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その後のヘルグナー国。

エレンが呪いを浄化した後、護衛達と共に城へ戻ったデュランは執務室の椅子にだらしなく深く座り、ただワインをゆっくりと煽っていた。

少なからずの仕事はしているものの口数は一気に減り、心あらずなことが多かった。



デュランが目に見えて取り乱したのはエレンに断罪を受けたあの時限りで、今は静かに手にしたワイングラスをじっと見つめ、ゆらゆらと揺らしている。


激高するでもなく、嘆き悲しむでもない。無言で哀愁漂う王の背中に、側近のオルガスはため息を隠せなかった。



エレンの周辺を調査し、指示を出していたのはオルガスだった。

ヴァンクライフト領のめざましい発展。それら全てにエレンが関わっているとすぐに気付いたオルガスは、テンバール王族の周辺からエレンの周辺にいたるまで、どこかに隙はないかとずっと窺っていた。


テンバール王族とヴァンクライフト家の確執に目をつけ、ロヴェルを巡って好き勝手に踊っていたアギエルとアリアに目をつけた。隙を狙うのならば、こうした者から狙えばいい。


事実、テンバール国の英雄であるロヴェル・ヴァンクライフトは、心の底からテンバール王族を嫌っていた。

王族と家臣の確執は国を簡単に揺るがす。英雄としての名声、最近では治療院の発展と共に民に寄り添った貴族だと評価も高い。


直接ヴァンクライフトを狙うと、王族を差し置いて民の怒りを買い、団結しかねない。

戦争で面倒なのは団結力だ。

それほどまでにヴァンクライフトの力は強くなっていた。



矛先をアギエルからアミエルへと変え、その身に密やかに育てられていた恨みを外部から育てていった。


アミエルを言葉巧みに誘導させ、問題が起きれば「またテンバールの王族か」と矛先をそらせるようにと下準備をしてきたつもりだった。


アミエルの手で前王を殺すことができた時は、デュランもオルガスも笑わずにはいられなかった。



しかしそれらが全てエレンによって暴かれ、まさかこんなことになるとは思いもしなかったのだ。



***



「代わりを持って来い」


空になったワインの瓶がすでに三本。

トンッとテーブルにワイングラスを置いたデュランは、眉間に皺を寄せたまま目を瞑った。


「陛下、あまり……」


「黙れ」


「…………」


オルガスは黙って一礼して、瓶をまとめて持って出て行った。



独りになったデュランは、己の右の袖口のカフスボタンを外してまくり上げ、露わになった断罪の痕を見た。



デュランは自分を選ばないローレが裏切ったのだと思っていた。

ローレが選んだ人物が、よりにもよって裏切り者の血を濃く受け継いだ金の髪だったという事もあったからだ。


側室が不貞を働き、王族の血でない疑いがあったのにも拘わらず、前王は「ローレの御心にままに」とリュールを受け入れたのだ。


信じられない気持ちのまま、十八年もの長き間に渡ってローレを恨み続けていた。

ローレに選ばれたリュールが憎くて仕方なかった。

国よりもローレを優先する前王の行動も、デュランは我慢ならなかった。



テンバールとヘルグナーの確執から間違っていたなどと言われて、どうすればいいのかデュランは分からなくなった。

今まで信じていたものが、足下から崩れ去る音が聞こえた気がした。


自分の行いを省みて、祖先と同じ事をしていたと気付かされた。

ローレから見たら、自分が裏切り者だったという絶望を知って、デュランは無気力になっていたのだ。


『大事な人を奪われる痛みを知りなさい』


エレンの言った言葉がデュランの耳から離れない。

酒をいくら煽ろうともエレンの声は始終聞こえ、全く酔えなかった。



***



ふと、ブンッと何かが空気を切るような音がした。

オルガスかと思ったが、扉が開いた気配はしない。


デュランは気だるげに頭を上げると、そこには宙に浮かんだままの大精霊と、その腕には白い猫がいた。


「な…………」


「全く、姉妹そろって我を小間使いにしよって!」


大精霊が怒りながらデュランに向かって白猫を無様にぽーんと放り出した。

デュランは慌てて椅子から立ち上がって手を伸ばした。


『ぶぎゃ!』


エーレの潰れた声にデュランは肝を冷やす。無意識にエーレを抱え直し、怪我がないかすぐさま確かめた。


「帰りは自分で転移するのだな。我はもう動かんぞ!」


そう言って大精霊が転移して消えた。


一体何事かとデュランは無言のまま、腕の中で目を回している白猫を見た。


『うう……もう少しお手柔らかにしてほしかったぞえ……』


腕の中の白猫が、もぞもぞと動いて耳をピンと立てた。

鼻をヒクつかせながら、『デュランはどこかえ?』と部屋の中を見回している。


「……エーレ様?」


頭の上から聞こえた声に、エーレがびくりと震えて慌てて後ろを見上げた。

しばらくそのまま、デュランとエーレは見つめ合う。

どういう状況なのかエーレもようやく理解できたらしく、『……す、すまぬ』と謝罪した。


「いえ……」


デュランは床にエーレを放し、また椅子へと座った。

突然の出来事に全然酔えなかった頭は、より一層冴えてしまった。


こちらを見ていたエーレが、デュランの断罪の痕が残る右腕に気付いて凝視しているのに気付いたデュランは、自然な仕草で袖を戻し、袖口のカフスボタンを付け直した。


『デュラン、すまんかった……!』


急に謝罪をしたエーレの態度に、デュランは怪訝な顔をした。


『わらわが……わらわがデュランからローレを奪ったんじゃ……!』


エーレの言わんとしている事に気付いたデュランは、大きなため息を吐いた。

デュランのため息にエーレはビクリと震えている。それを視界の端に見たデュランは、口元を引き締めた。


「……エーレ様が謝る理由が分かりませんね」


『デュラン……』


「私は無意識にローレ様を裏切っていた……それだけですよ」


『……ローレは戻ってきたかの?』


「……いいえ。それはこれからもずっと……もう、戻ることはないのでしょう」


自身の過失でローレを失うという意味。

エレンの断罪は、端から見ればたいした物ではないのだろう。


しかし、デュランにだけは違った。

ローレという国にとっても大事な者を失う意味。

蔑んでいたテンバールの王族と同じように断罪された屈辱。



エレンは実に的確に、デュランの思惑を根本から潰してきたのだ。



芯から染まった精霊を信仰している国。

精霊と契約しない王。姿を現さないローレに、民はすぐに気付くだろう。


デュランが王でいられるのも時間の問題だ。

子を成して受け継がせようにも、テンバールの王族のようにデュランの血に沿ってローレが近寄れない可能性がある。


リュールを連れ戻すしかないのか……と八方塞がりになっていたデュランに、エーレが叫んだ。



『デュラン、わらわと契約してたもれ!』



デュランは、生まれて初めて思考が真っ白になるほど驚き、思わず「は?」と返事をしてしまったのだった。





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