これからは一緒に。
エレンは一歩前へ出て、差し出された手をきゅっと握った。
弾かれたように顔を上げたガディエルと目が合って、エレンは体温が一気に上昇した気がした。
しどろもどろになりながら、エレンはきちんと伝える。
「あ、あの……ふつつか者ですが……よろしくお願いします……」
ガディエルの目力に耐えられず、頭を下げるつもりでそっと視線をそらしてしまった。
顔は真っ赤。手も汗ばんでいるかもしれない。最後の方はかなり小声になってしまった。
(うう……! は、恥ずかしい……!! …………あれ?)
反応のないガディエルの様子に不安になったエレンは、摑んでいた手を思わず抜いてしまいそうになった。
「!?」
抜こうとしたことに気付かれたようで、逆に摑み返されてエレンも驚いて思わずガディエルを見る。
お互い目が合って気付いたが、ガディエルの顔も真っ赤になっていた。
じわじわと喜びが広がっていくように笑顔になっていくガディエルから、目が離せなくなった。
「……嬉しいよ。ありがとう、エレン」
「う、うん……」
ぎゅっと摑まれている手が熱い。自分の体温のような気もするし、ガディエルの体温のような気もする。
ガディエルの夢の中のはずなのに、なんだかとてもリアルだった。
「そうだ。エレン、こっちへ」
「え?」
手を繋いだまま促された先には、真っ黒な空間の中にぽつんと丸い空間があり、その中にソファーがぽつんと置いてあった。
「……ソファー?」
「ドリトラ殿が俺のために用意して下さったんだ。眠っている時は意識はないんだが、夢に呼ばれたらここに座っている事が多いな」
「へええ! 便利だね!」
ガディエルに促されてソファーに座るが、片手は繋いだままだった。
(あれ……手を離すタイミングが……)
どこで手を離せばいいか分からない。ガディエルも隣に座ったが、手を繋いだままで嬉しそうにしていた。
「双女神に呼ばれた時は、テーブルと椅子が用意されているんだ。夢の中とはいえ面白い体験だよ」
「双女神? あの後にもガディエルの夢の中に来ているの?」
「ああ。今の内にと精霊の事を教わっているんだ。女神様達のご配慮に感謝している。素晴らしくお優しい方々だね」
「……うん、そうだね」
少し棒読みになってしまった気がする。
双女神が優しいのは同意できるが、その内に精霊達に恐れられていると知ったらガディエルはどういう反応をするのだろうか?
「あっ」
「どうしたんだい?」
「そういえば、ガディエルの思考が聞こえない……」
「ああ、その方法も双女神から教わったんだ」
「ガディエルもう覚えちゃったんだ! すごいね、私も教わっておかなきゃ」
「ふふ、ありがとう」
「ううん。本当にごめんね」
また事故がないように、相手の思考がただ漏れになってしまうのは避けたいとエレンは思った。
(プライバシーは大事!)
そんな事を思っていると、ふとロヴェルの顔が頭を過った。
「あ、あのね……父様のことなんだけど……」
「ああ。女神様から聞いているよ。……こうなるのは分かっていたから気にしないでくれ」
「えっ、分かっていたの……?」
「ああ。想いを伝えただけで命の危険はありそうだとは思っていたからね。エレンは気にしなくてもいいんだよ」
「うう……うちの父様がごめんなさい!」
過保護で親馬鹿が過ぎるロヴェルの行動はガディエルにも読まれていたようだ。恥ずかしくていたたまれない。
「エレンから目が離せないという気持ちは今だからこそ分かるよ。エレンと気持ちが通じて嬉しかったけれど、カイとかが隙を見てきそうだからね」
「えっ、カ、カイ君?」
ドキッとしてしまった。
オリジンにも見られていたのを思い出して、思わず挙動不審になってしまった。
「…………エレン、カイと何かあった?」
「ええっ!? ど、どうして!?」
「……告白された?」
「どうして知ってるの!?」
勢いのあまり叫んでしまった。
あっと思ったがもう遅い。ガディエルをそろりと見ると、笑顔ではあるものの、スッと寒気がするような微笑みを浮かべていた。
「ひえ……っ」
青ざめてカチーンと固まるエレンに、ガディエルは繋いでいた手を持ち上げて、エレンの手の甲にちゅっとキスをした。
「もちろん、断ったよね?」
エレンは壊れた人形のように、こくこくと首を縦に振る。
カイの告白を受け入れていたら、ガディエルにこんな返事などしていない。
「先を越されていたとは思わなかったな」
悔しそうにしているガディエルに、エレンは目をぱちくりとさせた。
「ガディエル、カイ君の事……知ってたの?」
「もちろんだよ。エレンが見ていないときに俺たちは睨み合っていたんだよ」
「えっ!?」
オリジンに言われていたとおり、エレンはいつの間にかそこかしこで粉砕しまくっていたようだ。
知らない間に牽制しあっていたとはエレンも呆然としてしまう。
「リュール殿にも恋の相談をしてしまった。今思うと初対面なのに申し訳ないことをしてしまったよ」
「ええ~~! ガディエルも恋バナするんだね?」
王族でもそういう話で盛り上がるのかなと思っていたら、ガディエルはきょとんとした顔をしていた。
「こいばな?」
「恋の話!」
「……これからはエレンとしたいな」
「え?」
「俺の気持ちを聞かせるから、エレンの事も俺に全部聞かせて」
【エレン、好きだよ】
「わーー!」
急に制限を解除して、ガディエルが思考を聞かせてくる。
真っ赤になって動揺するエレンを見て、ガディエルは高らかに笑った。
***
双女神に呼ばれたオリジンは、しゅんと縮こまっていた。
「オリジンちゃん、ヴォールに何かしたの?」
ヴァールが差し出された紅茶を飲みながら、のほほんと聞いた。
「うう……ごめんなさぁい……」
「まったくよ、オリジンちゃん。わたくしに対して酷いと思わなくて?」
「エレンちゃんをごまかそうとして、つい言ってしまったの……」
しゅんと落ち込んでいるオリジンに、ヴァールが「あらあら」と言った。
「エレンちゃんにごまかしなんて通じないでしょう?」
「そうなの。すぐにバレてしまったわ! ついでにヴォールお姉様に怒られますよ! って怒られちゃったわぁ~~」
「さすがエレンちゃんね!」
ヴォールもうんうんと頷いている。
「わたくしは知っていてよ? オリジンちゃんがエレンちゃんを気にして水鏡で見ていた事を」
双女神の境界に行く前の話だ。
あの時、エレンに手鏡を渡すようにヴァンを呼びつけたオリジンは、ぎくりと肩を揺らした。
「カイの坊やがエレンちゃんに告白しているのを見て、ヴァンを足止めしていたじゃない!」
「きゃ~~! だって! だって!!」
「分かるわぁ~~。ヴァンをエレンちゃんの所に帰したら台無しだものね~~」
「オリジンちゃんたら、面白がっちゃダメじゃない」
「いやあああん! つい出来心なの~~~!」
あの時、オリジンが双女神の境界に行ったのはロヴェルと同時だ。
エレンがカイから告白を受けていた時は、実は精霊城の水鏡でばっちり見ていたのである。
「気持ちは分かるけれど、これはオリジンちゃんが悪いわ。というわけで、ちょっと!」
ヴォールが手をパンパンと叩くと、メイド達がずらっと並んで頭を垂れた。
「罰としてオリジンちゃんが隠しているお菓子を持ってきて。これからお茶会よ!」
「いやあああああああああああああん!!」
オリジンの泣き叫ぶ声が精霊城に木霊した。