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カイの告白。

作戦決行の前夜、エレンはロヴェルから精霊城ではなく、ヴァンクライフトの屋敷にいるようにと言われた。

城の水鏡で一部始終を見てしまうかもしれないと、エレンを遠ざける事にしたらしい。

戦争の引き金となる緊張の場だ。簡単に殺し合いの場となるだろう。人が簡単に死んでいく姿を目にして、エレンが冷静でいられるはずがない。

ロヴェルはオリジンにも言って聞かせ、ヴァンにエレンから目を離さないようにと命令した。

エレンはロヴェルの気遣いが痛い程分かる。だから頷く事しかできなかった。


「どうしよう……」


しかしエレンの頭で渦巻いているのは、双女神に言われたこれからの事だ。

大事な父が狙われていると分かっているのに、何もしないなんて考えられなかった。

悶々とした空気がエレンから放たれる。不満一杯の顔をして、何とか我慢しようとしているその姿に周囲が気付かない筈が無かった。

しかし、ロヴェルは無理矢理エレンをヴァンクライフト家の屋敷へと連れて行き、イザベラやカイにもエレンから目を離さないようにと厳命した。


イザベラはエレンの頭を撫でて抱きしめた。黙り込んだエレンから、ロヴェル達が心配だという気持ちが溢れ出ているのが痛い程分かった。


「エレンちゃん、待つのは辛いわよね。でも、わたくし達は待つ事しか出来ないのよ」


「おばあちゃま……」


「わたくしもモンスターテンペストの時、覚悟をしていてもバルヴェルとロヴェルを待っている間は辛かったわ。帰ってきたのは冷たくなった夫。そして息子は死にかけて帰ってこれないなんて……。英雄だなんて持て囃されても全く嬉しくなかったわ。そんなものはいらないから、夫と息子を返してって、ずっと泣いていたの」


バルヴェルとは、ロヴェルの父であるヴァンクライフト家の前当主の名だ。

イザベラはその時の事を思い出しているのか、エレンを抱きしめながら少し震えていた。

エレンは思わず、イザベラをぎゅっと抱きしめ返した。エレンの優しさに気付いたイザベラは、嬉しそうに笑った。


「夫と息子を前線に追い込んだ忌々しい女が嫁いでくるし、もう本当に最悪だったの。それが、一変したのよ。息子が孫娘を連れて帰ってくるなんて!」


エレンを抱きしめる腕に少しばかり力がこもる。イザベラから嬉しくてたまらないという気持ちが溢れていてエレンはくすぐったくなった。


「エレンちゃん、ロヴェルが心配なのは分かるわ。でも、ロヴェルもわたくし達もエレンちゃんが心配なの。人が争って死んでしまうような危険な場面を見て、冷静でいられるはずないもの。ロヴェルの気持ちを分かってあげて」


「はい……」


そうではないのだと言いたかった。大好きな父が危ないのだと叫びたかった。

でも、どうすればこの場を切り抜けられるのか分からない。水鏡が無ければ、向こうの状況を知る事が出来ないのだ。下手をすれば、時既に遅しという事態になるだろう。

心優しいイザベラ達を振り切って、城に帰ればカイ達は処分されてしまう。エレンの弱みを知り尽くしているロヴェルの取った行動は悔しいぐらいに的確だった。


考え込んでいるエレンは無口だ。俯いてずっと黙り込んでいるエレンを見かねて、周囲があれこれと世話を焼こうとしたが、エレンは全て断った。


「そっとしておいてあげましょう」


イザベラの気遣いで、エレンはようやく息を吐ける。だが、焦りは苛立ちへと変わるまでそう時間はかからなかった。エレンのこんな態度にカイも驚いていた。

イザベラはエレンの気が逸れる何かを探して部屋から出て行った。部屋の中にはエレンとヴァン、そしてカイだけとなる。

カイは絶対にエレンから目を逸らすものかとロヴェルの言いつけをきっちりと守っていた。

誰も口を開く事をしなかった。そんな中、ヴァンが突如、むっと唸った。


静かな部屋の中でそれは大きな変化をもたらした。誰もが気が逸れる何かを待っていた様にも思える。空気の変わった部屋の中で、ヴァンが眉間に皺を寄せていた。

ヴァンが誰かと念話しているのは直ぐに分かった。エレンはどうしたのだろうと首を傾げた。


「姫様、申し訳ありません。少し席を外します。カイ、姫様と共におれ」


「当然だ。って、急にどうしたんだ?」


「オリジン様に呼ばれました。言付けがあるそうです。ちょっと行って参ります」


エレンにそう言って消えたヴァンを見送って、エレンは母様? と呟いた。

もしかしたら事態が悪い方に向かってしまったのでは無いかとエレンの顔色が悪くなった。


「エレン様、エレン様」


カイの呼びかけにやっと気付いて、そちらを見る。青ざめたエレンを宥めるように、カイはソファーに座っているエレンの足下に跪いた。

座っているエレンの前に跪いたとしても、カイは身長があるので目線は殆ど変わらない。そんなカイに頭を撫でられて、エレンは泣きそうになった。絆されてつい、ぽろりとこぼしてしまった。


「父様が……このままじゃ……」


「何かあるのですか?」


「行かなきゃ行けないの。でもどうしよう……」


エレンのその様子は、この場に鎖で縛られている様にも見えた。

ずっと傍で見ていたカイは瞬時に分かった。エレンを縛っている鎖は自分だと。


「エレン様、まさか俺を気遣って……?」


「…………」


エレンは否定しない。いや、なんと言って良いか分からないのだろう。困った顔をしているエレンにカイは胸が苦しくなってしまった。

自分達親子はいつもエレンを困らせている。どうすればエレンの役に立てるのか、カイは瞬時に理解した。


「エレン様、俺に気を遣うのは止めて下さい。俺はあなたの役に立ちたいのに、こんなのは望んでいません」


「え……あ……」


「どうぞ、やりたい事を仰って下さい。俺の主は確かにロヴェル様ではありますが、俺はあなたの為にありたいのです」


「カイ君……」


カイの申し出にエレンは涙が出そうになった。だけど、こんなに優しいカイを処分させるわけにはいかないと理性が働く。またどうしたら良いのか分からなくなるエレンに、カイは笑って言った。


「ロヴェル様はエレン様から目を離さないようにと厳命なさいました。要は離さなければ良いと思いませんか?」


「え? ……あ」


「行くときは、俺もお傍に置いて下さい」


にっこりと笑ったカイに、エレンは目を丸くする。まるで揚げ足を取るその手段に、エレンはカイらしくないと思わずくすりと笑った。


「傍でずっと見ていたので。エレン様はお得意ではありませんか」


「もう! カイ君いじわるだ!」


くすくすと笑うカイに、エレンはぷんすかと怒る。先程までの重たい空気が一瞬で無くなっていた。カイに助けられたのだと分かって、エレンはごめんなさいと謝った。

でも、どうしてここまでカイは良くしてくれるのだろう。

恩を感じてここまでしてくれるにしても、何だか違うもののような気がして、エレンは思わず聞いた。


「ありがとう、カイ君。でもどうしてここまでしてくれるの?」


「え……」


エレンの真っ直ぐな問いに、カイは虚を突かれた様になった。そして一気に顔を赤くする。

この様子を目の前で見て、エレンも驚いて目を丸くした。


「あ、……その……」


「……」


何だか変な空気ではないだろうか?

何かがおかしいとエレンは思わず反射的に逃げようとした。


「待って下さい」


パシリと手を掴まれる。それに驚いて目の前にいるカイを見ると、カイは真剣な顔をしていた。

その顔は、決意したとも取れる顔だった。


「好きです。あなたが、好きです」


「……え」


カイの突然の言葉に、エレンは言葉を失った。目を丸くして驚く。

エレンの頭の中で、今まで感じていた違和感の正体の欠片がカチリと嵌まった音がした。

告白をされているのに、まるで今までの不可解な事が分かったという顔をしたエレンの様子に、カイは苦笑した。


「エレン様が俺をそういう対象で見ていないのは端から分かっていました。だけど、俺はもう隠しきません。あなたの役に立てるなら、俺は本望なんです」


カイの言葉にエレンはいつになく頭が真っ白になってしまっていた。

だから、ぽろりと言ってしまった。


「カイ君……ラフィリアが好きなんだとばっかり……」


「えっ!?」


「あ」


「……どういうことですか?」


カイの笑顔の威圧にエレンは青くなる。

エレンはカイはラフィリアが好きなんだとばかり思い込んでいた節があった。


「だって……いつもラフィリアと言い合いして……」


「まあ、そうですが」


「ラフィリアは別の人が気になってるでしょう? だからこう……ラフィリアの気が引きたいのだとばかり……」


だんだんと尻すぼみになる声に、カイは頭を抱えた。

エレンを取り合って模擬戦をしていたのが盛大に勘違いされていたのだ。


「あ、あの……」


ごめんなさいと続こうとした言葉をカイは聞きたくないと遮った。

エレンがカイを全く意識していなかった事は分かってはいたが、ここまで勘違いされていたならば、好意が自分に向けられていると自覚するまでかなりの時間がかかるだろう。

その時間も与えられないまま、振られるのは嫌だとカイは思った。


「エレン様、どうか俺の事を考えてくれませんか」


「…………」


「どうか、」


お願いしますと続けようとしたカイの言葉を、エレンはごめんねと笑って遮った。

その笑顔は悲しそうで、今にも泣きそうな顔をしていた。


「私の身体を見て、もう分かっているでしょう?」


「エレン様……」


「時の流れが違うの。私は、精霊なんだよ」


「そ、んな……俺は、」


「駄目なの。一緒にいられないの。だって私は精霊であり、女神だもの。いずれ精霊界に居続けなきゃいけない。あの場は魔素で満ちた世界。人間は居られないの」


「……」


「私は本来より早くに力に目覚めてしまったわ。その影響を考えて、暫く向こうに居なきゃいけない事も決まっているの。だから……ごめんなさい……」


エレンの身体の成長と女神としての力の安定のため、この件が終わったら暫く精霊界に居続けなければならないと双女神に言われている。

願いが叶おうが破れようが、一緒にはいられないのだと分かってカイは青ざめた。

だが、直ぐに顔を上げて、真っ直ぐにエレンに言った。


「……どうかそれまで、傍に居させて下さい」


「カイ君……」


「お願いします」


頭を下げるカイに、エレンは泣きそうになりながらも、笑って言った。


「こちらこそ、ありがとう」


「エレン様……」


エレンの笑顔を、まぶしそうにカイは見ていた。




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