黒幕な腹黒さん。
ロヴェルの謁見が丁度終わったその頃、謁見に出られなかったアギエルが別室で娘と共に癇癪を起こしていた。
ロヴェルの謁見は居合わせようとした貴族達が溢れたために人数を限定し、当主一人のみと定められてた為だ。
「何故わたくしが同席できないの!!」
わたくしは王女よ! と事ある毎に叫ぶアギエルに便乗して、アミエルまでメイドに当たり散らす。
「お父様の謁見に出られないなんて酷いわ」
落ち込む娘に、アギエルは慰める様に寄り添い、娘がこんなにも悲しんでいるのに! と叫ぶ。
「申し訳御座いません。ロヴェル殿の謁見は各家々ご当主のみと定められております故」
「何を言っているの!? わたくしはこの国の王女なのよ!? 夫の謁見に立ち会うのは当たり前じゃないの!!」
夫という言葉に、対応に出ていた騎士とメイドは互いに顔を合わせて混乱している。
「……申し訳御座いません。ヴァンクライフト家のご当主様は別室で待機されており、ロヴェル様の謁見にはご参加されておりません」
「なんですって!?」
これにアギエルが眦を吊り上げた。
未だサウヴェルの妻であったが為に謁見に出られなかったということかもしれないとアギエルは唇を噛む。
先に司法局へ行って離婚するべきだったと持っていた扇子を床に投げつけた。
***
司法局の役員を呼び、城の別室で待機していたアギエルを呼ぶ。
部屋に来たアギエルの後ろから現れたアミエルの姿に他の大人達は動揺する。
「この様な場に子供を連れてくるなんて……」
「何を言っているの。この様な場だからこそでしょう? ねぇ、アミエル」
「はい。お母様」
勝ち誇った様な顔をする二人に、他の大人達は怪訝な顔をした。
「アギエル」
「ラヴィスお兄さま!」
「アミエルも久しぶりだね」
「はい、おじ様」
ラヴィスエルはアミエルの頭を撫でた。そんな彼等の様子は実家に遊びに来た家族そのものだ。
その時、役員からアギエルを呼ぶ声がする。
「アミエル、ここはアギエルとサウヴェルの話し合いの場となるから、こちらへおいで」
「はい」
ラヴィスエルの指示に素直に従うアミエルを見ていると、元は素直な性格だという事が伺える。
これから目の前で起きる事に耐えられるのかと他の大人達は哀れむような目で見ていた。
「これより開廷します」
役員の声にサウヴェルとアギエルが相対して並ぶ。互いに睨み合うその姿に、他の者達は彼等の離婚を実感した。
「この法廷はアギエル・ヴァンクライフトの願いにより開廷されました。それに相違ありませんか」
「間違い御座いませんわ」
「サウヴェル・ヴァンクライフトはこの開廷に異議は御座いませんか」
「ありません」
「よろしい。アギエル・ヴァンクライフトは、夫サウヴェルとの離婚を望んでいます。その理由は他の男性の元へ向かうためと聞いておりますが……間違い御座いませんか」
「ふん、その通りよ。当然じゃない」
当たり前だと言うアギエルに役員が眉を寄せる。だが、アギエルはその事に気付かない。
役員の質問に答えるアギエルの返答は全て記録されていた。
「アギエル・ヴァンクライフト。貴女は神に誓った宣言を破った罪により、罪人として今後一切結婚宣言が出来ません」
「なっ……どういうこと!?」
「貴女は夫と共に支えるという誓約を破りました。夫がいるのにも関わらず、他の男性への思慕。不貞の証拠となる子。過度の金使いは誓約を破るに相当します」
「何を言っているの!? わたくしは婚約者の元へ戻るだけですわ!!」
「……婚約者?」
「ロヴェル・ヴァンクライフトですわ!」
これに役員は怪訝な顔を隠そうともしなかった。
「それは破棄されております。それにロヴェル殿は10年来この人間界に帰ってきていないと聞いておりましたが……」
「わたくしを迎えに来たに決まっていますわ!!」
堂々とのたまうアギエルの主張に役員は目を丸くした。
「……ロヴェル殿、これは……」
「私はアギエルを迎えになど来ておりません。実家に帰った際、初めてアギエルが弟に嫁いだことを知ったのです」
「ああ……」
アギエルの噂は聞いているのだろう。
役員はアギエルに向ける目が少し変わったようであった。
「何を言うの! ロヴェル様はわたくしの事が忘れられないのよ。そんな事も分からないの!?」
ここまでくればアギエルの異常さがよく分かる。
溜息をこぼすロヴェルやサウヴェルには同情の視線が向けられた。
「気にせず進めてくれ」
「了解しました」
アギエルの主張を無視し、役員は次々とアギエルの罪状を読み上げる。
それを聞いていたアギエルはだんだんと顔色が悪くなっていった。
「よって、サウヴェル・ヴァンクライフト、アギエル・ヴァンクライフト家の離婚調停はこれによって決定とする」
「うそよ! 待ちなさい、わたくしがロヴェル様と結婚できないというのはどういうことなの!!」
アギエルの叫び声は役員の宣言にて発動した誓約の魔法にかき消される。
するとアギエルの両腕が光り、茨のような模様が浮き上がる。それは痣のような色になり両腕を締め付ける様な模様へと変化した。
それはまるで手錠の様な雰囲気を醸し出す。
「なによこれぇ!!」
「女神ヴァールの断罪だ。貴女はこれよりほかの男性の元へ嫁ぐどころか、触れることすら出来ない」
「なんですって!?」
突如アギエルがロヴェルの元へと走り出す。
「ロヴェル様ぁ!」
抱きつこうとしたアギエルは突如、何か壁の様なものにぶつかって倒れた。
更に小さな電撃の様なものがバチンッと音を立ててアギエルに落ちる。
「きゃああ!」
「お母様!!」
それを冷めた目で見ていたロヴェルは吐き捨てた。
「近付くなと言われたばかりだろうに……」
今までずっと黙って見ていた王とラヴィスエルはアギエルの側に寄った。
「アギエル……ここまで愚かだったとは……」
「お父様! これは何かの間違いですわ!!」
王はアギエルの主張を無視し、サウヴェルの元へと向かう。
対峙した王は、サウヴェルに頭を下げた。
「娘が申し訳なかった……」
疲れきったようなその顔に、サウヴェルは何も言葉にできない。
一瞬で10以上老けてしまったような王の姿にサウヴェルは驚いていた。
「私の不手際だ……君の元へ嫁げば少しは大人になってくれると過信してしまった……」
「私からも謝罪する。妹がこれほど愚かだったとは思わなかったんだ」
「お父様お兄さま!? 何を仰っているの!?」
「アギエル、黙りなさい。サウヴェル、この娘は今後私が手綱を握ろう。まだここだけの話だが私はこの騒動の責任を負って王位を退位することになった。本当にすまない……」
「残念だよアギエル。父上をここまで追い込んで……」
「な……一体何を仰っていますの……?」
己の置かれた状況が未だに理解できないアギエルはおろおろと周囲を見渡す。
だが、自分に辛辣な目を向ける者しかいなかった。その中でもましなのは困惑している娘くらいであった。
「お父様……お父様はアミエルをお捨てになるの?」
目に涙を浮かべたアミエルにロヴェルは笑顔で言葉をかけた。
「私は君の父では無いよ」
「え?」
「君は弟の子でもない。アギエルがどこかの男性と作った子だ。本当の父上に関しては君のお母様に聞くといい」
「……え? え?」
「君は王家の血を引いているから今後はそちらが君の面倒をみるよ」
「……そんな」
信じられないと呆然とするアミエルを放って部屋を出る。
その後ろを付いていくサウヴェルは、思い出したかの様に何気なく声をかけた。
「アギエル、お前が使い込んだ我が家の経費は王家に請求する。お前の私物はこちらから送るからこちらへは二度と来るな」
そう吐き捨ててサウヴェルは部屋を後にした。
***
水鏡で見守っていた私と母は事が無事に済んでホッとしていた。
「思っていたよりすんなり行きましたね」
「そうね……」
どこか腑に落ちないのか考え込む母に首を傾げる。
「どうかしたのですか?」
「う~ん。あの殿下が黙って事の次第を見守っていたのがねぇ……。何かありそうなんだけど」
「ああ、腹黒さんですか」
「……その腹黒って何かしら?」
「お腹の中が真っ黒って意味ですよ! 意味は悪巧みをたくらんでいる人というか、陰険で意地が悪い人です」
そう言うと、母がまた大笑いしていた。
***
ラヴィスエルは私室でワインを注いでいると、誰も居ないはずの後ろへと声をかけた。
「君も飲むかい?」
「……」
話しかけられたロヴェルはよく気付きましたね、と言った。
「グラスに君の姿が写っただけだよ。俺達王族が精霊の力が借りられない事ぐらい知っているだろう?」
そう言いながらラヴィスエルはワインを口に含んだ。
「……思い通りで満足ですか?」
ロヴェルのその言葉に、ラヴィスエルは声を出して笑った。
「満足だよ。邪魔だった父も妹も遠くにやれるしね。頂けなかったのは君の帰りが遅かったくらいかな?」
「帰ってくるつもりは無かったのですがね……」
「ああ、聞いたよ。向こうで家庭を持ったそうだね?」
ラヴィスエルの言葉にロヴェルは眉間に皺が寄る。
「とても可愛らしい娘がいると聞いて気になっているんだ。どうだい? 私の息子と会わせてみないか」
「断る」
容赦なく吐き捨てるロヴェルの言葉にラヴィスエルは笑う。
「アギエルを弟に下げ渡したことを根に持っているのかい? 私は止めようとしたんだよ?」
「どうでしょうね。あのアギエルが酔いつぶれた弟の寝室に転がり込むなんて芸当、思いつくとも思わなかったので。私がいない家など、貴方なら妹ごと潰しそうですし」
「あっはっはっはっ」
おかしくてたまらないとラヴィスエルは笑う。サウヴェルの不幸は明らかにこの兄からの入れ知恵であるとロヴェルは直ぐに分かった。
「君が入り婿だというのは予想外だったな……」
「残念でしたね」
「全くだよ。君を弟に欲しかったのに」
ロヴェルが5歳で初めて城へ招かれた際、その資質を見抜き、直ぐ様ラヴィスエルは妹への婚約を親に進言した。
その後もずっと側へと連れ添って離さなかった。小さな頃から自分の右腕になるのだと刷り込まれていった。
「褒美の言質は頂きました。私の家族には接触をしないように」
「……」
ロヴェルの言葉にラヴィスエルは溜息をこぼす。
「今回は身を引こう。アギエルの事もあるしね」
「今後も、ですよ。殿下」
そう言ってロヴェルは転移して消えた。
誰も居なくなった部屋で、ラヴィスエルは一人で笑っていた。
***
屋敷に戻ったロヴェルを迎えたのはアルベルトだった。
「お帰りなさいませ」
「サウヴェルは?」
「一足早くお戻りになられました。本日は祝いだと……」
「アルベルト」
「はい。いかが……」
「この家の為なのかは知らんが、俺の逆鱗にこれ以上触れるなよ」
「…………」
「主君の区別が付かない様ならサウヴェルの側を外す。暫く謹慎していろ」
「……承りました」
頭を下げたまま微動だにしないアルベルトの横を通り、ロヴェルは屋敷へと入っていった。