契約する理由。
エレンは驚きが隠せない。ガディエルが助かるには半精霊にならなければならないと聞いて、そのリスクが頭に過る。
ロヴェルという身内がいるものの、ロヴェル自身が人間界にいる家族と精霊との間に挟まれて悩んでいるのを知っていたからだ。
「ガディエル、半精霊になることに抵抗はないの……?」
エレンが思わずそう聞くと、ガディエルはきょとんとした顔をした。
「ロヴェル殿を見ているからかもしれないが、あまり抵抗はないな」
「精霊と一緒に、悠久の時を生きるんだよ? 人間界にいる家族と……その……」
死という別れを見続ける側になるのだとは言いづらい。
「……王族であるからこそ、俺は死という覚悟はもうしてある」
「え……?」
「いつ陛下が崩御するか分からない不安……俺自身が暗殺される可能性。弟妹達の方が狙われるかもしれない。そんな不安とずっと一緒だった」
それに……と続けられた言葉に、エレンは胸が締め付けられた。
「ヘルグナーに来たときも、死ぬ覚悟は出来ていたんだ」
「そんな……!」
そういえばヘルグナーの王も言っていた。
ガディエルはアミエルを迎えに来たのではない、殺しにきたのだと。
ガディエルは常に沢山の覚悟を持って、あの場に行っていたのだ。
ガディエルの環境を少しでも考えれば分かることだった。
あの場ではガディエルを守る立場であるサウヴェルやロヴェルの方が、その死は近かったかもしれない。
だが、誰もが覚悟してあの場に行っていたのだと改めて思うと胸が締め付けられる。
サウヴェルやロヴェルが無事だったこと、今こうしてガディエルが死の淵に立っていること。
助かる見込みはあるものの、それも結局は結果論でしかなかった。
エレンはこみ上げるものが止められない。ぶわりとにじみ出したエレンの涙を見て、ガディエルが慌てた。
「エレン、泣かないでくれ」
恐る恐る、といった様子で、エレンの涙を拭おうとする。
そっとエレンの頬にガディエルの指が触れると、その濡れた感触に驚いた。
「涙が……」
夢だとずっと思っていただけに、ガディエルが少し混乱している。
「ガディエルとお話しするために、ガディエルの夢の中に入ったの……」
「夢……なのだろう?」
「夢だけど、私が母様達と一緒にここにいるのは本当だよ」
「………そう、なのか。いや、俺にとってはどちらでも嬉しいよ」
「…………」
「都合の良い夢でも、エレンと話せて、触れられることがとても嬉しい」
「ガディエル……」
「俺はずっと、こんな風に君と話したかった。精霊という存在に憧れていたんだ。前が見えていなかったせいで、幼かったとはいえ……エレンに酷いことをしたね」
「ううん……大丈夫だよ」
「精霊に恨まれていた事に気付いて、改めて自分の立場に気付かされたよ。でも……それでも、エレンと話をしたかったんだ……」
「ガディエル……」
「家族に手出しをしなければ、話を聞いてくれると言ってくれてとても嬉しかった。理由はどうあれ、君と話す機会ができたんだと舞い上がっていたんだ」
「そう……なの?」
「ああ、本当だとも。……夢だと思ったら、気軽に話せてしまうな」
頬を赤らめながら、ガディエルが目元をほころばせてエレンを見る。
そんな顔を見てしまったエレンは、少し驚いたせいもあるのか、自分の涙が止まっていることに気付いた。
目尻に残っていた涙をガディエルに拭われた。
そのままお互いが黙って見つめ合っていると、フッとガディエルが不安に揺れた目をしたことに気付く。
「エレンこそ……俺と契約するのは嫌だろうか?」
「え?」
「俺が、半精霊になって契約するのは……やはり許せないだろうか?」
テンバールの王族であるから、エレンが嫌がっていると思ってしまったのだろう。
その事に気付いたエレンが、慌てて首を横に振った。
「ううん、違うの。父様を見ていたから……大丈夫かなって少し不安になっただけで……」
「契約に関しては?」
「それは……その……」
ガディエルから目をそらし、言い淀むエレンにガディエルは不安になってしまった。
「わ、私……契約とかしたことがないから……よく分からなくて……私でいいのかなって……」
少し、不安そうにエレンがそう言うと、ガディエルの目が驚きに見開かれた。
「それは……俺と契約するのが嫌だというわけではないという事か?」
「え? い、嫌じゃない、よ……?」
でも、他に力のある大精霊とかもたくさんいる。
ロヴェルを筆頭に精霊に憧れているならば、戦闘に特化した精霊が良いのではないかと思ってしまったのだ。
素直にそう言うと、ガディエルは嬉しそうに「エレンがいいんだ」と言った。
ガディエルの笑顔を見て、エレンも何だかじわじわと頬が熱くなってきてしまった。
照れてしまって、ガディエルの顔がまともに見られなくなってしまった。
エレンの反応を見て、ガディエルもまた照れてしまったのだろう。黙り込んだ二人は、ちらちらとお互いを盗み見ては照れている。
「う……良かったわね、エレンちゃん……」
「いや~ん……素敵よ……」
双女神の微かな声が聞こえてきて、エレンはビクッと肩を揺らした。
(そ、そうだった! みんないたんだ……!)
ぶわああああっと顔を赤らめたエレンが何か言おうとしたが、口がわなわなと動くだけで声にならなかった。
ガディエルも「あっ」という顔をして、照れくさそうにしている。
「邪魔をしてごめんなさいね。もう微笑ましくって」
「エレンちゃん、ごめんなさいね。一応、説明はさせてね。終わったら好きにしていいから」
「母様! す、好きにってなんですかっ!?」
思わずそう叫んでしまった。そんなエレンを見て、オリジンも双女神も微笑ましいものを見るかのように笑っている。
「あなたが半精霊になるのは構わないのだけれど、わたくし実は妊娠しているの」
「そ、それは大変めでたいことですね。ご懐妊おめでとうございます」
急にそんなことを言われて、ガディエルは少し戸惑いつつもお祝いを述べた。
「あら、ありがとう。でもね、あなたを半精霊にするのはわたくししかできないのよ」
そこまでオリジンが言うと、エレンも言わんとしていることが分かったらしい。
「妊娠中の母様は力が安定していないのです……」
「そうなのですか……?」
「ええ。だから、あなたを半精霊にできるのは半年後くらいかしら?」
「それまで、ガディエルは大丈夫なのですか……?」
不安に駆られているエレンに、双女神の二人が「大丈夫よ」と言った。
「そんなオリジンちゃんを助けるためにわたくし達がここにいるのよ」
「ええ。大丈夫よ。だから、それまでのおぼっちゃんの魂を維持するためにも、エレンちゃんに契約して欲しいの」
そう言われてエレンは首を傾げた。魂の維持とはどういう意味を持つのだろうか。
その疑問に気付いたヴォールが説明してくれた。
「身体から引き剥がされた魂はもう身体に戻らないわ。くっつかないの。そこで身体を半精霊化させて、魂をそこに入れるのだけど……」
「それだと、今度は身体に対して人間の魂が保たないのよ」
「保たない……?」
「魂と身体で力の配分が変わってしまうから、保たれずにすぐに死んでしまうわ」
「それは……私の今の状況と同じですか?」
エレン自身、力の大きさと身体の大きさが合っていないと忠告されている。
その事を思い出し、エレンも不安に駆られた。
「そうよ。身体という器を大きくしただけでは、魂の力が小さすぎて身体の力に浸食されてしまうの。意思を持たない、生きた屍のようになるといえば分かりやすいかしら」
「ひえっ」
エレンはゾンビを想像して青ざめた。ガディエルをそんな風にするわけにはいかないと、改めて心に誓う。
女神が魂を選定した後、受胎まで内に抱擁する理由もこれが理由だった。
魂を女神の内に保護し、力を与えて産み落とすのだ。
「エレンちゃんと契約すれば、女神の力がおぼっちゃんの魂を守ってくれるの。それは接着剤のような役割も果たすのよ。女神が身体を作るのだから、契約者も女神でないと力が釣り合わないわ」
「それで……私なのですね」
半精霊となったロヴェルとオリジンが、未だに契約している理由がこれだった。