のぞき見厳禁。
エレンが意識を取り戻すと、ベッドの側にはクリーレンがいた。エレンの顔をのぞき込み、「ご気分はどうですか?」と聞いてくる。
「えっと……私……」
どうして自分が寝ているのか分からなかった。
そう聞こうとしたが、喉が乾いて張り付いていて咳をしてしまう。
クリーレンが慌ててエレンの背中を擦りながら、念話でどこかに連絡しているのが分かった。
「今、女王様に姫様が起きましたとご連絡しました」
「はい……えっと、私、寝てたんでしょうか?」
「熱を出して倒れられたのですよ」
「え……」
聞けば、ガディエルと契約してから二日ほど経っていた。
心労や疲労が重なって、エレンは倒れたらしい。
(そういえば、母様が熱が出たと……)
本当にあの直後に倒れてしまったようだ。
(また肝心なときに……)
すぐ倒れてしまう自分に不甲斐なさを感じずにはいられない。
パニックになったとはいえ、ガディエルには申し訳ないことをしてしまった。
すぐに謝りに行きたいが、どういう顔をしていいのか分からなかった。
(返事……か……)
考えた瞬間、ぶわっと熱が上がってしまったかのような錯覚が起きる。
クリーレンもエレンの顔が急に赤くなったのに気付いて慌てていた。
クリーレンがエレンの体温を下げようとして、力を使ってくれた。クリーレンの手がとても冷たくて気持ちいい。
力の波動がとても気持ちよく、このまま眠ってしまいそうになっていた。
「エレンが起きたというのは本当かーーッ!?」
騒がしい声に起こされる。
ロヴェルが泣きながら突撃しようとしたが、他の大精霊達から羽交い締めを受けて阻止されていた。
「エレ~~ン!!」
「ロヴェル様! どうか落ち着いて下さいまし!」
「は、な、せ~~!」
そんな様子をエレンはベッドから眺める。
まだ身体が熱いエレンは、ぼんやりとしつつもロヴェルの叫び声に眉をしかめた。
「父様、静かにして下さい……」
まだだるさが抜けないエレンがぼそりと言うと、ロヴェルがピタリと抵抗を止めた。
「……エレ~ン」
小声でぼそぼそと呼びかけてくるロヴェルに、エレンは思わず笑ってしまった。
「も~父様ったら……」
エレンが上半身を起こすと、クリーレン達がいそいそとエレン背中にクッションを挟んでくれた。
クリーレンが「姫様はまだ微熱が残っているので、まだまだ安静が必要です」となぜかロヴェルに忠告している。
「なぜ俺に言う」
「ロヴェル様が一番、姫様に無理をさせますから」
「ぐっ!」
ロヴェルへの忠告だと分かっているが、エレンも耳が痛い。
二人でクリーレンからお説教のようなものを受けていると、レーベンがレモネードを持ってきてくれた。
「姫様、どうぞ」
「貸せ、俺がやる」
「あっ、ロヴェル様……」
レモネードを奪い取ったロヴェルは、エレンににっこりと笑った。
どや顔でレモネードを差し出してくるロヴェルに呆れながら、エレンはレーベンにお礼を言った。
「すみません、レーベン。ありがとうございます」
「いえいえ。大分熱が下がったようで安心しましたわ」
「さあ、エレン。レモネードだよぉ~~」
ロヴェルはベッドの端に腰掛け、エレンの背を片手で抱えてコップを差し出してくれた。
甘めのレモネードがとても美味しい。飲み終わって一息吐くと、「おかわりするかい?」とロヴェルが聞いてきてくれた。
「大丈夫です」
「そうか。まだ顔が赤いね」
ロヴェルの手がエレンのおでこを覆った。
自分で頬を触ってみても分からなかったが、身体がぽかぽかしてだるいので確かに熱があるのだろう。
「前回は姫様の力の均等が崩れて体調に影響しておりましたけれど、今回は心身共に疲労しているようですわ。今はとにかく安静になさって下さいね」
「はい……」
レーベンは生命を司るので、エレンの内部で何が起きているのかすぐに分かるらしい。
レーベンの言葉に一番ホッとしていたのはロヴェルだった。
エレンを見守る大精霊達の視線がとても優しい。
今回は大精霊達にも協力してもらった。ロヴェルを助けるためにエレンが無理をしたのを知っているので、大精霊達も甲斐甲斐しくエレンを気にかけている。
「目が覚めて良かった……」
ロヴェルの呟きに、エレンは「ご心配をおかけしました」とロヴェルに寄りかかる。
ロヴェルはエレンの頭を撫でながら、後頭部にキスをしてくれた。
「エレンのお陰で助かったよ。ありがとう」
ロヴェルにお礼を言われるのは何だかくすぐったい。
思わず照れると、ロヴェルにぎゅっと抱きしめられた。
ガディエルの半精霊化の問題などがまだあるものの、今はロヴェルが無事だったことと、ガディエルが生きていてくれた事で、エレンの胸はいっぱいだった。
しばらく気が張り詰めいたせいで、熱を出したのだろう。
いや、もしかしたら知恵熱なのかもしれない。
(色々あったものね……)
女神としての浄化、魂の選定、ガディエルの半精霊化、契約。
元から無理はダメだと言われていた身体だ。
一度に経験してしまったから、仕方ないのかもしれない。
ロヴェルの肩におでこを当てていたせいか、熱がぶり返してきたのがばれてしまったようだ。
「エレンが熱い!」
「だから申しましたのに!」
クリーレンに怒られているロヴェルを見ながら、レーベンにいそいそとエレンはベッドに戻される。
「エレン~~! 早くよくなるんだよ!」
大精霊達にずるずると引きずられながら退出を余儀なくされるロヴェルを見て、エレンはシーツの端から手だけを出して、バイバイと手を振った。
***
眠っていたエレンの頭に、ひんやりと手を置かれた。
「…………?」
「あら、起こしちゃったかしら?」
オリジンがエレンの様子を見に来ていたらしい。
「母、様……」
「まだ熱があるわ。少し冷やすわね」
オリジンの額がエレンの額にこつんと当たる。触れた所からすうっと熱が引いていく気がして、エレンはほうっと息を吐いた。
「どう? 息苦しさは無くなったと思うわ」
「ありがとうございます……」
「疲労はどうしようもないわ。今はゆっくり休むのよ」
「えっと……はい……」
エレンは聞きたいことがあって、もじもじとしてしまう。
(自分の自業自得だけど、聞いてもいい雰囲気じゃないよね……)
気になると言えば気になっている。途中で倒れてしまったから、余計に。
「おぼっちゃんの事が気になるの?」
「えっ!」
エレンの考えていたことは丸わかりだったようだ。微笑ましいと笑っているオリジンに、エレンはカーッと顔に熱が上がってくるのが分かった。
「ふふふ、ロヴェルは今いないから大丈夫よ」
「えっと……父様には……」
「エレンちゃんが契約したことは言っていないわ。それを言ったらおぼっちゃんを殺しに行くでしょうから、エレンちゃんも言っちゃだめよ?」
「えっ……まさかそんな」
「ダメよ。ロヴェルはやるわ」
「ひえ……はい……」
「ロヴェルはエレンちゃんの事を本当に愛しているから、自分の認めた相手じゃないと認めないとか言うでしょうね」
青ざめたままのエレンに、オリジンはからからと笑った。
「ただ、半精霊化の話だけはしたわ。しばらく人間界には帰れないから、ロヴェルに腹黒へ伝えてとお願いしたの」
「あ……そ、そうなのですね……」
「今頃、遊ばれているんじゃないかしら?」
「あ、真っ最中でしたか」
先にガディエルは生きていると連絡してしまえば殺せないだろうと先手を打ったようだ。
ヴォールは「大丈夫よぉ」と言っていたらしいが、確かに不安は拭えない。
エレンがガディエルと契約したことで、テンバール国にエレンが使われるんじゃないかと心配しているのだろう。
(ガディエルに頼まれたってしないのに……)
またラヴィスエルとやり取りをすることになるだろうか?
何を言われるだろうかと想像したら、何だかおかしくなって笑ってしまった。
ラヴィスエルは本当に策士だ。きっとロヴェルは苦戦しているに違いない。
「あら、どうしたの?」
「父様、腹黒さんに何を言われているかなと思いまして」
「う~ん、なんて言われているかしら?」
「“私の息子が半精霊となるだと?” “それは楽しみだ” ですかね?」
「ああ~……言ってそうだわぁ。いや~ん」
テンバールの王族は、精霊との繋がりが持てなかった。
自分は繋がりが持てないと分かっているだけに、己の息子が快挙を成したと喜ぶだろう。
「でもどうするんでしょう? 腹黒さん、ガディエルに近付くのは難しくなりますよね?」
「そうねぇ……どうかしら? 半精霊化とはいえ、おぼっちゃんはどちらかといえばロヴェルよりも人間に近いわ。身体は無傷だったもの。いや~な気持ちになるだけかしら?」
本人に聞いてみたらどう? と言われて、エレンはボッと赤くなった。
「やだ、エレンちゃん。まだ意識しているの?」
「ちょ、母様!」
「んも~~。好きだって分かっているのでしょう? 別の子とは反応が違うもの」
「…………別の子?」
「カイって子」
「ちょっとーー! かあああさまああああ!」
のぞき見していたらしいと知って、エレンは思わず叫んでしまった。
「違うわ! ヴォールお姉様よ!」
「どっちもアウトオオオオオオ!!」
怒ったエレンの熱が上がってしまったのは言うまでもなかった。