私は出来る子なんです!
ローレンがお茶の用意を済ませると、他の三人も私の向かいに座った。
「御子の前でするお話でもありますまい。その話は後にするとして……さあさあ、お菓子をご用意しましたぞ」
ずずいと私の目の前に差し出されたお菓子に他のメンバーは苦笑した。ローレンは明らかに私用のお菓子だと主張する。
私はそれに気付かず、この世界で初めてお菓子に出会ったので興奮してわくわくと心が躍っていた。
この世界は食事文化がそれほど発達していない。お菓子などは素朴なものが多い。
テンバール王国の主食は小麦でパンだ。お菓子も発達している訳ではなく、地球で言うところの中世に近い。
お菓子はお祝い事などに焼かれる事が多く、作られる場所も教会や貴族の家のみと食べられる機会が無かったのだ。
作られているお菓子も小麦粉を主体に卵やチーズ、香辛料を少し加えた素朴な物が殆どだった。
目の前に用意されたのはホール状のガレット・デ・ロワに似た物であることが分かる。
ガレットは様々な形がある。クッキータイプのガレット・ブルトンヌ、他にもブルターニュ風ガレットはクレープの元になったお菓子だ。
丸く薄く焼いた生地に卵やハム、チーズやベーコンなどの具を入れて上下左右を折りたたみ、四角形にしたものが有名だ。
ローレンが切り分け、目の前に置かれたそれはとても輝いて見えた。
転生して以来、お菓子なんて食べたことがない。というより、精霊は食事を殆ど必要としない。私は人間の血が入っていたので少なからず摂取する必要があった。父は言うまでもなく食事は必要となる。
精霊達も少なからず花の蜜を舐めたり果物を食したりはする。だが、それはほんの少しで良いのだ。
父と私はある程度の食事をする必要があるので、時折人間界に行って食事をしていた。
私の目がきらきらと輝いたのがバレていたらしい。周りの大人達の見守る目が微笑ましいと言っているのに気付いて現実を思い出した。
しまった、これはおばあちゃまに試されているんだと勝手に解釈して私は固まった。
姿勢を正してぴしりと座る。お菓子なんて興味ないんですよアピールだ。
……今さら遅かったかもしれない。
「あら、お澄まししちゃってどうしたの?」
母が首を傾げる。それに気付いたおばあちゃまことイザベラが食べていいのよ、と私を促してくれた。
イザベラが紅茶を口に含んだのを見てから、私もフォークを握った。すると、それを見ていたローレンが流石ですな、と感心した。
「食事のマナーは精霊界も同じなのですか?」
「いいえ~、精霊は殆ど食事をしないからあっても無いようなものね。集団で食事を取るという行動すらしないわ。あなたが教えたの?」
母が父に伺うと、俺は教えていないよ、と返事をしていた。
そんなやりとりを大人達がしているなど全く気付かず、私はこの世界で初めて食べるお菓子に舌鼓を打っていた。
(甘ーい!!)
砂糖があるんだと何だか嬉しくなった。
このガレットはクロワッサンの様な層があり、噛みしめると素朴な甘みが口に広がった。
堪能しながらちまちまと食べていると、気付いたら周囲の大人達の目が全て私に注がれていた。
何かやらかしたのかと一気に青くなってあわあわと大人達の顔を見る。
「はぁ~……なんて可愛いの。食べ方まで可愛いなんて思いもしなかったわ……」
うっとりと話すイザベラに、何事!? と私は驚いた。
(いやいや、口が小さいんですよ子供だから!!)
私の慌てっぷりはそれすらも微笑ましく映るらしく、ローレンとイザベラのデレっぷりに少し引いてしまった。
父もたまにこうなるから、もしかするとこの家ならではなのかもしれない。
「エレンちゃん、ほら、あ~ん」
イザベラからフォークに刺した一欠片を差し出される。
思わず反射的にパカッと口を開けたら、きゃああ~可愛い~! なんて黄色い悲鳴が上がった。
「母上、餌付けは良いですがこのままだと晩餐が入らなくなりますよ。エレンも私も余り食事をしませんので」
「なんてこと!」
丁度、あ~んの状態で口を閉じる瞬間だった私は、イザベラがひょいっとフォークを避けたために、ぱくんと口を閉じてしまった。
「……」
「……」
まさかおあずけされるとは思わなくて、思わずしょぼんと八の字眉毛になると、イザベラが悶絶した。
「あああごめんなさいねエレンちゃん! でも落ち込むエレンちゃんも可愛いわぁああ!!」
父や母、サウヴェルは思わずの事に肩を揺らして笑っている。
ローレンは私が何をしても微笑ましいらしく、いつも顔がデレていた。
「まあ、それは置いといて……。今後はどうするんだ? 俺は事業の手伝いをすればいいか? 出来れば騎士団の方は遠慮したいが」
「兄上、本当に手伝って下さるんですか!」
ロヴェルの言葉にサウヴェルが食いつく。
「オーリとエレンがいるからここには住めないがな。俺は向こうからこちらへ通おうと思ってる」
「あら、ロヴェル達はここに住まないの?」
「事情がありまして、妻は長時間人間界にいられないのですよ」
「あら……そうなの?」
イザベラの問いにオリジンが何でもないように微笑む。
「わたくしがいると力が強すぎて人間界に影響が出てしまうの。わたくしは豊穣の力も持つからここら一帯が一瞬で森になってしまいかねないのよ。だからもう少ししたらわたくしは向こうへ帰るわ。あ、エレンは大丈夫よ」
オリジンの言葉を聞いて、イザベラが勢いよく「今日はお泊まりしましょうね!」と私に宣言した。
(え……それもう決定じゃ……)
「ああ良いな。たまには人間界を堪能してみると良いよ、エレン」
あっけらかんと言う父をジト目で見てしまう。
「とーさまがかーさまに甘えたい様なので私はお泊まりします!」
空気読んでやったぜ、えっへんと胸を張ると、聡いにも程があるよ! と父に嘆かれた。
***
時たまちょっかいを出されつつ、私の口がケーキで占領されてもぐもぐしていると、和やかな空気の中で大人達の会話が弾む。
「エレンちゃんは精霊だと聞いたけど、どんな精霊さんなの? お花かしら?」
そんな中、紅茶を飲んでいるとすかさず質問が飛んできた。これは見定められてますね!? と思わず身構える。
何気なく聞いてくるイザベラにお話して良いのかな? と母にお伺いを立てると「大丈夫よ」と返事をもらった。
「私は元素を司っています」
「……元素?」
「えーと、物は壊れたり割れたりすると複数になりますよね」
「そうね」
「それを何度も何度も繰り返して壊すと粉々になります。それをもっともっと粉々にして目に見えないくらいの粒にします。もう分裂出来ない! っていう物質になったのが元素です」
「そんなに小さな粒……なの?」
何となく小さな力だと思われたの気がして、私は焦って説明してしまった。
(おばあちゃまにちゃんと出来る子ですよってアピールしなきゃ!)
「えっと、私のは万物の根源で成すそれ以上分割できない要素や、原子番号の等しい原子だけで成す物質などの構造配列を……」
周囲の大人達はぽかんとしていた。
しまった、こればかりはどう説明して良いか分からない。
「あ、これならどうでしょう!」
慌てながらも父と母の結婚式でやったダイヤモンドで説明することにした。
「炭素といいまして、これは炭のことです」
そう言って、子供の掌サイズの炭を出す。急に現れた炭の塊に大人達は驚いた。
「炭は三種類ありまして……。元素の組立方で無定型、黒鉛、ダイヤモンドが出来るんです」
「炭と……ダイヤモンドだって!?」
サウヴェルが驚いた顔をした。
「炭とダイヤモンドは同じって意味です。形が違うだけで同じ物で構成されています」
「なんだって……炭が……?」
「俺も娘から説明を受けたけど、未だに理解できないから驚くのは分かるよ」
「わたくし達精霊は、物事の本質を当たり前に捉えているから……それを人間に説明するのは中々難しいわね」
母も苦笑している。
「私はこれらを司る精霊なので、構造配列を自在に操ることが出来るんです。……こんな風に」
手に持っていた掌サイズの炭の固まりを一瞬にしてダイヤモンドの原石に変えた。
これにはイザベラ、ローレン、サウヴェルが絶句する。
「これ、ダイヤモンドの原石です」
はい、とサウヴェルに渡すと、ぎょっとして私と原石を何度も往復して見ていた。
静まり返る室内の中で私はケーキを、父や母は優雅に紅茶を楽しんでいた中、ようやく口を開いたのはサウヴェルだった。
「……つまり、鉱物なんかも自在に出せるというのか?」
「出せますよ。はい、ゴールドです」
テーブルの中央に大量のインゴットをぽんっと出すと、テーブルにゴンゴンゴン!! とピラミッド型に積み重ねた。その重量感を醸し出す音にまたサウヴェル達が絶句した。
ちなみにインゴット一つに付き1kgできっちり作った。
「なっ……!!」
「だから言っただろう。外に出したくないって」
父が苦笑しながら溜息をこぼす。
私のチートは2歳の時に発覚した。構造配列の変換で色々な物を作り出してしまったのがきっかけだった。
「な? この子が王家にバレたら大変だろう?」
父が同意を求めると、イザベラ、ローレン、サウヴェルがこくこくと何度も首を縦に振っていた。