。

少しの間だったが、ロヴェルの家族を後ろで見ていたアルベルトは、今だからこそロヴェルの逆鱗に触れてしまったのだと理解した。


数日前まで、アギエルが原因でヴァンクライフト家は没落寸前まで追い込まれていた。

このままでは恩を受けた名家が潰れてしまうと、アルベルトは王家にアギエルの所業を切々と訴えていたのだ。それを掬い上げてくれたのが、ラヴィスエル殿下だった。


「お前は王家と精霊の確執を知らない。俺達が迷惑だと思いもしなかったのは分かる。だが、エレンはお前のせいで王家に目を付けられた」


「…………」


ロヴェルの言葉が胸に突き刺さる。下手をすればアギエルの二の舞だということだ。

部屋は静寂に包まれる。どちらも言葉を発さない。暫く経って、ロヴェルが口を開いた。


「……エレンがお前と話をしろと言う」


ロヴェルは溜息を吐きながら続けた。


「お前ときちんと話をしなければエレンが口をきいてくれない」


何を言われたのか、一瞬アルベルトは分からなかった。

目を丸くしたアルベルトに、ロヴェルは忌々しげに言う。


「エレンが何故、殿下の手紙を読まずに焼いたのか……お前は分かっているのか」


責めるロヴェルの言葉が次から次へと突き刺さる。エレンはアギエルの娘と同じく8歳の少女だ。

外見とは裏腹に、エレンは状況を瞬時に見据え、そして判断を下した。その姿は昔のロヴェルを思い描く姿だった。


「お嬢様は俺を……助けて下さいました」


殿下の手紙は、もう用済みだと言われているのと同じであった。

手紙をエレンに渡せば、ヴァンクライフト家からは見限られる。

逆に渡さなければ、殿下より処罰の命が下されていただろう。


それを救ってくれたのが、エレンだったのだ。


「お前は父上だけでなく……俺の娘からも助けられたという自覚はあるのか?」


「……勿論で御座います」


良かれと思って取った行動は思いとは裏腹になり、ヴァンクライフト家は迷惑を被った。

自分は一体何をしているんだろう。アルベルトは自己嫌悪に陥っていた。


「……俺はお前を信じきれない」


ロヴェルの言葉にアルベルトは固まる。

己がしでかした結果だと分かっている。ヴァンクライフト家に見限られたらと思うと、アルベルトは青くなった。


「お前は暫く監視されると思え」


「はい」


当然だ。アルベルトは深々と頭を下げた。


「お前をサウヴェルの侍従に戻す」


「……え?」


「聞こえなかったのか?」


「い、いいえ!」


「エレンに感謝しろ」


そう言って、ロヴェルは部屋から出ていった。


残されたアルベルトは呆然としていた。

首を切られる覚悟でロヴェルの呼び出しを受けたので、事の次第に頭が働かなかった。


「……俺は」


アルベルトの言葉は、一人残された部屋の中で反響する。

この命を主君の父上に助けられ、首を切られる寸前だった境地をロヴェルの娘に助けられた。

アルベルトは目を瞑り、右手を胸に当て、誰もいない部屋で腰を折る。


「次こそは……この命に代えましてでも」


暫くアルベルトはそのまま微動だにせず、頭を下げ続けていた。



***



エレンはローレンとイザベラに遊んでもらっている。庭から楽しそうなエレンの声が聞こえてきていた。それを遠目で確認して、ロヴェルは足を向ける。


ロヴェルの姿が見えたのに、エレンはちらりと確認しただけで何も言葉を発さない。

くるりと背を向けてイザベラの後ろへと隠れてしまった。


「……無視!? 無視なの!??」


ショックを受けたロヴェルは情けない顔をしていた。


「あら、ロヴェル。何か用なの?」


「あ……いや、エレンに……」


ぷいっと顔を背ける娘の姿に眉が八文字になってしまった。

そんなロヴェルの様子にイザベラが呆れる。


「アルベルトときちんとお話はしたの?」


「あ、ああ……。きちんと謹慎は解いたよ。エレン、だからこっちを向いてくれ。とーさまはちゃんとアルベルトとお話したよ。だから許してくれないかな?」


ロヴェルがそう言うと、イザベラのスカートをぎゅっと握ったエレンがひょこっと顔だけを出す。


「……とーさま」


「エレン!!」


口をきいてくれたエレンにロヴェルは、ぱあっとその顔が綻んだ。


「とーさまはきちんと周りの方々とお話をするべきだと思います。何が迷惑となるのか、人間と精霊では価値観が違うのですから」


エレンの言葉が胸に突き刺さる。確かにそうだった。ロヴェルとエレンは人間でもあるが、精霊でもあるのだ。

精霊にとって何がダメなのか、事前に周囲にきちんと説明しておく必要があったのだ。


「それをとーさまは怠ったくせに、家の事を考えて行動したアルベルトおじさまだけを責めるのは間違っています」


「……はい」


父のしゅーんとした態度に、エレンはようやくイザベラの後ろから姿を現した。

いじいじとしたロヴェルは膝を抱えて落ち込んでいた。娘の方が周囲をちゃんと見て物事の判断していたのだ。


のの字を書きかねないロヴェルの様子に、エレンはよしよしとロヴェルの頭を撫でた。

その様子にあらあらとイザベラが言葉を漏らす。どちらが親なのか分からない光景であった。


だが、エレンに許しをもらったロヴェルはひしっとエレンに抱きつく。

頬を合わせてぐりぐりと娘に縋るその姿に、周囲は呆れの目を向けていた。

抱きつかれているエレンも、こいつは……と言わんばかりの冷めた目をしていた事にロヴェルは気付いていない。


「とーさまが私の事を考えて下さっているのは分かっています。だけど餌にするならきちんと私へも知らせて下さい。思わずとーさまへ反撃してしまったじゃないですか。あと腹黒さんへの対応はとーさまも一緒に考えてくれますよね?」


とんでもない反撃だったよ……とロヴェルは遠い目をしていた。

更に娘に無視されるという追い打ちまでかけられて半死半生を味わうとは思わなかった。


「勿論だよと言いたい所だけど腹黒とは誰のこと? あ、いや殿下だってのは分かるんだがその意味は?」


「意味はお腹の中が真っ黒で悪巧みをたくらんでいるとか陰険で意地が悪い人という意味です」


エレンの説明にその場に居合わせていたローレン、イザベラ、ロヴェルが吹き出す。


「なんていうぴったりな言葉だ!!」


大笑いするロヴェルにエレンは続けた。


「ちなみにとーさまも腹黒です」


「なんで!?」


このやりとりにイザベラとローレンが爆笑した。



***



エレンの禁断症状が出ていたロヴェルは暫くエレンを抱っこしたまま離さなかった。


「とーさま、うざい」


辛辣にそう言われてようやく娘を解放し、またロヴェルは落ち込んだ。


「いや~、ロヴェル様の意外な一面が色々と見れて面白いですな」


「そうね。我が息子があんな顔をするなんて思わなかったわ」


イザベラのお茶の時間、ローレンはその後ろに待機していた。

二人は先ほどのエレンの言葉を思い出す。


『とーさまはきちんと周りの方々とお話をするべきだと思います。何が迷惑となるのか、人間と精霊では価値観が違うのですから』


エレンの言葉は今後の関係を示唆していた。

ロヴェルは半精霊となってしまって、もしかすると人間である自分達と距離を置くのではないかと不安があったのだ。

エレンはそれをきちんと分かっていた。

そして、今後の関係を続ける上での話し合いを周囲とするべきだと教えてくれたのだ。


「エレンお嬢様は本当に素晴らしいですな」


「全くだわ」


種族が違えど家族としてあるために。

これがどんなに嬉しいことなのか、エレンに分かって貰えるだろうか。




エレンの存在はヴァンクライフト家の復興のみならず、更に使用人を救い、家族の関係をも修復してくれていたのだった。



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