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腹黒さんとの攻防戦。

サウヴェルは手に持ったままのダイヤモンドの原石を持て余していた。


「あー、兄上……これを」


父に返そうとするが、父は「エレン、これどうする?」と聞いてきた。


「売っちゃって良いですよ?」


きょとんと返すと、驚愕するサウヴェルとイザベラとローレンに止められた。


「いけないわ、エレンちゃん。こんなに大きい物は世の中にそう出るものじゃないのよ! 大騒ぎになっちゃうわ!!」


イザベラの言葉にそれもそうかとダイヤモンドの原石を渡してもらった。


「なら、こうしちゃえば良いんですよ」


大きな固まりが私の手の中で1cm位の様々な形に粉砕される。

これにまた大人達三人が絶句した。


「はいどうぞ」


笑顔でサウヴェルに差し出せば、サウヴェルは呆然とした顔をして受け取った。


「エレンがくれるって言ってるんだから良いじゃないか」


何でもないように父が促すが、サウヴェルの身体はぐぎぎぎぎと錆び付いているかのようにぎこちない動きになっていた。


「それにしてもこの金の山はどうするの? エレンちゃん出し過ぎよ~」


母に窘められるが反省はしていない私は「以後気を付けます」と言うだけで、私の意識はケーキへと戻った。今の私はケーキに夢中なのだ。


「待ってくれ、これは本当に……」


「売るなら少しずつ売った方が良いです。市場が混乱すると思うので。あ、金の方は不純物が全く入っていないので逆に不純物を混ぜてから売った方が良いかもしれません」


またぱくりとケーキに食いついてもぐもぐとしていると、固まった中の三人のうち、一番回復が早かったのはローレンだった。


「エレン様、本当にこれらはお売りして良いのですか?」


「良いですよ! それでまたケーキ買って下さい!!」


るんるんで期待して言うと、ケーキどころか他にも沢山買えますよ、とローレンが苦笑した。


「とにかく、この子が王家に渡ってしまったらとんでもない事になるわ。これらの事は絶対に外へ話してはダメよ。ローレン、売るなら売るで別の出所を用意しなければならないわ」


イザベラがそこまで話して、そこまで考えていなかったと私は落ち込んだ。


「なら、どこか鉱山は保有していないのですか? そこから発掘される様に細工できます!」


勢いよく言うと、今度は三人が絶句するまでもなく、溜息を吐かれてしまった。

何かいけないことでも言ってしまっただろうかと私はおろおろとしてしまう。


「なんて頭の良い子なの……」


「ああ、本当に精霊なのだな……こんなことが出来るなんて」


流石、豊穣の女神の子だとサウヴェル達が納得していた。


「鉱山と言えば小さいのがあったはずだが」


「今じゃもう採掘出来る物は殆ど無いと手が入っていない。そこから見つかったということにするのか?」


「ダイヤモンドだけじゃ不信がられるので、元々採掘できた物も出るようにします」


「……すごいわ。この歳で大人の言うことと遜色が無いのね」


イザベラの感嘆が聞こえてきてちょっと嬉しくなった。



この話はまた後日改めて父と一緒に決めることになった。

ヴァンクライフト家が手がけている事業の中から私が手伝える物があれば、父と一緒にこっそり手伝うという事になった。

丁度その頃、晩餐会の準備が整ったとメイドから連絡が入り、私達は大広間へと向かった。



父の隣で母に抱え上げられた私は、大広間に入ると一斉に視線を浴びた。


「急に済まなかったな。皆、準備をありがとう。そして皆に報告がある」


サウヴェルがアギエルと無事離婚したこと、ロヴェルが帰ってきたこと、そしてロヴェルが結婚していたこと。これに使用人達の歓声と驚きの声が上がる。


「紹介しよう。私の妻と子だ」


「初めまして、オーリよ。そしてこの子はエレン」


母に下ろされたので淑女の礼を取って挨拶をすると、使用人達の間から感嘆の声が聞こえてきた。

男性の使用人達は母を見て顔がほんのりと赤い。メイド達は私を見て可愛いともらし、頬を染めていた。


「この通り兄上の帰還だけでなく家族が増えた。皆よくしてくれ。そしてアギエルの所業によく耐えてくれた! 今日は大いに飲んで騒いでくれ!!」


サウヴェルの乾杯で使用人達も手に持ったグラスを掲げ、乾杯と声を上げた。



ローレンとイザベラに世話を焼かれつつ、次々と目の前に皿を差し出される。

肉料理やサラダ、スープなど余りにも差し出されるので急遽イスとテーブルが用意され、父と母と三人で舌鼓を打った。

三人共にそう食べられる訳ではないので、三人で少しずつ分けて食べあって感想を言い合っていると、その姿を微笑ましく皆に観察されていた事に気付いた。


10年前から家にいる使用人達は、ロヴェルのころころと変わる表情に感動の余り泣き出していた。

メイドがおずおずと母に料理を差し出すと、母が笑顔でお礼を言う度、頬を染める。

すると遠くではあるが、アギエル様とは大違いだわとか素敵とか優しい御方だわと口々に言い合っていた。

母が誉められるのは娘として非常に嬉しい。にこにこ顔になっていると、ローレンとイザベラがデレっとした顔で頭を撫でてくれた。


「じいじ! これ美味しいです!」


特に気に入った物を指摘すると、「料理長を誉めなくてはいけませんね」といそいそとメモを取っていた。

もしかして私が気に入った物をチェックしているんだろうかとちょっと吃驚していると、それに気付いたじいじが説明してくれる。

要は母と私が精霊だから、食べれる物や好みを調べてくれていたようだ。この心遣いに私は嬉しくてたまらない。


「じいじ、ありがとう!」


にっこりお礼を言うと、当然ですと返事をするじいじがデレっとした顔をした。ちょっと台無しである。


「見て、ローレン様のあのお顔……!」


ローレンのデレ顔はやはり使用人達にも驚かれていた。


「ローレン、顔が緩みきっているぞ」


サウヴェルが苦笑すると、サウヴェルにはキリリとした顔を見せて返事をする。


「当然でございましょう。これほどまでにお世話のし甲斐のある方はなかなか出会えませんからな。腕が鳴ります」


胸を張るじいじにサウヴェルは苦笑しきりだ。


「エレンちゃんは使用人の気持ちがちゃんと分かるのね。偉いわ」


そう言ってイザベラはまた私の頭を撫でてくれた。なんだかずっと頭を撫でられている気がする。


(え、普通じゃないの……?)


そう思ったが、直ぐ様あのアギエルを思い出した。

暴虐の限りを尽くし、使用人を道具以外の何者でもないと言う価値観で相手と接していたのだろう。


あの女からこの家の人達が解放されて本当に良かったと心から思った。



***



ヴァンクライフト家で晩餐会が行われている頃、ラヴィスエルの私室ではある男が部屋の持ち主と対峙じていた。


「報告を止める?」


ラヴィスエルの機嫌の悪そうな声が部屋に木霊する。


「ロヴェル様に気付かれ、俺は側付きを外されました」


「ああ成程。早いな、さすがロヴェルだ」


嬉しそうに話すラヴィスエルにアルベルトは怪訝な顔をする。

ふむ、と思案するラヴィスエルはちらりとこちらを見た。


「娘の顔は見たのか?」


「はい」


「なら丁度良い」


手元のテーブルに置かれた紙を一枚取り出し、羽根ペンにインクを付けて何かをすらすらと書いていく。

インクが乾く間、その間に封筒にも何か書いていった。

それらの一連の作業をずっと黙って見ていると、殿下は手紙を折り畳み封筒へ入れて封蝋を施す。

印璽には王家の紋章が施されたシグネットリングを捺す。

それを殿下はアルベルトへと差し出した。


「これを届けろ」


「……私は謹慎を言い渡されております。ロヴェル様がお会いして下さるとは」


「違う。娘へだ」


にこりと笑った殿下に、アルベルトは青くなった。



***



晩餐会が終わり、母と父は精霊界へと帰って行った。

明日の朝、父が迎えに来ると笑顔で言っていたのを私はジト目で見送る。


イザベラとローレンとメイド達に構われながら夜を過ごす。

お風呂に入るときも数人のメイドにあれこれと世話を焼かれた。これにはぐったりとしてしまう。

更に晩餐会でお腹一杯になったせいで、直ぐにうとうとと船を漕いでしまっていた。


「あらあら、おねむね」


うー……と唸りながら目をこすると、目をこすっちゃダメよとイザベラに注意された。


「おばあちゃまと一緒におねんねする?」


「……あい」


こっくりと大振りに返事をすると、イザベラが嬉しそうに声を上げた。


「じゃあ、先にベッドへ入りましょうか。おばあちゃまはお風呂に入ってから後で来るわね。先にお休みなさいな」


ベッドに入ると、頭を撫でられた。

横になると私は直ぐ様眠りへと旅立っていった。




時間にして少しの間だった気がする。肩をとんとんと叩かれ、意識が浮上した。

目を開けると、そこには謹慎だと言い渡されていたはずのアルベルトがいた。


「……?」


なんでここにいるんだと上半身を起こすと、声を潜めたアルベルトが何かを差し出す。


「……これを」


なんだろうとそれを見ると手紙だった。

何故私に渡すのか分からない。父に文字は習ってはいたが、普通ならば先に父に渡すものではないだろうかと思った瞬間、父の言葉が思い出された。


『殿下は俺の娘を使って問題の解決に乗り出そうとするでしょう』


「ああ、あの腹黒さん……殿下ですか」


納得した私の言葉に、アルベルトがびくりと肩を揺らした。

手紙を受け取らねばこの人は殿下に罰せられるだろう。

素直に手紙を受け取るが、それは開けずに私はアルベルトへと声をかけた。


「おじさまはこのお家が嫌いなのですか?」


「そんなわけ無いだろう!!」


私の言葉にアルベルトは思わず声を荒げた。ハッと自分の口元を押さえるその姿をきょとんと見上げる。


「なら、どうしてこんな事をするんです? とーさまはとても怒ってますよ」


「……分かっている」


「私が王家と繋がればこの家が安泰するとでも思ったんですか?」


「……っ! どうして」


「とーさま達から言わせて貰えれば、余計なお世話だと思います」


私の言葉にアルベルトはショックを受けた顔をした。


「とーさまと私は人間でありますが精霊です。確かに王家からしてみればこんなにも重要な人物はいないでしょう。王家は飛びつきますが、私達から言わせて貰えると非常に迷惑なんです」


「……何故」


「王家が全く気付いていないので、この連鎖は終わらないでしょう。私達は王家の者に近づけません。無意味です」


「それを教えて貰えないのか……?」


「助言を言うとしたら、この家とアギエルさんの関係でしょうか」


「アギエルだと?」


「この家が何故アギエルさんを毛嫌いしているか理解しているでしょう? それを当てはめて下さい。この家の方々がアギエルさんを許すでしょうか」


「……そんな、まさか……」


「王家は昔からそうなんでしょう」


私は手渡された手紙をピラピラと振る。


「個人的なお呼び出しですかねぇ?」


中身を見ずに推測するとアルベルトは絶句してこちらを見ていた。


「おじさま、今直ぐ殿下と手を切りなさい。これがとーさまに発覚すれば、ただでは済みません」


絶句したままのアルベルトに私はそれに、と続けた。


「殿下にとっておじさまなど、どうでもいいに決まっています。おじさまがこの家から見限られようと、あの腹黒さんは痛くも痒くも無いんですから。この家に恩を感じているなら履き違えないで下さい」


真っ直ぐ言うと、アルベルトはハッとした顔をして、私に臣下の礼を取った。


「申し訳ございません、エレン様……」


「……ですが恐らく、既にとーさまはこの状況に気付きどこかで見ているでしょう」


ギクリと肩を強ばらせるアルベルトに、行きなさいと促す。


「とーさまは私が説得します。後、腹黒さんへのお返事はとーさまが怒るのでお断りしますとお伝え下さい」


「……はい」


アルベルトの返事を聞いて、私は手元の手紙を封も開けずに燃やした。

そして灰になったそれを構造配列を変えて酸素と結びつけ、煙にしてしまう。


一瞬で消え去ってしまったそれにアルベルトは目を見開いて絶句していた。

そんな顔に欠伸を一つして「では、お休みなさい」とだけ伝えて、私はシーツを被った。




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