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兄弟。

ヘルグナーから留学に来ていたクラハはアミエルの事もあり、そのままテンバール国に滞留していた。

きな臭くなっていると気にはなっていたが、今のところ帰国を促される事もなく、連絡すら来ない。

所詮その程度の扱いであると分かっていたが、改めて自身の立場を見てクラハは溜息を吐いた。


テンバール国に監禁される事もなく、一定の範囲であれば自由に行き来できた。

街に出るときは許可がいるが、クラハはもっぱら王宮の図書館で勉強をしている。


特に色々と気をかけてくれる王弟のオルエルには頭が上がらない。

親身に接してくれるので、余りにも居心地が良く、このままこちらに居続けたいと願ってしまわずにはいられなかった。



***



今日もいつもと同じように勉強に集中していたが、ふと廊下から響く騒がしさが耳に入り、ペンを置いて顔を上げた。

同じように読書の邪魔をされたと思わしき利用者達も、何事かと入り口に顔を向けている。


どうやら人を探しているようだと気付くと、ふとその中にオルエルの存在に気付く。

向こうもクラハに気付いたようで、微笑みながら片手を上げてきた。

クラハも返事をするように頭を下げると、どうしたことかオルエルがこちらへとやって来る。

どうやら探し人は自分だったらしいと、クラハは急いで立ち上がった。


「すまないな。少し話があるのだが移動してもいいだろうか?」


「は、はい。大丈夫です。本を返却してくるので少々お待ち頂けますか?」


「ああ、待とう」


足早に本を棚に戻してクラハがオルエルの所へと戻ると、「移動しながら少し話そう」と促された。

だが、オルエルは三名の近衛を引き連れていて何だか物々しい。

一体どうしたのかと思っていると、人気の無い部屋へと通された。


「座ってくれ」


「はい」


オルエルを対面にソファーに座る。メイドがお茶を淹れてくれるが、その間もオルエルは口を噤んだまま何も始まらなかった。

それにどういうわけか、オルエルが引き連れてきた近衛はクラハの両側とソファーを挟んだ後方に立った。四方を囲まれたクラハは、圧迫感を覚える。


この重々しい空気には覚えがあった。交換留学をしていたアミエルが帰ってこなかった時と一緒だ。何か進展があったのではとクラハは気付く。

空気の重々しさから悪い知らせだろう。この平穏だった日々も終わりかもしれない。


じっとりと嫌な汗が噴き出てくる。良くしてくれているこのオルエルに、敵人だと距離を置かれるかもしれないと思い至り、クラハは青ざめていった。


メイドが一礼して部屋から下がると、オルエルが口を開いた。


「物々しくてすまないな。君にとってあまり嬉しくない知らせが来てしまった」


「はい……」


「君はご自身の兄弟について何か知っているかい?」


「え?」


予想しなかった言葉に、クラハは目を瞬いた。

ヘルグナー王国の現王である長男のデュラン、そして生まれてすぐに亡くなってしまった次男リュール、そして末のクラハ。

クラハだけが側室から生まれていた。


「僕だけ側室から生まれているので……正直申しますと、兄上の事はあまり……」


「ふむ。亡くなったリュール殿についても?」


「はい……。え? リュール兄上ですか?」


自分とそう歳が変わらなかったと聞かされている。

クラハは十五歳だ。生きていたとすれば、十六歳くらいだろうか?


「事故で亡くなってしまったとしか聞かされておりません」


「ふむ。そうか」


そう言ってオルエルは後ろの近衛に何やら合図をした。

クラハが何だろうと思っていると、オルエルから信じられない言葉を聞かされる。


「実はリュール殿は生きていたらしいのだ」


「え……?」


「でな、今この国におられる」


「え? え……? そ、それは兄上……デュラン陛下はご存知なのですか?」


「そこを君に確認したかったのだが……困ったな」


オルエルは苦笑している。アミエルを探している途中で、存命だったリュールの存在を知ってしまったという事だろうか?


しかし先程、クラハにとって余り良くない知らせだと言ってきたばかりだ。

クラハの立場からすればそうかもしれないが、先ずは亡くなったと思っていた人物が生きていたというのは普通ならば嬉しい知らせではないのだろうかと疑問に駆られてしまう。


丁度その時、扉をノックする音がした。

そのままオルエルが返事をして扉が開くと、そこにいたのは近衛と共に来たガディエルだった。そして後ろには見た事のない人物もいる。ガディエルの従者かとクラハは思った。


「ガディエル殿下」


クラハが思わず立ち上がって一礼すると、当のガディエルは困惑した顔をして「あ、あの、俺は違います」と言った。


「え?」


「驚くだろう? 私も甥にそっくりで驚いたんだ」


クラハは困惑して笑うオルエルと困惑顔のガディエルを交互に見る。


「俺はユイ……いえ、ヘルグナー・ローレ・リュールと申します」


「は!?」


目を見開いてクラハが叫ぶ。驚愕したその顔は、リュールの髪を凝視していた。


「金の髪ではありませんか!?」


「…………」


クラハは兄の名を語る人物をまじまじと見る。

にわかには信じられなかった。ヘルグナーで金髪は忌避されている髪の色だったからだ。

クラハをじとりと睨むリュールに、クラハはハッとする。

ここはテンバール王国だ。この国のほとんどは金髪で、オルエルも金髪だった。


「も、申し訳ございません……」


慌てて頭を下げるクラハを見て、オルエルが言った。


「まあ、驚いて当然だ。とりあえずリュール殿も座ってほしい」


「あ、はい」


リュールがオルエルに近付こうとした時だった、突然空中から声が響いた。


『リュールに近付くなえーー!』


オルエルにフシャーと毛逆立てる黒猫のローレが突然現れた。

それを見たクラハは、まさかと声を上げる。


「ま、まさか……ローレ様?」


『ん? お主まさかデュランの弟かえ。なぜここにおるのじゃ』


それを聞いたリュールも「え?」と聞き返した。


「弟……?」


『そうじゃ。リュールのすぐ下の弟じゃ。……ティオーツが教えんかったかの?』


「確かにいるのは知ってたけど……」


「不要だと思いましたので弟君の詳細は何もお伝えしておりません」


リュールの後ろで黙って待機していたティオーツが返事をした。


「……あ~、とりあえず自己紹介をしようか」


オルエルがごほんと咳払いをした。

収拾がつかないこの事態に、クラハはオルエルがいてくれて良かったとつくづく思った。



***



改めて自己紹介をして、リュールの生い立ちからクラハの立ち位置まで洗いざらい聞かされ吐かされ、クラハはぐったりしていた。

身内の恥をテンバールの者の目の前で公開されるというのも居たたまれなかったが、何より原因となっているローレの存在が一番大きかった。


ヘルグナー国を象徴するローレがここにいるという事は、今のヘルグナー国の立ち位置はかなり危うい。

ローレが自国を見限ったとも捉えられるし、デュランがローレを裏切ったともとれる。


さらにタイミング悪く重なっているアミエルの事件といい、クラハはそれはもう見る者全てが居たたまれないと思うほどに震えて青ざめていた。


デュランがどうしてこのような行動を取ったのか、今になって理解したのだ。


「クラハ殿、先ずは落ちつくんだ」


「しかし……! これでは……我が国は……!」


クラハは今にも泣きそうな顔をして、ローレを見た。


「ローレ様は我が国を捨てられたのですか……!」


なぜ姿を現さなくなったのか。これが答えだったのだと知ったクラハは絶望に満ちた声を上げていた。


『……何を言っておるんじゃ?』


心底不思議そうに言うローレに、クラハは感情のあまりに叫んだ。


「何を仰っているのか分からないのはローレ様です! お姿が見えなくなったローレ様を我が国がどれだけ待ち望んでいたと思うのですか!」


『そ、それは……』


「ローレ様は……我々を捨てられたのですか……」


そう言って泣き出したクラハに、ローレは呆然とした。


『どうしてそうなるんじゃ? なぜじゃ? わらわはただリュールと居たかっただけじゃのに……』


リュール、そう言われてクラハは涙の滲んだ目でキッとリュールを睨んだ。


「では貴方がローレ様を奪ったのか!?」


「な……」


「我が国がどれだけローレ様を信仰し慕っているのか……! 我が国の名を語るのならば知らないはずがないでしょう!?」


ローレの名が刻まれた名を語りながら、ぬくぬくとローレの側にいる。

今まで謎だったものがはっきりと分かり、クラハは今までおどおどしていた態度を一変させ、リュールを敵だと言わんばかりの目を向けて睨んだ。


「兄上の気持ちが今なら分かります……!」


腹が違うというだけで疎まれていたから、国での立場は悪かったといえる。

しかし、クラハは国の成り立ちを聞きながら育ち、国を守護してくれる精霊を想いながら育ったのだ。


国を背負う立場の者がこの事実を知ったらどう思うかなど、手に取るように分かった。


部屋の空気が殺伐としたものに変わる。

このままではまずいと感じたオルエルは、急いでクラハとリュールを引き離そうとした。


『ここにいたのか。探したぞ』


突然、場の空気を引き裂くように威圧感が放たれた。

部屋にいた者全員がぎょっとしながら声の方を見ると、神々しい光を纏った大精霊が空中に佇んでいた。以前、ローレに引っ掻かれたホーゼだった。


ローレを見てその事を思い出したのか、嫌そうな顔をしてローレから少し距離を取りながら告げた。


『時は満ちた。貴様はあの国に戻らぬよう。でなければ呪いに巻き込まれるぞ』


『な、なんですと……? どういう事でございますか』


『姫様の粛正が始まる。あの国はしばらく闇に閉ざされよう』


ざわりと部屋がざわめく。どういう事だとリュール達が困惑していると、クラハが呆然としながら言った。


「国が……闇に閉ざされる……? それは……我が国ヘルグナーの事ですか?」


それを聞いたホーゼがクラハをちらりと見た。


『呪われた者を率いた報いよ。死にたくなければここに留まるといい』


用は済んだとばかりに消えそうになっていたホーゼに、ローレは飛びついた。


『な……っ』


『わらわの国が! リュールと約束した国が……!!』


泣きながらローレは叫んだ。


『わらわの国が死んでしまう!!』


全身の毛を逆立てて、ローレはホーゼに爪を立てた。


『姫様の所へ連れてってたもれーー!!』


『いた! いたた!! この! やめんか!』



ローレとホーゼの格闘が始まったのだった。


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