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宣告。

エレンの悲しそうな声と共にその場は静けさに包まれた。

ヴァンやカイだけではなく、デュランを含めた護衛達もまた、エレンの発した言葉の意味を理解するまで時間がかかってしまった。


「モンスターテンペストの……核だと?」


呟いたデュランの声に微かな動揺が見えた。

核、という言葉が何を意味するのか分からずとも、モンスターテンペストという言葉が何を意味しているのか分かったのだろう。

はるか後方にいた護衛達から目に見えるほどの怯えが水紋の様にだんだんと広がっていく。テンバール国で起きた災厄が、再びこの地で起ころうとしているのだと理解したのだ。


ヘルグナー国では、テンバール国で起きた災厄を幼少の頃から子守歌のように聞かせていた。

なぜテンバール国でそのような事が起きたのか。

それは精霊を怒らせ、加護を失ったからだと言われ続けていた。

ヘルグナー王国では敬っていたローレの加護を無くして久しい事を城にいる者達は知っていた。

やはり精霊を怒らせてしまっていたのだと護衛達は青ざめていった。


「これでテンバールは災厄を引き起こす存在だということが証明された。そうだろう? エレン姫」


デュランはエレンの後方で倒れているガディエルを忌々しげに見ながら言った。

エレンの言葉を都合良く解釈したのだ。


「ならば尚のことそやつらを始末しなければ、この地に災いが降りかかるというもの」


デュランの落ち着き払った物言いに、後ろの護衛達の意識がハッと戻ってくるのを感じた。

護衛達は一斉に剣を抜いた。その矛先はガディエルだった。


「エレン姫、先程この小娘は助からないと言ったな」


デュランはエレンの魔法で固められたアミエルを見ながら言った。


「……言ったわ」


「やはりエレン姫は優しい。テンバール国に慈悲など向けるべきでは無い。エレン姫が庇っているそこの王子は、この小娘を屠るためにこの地に来たのだぞ。この娘は元から助からない運命だったのだ」


「え……?」


エレンはデュランの言葉を理解するのに時間がかかってしまった。

ガディエルがアミエルを殺すためにこの場にいるなど、王族という立場で考えればすぐに分かる事であったが、エレンは芽生えていた先入観のせいで思わず固まってしまった。

心根の優しいガディエルが、そんな事をするはずがない、と。

だが現状はそのような優しいものではなかった。アミエルはガディエル達を殺そうとしていたのだ。

デュランはエレンの返事を待たずに、微かに笑いを滲ませながら言った。


「テンバール王が英雄とエレン姫の存在を逃そうとするはずが無いだろう? 子すら道具としか見ない王だ。テンバール国は邪魔になればそこに情など無く、簡単に切り捨てる。この小娘がやったようにな。エレン姫はだまされているのだよ。……可哀想に」


確かにラヴィスエルの思惑を思えば考えられない事では無かった。

だが前王ならともかく、ラヴィスエルがこの様な短絡的行動に出るはずがないということを、エレンはこの度重なるやりとりで分かっていた。

隣国の戦争など、やろうと思えばいつでもできた事だった。それこそロヴェルが帰ってきたと騒動が出たその時にだってチャンスはあったのだ。

だがテンバール国はモンスターテンペストで沢山の民を失っていた。

さらに精霊の恩恵すら受けられないと自覚がある身で、隣の国との戦力の差が明らかの中、ラヴィスエルがさらに民を失うような愚行を重ねるはずが無い。


「我々はあの国とは違う。精霊達を敬い、ヴァンクライフト家を大切にすると誓う」


「……貴方こそ分かっていないわ。テンバール国が、何を一番に思っているのかを」


「なんだと……?」


「貴方の国で一番に考えられているのは、精霊だと言うのでしょう?」


「勿論だとも。精霊は我々と共にあるのだ」


「精霊の恩恵が受けられないテンバール国は、無いものにすがるような国ではないわ。現実を受け止めて、何が一番かをずっと考えている。それはあの国が呪われる前も変わらなかった」


「…………」


「その意思と反してあの子がした事は戦争の引き金。それを止めるのも王族の役目だわ。だけどガディエルは……」


エレンが小さな拳を握った。ガディエルは王族としての役目を担ってこの地に来ていたのに、してはならない事をしてしまった。


「ガディエルは私を助けてはいけなかったの……」


エレンの声が微かに震えた。荒れ狂う感情が渦になって胸の奥から沸き起こっている。

心臓の鼓動が早鐘を打つどころか、まるでぐつぐつと煮えたぎり沸騰するようだった。


「だがエレン姫よ。それすらもテンバール王の策略だとしたらどうするのだ。エレン姫の恩恵を受ける事を優先しただけかもしれないだろう?」


「……そうね、そうかもしれないわ」


ラヴィスエルは確かにそういう男だ。民を一番に考え、精霊の呪いすら道具にしようとする男だった。

そんな事などよく分かっている。だがガディエルは違う。

変われると聞いた。その望みがあるのならば……、とガディエルは言っていた。

ラヴィスエルとガディエルの思いは分からない。どちらも本当で、違うのかもしれない。

だがエレンにはただ一つだけ分かる事があった。


同胞達の叫びが消えたあの瞬間だけは「真実」だと。


その結果がもたらした光景は、明らかにラヴィスエルとガディエルでは違っているものがあると断言する事ができた。


「テンバール国の思惑がどうであれ関係ないわ。私は私の役目を持ってここにいるのだもの」


それを聞いてデュランは喜んだ。


「エレン姫、それはこの……」


デュランはアミエルを包んだ塊を指して、そして笑った。


「厄災を退けに来て下さったのだろう?」


デュランは確信を持って言ったつもりだ。

餌が更なる餌となり大物を釣った。デュランからすれば、この場にエレンが来たことが最大の幸運だった。

アミエルが原因で戦争になればそれでいい。それを回避しようと別の王族が釣れれば、まとめて処分すれば良いだけの事。

その中にヴァンクライフト家の者の姿があれば、その時点で大成功だったのだ。

サウヴェルであろうとロヴェルであろうと、エレンが動くきっかけは家族なのだから。


ラヴィスエルが一刻だと言った瞬間にデュランは確信した。そのような行動があの国で可能なのは、精霊の恩恵を受けた英雄ロヴェルしかいないと。

アミエルの動きで英雄の動きを封じることができれば、ロヴェルの精霊は激怒するだろう。あわよくばテンバール国を敵とみなし、今度こそ滅ぼすかもしれない。

どちらに転ぼうともアミエルがこちらに寝返っている時点で全てが有利に動くのだ。


デュランはエレンの事も調査していた。ヴァンクライフト家に手を出したラヴィスエルに激怒し、国を危うい所まで簡単に追い込んだその手腕に惚れ込んだ。

デュランはエレンこそ自分にふさわしいと思わずにはいられなかった。


現状、思惑通りガディエルは伏せ、アミエルも封じられている。

エレンは心優しい少女だと調べは付いている。テンバール王族が助けてくれと望むよりも、その被害を被る事になる罪も無い国を放っておくはずが無いと、デュランは考えていた。


だが、エレンはそんな思惑を飛び越える返事をした。


「さっきも言ったはずよ。それは貴方自身が招いた災いだと。どうして私が退けなければならないの?」


「な、んだと……?」


デュランの口元は引きつっていた。それでも笑い飛ばそうとしたが、怒りと混ざって変な顔になっていた。

それを真っ直ぐ見つめながら、エレンは言い放った。


「私、家族に手を出されるのが大嫌いなんです」


エレンがそう言った瞬間、アミエルを包んでいた物質が中から何かの衝撃が加えられたように歪んだ。

ボゴン、と鈍い音がした。その音は地の底から響くような音だった。

アミエルを包み、綺麗な球体を保っていた物質が、鈍い音と共に中から攻撃されているようにぼこぼこと歪んでいる。

アミエルが抵抗しているのだ。エレンが時間の問題だと言っていたのを思い出し、デュラン達の顔色は悪くなっていった。

デュランが慌ててエレンに視線を戻すと、エレンは動揺した様子も無く、ただじっとデュランを見つめていた。

その顔は静かな怒りをたたえ、うっすらと笑っているようにも思えた。

この不気味な状況の中で笑っている姿は、見ている者に恐怖を与えた。


「エレン姫! 貴女の家族に手を出したのは我々では無いぞ! この忌々しいテンバール王族だ!!」


「父様を餌に交渉したのは貴方だわ。口だけだったのかもしれない。でもそれが全ての引き金となったのを私が許せると思うの?」


「……!」


「私からしてみればどちらも一緒だわ。自分の事ばかり望み、私達の大切なものを奪おうとしておきながら厄介払いの道具としてしか見ていない。貴方の言うテンバール国と何が違うというの?」


「なんだと!? いつそんな……」


「私の父様だけじゃない。ローレもそう」


「な、に……?」


ローレの名を出した途端、目を見開き動揺したデュランにエレンは言った。


「貴方はローレの大切なものを奪おうとしたわ。だからローレは必死で抵抗したの。貴方から隠して守るために」


「!?」


何を言われているのか分からないという顔をしたデュランを見つめながら、エレンは淡々と言った。


「ローレはずっとこの国を見守ってきたわ。それはとても大切な人との約束だった。永久の時を生きる精霊と人間との約束。もう二度と会えなくとも、ローレは守り続けたの」


「…………」


「そんなある日、同じでありながら違う人と再会した。でも精霊にとっては同じ人。嬉しくて、懐かしくて、昔と違うと分かっていても気になって仕方なかったのよ」


「それは……まさか……」


「貴方はそれを、自分の都合が悪いという理由だけで奪おうとしたの」


ようやく思い当たったのかデュランは目に見えて青ざめた。


「私は一度やると決めたら徹底的に潰すと決めているの。テンバール王はその手腕で回避したけれど、貴方はどうかしら?」


テンバール王と渡り合うエレンの手腕に惚れ込んだからこそ、その言葉の恐ろしさが直に伝わってきたデュランの胸の中に早くも後悔が生まれた。


デュランはラヴィスエルと同じく、エレンの逆鱗に触れたのだ。


「ご覚悟下さい」


エレンの宣告を呆然と聞く事しかできないデュラン達の横で、アミエルを包んだ物質を破ろうとしている鈍い音がカウントダウンのように響いていた。




2018年9月25日、スクウェア・エニックス 月刊ビックガンガン10月号 作画 大堀ユタカ先生にてコミカライズがスタートしました。どうぞよろしくお願いいたします!

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