エレンの身体と心の成長。
エレンの発言を受け、双女神はしばらくお腹を抱えて笑い続けていた。
「ふふ……さすがエレンちゃんよ」
「ええほんと。だからロヴェルも勝てないのよ」
涙目にまでなっていたらしい。ハンカチを取り出してそっと目元を拭っている双女神を見て、エレンは逆に落ち着いてきた。
「もう大丈夫かい?」
「うん、ありがとうガディエル」
抱擁を解いてソファーに座り直したものの、ガディエルの片手はエレンの肩に当てられたままだ。
結構距離が近いことに気付いて、エレンは少しだけ恥ずかしくなってきた。
「そういえば、わたくしエレンちゃんに聞いていなかったわね」
大分落ち着いたヴァールがお茶を一口飲んでから切り出した。
「なんでしょう?」
「おぼっちゃんとの契約を無理矢理エレンちゃんにしたことよ。後悔しているのかしら?」
「え?」
「ほら、ロヴェルが女神との契約が必要ならわたくし達でも~って言っていたじゃない?」
「ああ、はい」
「いつものエレンちゃんなら、すぐにその事に気付いたはずよ。どうしてかしら?」
「えっと……」
そういえばどうしてだろう? とエレンは考え込んだ。
あの時の事を思い出そうとしても、ガディエルが死んでしまうと焦っていた記憶しかなかった。
「ガディエルの事でいっぱいいっぱいになっていました……」
ちょっと恥ずかしそうにしながら正直に言うと、双女神とガディエルがピシリと音を立てて固まった。
「うう……エレンちゃん……なんて健気なの……」
「なんてこと……うう……おぼっちゃん、それ以上はダメよ」
「!」
ヴォールの鋭い制止に、思わずエレンを抱きしめようとしていたガディエルはハッとしてエレンの肩を摑んでいた手をパッと離した。
「気持ちは分かるけどだめよ? エレンちゃんは身体が小さいの」
「そうよ、最低でもあと数年は我慢してちょうだいね」
「ご、ごほっ! ごほっ!」
「ど、どうしたの? 大丈夫?」
真っ赤になって急に咳をしだしたガディエルに、エレンは慌ててガディエルの背中を擦った。
「なんてこと……わたくし、ロヴェルの気持ちが痛いほど分かるわ……」
「ええそうね……」
エレンの鈍さに心配そうな目を向ける双女神は、ふうっとため息をこぼした。
「エレンちゃんは、わたくし達がおぼっちゃんと契約するという流れになったら、反対していたかしら?」
「お姉様達とガディエルが契約……ですか?」
「ええ。ロヴェルがその可能性があったと言っていたでしょう? エレンちゃんはどう思うの?」
「どうと言われてましても……」
困惑していたエレンを、ガディエルがはらはらとした様子で見守っていた。
ガディエルからしてみれば、急に双女神が「おぼっちゃんと契約するわ」とでも言い出したら、エレンが承諾するかもしれないという恐れがあった。
エレンもどうして今そんなことを聞かれているのか困惑している。
「それはガディエルに直接聞きました。私でいいの? って」
「そうね、言っていたわね」
「ガディエルがいいって言ってくれたから……」
「嫌じゃないとも言っていたわね」
「はい」
「じゃあ、それ聞く前におぼっちゃんが他の人と契約することになってたら、嫌だったかしら?」
「え?」
双女神は何やらわくわくとした顔をしてエレンを質問攻めにしている。
双女神はエレンで遊んでいるのが端から見て分かるのだが、ガディエルからしてみれば気が気じゃなくなってしまうような質問だった。
これで「別に」とか平然と言われたら落ち込む……とガディエルの顔にありありと書かれてあった。
「う~ん……ガディエルが他の人と契約……」
そう言いながら、エレンがガディエルをちらりと見る。
ガディエルは開かない目を一生懸命に開こうとして、眉間に皺が寄っている。
何やら焦っているようだというのは分かったが、「エレンがいい」と言ってくれたガディエルの言葉に安心しきっている事に気付いた。
(私、ガディエルの優しさに甘えきってる……)
不思議と居心地が良すぎて自然体で甘えてしまっていた。
何だかロヴェルと似た包容感を感じていることに気付いた。
(この居心地の良さを知ってしまった今になって、他の人に取られるなんて……そんなのを知る前からとか言われても……)
「や、です……」
思わず口に出た言葉に、エレン自身が驚いた。
「エレンちゃ~~ん!」
「そうよね、嫌よね!」
嬉しそうな双女神にエレンが驚く。どうしてそこまで喜ばれるのか分からないエレンは、思わずガディエルを見て目を見開いた。
ガディエルの耳から首にいたるまで真っ赤になっていた。
「~~~~!」
釣られるようにエレンも真っ赤になる。
独占欲を丸出しにしてしまったと気付いたがもう遅い。
「良かったわ~エレンちゃん」
「ホッとしたわ。大丈夫そうで」
「え? だ、大丈夫?」
「ああ、こんな質問をしてごめんなさいね。エレンちゃんの身体に関係して大事な事だったのよ」
「私の身体……ですか?」
「おぼっちゃんも真剣に聞いてちょうだい。わたくし達や精霊は、見た目の年齢と精神年齢がほぼ変わらないの。エレンちゃんは事情があって成長が阻害されていたでしょう?」
「は、はい」
「それはエレンちゃんの身体の年齢と反応に、ほとんど差がないって事なのよ」
エレンの身体はほとんど十歳の頃から成長していない。つまり、身体に引きずられて出てしまう感情が十歳とほぼ変わらないという事だ。
「あ……私、子供っぽかったんですね……」
遠回しに仕草が子供っぽいのだと言われていると思ったエレンはしゅんと落ち込んでしまった。
「待って! エレンちゃんは間違いなく子供よ! むしろ悪い方に大人びているから心配なのよ!」
「これだけ大人びているのに身体が全く成長していなかったから異常だと気付けたのよ。中身が早熟だと、身長が伸びるのも早いの」
「そ、そうなんですか!?」
思わぬ事を聞いて、エレンもガーンとショックを受ける。
エレンは転生した記憶を保持していたので、もっと成長が早いと思われていたそうなのだ。
それが真逆の反応をみせるので、オリジンと双女神にとても心配をかけていたのだと知ってエレンは頭が上がらない。
何かある度にオリジンも双女神に相談していたと聞いて、エレンはじ~んと感動した。
「母様……」
「エレンちゃんが倒れる度に心配していたから、あとでお礼を言ってあげてね」
「ええ。それでね、問題はここからよ。エレンちゃんの大人びた態度の中で、唯一育っていないものがあるのよ」
「え?」
「ふふふふふ!」
「おほほほほ!」
ここまでくれば、エレンが何に疎いのかようやく悟った。
遠回しに恋愛面の感情を育てなさいと言われているのだ。
「~~~~~~~~!」
真っ赤になったエレンに、双女神は嬉しそうに笑った。
「気付いたわ!」
「やったわ! 一歩前進よ!」
双女神がハイタッチをして喜んでいる。
「おぼっちゃん、エレンちゃんはまだ自分の感情に気付いたばかりなの」
「焦らないで隣にいてちょうだい。だからってよそ見はダメよ? その時はロヴェルと一緒にわたくし達も参戦するわ」
「この世界の女神と精霊が敵になるから覚えておいてね」
遠回しにものすごい脅しの圧をかけられているガディエルにエレンは青くなりながらも思わず横を見る。
すると、ガディエルは薄目の状態であったが、双女神を見て微笑んだ。
「そのような事はあり得ませんと女神様に誓いましょう」
「……あら」
「……この子、誰かに似ているわ」
二人は眉間に皺を寄せ、堂々と宣言しているガディエルをじ~と見つめた。
ガディエルの言葉に、エレンは自分の心臓がバクバクと脈打つのを自覚した。顔も真っ赤になっているかもしれない。
バレないように、そっとガディエル達から目をそらしている。
「分かったわ! この子、ロヴェルにそっくりよ!」
「あらやだ! ほんと!」
思わぬ双女神の発言に、エレンとガディエルの声が「えっ」とハモった。
「父様と……?」
「ロヴェル殿と似ている……?」
エレンとガディエルもよく分からなかったらしい。
すると、双女神が叫んだ。
「ロヴェルはやりにくいのよね」
「本当。茶化すと逆手に取って愛をささやき始めるの。本当にそっくり!」
そう言われても、エレンはピンと来なかったが、ガディエルは「なるほど」と、何かに気付いたらしい。
【俺の気持ち、これで信じてくれる? 愛しているよ】
油断していたエレンは、ガディエルが念話ができるようになっていた事を忘れていた。
真っ赤な顔で「わーーーー!」と叫んだ。