踏み出す勇気。
のぞき見とは何事ですかとエレンは自分の体調が悪いのも忘れてオリジンに詰め寄った。
「ヴォールお姉様から聞いただけなのに~~!」
「私の態度を知っていたようなご様子でしたが!?」
「ぎくぅ! だってだってぇ~~!」
詳しく聞くと、あの時のオリジンとロヴェルは、双女神の境界であるあのウユニ塩湖のような場所に避難していたらしい。
「ロヴェルが転移してあの場所へ戻ってしまったら意味がないでしょう? そうすると、わたくしの力も及ばない場所になるのよ」
「では、水鏡は見れなかったと?」
「そうなのだけど、あそこはお姉様達の力が満ちた場所だから……足下がね、水鏡のような役割を……ね?」
「見てたんじゃないですか!」
「いや~~ん! ごめんなさい!」
あのタイミングではロヴェルは森の中だったはずだ。
ロヴェルに知られれば、身の程をわきまえろと言ってカイに制裁を行う可能性が高い。
ガディエルをも殺しに行きかねないと聞いた後では事態は深刻だ。
エレンはぞっとしてしまった。
(き、気をつけないと……)
契約したと報告したら、ガディエルから目が離せないなと思ってしまった。
「母様、責任転嫁なんてして、ヴォールお姉様に怒られますよ?」
「ハッ! きゃああ~~ごめんなさい!」
今も多分、双女神に見られていたのだろう。タイミング良くオリジンの肩が跳ねたので、きっと念話で何か言われたに違いない。
「で、でもほら。エレンちゃんはあの時とおぼっちゃんへの態度は違うわよね? ね?」
「そこに話を戻したくてたまらないようですね」
「うう……! エレンちゃんと恋バナがしたいだけなのに!」
「本当、どこで覚えてくるんですか?」
どうやらオリジンは、娘から恋の相談を受けるというのが母親としてのロマンだったらしい。
「普通、親には言わないと思います」
「いや~ん! そうなの!?」
「言うときは事後報告か、結婚の報告じゃないですか?」
「いやああああん! それはロヴェルと一緒に阻止するわ!」
「えっ?」
「エレンちゃんの相手はわたくし達がちゃんと吟味するのよ!」
「ええ~~……? 母様も父様とそういう仲になったときに、双女神の方々にお伝えしたのですか?」
「え? しないわ。だってお姉様達は見ているもの。問題があれば言ってくるでしょう?」
「…………」
話の矛先がおかしな事になっていると、エレンは遠い目をしてしまった。
熱が上がった気がしたエレンは、現実逃避とばかりにそのまま寝ようとした。
「ああん、エレンちゃん! すやあしないで!」
「本当にどこでそんな言葉を……」
「かーさまはエレンちゃんと恋バナがしたいです!」
「……ええ~?」
すやあしないでと言いながら、オリジンはエレンの隣に潜り込んできた。
寝かせる気満々の体勢で、エレンの胸元もぽんぽんと軽く叩いてくる。
これは話している途中で寝てしまいそうだとエレンは思った。
「だってえ~。こんな話、ロヴェルがいたら出来ないでしょう? 暴れちゃうもの」
オリジンの話を聞いて、それもそうかも……と思ってしまった。
「……母様は反対しないのですか?」
「あら、反対ならしたじゃない。それでも気になっちゃったら仕方ないわ」
「そうでしたね……」
ふふふと笑いながら横向きに体勢を変えた。向かい合う形で一緒に寝ていると、何だか学生時代の修学旅行のような気持ちになってくる。
オリジンとこんな風に話すのはいつぶりだろうか。
「実はちょっと心配していたのよ。人間は早熟だから、あの子が好きとかっていう話は早い内から聞くっていうじゃない?」
「え? そうなのですか?」
「それこそ五歳とか? その頃からロヴェルが警戒していたわ」
「早っ」
早熟にもほどがある。いやしかし、転生前の初恋はそんな年齢だったような気もしてきて、熱もあって上手く頭が回らないエレンは、「あれ……そうだっけ?」と軽く混乱した。
エレンは知らなかったが、ヴァンと初めて会ったときにも、ヴィントからお見合いをしないかと言われていたらしい。
その事にとても驚いていると、「エレンちゃんには自由恋愛をさせるって決めてたの!」とオリジンが自信満々に宣言していた。
他にもひっきりなしに精霊達からのお見合い話はあったらしい。
(あ……だから回りに同年代の人がほとんどいなかったんだ……)
ロヴェルが執拗に排除していたのだと聞いて、またもやエレンは気が遠くなりそうだった。
「エレンちゃんは記憶があるから、対象が大人かなとも思っていたんだけど……そんな話、一つも聞かないんですもの」
「周囲の方にそんな感情を持った覚えはありませんね……」
「違うわぁ~! エレンちゃんは自ら相手の恋心を粉砕していたわよ!」
「ふ、粉砕……!?」
「かーさまはずっと見ていたんですからね! ……あっ」
墓穴を掘ったことに気付いたらしい。
エレンが半目でじっと見ていることに気付いて、慌てて取り繕うとしている。
「ごめんなさぁぃ……」
素直に謝るオリジンに、エレンは笑ってしまった。
「心配して下さってありがとうございます。ちゃんと相談しますよ」
相手がガディエルとなれば、テンバール王族と精霊の確執を避けて通れない。
そうなれば、女王としての立場があるオリジンに相談するのが一番だろう。
「……ふふ。待っているわね」
優しく微笑みながら、オリジンはエレンの頭を撫でた。
「恐れずに一歩を踏み出しなさい。心と一緒に身体の成長も促されると思うわ」
「……かあ、さま?」
「長々とごめんなさいね。おやすみなさい、エレンちゃん」
頬にキスを受けると同時に、エレンの意識はすうっと遠のいた。
***
熱もすっかり下がったエレンは、気合を入れてからドリトラに頼んでガディエルの夢の中へと向かった。
久しぶりに会ったガディエルはいつの間に仲良くなったのか、ドリトラと気さくに話していた。
「うっへっへっ! 呪われ王子は話が分かるゥ~!」
「ドリトラ殿は話し相手になって下さっているんだ」
そう二人が話していると、ドリトラがにやあ~~と笑った。
「僕、外に出てるね! うへへへへへ!」
そういってシュンッと音を立てて消えた。
ドリトラの気遣いが分かったガディエルとエレンは、二人そろって真っ赤になった。
「あ、あのね……ガディエル……」
「あ、ああ」
「先ずは……勝手に思考を聞いてしまってごめんなさい!」
「いや、それはさすがに事故だろう。エレンは気にしなくていいんだ。……いつかは言いたかったけれど」
そう苦笑しているガディエルに、エレンは「えっとね……」と両手をもじもじさせながら返事を言おうとした。
「待ってくれ、エレン」
「え?」
思わずきょとんとガディエルを見てしまうと、そこには真剣な顔をしたガディエルがいた。
契約したあの時のように、片膝をついて、エレンに向かって右手を差し出した。
「俺から言わせて欲しい」
「え……」
「聞かれてしまったけれど、改めて言いたいんだ」
「あっあの……」
「エレン」
「は、はい!」
エレンは思わず、ビシッと姿勢を正した。
「好きだ。ずっと好きだった」
「………っ!」
「ずっと君と話がしたかった。君の隣に立ちたかった。本来の歩み寄りとは違った形ではあるけれど……それでも俺は、君の隣に立ちたい」
「……うん」
「間に呪いがあろうとも、俺は諦めたくなかったんだ」
「ガディエル……」
「こんな不意打ちのような形になってしまったけれど、どうか俺の手を取って欲しい」
言葉はいらない。そんな行動で示して良いと気遣うガディエルはどこまで優しいのだろう。
(恐れずに一歩……)
オリジンの言葉が頭を過る。
きっと、何もないままこの告白を受けていたら、エレンは躊躇していただろう。
気になっていたのはエレンも一緒だ。
悪いのは祖先であって、ガディエルは悪くないのにとずっと心にしこりとして残っていた。
立場的に赦していい事ではないと分かっていたからこそ、物陰からずっと見ていたのだ。
諦めない心がいつしか同胞の気持ちまで変え、浄化してしまった。
ガディエルが一歩踏み出したように、エレンもまた一歩踏み出した。