こんなはずでは。
「ではさっそく契約してしまいましょう。こうしている間にもおぼっちゃんの魂は危ないわ」
ヴォールの言葉を聞いて、エレンは慌ててしまう。
「ガ、ガディエル大丈夫?」
「……危ないと言われても実感がないな」
ガディエルは目に見える範囲で己の身体を腕から足まで確認しているが、特に何かが起きているわけではないらしい。
エレンが見ている範囲でも、ガディエルの身体に異常が現れているようには見えなかった。
夢の中だから、分からないのかもしれない。
「痛かったりしない?」
「そういうのもないな。心配してくれてありがとう」
「え? う、うん」
ガディエルが嬉しそうにエレンにお礼を言うと、エレンもまたぶわりと頬が熱くなる。
(うぅ……何だか恥ずかしい……)
また赤くなりながら、ちらりとガディエルを見てしまう。ガディエルをまともに見れなくなるとは思わなかった。
(なんでこんなに恥ずかしいんだろう……)
エレンは熱くなったままの自分の両頬を隠すように押さえた。よく見れば、手首なども赤くなっているのが分かる。どうやら体温まで上昇しているらしい。
「このままだとエレンちゃんがお熱出しちゃいそうだから早くしましょうか」
エレンの状態を見透かしているオリジンが軽い口調でそんな事を言っている。
熱なんて出しません! と言おうとしたが、それよりもガディエルの方が慌てた。
「エレンこそ大丈夫なのか!?」
「だ、大丈夫だよ!」
お互いがお互いの心配をしていて、エレンは何だかおかしくなってきた。
「私もガディエルとこんな風に話せると思わなかったから、わくわくしているのかも。これからいっぱいお話ししようね!」
エレンがにこーっと笑いながらそう言うと、ガディエルも嬉しそうに「ああ」と頷いた。
「エレンちゃん……それはわくわくじゃなくってよ……」
「ああ……気付いて……」
固唾を呑む双女神がそんなことをぶつぶつと呟いているが、エレン達には届いていない。
「あ、でも……契約ってどうやるんですか?」
やったことがないから分からない。
不安に駆られて思わずオリジンに言うと、「大丈夫よ」とオリジンはエレンの両肩に両手を置いた。
「目を瞑って。心で感じるの。エレンちゃんはすでに精霊祭でおぼっちゃんが気になっていたでしょう?」
「……え?」
「精霊祭……?」
ガディエルが驚いた声を上げた。それもそのはずだ。
呪いが活性化して倒れた後、ガディエルは弟のラスエルと共に石碑の前でずっとエレンに語りかけていた。
「あの頃にはもうすでにお互いが気になっていたのね。契約はね、魂の繋がりなのよ。わたくしはもしかしてと思って、あの時に肩入れしないようにと忠告してしまったけれど……どうしてもね、気になるものは気になっちゃうわよね」
ふふふ、わたくしもそうだったわ~~と、昔を思い出したオリジンが言いだした。
エレンはじわじわと顔が赤くなり、ガディエルは困惑が隠せない。
「か、母様、どうしてバラすんですか!?」
「うふふふ」
「エレン、精霊祭とは……もしかして、あの場にいたのか?」
「え、あ……」
「エレンちゃんはね、世界の違う石碑の裏側にあたる場所で、おぼっちゃん達の声をずっと聞いて……泣いていたの」
「エレン……」
「エレンちゃんは、精霊で女神でもあるけれど、人間もとても大切だと思っているのよ」
「そうか、だから……話を聞くと言ってくれたんだね?」
「…………」
「ありがとう、エレン。嬉しいよ」
「う、うん……」
ガディエルが右手を差し出した。手を乗せて欲しいと催促されて、エレンはおずおずと左手をその手に乗せる。
ガディエルは片膝をついて、騎士が忠誠を誓うようにエレンの手の甲にキスをした。
エレンはドキドキしてしまう。どう反応していいのか分からず、カチカチに固まっていると、エレンを見上げたガディエルが口を開いた。
「エレン、俺の魂を守るために契約してくれるのだと分かっているが……俺も君を守りたい」
「ガディエル……」
「君の隣に立つことを許して欲しい」
「…………」
ガディエルの手に乗せていた手を、エレンはぎゅっと摑んだ。
エレンのそんな反応に、ガディエルは少なからず驚いたようだった。
「もう、守ってもらったよ。ありがとう」
蕩けるような笑顔で、エレンはお礼を言った。
エレンの瞳が光を反射して、キラキラと七色に光る。エレンの涙で反射しているのかもしれない。
以前、ロヴェルが自慢していたエレンの神秘的な瞳だと気付いたガディエルは、そんなエレンの瞳に見惚れていた。
エレンとガディエルの繋がっていた手から、ブオンッと魔法陣が広がっていく。
その魔法陣は、エレンとガディエルを輪で囲い、回転していた。
「契約は成されたわ。わたくしの娘、エレンとの契約をわたくしが見守るわ」
オリジンがそう言うと、双女神も祝福するように言った。
「全てを見通すヴォールが見守ると誓うわ」
「断罪を司るヴァールが見守るわ。浮気はダメよ?」
忠告を忘れないヴァールに、エレンは思わず笑ってしまいそうになってしまった。
自然と分かる。これが契約なのだろう。
魂と魂を繋ぐのだ。
女神達の祝福を受けて、エレンは口を開いた。
『私は精霊王オリジンの娘・エレン。元素を司る、女神・エレン!』
エレンの言葉と共に、エレンの力がガディエルを包む。
その力は運命の糸の様に、エレンとガディエルを繋いだのだ。
エレンから光が発すると、その膨大な力が黒かった夢の中を白に染めていく。
ガディエルはあまりの眩しさにその目を瞑った。
***
【……っと、…………】
光が収まると、オリジンと双女神達が「おめでとう~~!」と拍手をしている。
何か変化があるのだろうかと思っていたが、特に何か変わったような気配はなかった。
「えっと……これで大丈夫なのでしょうか?」
「ええ、大丈夫よ。エレンちゃん、お疲れ様」
「はい。ガディエル、もう大丈夫……」
【………だった】
「え?」
何か聞こえた気がした。エレンが思わず耳を澄ませていると、光が収まったと気付いたガディエルが「契約は終わったのだろうか……?」とエレンと同じ事を言っている。
ガディエルも実感がわいていないのだろう。
【好きだ】
「えっ⁉」
【ずっと好きだった。嬉しい、こんな日がくるなんて……】
頭の中にハッキリと聞こえてくる。これは、ガディエルの声だ。
【エレン、好きだ】
「~~~~~ッ!?」
ぼふんっ! と音を立てたかのようにエレンが全身真っ赤になって、エレンはガディエルを凝視している。
エレンの様子に気付いたガディエルとオリジン達も、エレンの様子に首を傾げた。
【エレンとずっと一緒にいられる】
「まってまってまって! なにこれーー!」
真っ赤になったエレンは自分の両耳を塞いでオリジンの背後に急いで隠れた。
聞こえてくるガディエルの声に、エレンはパニックになってしまっていた。
「あ、そうだったわ」
「そうね、忘れていたわ」
「あらあら~~」
オリジン達はエレンの状態から何か気付いたようだった。
ガディエルが思わず問うと、「あなたの声よ」とヴォールが言った。
「契約すると魂が繋がるから、エレンちゃんにあなたの思考はただ漏れになるのよ」
「え……?」
「おぼっちゃんのエレンちゃんに対する想いが、エレンちゃんに漏れまくりなの」
「は……?」
「エレンちゃんは、おぼっちゃんの愛の告白でも聞こえているんじゃないかしら?」
そこまで言われて、ガディエルも真っ赤になった。
「ま、ままま待ってくれ……! 俺の気持ちが……エレンに!?」
「エレンちゃん、おぼっちゃんの心の声はなんて聞こえているの?」
「~~~~~~!!」
エレンは耳を塞いで首をぶんぶんと振っている。その顔はもう見事なほどに赤く熟れ、首から手まで真っ赤だった。
少し涙目になっているエレンは、まともにガディエルが見れないらしい。
エレンの様子を見て、誰もが「やっぱり」と思ったらしい。
ガディエルは驚愕に目を見開いていたが、すぐに事態が飲み込めたらしい。
「こ、こんな形でエレンに知られたくなかった……!」
少し泣きそうな様子のガディエルに、オリジン達は少し同情してしまった。