十年後。
とあるところに、テンバールという王国がありました。
幸せに暮らしていた王国の側で、突如魔物があふれ出てきました。
これに驚いた王国の人々は、王様に助けてくれとお願いしました。
王様は国一番の精霊魔法使いに頼りました。
精霊魔法使いは、もちろんだと精霊と共に魔物退治へ向かいました。
しかし、とてつもない数の魔物があふれていました。
さすがにこのままでは負けてしまうと、最後の力を振り絞って戦います。
精霊魔法使いは、共に戦っていた精霊にお願いしました。
「私の力、全て使い果たしていい。君の力を貸してくれ」
「分かったわ……」
共に戦ってきた精霊は、精霊魔法使いが大好きでした。
そんな彼のお願いを聞けないはずがありません。
これが最後になってしまうと悲しそうにしながらも、精霊は彼のお願いを聞き届け、その力を解放して沢山の魔物を一瞬で退治しました。
力を使い果たした精霊魔法使いは、倒れました。
一緒に戦っていた仲間達が彼のもとへ駆け寄ります。
ですが、力を使い果たした彼はすでに息絶えていました。
これを悲しまない者はいませんでした。
その中で、一番悲しんでいたのは精霊でした。
「死なせない……」
涙ながらにそう言った精霊は、彼を精霊の国へ連れて行くと言いました。
精霊の国で、彼を助けると言い残した精霊は、精霊魔法使いと共に消えてしまいました。
周囲にいた者達は呆然としながらも、精霊に託し、彼の無事を祈りました。
それから何年も時が過ぎました。
精霊と共に去った精霊魔法使いは、国を救った英雄となりました。
そして精霊魔法使いは、精霊の国で助かり、精霊と恋仲になって娘が生まれました。
なんとこの精霊は精霊界の女王でした。精霊魔法使いの娘は、精霊のお姫様となったのです。
人と精霊との間に生まれたお姫様はとても可愛く、綺麗な虹色の瞳を持ったお姫様でした。
父でもある英雄が大好きで、その繋がりから人をとても慈しんでいました。
怪我や病気をした人々を助け、人の国に様々な恩恵を与えていきました。
人々の間では、このお姫様の事を「治療のお姫様」と呼ぶようになりました。
しかし、時に心ない者達がおります。
その者達はこのお姫様が欲しくなり、なんと攫ってしまったのです。
お姫様の父である英雄とテンバールの王子が、お姫様を探して助けに行きます。
お姫様の危機に、テンバールの王子が咄嗟に身を挺してお姫様を庇いました。
テンバールの王子は命を落としてしまいました。
これに、お姫様は嘆き悲しみました。
泣いているお姫様に、精霊の女王様が言いました。
「父と同じように精霊界に連れて行き、助けましょう」
これに、お姫様は頷いたのです。
それからしばらくして、助かったテンバールの王子様と一緒に精霊のお姫様がテンバール王国へ帰ってきました。
テンバールの王子は、精霊のお姫様が大好きだったのです。
帰ってきてすぐに、王子はお姫様に結婚を申し込みました。
精霊のお姫様は頷きました。
お姫様にとって、テンバールの王子様こそが英雄だったのです。
「ずっと、共に歩んでいこう」
そう二人は約束しました。
王子様とお姫様はその後も仲睦まじく、幸せに暮らしました。
***
「……めでたし、めでたし……」
棒読みで絵本を読み聞かせるカイに向かって、サティアが叫んだ。
「んもう、素敵なお話なのに、どーしていつもカイは棒読みなの?」
十歳の女の子。その顔は、とてもロヴェル・ヴァンクライフトにそっくりであった。
「何百回も読ませられれば、棒読みになりますよ……」
あぐらをかいたカイの膝に座っている女の子の頭の上から、遠い目をしたカイが呟く。
「それにこの話、俺は嫌いなんですよね……」
「え~~!? どーして!? とーさまとねーさまのお話なのに!」
「だからですよ……」
二十六歳のカイは、すでに大人の男性だ。
端から見れば、カイの娘に読み聞かせをしているような光景だが、単にサティアに強制されているだけに過ぎなかった。
「サティア、またその話? 好きだな」
「あ、ヴェルク」
ヴェルクと呼ばれたのはこのサティアという少女にうり二つの顔を持つ男の子。
昔のロヴェル・ヴァンクライフトに姿から性格までそっくりだと誰からも言われている。
「ヴェルク様」
「カイ、ヴァンはいるか?」
『ここに』
ひゅんっ、と獣化したヴァンが転移して現れる。それを見たヴェルクはにんまりと破顔して、その毛並みに埋もれた。
「今日もよきもふもふだ」
「あ~わたくしも!」
ぼふーんと同時に毛に埋もれる双子を見て、カイとヴァンは苦笑した。
「エレン様にそっくりですね」
「ねーさまを見て、この快楽を覚えたの」
「そうだ。ねーさま直伝なんだ。この技は語り継がなければならない」
双子がヴァンの毛にすりすりしている。
「ヴァン、カイと早く契約解除してくれない? わたくしがカイと契約できないわ」
「しません!」
『だ、そうですぞ』
「ちぇー! ケチーー!」
「フッ、サティアは前途多難だな」
「なによ、ヴェルクだってヴァンの毛並みを独占するために後押ししてくれてたじゃない!」
「僕はいいんだ。なんせヴァンに妹が生まれたからな」
『な……』
「えーー!? 初耳なんだけどっ!」
「えっ、ああ、生まれたのか? おめでとう」
『……王子、どうして我よりも先にご存じなのですか』
「ヴィントが叫んでいた」
『ああ……』
遠い目をしたヴァンに、カイが同情する。
ヴァンの父親であるヴィントは、女の子が生まれたと大はしゃぎをしているのだろう。
「だから、その場で婚約を申し込んできた」
『は……?』
「お前の妹に、婚約を申し込んだんだ」
『王子よ……我の妹はまだ赤子で目も開いておりませぬぞ……』
「だから良いんじゃないか。目が開いたら一番に僕を見て欲しいと思うだろう?」
『父上と母上に殺されますぞ……』
「ふふ、そんなヘマなどするものか」
十歳ですでにその頭角を現しつつあるヴェルクに、ヴァンとカイは内心で冷や汗が止まらない。
このロヴェルそっくりの双子はすでに頭の回転が速く、いつも何をしでかすか分からないからだ。
それでも兄のヴェルクは「誠実」を司り、妹のサティアは「正直」を司る。
この二人の行動に、嘘偽りはない。しかし直球で行動し、感情をぶつけてくるから悩みの種は尽きなかった。
「ヴェルクの愛って重そう~~」
サティアがそんなことを呟くが、ヴェルクはしれっと「お前もな」と返した。
「お前、ヴァンクライフト家の周囲でカイに付きまとっているんだって?」
「えへへ。外堀から埋めようと思って」
「カイの婚約話を潰したんだろ」
「そうよ。わたくしがいるのに失礼しちゃう! アルベルトにはおしおきしたわ!」
「父さん……」
カイが項垂れた。
小さな頃に子守をしてからというもの、サティアはカイにベタ惚れだ。
最初こそロヴェルが怒ったものの、サティアはその時、齢六歳にして父親を口で言い負かすほどの頭の切れをみせた。
周囲の者達は「ロヴェルだ……ロヴェルがいる……」とタジタジだったという。
「ヴェルクは、ねーさまの娘を可愛がっていたじゃない。そっちに婚約を申し込むと思っていたわ」
「ねーさまの娘だから可愛いんだ。この感情は親愛であって愛じゃない。サティアだって分かっているだろう? 愛しいと思ったらなんとしてでも欲しくなる、この煮えたぎるような熱い想い」
「そうね! 分かるわ! わたくしはカイに感じているわよ!」
サティアはヴァンの毛から起き上がり、今度はカイにぎゅうっと抱きついた。
「勘弁してくれ……」
天を仰ぐカイに、ヴァンが念話で【がんばれ……】と同情してきたのだった。
「ところで、カイは人間だろう? どうするんだ?」
「わたくし、年老いていくカイも楽しみなの。一回天寿を全うさせてから魂を抜き取ってかーさまに精霊化してもらおうと思っているのよ」
「うわっ、重っ。カイも大変な奴に気に入られたな……」
「勘弁してくれーーーー!」