違う位置から見た彼等。
近衛に部屋を用意して貰い、エレン達はそちらへと移動する。
今までいた部屋は城の中枢を担う場所だったので、用意された部屋へはだいぶ距離があった。
リュールは落ち込んでいるローレを抱いて、時折その背を心配そうに撫でていた。
エレンも心配そうにちらりと見ていると、繋いでいた手にぎゅっと力が込められたのが分かって、エレンはカイの方を向いた。
こちらを見ていたカイの表情は、何だか悲しそうにも見えた。どうしてそんな顔をエレンに向けているのか理解できずに、エレンは動揺してしまう。
「え、ど、どうしたの……?」
「……エレン様はリュール様が気になるのですか?」
「え?」
気になるのかと問われて、そうだとしかいえなかった。
自分と同じように転生しているリュール。色々と話が聞きたいと思った瞬間、エレンは自分の中でカチリと何かが嵌まった気がした。
道中、通路脇から綺麗に整えられた庭が見える。心中とは違ったその穏やかな空気に、エレンは自分が慌てていたことに気付いた。
「……聞きたかったことがあったんだけど、答えが出てしまったわ」
「え?」
先程までとは一変したエレンの様子に、今度はカイが戸惑っているのが分かった。
今までのことを反芻し、冷静に考えれば知りたかった事など直ぐに分かったはずだった。
リュールの魂が己と同じく転生だと聞いて、どれだけ動揺していたかを自覚する。
エレンが知りたかったのは、リュールに過去の記憶があるかどうかだった。
リュールに記憶があれば、ヘルグナー国はこれほどまでに深刻化な状況には陥っていなかったであろう。
記憶があるからこそ、視野が広がって行動の選択が増える。魂の事もローレから教えて貰ったと言っていた。リュールが言葉少なく語った内容だけでも、記憶が無いことは明白だった。
それに、皆の目がある状況で魂の輪廻に関しての話は絶対に出来ない。
このような一呼吸置いた状況が出来たのは、ある意味救いでもあった。
そして更に気付いた事がある。
ローレが、何故初代王の名を軽率にも付けてしまったのか。
「再会できて、嬉しかったのね……」
「…………」
エレンの呟きに、カイはなんと言っていいか分からなかった。
ただ繋いだ手に、己の存在を示すように少しばかり力を込めることしかできなかったのだった。
***
お互い、向かい合ってソファーに座り、メイドが淹れてくれた紅茶を飲んでいる。
三人の近衛が監視として付いているものの、あの緊迫した場から離れる事が出来たからか、目に見えてリュールはホッとした顔をしていた。
「それで、俺に聞きたい事って何でしょう?」
「それなんですけど……」
少し考えたら答えが出てしまったというか……と言葉を濁すと、リュールは目を丸くしていた。
「答え?」
「魂の事について聞きたかったの。リュール様は記憶が無いのでしょう?」
「……そうだね、生まれる以前の記憶なんて無いなぁ」
何だか困惑した顔をしているリュールに、エレンは納得する。
エレンとは状況的に似ていても真逆なのだ。記憶があって行動が出来るエレンと、記憶が無い故に自覚も無いのに、周囲は転生だと騒いでいる。
「困るわよね。記憶も無いのに初代王と同じ人って言われても」
エレンが笑うと、リュールは虚をつかれたのか最初こそ目を丸くしていたものの、直ぐに苦笑した。
「そうなんだ。俺は俺、なんだけどな……」
リュールはローレを見る。ローレはその視線に居たたまれないのか、直ぐに目を逸らしてしまった。
「ローレは嬉しかったのよ。大事な人と再会できて」
「……それ、結構複雑なんだけど」
少しばかり悲しそうに言うリュールに、エレンは直ぐに気付いた。
「今のあなたを通して、ローレが初代王を見ているんじゃないかと思っているのね」
「!」
エレンの言葉に驚いたのか、リュールはどうして分かるんだと目を丸くしていた。
ローレはそれを聞いて慌てた。
「ち、違うぞ! リュールはリュールじゃて!!」
「あー、うん……それはそうなんだけど」
どことなく落ち込んでいるリュールに、ローレが言いたいことをエレンが代弁した。
「名前が同じだからこそ混同してしまって判断がつかないのね。あのね、本質は変わらないの」
「本質?」
「ローレが言っているのは魂であって、あなたの元になっているもの。精霊は魂に惹かれるのよ」
「精霊が……魂に惹かれる?」
「精霊は嫌な人には近付かないの。契約出来るのは心優しかったり、一緒にいて楽しいって思える人。それは魂というか、それを構成している魔素を通じて伝わってくるの」
「……魂を構成している、魔素?」
「精霊の本質というか、そういう事に関わってきて余り詳しくは言えないのだけど。ローレはあなたという魂を見ているのよ。一緒にいて楽しかったり、嬉しかったり……大事だって思える人。昔、とても大事だった人の魂とまた巡り会えて、ローレは嬉しかったの」
「大事な、人……」
「ローレからしてみれば、昔のあなただろうと今のあなただろうと変わらないの。重要なのは魂が同じというだけ。ローレは今のあなたを見て過去の初代王を見ているのでは無いわ。ちゃんと今のあなたを見てる」
「ひ、姫様……」
ローレが言いたかったことをエレンが全部言ってくれた。
ローレはどう説明していいか分からなかったのだろう。リュールの困惑に沿ってエレンが説明をしてくれたので、リュールはすんなりと答えが得られたようであった。
「本質が同じか……俺がローレを大事だって思う気持ちがそうなのかな?」
「そうね。簡単に変えられない想いそのもの。それと同じように、ローレもあなたを大事だと魂を通じて思っているのよ」
「……そうか」
リュールは微笑んで、ソファーの背もたれに深く体重をかけた。膝の上が空くのを見計らって、ローレが慣れたように膝へと飛び乗った。
二人の距離が縮まった瞬間だった。愛おしそうにローレを見つめるリュールの表情に、エレンもホッとする。
「リュール……わらわの軽率な行動のせいで……すまなかった」
「もう過去のことだよ、気にしないで。俺はローレとテツと一緒にいられて幸せだよ」
「……っ!」
ローレは甘えるように頭をリュールに擦りつける。それに応えるように撫でて甘やかす二人に、側で見守っていたテツもホッとした顔をしていた。
「良かった、ね?」
エレンも嬉しくなって、思わず隣にいたカイに同意を求めた。
エレンの笑顔を間近で見たカイは、一瞬固まったものの直ぐに、にこやかに笑って「はい」と返事をした。
(……あれ?)
いつものカイと何だか違う気がして、エレンは目を瞬く。
(気のせいかな……?)
何か引っかかったような気がしたが、気のせいかもしれない。
そんな自分もよく分からなくて、エレンは何だか困った。
「姫様、どうせならここで先に女の居所を聞いてはどうです?」
ぬっと背後から近寄ってきたヴァンが、エレンとカイの間に手を入れてお互いの視線を遮った。
カイは何やら不穏な空気をヴァンに向けているが、エレンは気付かずにそうだね、と同意する。
それを見ていたリュール達が目を丸くしていた。
「……そうか。違う位置から見れば一目瞭然なんだね」
リュールはエレンと隣にいるカイを見て、自分達に当てはめて苦笑した。
「でも、言っていいものか悩むなぁ……」
お姫様の周囲はとても複雑そうだとリュールは思うのだった。