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かーさま、それはアウトです!

水鏡で事の次第を母と見ていると、真っ白になった王様の代わりに出てきた人が、何だか嫌な空気をまとっていることに気付いた。


「かーさま、この腹黒さんは誰ですか?」


殿下という事は王様の息子なんだろうけど、周囲の同情を誘う仕草がわざとらしく見えてしまって嫌悪感が凄い。

この時の私の顔は水鏡の向こうの父と同じ顔をしていたらしく、それに気付いた母が「流石ロヴェルの子だわ!」と大笑いをしていた。


「これが王太子殿下。次の王様かしら。昔からとーさまが毛嫌いしているわねぇ」


「この人から変な黒いの出てませんか?」


私がそう言うと、母は驚いた顔をした。


「これが見えるの? もう?」


「これってなんですか?」


「うーん……早い気はするけれど、説明しておいた方が良いわね」



どうやらこのテンバール城は元々、精霊の丘と呼ばれていた場所に作られた城らしい。

精霊の目撃が多かったこの丘に、精霊の加護を得ようと人間達が集まり、精霊を敬う為に城を建てた。その中心人物だったのが、テンバール王家の始祖であるらしい。


「この城の森にはね、精霊界と人間界とを繋ぐ門があったのよ。だから精霊に魔法をお願いしたときに、魔法の威力なんかも上がってしまう効果があったわ。だから気付かれちゃったのね」


なるほど、と母の言葉に耳を傾けていると、この腹黒さんのオーラの話になった。


「何代か前かしら? その時もアギエルみたいなのがいたのよ。あの時は男だったけど」


「……何かしたということ?」


「わたくしを出せと精霊達に言い出して」


「え?」


「精霊達の怒りを買って」


「あ……」


「祝福ではなくて呪いを受けたわ」


「あ~……」


つまり王家の血筋は精霊の怒りを買って呪われてしまい、精霊と契約が結べなくなってしまったと。その呪いがあのオーラということだ。

水鏡で見ていた王様やアギエルにこの呪いの黒い靄が見えなかったのは、元より本人たちが精霊に酷く嫌われる存在だということだ。

呪いがあっても無くても変わらないということで、呪い自体は消えはしないが、黒い靄は見えなくなるほどに薄まっているらしい。

つまりこの靄が見えるということは、それだけ殿下の潜在能力が高いという事なのだろう。


「だけど毎年精霊祭といってお祭り事はするのよ。許して欲しいってね」


他国は精霊からもたらされる恩恵を特に重用視している。

だがこの国の王族は魔法が使えないというハンデを背負っている事になる。


「ああ、だからとーさまにお願いしているのですね」


「そういう事ね」


王家として魔法が使える人材を無くすわけにいかない。更に父は精霊界の女王を味方に付けた世界最強である。



人間と精霊はある意味共存していると言っていい。「ある意味」というのが、人間が精霊にとっての「暇つぶし」であるからだ。


「人間は短期間で急成長を遂げる種族なの。永久の時を生きる精霊にとってこれほど面白いものはないわ。良いも悪くもね」


母の言うことは分かる。だが人間であった過去の私から言わせて貰えるならば、これほど怖い存在はいないだろう。人間は精霊にとって玩具的存在でしかないのだ。


気まぐれに面白がって人間に手を貸す存在。

だが、テンバール王国の者はそこを履き違え、高圧的な態度で精霊に接してしまった。


「……かーさま、私もとーさまも人間ですよ」


少し落ち込みながら言うと、母はとても優しい顔をした。


「……王国には精霊祭というのがあるの」


「? さっき聞きました」


「毎年、王族は心にも無いことを祈るのよ。なんでこんなことをしているのか、なんで精霊は俺達の声を聞かないのか」


許しを乞う祭りでそんな事を思っている事が、精霊に筒抜けになっているなんて思わないのだろう。


「そんな王族の隣にいたのが、とーさまなのよ」


クスクスと笑う母に私は首を傾げた。


「あの時既にアギエルに嫌気を差していたとーさまは王族の祝詞が終わった瞬間、ぼそりともらしたの。心にもないことを、ってね」


祝詞が終わって誰も居なくなったその場に、父はずっと佇んでいたらしい。そんな父に、母は興味を持った。

更に父はその時、王が祝詞を唱えた場所に向かってこう言った。


「精霊もあんな者達に力など貸したくないだろうに。……難儀なものだ」


そう愁いた顔をする父に、母は母性本能を擽られて一目惚れをした。

そして母を守護する精霊達の制止を振り切り、父の前に姿を現した母。そのまま、無理矢理契約をもぎ取ったとの事。


「……かーさま」


「なあに?」


父は精霊側になって物事を考えられる人だった。母は興味本位で契約を結び、その後ずっと側にいた。そして、母は父を身近に見続けて愛おしくてたまらなくなった。それは父も同じだった。


気付けば惚気話を聞かされて半目になっていた私は、聞かずにはいられなかった。


「とーさまのその時の年齢は?」


「……確か7歳だったかしら?」


首をこてんと傾げた母は可愛かったが、私は思わず現実に叫んでしまった。


「アウトォォオーーーー!!!」



***



水鏡の向こうで、まさか娘が母に対して説教をしているなどとは露知らず、ロヴェルは人生における最大の敵と対峙していた。


「我が家、ですか……」


ラヴィスエルの言葉は他の貴族にとっても当然の言葉だった。

事の次第を見守っていた貴族達からも、懇願の視線が見て取れる。

いま、ロヴェルに去られては国は人為的な驚異へと晒されるだろう。


「それを決めるのは私ではありませんね」


あくまでヴァンクライフト家当主である弟の判断だと言葉を匂わせた。


ロヴェルの返事で、王家は更に窮地に立たされる。これから離婚調停の場へと向かわせられるのだ。

アギエルの不貞が起こした事の大きさは、国を揺るがしかねないものにまで発展していた。


「分かっている。陛下も同席なさるが、私も同席しよう。アギエルの責任は王家にある」


ラヴィスエルの言葉に周囲はざわりと揺れた。

王家が全面的に非を認めたのだ。王族は簡単な事で非を認めることなど無い。

周囲からはヴァンクライフト家が王家に勝ったという図が出来上がっていた。だが、これにロヴェルは舌打ちを隠せない。


謝罪している側を認めないという行為は、第三者からは顰蹙を買う行為なのだ。


「これから先のお話は司法局を交えましょう」


「ああ。この度は大儀であった」


殿下の言葉に礼をし、ロヴェルはその場を去る。

その姿が見えなくなった途端、事の成り行きを見守っていた貴族達はパニックになっていた。


王家とヴァンクライフト家はアギエルのせいで決別の危機にある。


国中に一瞬にして噂が駆け上ってしまったのだった



***



謁見の場を隠れて見ていた弟のサウヴェルは溜息をこぼす。


「さすが兄上だ……」


王家の者に引けを取らない言葉のやりとりに感嘆する。あの場にいたのが己であったなら、確実に飲まれているだろう。


ロヴェルは一切嘘を言っていない。だが、アギエルの思惑と事態は全く違う方向へと進んでいる。

場を支配しながら周囲の心情を操り、事を進めるその手腕は簡単に出来るものではない。


だがロヴェルは誓った。サウヴェルの補佐をすると。

力を貸すのはヴァンクライフト家当主の言葉次第だと匂わせたそれは、サウヴェルの地位を一瞬で不動のものにした。

アギエルの不貞や横暴にこれまで良いようにされていた当主。

兄が出てきて、ようやく反撃かと一部では嘲笑されていただろう。

ロヴェルがもたらした一言は、それを一掃した。

王家次第で、ヴァンクライフト家は王家を見限ると宣言したのと同じだったからだ。


だが、王族からの反撃もあった。

ロヴェルに見限られれば、この国は周辺諸国に一気に攻められるだろう。

我が身が可愛い貴族は一気に逃げ出し、残されるのは抗う術を持たない民となる。

ヴァンクライフト家はずっと民を守り続けてきた家だ。あの殿下は、それを見越して謝罪を述べたのだ。

ロヴェルに見捨てられれば、この国は終わる。そうなれば、民がどうなるか。

民を人質にしたのと同じである。


窮地であるのにも関わらず、あの殿下は上手く事を運んでしまう。

兄のロヴェルがあれは敵だと毛嫌いする理由がサウヴェルにも分かった気がした。



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